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ちいさなメイド

 心配事は尽きないものの、王都のマナーハウスでの日々は平穏に過ぎた。

 考えすぎるとすぐに眠くなってしまう八歳の子供の身体を持て余しながら、フレイアは少しずつ、多くのことを知っていった。


 時が三十年巻き戻り、母の『ギフト』により一部の人々の魂が入れ替わった世界では『前回』と異なる点が多くみられた。

 最も大きな変化はルーンベル伯爵家の内情だが。

 『前回』に比べると『遺物』の開発が盛んで『前回』にはなかった便利な道具や珍しい料理が王都で提供されていたり。東の隣国、アウレアと国交が結ばれていたりした。


 いまのリース王国は、母の言っていた『ゲームの世界』というものともどうやらかけ離れている様子で。『ゲーム』のヒロインであるリーナがルーンベル家に現れないのも、この世界を司る、強制力のようなものが消えたと判断してよいのかもしれなかった。

 

 最近のフレイアは五日に一度の登城の日以外は、家庭教師から国の現状をそれとなく聞き出しつつ、ダンスや刺繍や絵画を楽しむ日々だ。

 メナーディア四足歩行計画も諦めてはいない。

 今日も今日とて眠るまでの時間をぬいぐるみ作りの時間に充てようと裁縫箱を引っ張り出していたフレイアは。失礼いたします、と声を掛けて入ってきた小柄なメイドを視界の隅に捉えてから、そっと目を向けた。


 小柄、と思ったけれど。『小柄』どころではない。

 子供だ、と思った時にはもう。

 黒い可愛らしいお仕着せを着たメイドが目の前に立っていた。

 結い上げられた黒い髪に、深い森を思わせる大きな緑色の目。

 可愛らしいのにどこか艶っぽくも見える泣き黒子。


「メアン……!」


 取り繕う間もなく、名前が口を突いて出た。


「フレイア様」


 幼いメアンは泣きそうに顔を歪める。

 メリナ・アンクレー伯爵令嬢は存在しているのでいまのメアンは『ギフト』を使い、変装した姿なのだろう。

 恐らくフレイア同様、『前回』の記憶を取り戻したメアンは……フレイアに会いに来てくれた。

 厳重な伯爵家の監視をかいくぐるという危険を冒して。

 それに気づくとすこし、伯爵家の警備体制が心配になってくるけれど。

 いまはメアンと会えたことが純粋に嬉しい。


 けれど同時に恐ろしくもある。

 自分は『前回』メアンを裏切ったも同然だ。

 秘密を抱えたまま何の相談もなく、死んだ。

 優しい約束にすら応えることはできなかったし。死ぬ瞬間まで見せてしまった。

 嫌われても仕方がない、と思っていると温かい身体がぎゅっと抱き着いてくるので、慌てて抱き返す。

 重ねた胸からとん、とん、と打つような鼓動が伝わってきて。

 静かな、押し殺した嗚咽と肩が湿る感覚で。メアンが泣いている事を察したフレイアは驚いて固まりながらもそっとメアンの頭を撫でた。


 メアンは何も言わなかった。

 けれどメアンが泣いたという事実。それだけで千の言葉よりも堪えた。

 フレイアは無言のまま、メアンを抱きしめたまま唇をかみしめた。

 自分は泣いてはいけない、と思ったけれど大きな感情を受け止めきれない小さな体はあっという間に大粒の涙を零す。

 せめて嗚咽は漏らさないようにしよう、と思ったフレイアはきつく唇をかみしめて胸を突き破るような良心の呵責に耐えた。


「またお会いできてうれしいです」


 どれほどの時間が経っただろう。

 体を離したメアンが笑いかけてくる。

 お互い顔には泣いた名残があり、格好がつかないけれど。

 やはり再会できた喜びが上回っていて。フレイアはメアンの手を握ったまま深く頷いた。


「私もまた、会えてうれしいわ……そして、本当にごめんなさい」


 自分が謝っても自分が楽になるだけだ。

 それがわかっていても謝らずにはいられなくて。フレイアは深く頭を下げた。


「おやめください、フレイア様」

 謝るフレイアをメアンが押しとどめる。

 涙の痕の残る顔にはどこか清々しい笑みが浮かんでいて。フレイアは掌で目元を拭ってから姿勢を正した。


「ごめんね、ありがとうメアン……謝るような事態にはもう、しませんから」


 押し殺した吐息のせいで声は掠れて音程を失っていたけれど。百の謝罪よりもきっとメアンが聞きたい事だろうと思う一言を返すとメアンがにっこりと微笑んだ。


「はい、今度は侍女であり、友人として共に」

「……でもメアン、いまのあなたはルフェウス様に命じられたわけではないではないでしょう」


 問いかけるとメアンが笑みを深めた。


「はい。いまの私はルフェウス様を支えきれずフレイア様を失った『メアン』であり、セラス様と共謀しフレイア様を巻き込んで楽しもう、と密かに約束したことをなにひとつ果たせなかった『メリナ』です……私は、今度こそお二人に幸せになっていただき、なにより自分が満足するために来たのです」


 メアンの言葉には力があった。


「メアン……気持ちは嬉しいけれどまだあなたは八歳でしょう。『ギフト』の連続使用は体に負担がかかるのではないかしら」


 メアンの気持ちは嬉しいけれど、心配が勝ったフレイアは問いかけ。その言葉にメアンがくすぐったげに微笑んだ。


「私の魔力はフレイア様ほどではありませんが潤沢です……と言いたいところなのですが、確かに八歳の身体はすぐに眠くなりますね」


 そう言いながらメアンが小さく欠伸を噛み殺す。


「申し訳ありません、泣いたせいでしょうか……なんだか、急激に……眠く……」


 そんなことを言い始めるのでフレイアは慌ててメアンを自分のベッドに横たえた。

 靴を脱がせ、眠りやすいようにメイド用のヘッドドレスを外す。

 コルセットはしていないようなのでそっと毛布を掛けると半分夢に足を突っ込んだような、ふにゃふにゃとした謝罪が聞こえた。


「まだ私たちは『幼い』のだからお友達として傍に居てください。『様』と呼ぶ必要もありませんよ」


 囁くように告げるとメアンが微笑む。


「魅力的な申し出ですが私は……フレイアを美しく装うのが三度の飯よりも好きなのです……」

「それはありがたいけれど今は眠ってください、メアン」


 フレイアは微笑みながら欠伸を噛み殺し、そっと眠るメアンの髪を撫でた。


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