予期せぬ再会
リース王国の王城は城壁の内に広大な庭園を有しており、ひときわ目を惹く巨大な城では執務や裁判や謁見を始めとするありとあらゆる政務が行われ。王や王妃、王子達を始めとする王族が住まう部屋を擁している。
敷地内には離宮がいくつかあり。静養を必要とする王族や幼い王族、側妃が住まうこともあれば、同盟国からの使者や王族が滞在することもある。
また、城壁の一部はそのまま騎士や近衛兵の兵舎となっており。王城の付近には訓練場や厩舎、武器庫、王立遺物研究所等が隣接している。
そんな知識を思い出しながらフレイアは恐々と母について馬車を降りた。
王城にはルフェウスの腹心となってしばらく住んでいたとはいえ、幼い身体は本能的に緊張していた。
「大丈夫だよ。フレイアちゃんは今日も超かわいいから」
母は微笑んでそんなフレイアの手を取る。
緊張するのは確率が低いとはいえ、ルフェウスに鉢合わせするのではないかと考えてしまうせいでもある。
ルフェウスはまだ『前回』の記憶を失っているようなので『王位継承権を放棄した第一王子』らしい振舞いをするだろう。
だが自分は……十二歳の、王族としての苦労は多いだろうが『前回』のように数多の『過去』であり『未来』を背負ったルフェウスを見て平静でいられるだろうか。
もしかするとルフェウスがただ幸せそうに過ごしているだけで、安堵で泣いてしまうかもしれない。
そうこうしているうちに夢のように美しい庭園を臨める回廊を通り抜け、離宮にたどり着いていた。
通された離宮は見慣れないもので、少しだけほっとする。
流石に『前回』自分が死んだ場所だと落ち着かなかっただろう。
侍女に通された部屋には大きな丸いテーブルが置かれ、既に王妃、先代王妃、側妃が席に着いていた。
丸いテーブルの中心には庭園で手折ったのだろう、瑞々しい花々がまるで一つの芸術作品のように飾られ。花を引き立てるような白磁に上品な絵が浮かび上がる、ティーセットが置かれていた。
「ようこそ、いらっしゃいルミル。なんだか離宮であなたを見ると不思議な気持ちになるわ」
「私もそう思うよ、フィーナ。王都の酒場で会うことの方が多いからかなー」
最初に母に声を掛けたのは王妃ロセルフィナだ。
公の場で王妃を見たことは何度もあったけれど。こうも肩の力を抜いた王妃を見るのは初めてだ。
王妃の髪は燃えるようなうつくしい赤で。息子のユリシスと全く同じ色だとフレイアはしみじみと思った。
冷徹にも感じられるほどしろく整った造作にかっちりとした黒いドレスはとても華やかに感じられ。うっかりフレイアは魅入ってしまった。
「あなたが散々ルミルが自慢していたフレイアね。急に呼び立ててごめんなさいね、お菓子も用意してあるわ、たくさんお食べなさい」
そんな状態だったので、すっと腰をかがめて眼を合わせてきた王妃を前にして、フレイアは自分の頬が熱くなるのを成すすべなく感じながら、びくりと肩を震わせる。
「本日は、お招きいただき誠にありがとうございます、王妃さま」
はっとしてカーテシーをするとしろいドレスの裾がふんわりと夢のように広がった。
焦りと緊張で上擦りそうになる声を喉に力を込めて抑えていると王妃が口元を覆う。
「うん……ルミル……わかったわ。あなたの言わんとすることが」
「ふふーでしょー」
「いいなぁ、ルミル……娘っていいなって羨ましくなるわー」
母と王妃が話しているところに側室のエウロ妃が入ってくる。
反射的にフレイアは身構えた。
それはどうしても『前回』の記憶があるせいだが。
憑依されていないエウロ妃は大陸一と称えられる儚い美貌を上気させ、ずいずいとこちらに寄ってくるのでフレイアは思わず姿勢を正した。
「それにしても本当にルミルにそっくりねぇ……でもルミルより真面目そうね」
ルフェウスの母であるエウロ妃は噂通り、おっとりとした性格であるようで。白銀の髪を煌めかせ、薄氷のような淡い蒼い眼でこちらを見つめてくる。
目の色に合わせたのだろう、空色よりも淡い色のドレスはふんわりとした仕立てで雲を思わせるレースやフリルが巧みにあしらわれ、見惚れてしまうほどにやわらかで美しい。
「あぁー可愛いー……いいなぁ……」
そのまま固まっていると頬を撫でられる。
滑らかな手は心地よいけれどやはり緊張してしまって。
ルフェウスはエウロ妃にとても似ているけれどあまり重ならないのは、受ける印象がまったく違うせいかもしれないと場違いなことを考えた。
「エウロ、放してあげなさい。身を硬くしているわ、可哀そうよ」
静かな声がした。
いつの間にか傍に佇んでいたのは先代王妃だ。
辺境伯の妹でもある先代王妃は鴉の濡れ羽のような滑らかな黒髪をきっちりと結い上げ。とても気品のある顔立ちをしていて、眼光が鋭かった。
身に纏っているのは深い森を思わせる深緑色のドレスで。すっとした輪郭は美しい姿勢が無ければ魅力が半減すると肌で感じる、彼女のためにあるようなドレスだった。
「……それにしてもお利口さんで羨ましいわ。わたくしにも娘が居るけれど、とても表に出せないから娘共々辺境に引っ込もうかと思うほどよ」
「ミネル様はまだ六歳でしょう? いずれ身につくわよー」
フレイアは先代王妃の言葉に目を瞠った。
『前回』では先王と先代王妃の間に子はいなかったはずだ。
生まれなかったはずの子供が六年前に産まれているということは……先王は崩御したのではなく、禅譲したのだろう。
「そんな気がまったくしないのよ……けれど、それは年齢の近い友人がいないせいかもしれないわね。ルミル、この場に娘を呼んでもいいかしら? あわよくばフレイアとミネルが友人になってくれたらうれしいのだけれど」
「フレイアちゃんは構わないかな?」
先代王妃が母に問いかけ、母が問いかけてくる。
まさか首を横に振れるわけもなく、フレイアは頷いた。
先王の娘、という複雑な立ち位置に産まれたことに少し、同情しながら。
どんなに躾がなっていない姫君でも相手は六歳なのだから忍耐強く接しよう、と心に決めた。
「フレイア姉さぁぁあん!」
「えっ!?」
そして。姫君が出てくるのを待つ間、せっかく用意されたお菓子を嗜もうと考えてテーブルの上のお菓子を見ていたところで……予想外の速さで『姫君』が現われた。
侍女達がドレスを着せつけようとしたのだろう。
愛らしい黄色のドレスは脱げかけ、王族が継承しやすいという金の髪も乱れきっている。
いいや、そんなことよりも……なによりも……その呼び方をするのは、フレイアの知る限り、ひとりだけだ。
「ミネル、あなたまた、なんて格好で!」
「あぁー……まぁまぁ、ユーノ、ミネルちゃんはこんなに慌てちゃうほどお茶会に来たかったんだよ」
険しい目を向ける先代王妃を母が宥める。
がっしと抱き着いてくる、自分よりも年下の、けれどそう身長の変わらない少女を抱きとめたフレイアは……跳ねた心臓をどうにか抑えようとしながらそっと囁いた。
「あなたは……ラクレス様ですね?」
その問いに先王の娘、ミネル……『前回』辺境伯領の『軍神』とまで呼ばれていたラクレスは涙目のまま頷いた。




