寛ぐ間もなく
「それにしてもこんなものができたなら言ってくださったらよかったのに」
列車に揺られながら飛び去るような速さで遠ざかる景色に驚嘆しながらフレイアはスカーレットに零し。スカーレットは悪びれた様子もなく肩を竦めた。
「どうせ領地に帰る時に知ることになるのだし、毎日いろいろな事実を知る君に負荷を掛けたくなかったんだ……それになにより驚いただろう?」
笑みを浮かべてこちらを見下ろしてくるスカーレットはなじみ深いけれど知らない一面もあって。スカーレットが確かに、自分が死んでから二十年、違う場所で生きてきたということを感じた。
「お母さまに似てきましたね……『お父さま』」
ふっと息を吐いてフレイアは微笑み。
スカーレットは眉を寄せて少し複雑そうな顔をした。
「以前の君ならそれはきっと誉め言葉だったんだろうが……いまの君のそれは、誉め言葉ばかりではないよな」
「ふふ……楽しそうで何より、ということです」
スカーレットと笑いあっていると先代王妃付なのだろう、お仕着せを着た小柄な従僕と目が合った。
金の髪をした、綺麗な顔をした従僕で小柄なせいか、より幼く見えた。
従僕といえど先代王妃付なのだからきっと伯爵位以上の家の出だろう、と思いながら。フレイアは用意された紅茶を嗜み。お菓子を強請るヒルデの口にお菓子を放り込んだ。
半日で邸宅に着くという言葉を疑っていたわけではないけれど。実際半日でたどり着いた時は狐に化かされたような気分になった。
ルーンベル領の中心街から辺境も半日で着くとのことだが、夜間の走行は危険であるため、先代王妃一行はルーンベル邸で一日を過ごすことになった。
「辺境、せっかくだし私もユーノと一緒に行ってみようと思うんだー」
馬車酔いを列車での移動の間に癒したらしい母が食後のお茶を嗜んでいる時、元気いっぱいにそう告げ。唐突な発言に慣れているらしい兄とスカーレットは驚いた様子もなく頷いた。
「ではルミル、私兵達の統率は任せるから殿下を無事に辺境まで送ってくれ……まぁ君のことだ。送るだけではなく、何日か厄介になる予定なんだろう」
「厄介って……まぁ、何日か居座るつもりだったけどさぁ」
家族が寛ぐ広間にはスカーレット、ルミル、エルムス、フレイアが居る。
ヒルダは慣れない移動で疲れたのか食事中に舟をこぎ始めたため、侍女が連れて行った後だ。
先代王妃とミネルには邸宅の中でも最も豪華な客間で過ごしてもらっている。
明日の午後には辺境にたどり着くのだ。
『ミネル』はきっと興奮冷めやらぬ夜を過ごしていることだろう。
「僕も同行しても良いでしょうか」
「あぁ、勿論だ。頼りにしている、エルムス」
「はい、お父様」
スカーレットに頭を撫でられたエルムスが得意げな顔をする。
『今回』の兄はきっとこのままルーンベル家を継ぎ、よき領主となるだろう。
まだ十歳とは思えないしっかりした様子が微笑ましいような、眩しいような。そんな不思議な気持ちでフレイアは兄を見つめた。
きっと『今回』自分が伯爵の政務を行うことはないだろう。
たった一年ではあったけれど。大変だった諸々を思い出しているとちらりとこちらにスカーレットが目を向ける。
「私も同行して宜しいでしょうか」
ラクレスのこともあり、元々同行する予定だったけれど。
フレイアは念のためスカーレットに問いかけた。
「あぁ……ミネル姫もその方が落ち着かれるだろう」
正直、ラクレスの魂が宿ったミネルがどうなるのかはわからない。
リオンは『前回』の記憶を持っているが、ラクレスの身体に宿った何者かがどんな存在かでどう行動するか、判断すべきだろう。
そう思っていると何かが割れる、大きな音がした。
方向は客室の方からだ。
素早い身のこなしでスカーレットが廊下に飛び出し。フレイアも慌てて後を追った。
「わぁぁ──!」
果たして。暴れていたのはミネルだった。
髪を振り乱し、絨毯の上には硝子の水差しが落ちて砕けている。
侍女も侍従も従僕も。
六歳の幼い少女の脆弱な身体ではあるものの、魂に刻まれた戦いの才能と、体術の心得のあるミネルを押さえられないようで。近衛兵ですらじりじりと間合いを詰めている。
先代王妃が色を失くした顔で助けを求めるように此方を見た。
フレイアはそれだけでなんとなく、事態を察した。
きっと先代王妃は打ち明けたのだ。
辺境伯家に縁のある、同い年のラクレスという少年と縁談を結ぼうという話が出ていることを。
「いやだ、意味が分からない! 俺は家族に会いたいだけなのに! 何故婚約を! それも自分と!」
完全に我を失っているようだ。
不幸中の幸いだったのは六歳の少女の物騒な癇癪ということで大半の人間がミネルの言動には注意を向けていなかったことにあるだろう。
フレイアは状況を分析した。
「『落ち着きなさい』」
一声、声を上げると顔を真っ赤にして暴れていたミネルがふっと息を吸い込む。
『ギフト』を使ったのだが。
きっと傍から見れば飼い主の声に反応した猟犬のように見えたかもしれない。
すん、と落ち着いたラクレスが頬の赤みを残したままぐしぐしと涙を拭おうとするのを、制止したフレイアがハンカチでそっと目元を拭う。
「ねぇフレイア……あなた……ミネルの侍女になることを考えてくれないかしら」
その様子を見た先代王妃がまだ恐怖の名残が抜けないというように肩を竦めながら声を掛けてくるので。フレイアは少し返答に迷った。
「あぁ、ごめんなさい……でもわたくしは真剣なので……断ってくれても構わないのだけれど、前向きに考えてくれると嬉しいわ」
先代王妃は自分の言葉の強制力に気づいたのだろう。
微笑んでそうとりなしてくれた。
フレイアは内心胸をなでおろしつつ、曖昧な笑みを浮かべて頷いた。




