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賑やかな道行

「フレイア姉さん! もうルーンベル領に入ったのか? なんだか懐かしい景色になってきた気がする!」

「もう境界ですね……『ミネル様』」


 馬車の中。

 窓にかじりつこうとするミネルことラクレスを、フレイアが引き留めるように呼ぶと自分の立場を思い出した『ミネル』が姿勢を正す。

 社交期が終わり、ルーンベル伯爵家は陸路で領地へ帰還するところだ。

 それにお忍びで同行したいと言ったのは先代王妃で。

 ルミルが了承し、スカーレットがこめかみを押さえながらも同意した結果。先代王妃とミネルを伯爵家が辺境まで送ることとなった。

 故に伯爵家の私兵の格好をしているが近衛がかなりの数、紛れている。

 

 とうとう辺境に行けると知ったミネルのはしゃぎようは相当のもので。安全に辺境までたどり着くため、という侍女の言葉を信じ。この旅中ずっとおとなしくドレスを纏っていたし姫君らしくお行儀よく振舞っていた。

 

 最初は『おねえさまはわたくしのおねえさまです』とミネルを敵対視していたヒルデも。今はすっかり打ち解けて今は『もうひとりのおねえさま』の膝を借りてうとうとしている。


 その様子を微笑ましく見守りながら、フレイアは窓の外へ目を向けた。

 ルーンベル伯爵領に帰還するのは『今回』初めてだ。

 『前回』……母の死が迫っていた時期の伯爵領の記憶は朧げだけれど。

 『今回』はスカーレットが少年の頃から当主として君臨している領地だ。

 きっと自分が当主を務めていた頃よりも領地は豊かだろう、という予想通り。

 ルーンベル領に入って間もないところから街道が見るからに整備され走行する馬車の音が変わった。

 まだ黄金色の小麦畑が広がるばかりだがその広大な豊かさに思わず感涙しそうになる。


「時期をずらして小麦を栽培しているのですか?」


 ふとフレイアは播種作業を行う領民の姿を見て傍らのスカーレットに問いかけた。


「あぁ。領民の中に農作に詳しい『旅人』が居てね。土地が豊かな場所では年に二度、小麦を育てることができるようになったんだよ。まぁ収穫期の夏はさらに忙しくなったんだけどそこはギルドの力を借りている。だが収量が倍増しているから伯爵領に流入してくる民も多くいてね」

「それは……すごいですね」


 フレイアは感嘆した。

 自分が考えている以上に伯爵家は豊かになったのだ、と思いながら。

 自分がひとりで『ギフト』を使い、品種改良をしていたことをすこし、思い出した。


「そういえばずっと気になっていたんだがフレイア姉さん、馬車に持ち込んだ、その箱はなんだ?」


 ミネルに問いかけられたフレイアはあー、と無意味な音を喉から出した。

 いつか訊かれると思ってはいたけれど。予想外のタイミングだ。


「……自作のぬいぐるみです」


 何気にスカーレットの前で『メナーディア』を出すのは初めてだ。


 ちなみにいまの『メナーディア』はセラスにお茶会に招かれた時。お人形のドレスに使ったという余った布をたくさんもらい。かわいい、と昂る気持ちのまま作りあげた逸品だ。

 脚の多い謎の生き物からドレスを着たお人形に進化したものの。ドレスの下には歩かせるための脚が何本かある。

 綿をちゃんと詰める事を覚えたのでくったりとした感じはないのだが。

 何故か顔が仰角三十度ほどで固定されてしまっているが……現時点での最高傑作だ。

 ぬいぐるみに入ったメナーディアも『脚が見えない……前には進めないけど……』と感動していた。


 ちょっと照れくさい気持ちになりながらフレイアは箱からぬいぐるみを取り出し。

 そのぬいぐるみを見たスカーレットとミネルはしばらく動きを止めていた。

 ふたりに何も言われないのを良いことにフレイアは早々に『メナーディア』を箱の中に仕舞った。


 メナーディアがこの状況で自発的に動くことはないにせよ、スカーレットにメナーディアの存在が知れれば動けないメナーディアはただではすまないし。勘の鋭いミネルにあまり見せるのも怖いと思った。

 ふたりからすれば『メナーディア』はきっとただの可愛いぬいぐるみだ。


「あー……森で見たことがあるぞ、面白いものを参考にしたな!」

 

 沈黙の後、謎の一言をミネルが告げてきたのは何だったのだろう。

 

  

 陸路ではルーンベル領に入ってから邸宅のある街まで丸一日かかる……のだが。


「な……なんですか、これは!」


 何故か領地に入って間もない場所で馬車が停まり。訝しみながら場所から頭を出したフレイアは絶句した。

 目の前には鋼鉄でできていると思われる巨大な長方形の馬車がある。

 けれど面妖なことにそれを牽く馬が一頭も見当たらず。

 こんなにも巨大な鉄の塊がどうやって動くのかと訝しんでいるとスカーレットが当然のような顔をして乗り込んでいく。

 慌てて後を追いかけて話を聞くとスカーレットはこの巨大な四角い馬車を『列車』と呼んだ。

 なんでもこの『列車』はヴァーシュ侯爵家と辺境伯家とルーンベル家が共同で開発したものらしく。前人未到のグラルフ山脈を避けるように『遺物』を動力に活用した列車が東西に走っており。その線路はヴァーシュ領西端から辺境伯領を通り、ルーンベル領の東端まで達しているという。

 線路を延伸する計画も出ているそうだがまだこの『列車』が開発されて五年程度。王都まで延伸するには時間も材料も足りないためあと五年はかかるとのことだ。


列車は途中、南方のセルジュ河に接し。そこでヴァーシュ領、辺境伯領、ルーンベル領の特産品などの荷下ろしを行い、下ろされた特産品は船により王都へ届けられるという。

 

「列車に乗ればこの場所からルーンベル邸まで半日。辺境伯領まで一日だ」


 走行中動いては危険だからだろう。床や壁に固定された、武骨な造りの列車の椅子に腰かけながらスカーレットが微笑む。

 先代王妃はその言葉に目を瞠りながらも故郷の発展を嬉しく思っているのか笑みを深めた。


「正直言うとさー、この列車がどんな理論で動いてるのかは、私から見てもさっぱりなんだよねー。『旅人』って私達の世界以外からも来るみたいなんだよ」


 馬車で酔っていた母がまだ少し蒼い顔をしながら現れ。フレイアに耳打ちする。

 初めて聞く話にフレイアは目を瞬かせ。

 本当にこの世界はどうなっていくのだろうかと純粋に疑問に思った。

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