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悲劇のような、喜劇のような

「会えてうれしい、本当にうれしい……何がどうなったのかわからないんだが……ある日、目を覚ましたら五歳の女の子になっていたんだ! この一年、ずっと覚めない悪夢の中に居るようだった!」


 ルミルの口車のお蔭で、子供同士で遊ぶことになり。

 フレイアはミネルの魂と入れ替えられてしまったラクレスとふたりで庭園に居た。

 離宮から見守ることのできる庭園は花が咲き誇り、低木ひとつとっても完璧に整えられていて、まるで夢の世界のように美しいけれど。そんな景色に見惚れている余裕はなかった。

 何故なら逃がすまいとするかのようにラクレスに羽交い絞めに近い形でぎゅうぎゅうと抱きしめられたままだからだ。

 

 ここにはラクレスを咎めてくれるリオンはいない。

 フレイアはラクレスの手の甲を軽く叩き、はっとしたラクレスが細く繊細な指をフレイアから離した。


 辺境から出たことのないラクレスにとって、王都の……それも王城の離宮に閉じ込められるような生活は苦痛以外の何者でもないだろう。

 あんなにも戦うことが好きだったラクレスだ。

 いっそのこと、先代女王が考えている通り、バスラム領で暮らした方が、女性の身体のままとはいえずっと過ごしやすいだろう。

 このままラクレスが思うままに振舞えば、自然とそうなるのではないかとフレイアは思ったけれど。


「そのうえ俺の『ギフト』が発現してしまった」


 肩を落としたラクレスの言葉を聞いてそれはまずい、と深く頷いた。

 

 ラクレスの『ギフト』は治癒だ。

 先代王の娘で、王族特有の金の髪を受け継ぎ、治癒の『ギフト』を持つ……


「教会が放っておきませんか」


 察したフレイアがそう声を掛けるとラクレスが項垂れたまま頷いた。

 『ミネル』の顔が天真爛漫な少女といった顔だから、余計に見ているだけで悲壮感が伝わってくる表情になっている。


「『聖女』はまずいですね」


 フレイアは長年空位だった役職を口にした。


 この国で信奉されているのは創生の女神を頂点とした多神教だ。

 国中に土着の神を奉る教会が点在し、この王都では創生の女神が奉られている。

 そして『聖女』とは治癒や浄化に関わる『ギフト』を持ち、王族の血を引く姫が就く名誉職のような存在だ。

 その任に就いてしまったら最後、身の回りの世話をしてくれる二人の『騎士』と共に教会での生活を送ることになり許可なく王都を出ることすら難しくなってしまうという。

 だが『聖女』という地位は長年王族に適性のある『ギフト』を持つ者が生まれなかったため形骸化していったものの一つだ。

 それこそ魔法が存在していた頃はいまとは全く違う仕組みだったに違いない。

 

 近世において『聖女』として擁立することのできる姫が生まれた時に教会が『聖女』を求めるのは……信心深い信者や民からの寄付が増大するからに他ならない。


 最後に『聖女』が擁立されたのは凡そ百年前。

 『聖女』として人生の大半を教会で過ごした彼女の印象が強いのだろう。

 『聖女』と聞いただけでラクレスの目には強い恐怖がある。

 このままでは王女王城脱走事件が起こりかねない。

 

「ラクレス様としては辺境伯家に戻りたい、ですか?」


 たとえ身体が違っても、馴染み深い土地や人々との生活が送りたいだろう。

 そう思いながら問いかけるとラクレスは深く頷いた。

 

「その事なんだが……今度『母上』が視察という名目で辺境伯家に滞在されるそうなのだ。わがままを言ってついていって、その時に辺境伯家の者達だけが知る秘密の抜け道を使って逃げてしまおうと思って……」


 そう言いながらラクレスはじわっと涙を浮かべる。

 ラクレスもまた、六歳の少女の身体に引きずられているのだ、と思いながら。フレイアはそっとラクレスの頭を撫でた。


 リオンかアルテか……辺境伯家の誰かが『前回』の記憶を持っていれば王族や教会を相手取ることになったとしても辺境伯家の人間はラクレスを匿うだろう。

 だが辺境伯家の誰も『前回』の記憶を持っておらず、更に魂の入れ替えが発生していたら事態はラクレスにとって、最悪に等しい結果となるだろう。


 フレイアとしてはラクレスは大切な友人であり、弟のような存在だ。

 無力な八歳の子供ではできる事は限られるがどうにか力を貸したいと思った。

 そして先代王の娘であるミネルの身体にラクレスの魂が入っているということは。辺境伯家に連なるラクレスの肉体には本来生まれるはずではなかった先代王の娘の魂が入っているはずで……そちらもどうなっているのか気になった。


