変わらないもの
「ここが……フォートレイ公爵家!」
フォートレイ公爵家のマナーハウスの前に停まった馬車の中でフレイアは思わず嘆息した。
当代のフォートレイ公爵は王弟で。彼が婿入りしたフォートレイ公爵家は国で最も古く、権威のある公爵家だ。
そのことは王都にあるマナーハウスの荘厳さからも伝わってくる。
何も知らない者がマナーハウスを訪れたなら、王城からほど近いこともあり、そこを王立の美術館か迎賓館と勘違いしかねないほどにその邸宅はうつくしい造りだった。
侯爵家の門だけで王都にマナーハウスが一軒建ちそうな煌びやかさに。フレイアは思わず息を詰めた。
その美しさに感嘆はするが、ただの憧れや羨望で終われないのは、伯爵としての執務をこなしたことがあるせいだ。
建設費、維持費、修繕費……貴族として国の産業を守るという裏の役割を知っていても計算してしまうのは『前回』資金繰りに困った経験からくる悲しき習性だ。
それにしても王城に出入りしていた自分が呆けてしまうほどだ。
もしかすると王家よりも経済的に豊かなのかもしれないと密かに思った。
『フォートレイ公爵家から個人的なお茶会の招待状が届いております』とメアンが王城からマナーハウスに帰った時に告げてきたのはほんの三日前のこと。
想定はしていたが予想外の言葉にフレイアは目を瞬いたものだ。
セラスの記憶が戻ったのかと思ったのだろうと思ったのは、メアンの別の顔であるメリナ・アンクレーにも招待状が届いていたせいだ。
セラスは『前回』自分達と友好な関係を築いていたけれど。事の顛末については知らないはずだ。
故に怒られるようなことはないだろう、と思いながらも楽しみにしている様子のメアンと違ってフレイアが乗り気になれないのは……『前回』最後まで自分の目的を隠し通し、ささやかな約束を交わすことすらできなかったせいだ。
招待状にはまるで念押しをするように『ぜひ気軽に』という言葉があったけれど。
公爵令嬢に招かれたとはいえ『気軽に』会いに行けるはずもないので。フレイアは精一杯、綺麗に装って馬車に乗っている。
しかしいざ公爵家にたどり着いてみるとあらゆるものが豪華で。自分が乗ってきた馬車が荷馬車のように思えてくるし。自分が身につけているドレスもエプロンのように思えてくる。
恐ろしい世界、と思いながらも。
こんな別世界と言ってもいいような屋敷で育ったセラスが、ああもまっすぐな性格になった事がとても素晴らしく、得難いことだとしみじみと実感した。
馬車が停まると同乗したメアンが服装と髪型をもう一度整えてくれる。
今日は王城に赴いた時の白いドレスに、真珠の縫い付けられたチョーカーを身につけ、『気軽』な雰囲気になるように髪は半分を編み込み、しろい小さな生花を編み込んだ髪に散らしている。
その出来栄えに母が奇声を上げていた気がしたけれど、もう慣れてきたのでフレイアは早々に馬車に乗り込んだものだ。
「行ってらっしゃいませ」
満足のいく仕上がりだったのかメアンが微笑んで促してくれる。
御者が馬車の扉を開け、恭しく馬車から下ろしてくれる。
そうして迎えてくれるのは公爵家の使用人だ。
「本日はお招きいただき、誠にありがとうございます」
フレイアが会釈をすると、セラス付と思われる執事が深々と一礼する。
「本日はお越しいただき、誠にありがとうございます」
非常に心のこもった丁寧な一礼を不思議に思っているうちに執事は背を向けてしまい。
フレイアは執事について歩きながらセラスは元気だろうか、『メリナ』はもう中で待っているのだろうか、と考えても仕方のないことを考えた。
「急に招待してしまって、ごめんなさい」
果たして広間には八歳のセラスが待っていた。
メリナも先に到着したのか既にテーブルについている。
「わたくし、おかしなことを言うのですけれど……あなたたち二人とお友達だった夢を見たので……一日でも早く、お会いしたかったのです」
八歳のセラスはとても小柄だったけれどお人形のように愛らしく。
ぷっくりとした頬を薔薇色にしながら一生懸命な様子で言葉を紡いでいる。
「あの……だから、わたくしとお友達になっていただけないかしら。ほんとうは……夢の中ではもっと大人になってからお二人とはお友達になったのだけれど……何故かわたくしはそのことを深く悔いていたので……」
そんなセラスの姿はどこまでも微笑ましいけれど、同時にやっぱり眩しくて。フレイアは何故か泣きそうになった。
「勿論です」
有り余った感情のせいか、そんなぎこちない一言しか返せなくて。
テーブルの傍に立つセラスの手をそっと握ると、ぱぁっと表情を輝かせたセラスが礼儀も何もない仕草でフレイアとメリナの手を取り、喜びを表現するかのようにぶんぶんと振り回した。
お茶会は和やかな雰囲気で進んだ。
途中からセラスは例の『ギフト』を披露し始め。
フレイアとメリナのドレスの色を変えようとして、血相変えた執事に取り押さえられたりもしていたけれど。おおむね楽しく平穏に過ぎた。
「……お二人は社交期が終わったら領地に帰ってしまうのですわ」
急に暗い顔をしたと思ったらセラスはそんなことを言い始める。
その表情に既視感を憶えたフレイアは微笑ましくなりながらも不思議なほど寂しい気持ちになって、思わず何か元気づけられることを言えないかと考えたけれど何も思い浮かばなかった。
「たくさんお手紙のやりとりをしましょう。そうしていたら次の社交期はすぐです」
だからこそ、メリナが穏やかに微笑みながら言う言葉に救われた。
「そうですわね! わたくし、たくさんお手紙を書きますわ! あっもしもお二人が宜しければ公爵領に遊びに来てくださっても……」
また明るさを取り戻したセラスが良いことを思いついたというように目を輝かせる。
フォートレイ公爵家の領地は王都からほど近い、水路がうつくしい街だという。
「是非、行ってみたいです……ルーンベル領にも是非、と言いたいところですが遠いですね」
まだ直接伯爵領を見ていないので何とも言えないが『前回』に比べれば治安等が段違いに改善されているとはいえ、見るものは少ないに違いない。
そう思いながらフレイアは無難な言葉を選び。
「私の領地は王都から近いですが農地と鉱山以外、何もないですわ」
メリナが肩を竦めながらあっさりと答えた。
「二人に会いに行くのですからきっとどんな場所でも楽しいに違いないですし……わたくし、いつかドレスを作りたいので……様々なものを見て見聞を広めておきたいの」
セラスは笑顔で言いながら、こっそりと恥ずかしそうに付け加えた。
大切なものを語るその声にフレイアは微笑み。
セラスが何も変わらないことを密かに尊く思った。
そしてあっという間に予定していた時間を過ぎて。
それでも別れを惜しむセラスに何度も手紙を送るという約束をしながら二人は各々の家へ帰っていった。




