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新たな目標

「まさかスカーレット様が……ルーンベル伯爵に……」


 翌朝。

 恐縮しながらもメイド服ではなくフレイアの普段着を身に纏ったメアンは『フレイアの友人』として伯爵の執務室を訪れ、まじまじとスカーレットを見つめた。


「私も予想外だったよ」


 父と呼ぶのはまだ躊躇われるスカーレットはちょうど休憩中だったようで。

 フレイアが連れてきた見慣れない少女を見て一瞬警戒した眼をしたものの、その姿がメアンそのものだったのですぐに事態を察したようだった。

 スカーレットはルミルが引き起こしたことをメアンに語り。メアンはしばらく黙り込んだ後、言葉を探すような眼をしながら呟いた。


「私が記憶を取り戻したのはほんの三日前のことです。けれど家の者は誰も『前回』のことを憶えていなくて。『今回』の大きな変化にも気づいている様子はありませんでした」


 メアンの冷静な言葉にフレイアは頷いた。

 魔力や『ギフト』を持っている者が『前回』の記憶を持っている場合が多いようだがそれが全員であるとは限らないし、思い出す程度にも個人差があるようだ。


「そして『前回』と『今回』の国の状況を鑑みた結果『旅人』が増えていると考えるのが自然と感じました」


 メアンの言葉に、フレイアはまた頷いた。

 国に流行っているもの、国交が結ばれたため以前よりも豊かになった食生活、以前よりも盛んな『遺物』の研究……それらはただの魂の入れ替えが起こっただけでは説明ができない変化だ。

 そしてそう考えた時、ふとした疑問が生じる。

 『旅人』と魂を入れ替えられてしまったこの国の人の魂は、どこへ行くのだろう、と。

 もしかして別世界の『旅人』の肉体に宿るのだろうか。

 母のように死んだ人がこの世界へ来たことを鑑みるとすれ違うようにこの世界の魂も別世界で転生するのかもしれない。


「それ以上に『前回』に比べ、国が発展したせいか新たに生まれる存在が増えているのも気になります。ルミル様の魂の入れ替えとは無関係に『旅人』が新たな命として生まれているのではないかと思うのですが……」


「なるほど……『前回』を知る者がどれほどいるのかは把握しきれないが、その影響で国が豊かになったから……」


 メアンの言葉にスカーレットも唸る。

 国は明らかに発展し、新たに産まれた命は自分が知っている範囲でも増えている。あり得る話だ。

 それに国交を結ぶ国や大きな犠牲を出した近年の戦争が起こっていないことを鑑みると『前回』の記憶を持つ者はリース王国に限らず、この世界に点在していると推測できる。


「それにしても第三王子とは予想外でしたよ」


 続くメアンの言葉にフレイアは目を瞬いた。


「えっ」


 うかつだった。

 貴族名鑑に目を通したのに王族の把握を怠っていた。

 いまメアンは第三王子、と言っただろうか。


「そうか、言いそびれていたな。『前回』とは違い、正妃ロセルフィナのお前と同い年の第三王子が居るんだ。なんでも第三王子はまだ八歳で公の場には出ないので未知だが神童と聞いている。しかも王族が継承しやすいとされる金髪ときたものだから……」


 スカーレットの言葉にフレイアは頷いた。

 幸いなことにルフェウスもユリシスも王位に興味はない様子だったので王位継承で揉めることはないだろう。


「問題なのはフレイアに第三王子との婚約が持ち上がらないかという懸念です……フレイアは、ミネル姫と懇意なのですよね。王宮に出入りしておられる、と」


 憂いを滲ませるメアンにフレイアはそれは杞憂だろうと微苦笑を滲ませたけれど。スカーレットは腕を組んで難しい顔をする。


「それもそうだな。美しく、礼儀作法が完璧で、教養があるうえに賢く、魔力も豊富……ルーンベル家は伯爵家ではあるが侯爵家への叙任の話も出るほどだ。その上、王妃、側妃、先代王妃の覚えもめでたい。まずいな。確実に第三王子の婚約者候補に入っているだろう」


 スカーレットの静かな声に、フレイアは血の気が引く思いだ。

 親馬鹿ではないですかと笑い飛ばせる雰囲気でもなくて。フレイアは俯いた。


「王宮に出入りしているのはミネル姫になってしまったラクレス様が心配なだけなのに……」


 思わずそう零すとメアンがまじまじと此方を見つめてくる。

 そうだ、そういえばミネル姫の魂がラクレスであることをメアンに言っていなかったことを思い出す。

 軽く事情を説明するとメアンはまた顎に手を宛がって黙り込んだ。


「幸いなことにまだお互い八歳です。よほど政治的な有利がない限り、幼少期に婚約することはないと考えたいですね……」


「あとは事情を理解している者と婚約してしまうという手段だが……その場合は第三王子との婚約を避けられても、ルフェウス様とのことがうまくいかなくなるな」


 悩んでいる二人の様子にフレイアは申し訳なくなる。

 ルフェウスのことは諦めたくないがこうも世界が変わっていると実現不可能ではないかとも感じ始めている。


「あの……私……」

「そうだ! フレイア、学園の探究科を目指しませんか?」


 言いかけたフレイアをメアンが遮る。

 恐らく何を言おうとしたのかも察しているのだろう。

 有無を言わせない調子にフレイアは思わず怯んだ。


 そしてメアンの提案はとても魅力的に感じられた。

 学園の探究科は十二歳から入学し、教育課程は六年。

 入学するにあたり、魔力測定があり、基準値に満たないものは国内最高難易度と言われる入学試験を受けることすらできない、とんでもない学校だ。

 当然、そんな条件を乗り越えて入ってくる生徒達は将来の国の要として大切にされるし、王立遺物研究所に就職してしまえばどんな婚約も蹴ることができるというのが暗黙の了解だ。

 ただ、入学するだけでも過酷であるため、一年にひとり入学者がいるかいないかといった状況だ。


「私……」


 『前回』はただ、家から出たいがために入りたかった探究科。

 六年の教育課程に『父』がお金を出してくれるわけがないし、そもそも魔力が足りないと思い込んでいた自分は試験を受けようともしなかった。

 けれど今は何もかもが違う。

 『父』はスカーレットとなり、魔力は潤沢で……何より家から出る為ではなく、いまの自分はメナーディアの言葉を知って以来、魔法や『遺物』への興味が芽生えていた。


「『探究科』を目指します!」

 自分でも驚くほど意思を示した声は晴れやかだった。


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