「ユーノ様が辺境に向かわれるのはいつでしょう。もしも少し先なら、私、お母さまにお願いして辺境の状況を確かめてみます」


 そう言いながらフレイアはもしかすると母ならば辺境伯家の状態を把握しているのではないかと考えた。


「若しくは、お母さまに訊いてみます」


 フレイアが説明するとラクレスの顔がぱっと明るくなる。


「社交期が終われば私は領地に戻り、お手紙でやりとりをすることになるでしょうが、内容はすべて読まれていると考えた方が良いですね」


 今後のことを考えながら話をしているとぎゅっと手が握られた。

 言わずもがな、手を握ったのはラクレスだ。


「せめて、社交期の間はできるだけ会いに来てほしい……フレイア姉さん……」


 その声音があまりにも切実なものだから。

 フレイアは微苦笑を浮かべてそっとラクレスの肩を包み込むように抱きしめた。


「勿論そうするわ……心細いのは少しの間よ」


 そうなればいい。

 そう思いながら言葉を紡ぐと魔力が減った気配はなかった。

 実現が難しいものほど魔力を使うので……それはとても良い兆候のように思えた。




「あーやっぱりミネル姫にラクレスが入ってたのか」


 帰りの馬車。

 ルミルがフレイアの言葉を聞いて声を上げた。


「……ふっ、ふふふ、ははは、あはははは!」

 

 と思ったら大声で笑い出す母に。フレイアは少し不気味なものを感じて窺うように母を見た。


「何もおかしいことはないと思うのですが」


 ラクレスの混乱と不安にふれたせいだろう、口調は自然と咎めるようなものになる。


「うん、ごめんね……ほんとラクレスからすると悲劇なんだけどさー……ユーノが考えてることがさ……『このままミネルを外に出すわけにはいきません。故に辺境伯家に嫁がせようと思うのです』だってー」


 その言葉にフレイアは息を飲んだ。

 どの道、ラクレスは辺境伯家に戻ることができるのだろう。

 それをラクレスに伝えたらどれほど喜ぶことだろう。

 そう思っていると母がまた、だははははっと伯爵夫人が零すには下品すぎる笑い方をし始めるので何か続きがあるな、と身構える。


「それでさぁ、傑作なのが……『幸運なことに同い年のラクレスという少年が居るそうです。武の素養があり、まだ剣を握り始めて間もないが、素晴らしい才を持っていると……故にミネルをラクレスに嫁がせようと思います』だって!」


 母の言葉にフレイアは思考が追い付かなかった。

 いや、すぐに理解したくなかったというべきだろうか。

 だがそんな現実逃避を母は赦してくれない。


「いやーあれじゃん、流行ってた長いタイトル風に言うと『辺境伯家最強剣士だった俺、転生したら治癒ギフト持ちのお姫様。しかも前世の俺と結婚させられそうなんだが!?』じゃん! しかも治癒の『ギフト』のせいで聖女に祭り上げられそうって……『聖女になるなんてまっぴらごめん』の副題までつけられるじゃん!?」


「仰っている意味がよくわかりませんが……笑い事ではありませんよ」


 フレイアは嘆息した。

 自分は会えないうちに母を神格化しすぎていたのかもしれないと思う時はこういう時だ。

 ラクレスにとっては笑えない事態だろう。

 辺境伯家に戻れるが自分と結婚させられると知ったラクレスはどう思うだろう。

 絶望するだろうか。

 それともひとまず受け入れて辺境伯家で生きていこうとするだろうか。

 次の王城の訪問の日にどうラクレスに伝えたらいいのか考えながら、フレイアは体力の限界を感じ。馬車の揺れにそっと身をもたせ掛けて眼を閉じた。


 第一王子の紋章を掲げた馬車とすれ違ったことに気づかずに。


 その時は、考えもしなかったのだ。

 安請け合いをしたわけではないが、王城に出入りすることで起こりうる事態というものを。

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