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ルミルの趣味

「あらーフレイアちゃん、やっぱり青が似合うー。目の色にも映えてとっても素敵。でも深紅も捨てがたい……黒い髪にはやっぱり深紅! あーでもお肌が白いから緑や黄色や紫も幻想的でたまらん……白やピンクも王道だよ……あー妖精さんがいるー。なんでこの世界にはカメラがないのかなーそういう『ギフト』持ってる人が居たら言い値で雇うのにー」


 昼下がりの広間。

 出入りの商人がうず高く積んだ箱の中から次から次へと商品を出してくる。

 ドレスや靴、帽子、果てはパニエや下着まで。

 兄の次に母に呼ばれたフレイアは何事かと思って様変わりした広間に入って立ちすくみ……そのまま着せ替え人形と化した。

 主にスカーレットの手腕のお蔭でルーンベル家の財政が『前回』と違うことをわかっているとはいえ、こんなにたくさんの商品を持ち込ませる母を見ると不安になる。


「あの……お母さま。私、お茶会などに参加する予定はないのですけれど……」


 そのうえ普段使いのものとはいえ明らかにすべて、誂えた品なのでフレイアは震えた。

 つい、自分が伯爵となり社交期に着る為のドレスの新調をメアンに提案されて、見積もりを出してもらったときのことを思い出す。

 卒業式は時間もなかったのでセラスの伝手を使わせてもらった。

 故に単独でドレスを誂えたことのなかったフレイアは卒業式のドレスがセラスの『友情価格』であったことを知り……セラスに感謝しつつ、見積りの紙をそっと閉じた。

 それをメアンに見咎められ、思わず自分の食費に換算して顔を蒼くしながらも泣く泣くドレスを仕立てたのだ。

 結局それが自分の死装束になったので無駄にはならなかったと言えよう。


「それがお茶会、参加するの」

「えっ!? けれどもう社交期も半ばを過ぎましたよ」


 並べられたドレスはどれもこれも誂えたものだがまだ普段使いで通るものだ。

 招いてくれた相手は気安い関係なのだろうか。

 辺境伯家以外との付き合いを知らないフレイアは母を探るように見。

 母は果たして満面の笑みを浮かべた。

 とても得意そうな、少しひと癖ある笑み。

 それだけで『あ、これはまずいやつ』……となんとなく確信してしまう。


「招いてくださったのはなーんと王妃様!」

「な、なぜ……」


 気安かったとしても絶対に手を抜いてはいけない相手に。フレイアは上手く息ができなくなった。


「いろいろあってね。たまにフィーナとは城下で飲むの……フレイアちゃんを連れていくことになったのはー……まぁ、勢い? でも大丈夫だよ。フレイアちゃんは礼儀作法完璧だし超可愛いし。ドレスだってほーら」


 そう言いながら母は商人を手招く。

 商人が恭しい手つきで運ぶ、ことさらおおきな箱にフレイアはただ、慄いた。


「こ、このこと……スカー……お父さまは、ご存知なのですか?」

「うーん、言ったような気がする?」


 商人の手前、フレイアはそれ以上の言及を控えた。

 

 そして箱が開かれる。


「いやー『趣味で着せたい!』ってグリムを説得した甲斐があったよ。備えあれば憂いなし?」

「……多分違うと思います」


 入っていたのは一見して最高級であることがわかる、純白のドレスだった。

 採寸した記憶がないのは自分の記憶が戻る前に行ったからだろう。

 フリルでたっぷりと膨らんだフォルムは愛らしく。まるで風に揺れる鈴蘭のよう。

 けれど愛らしすぎず、可憐さが勝つのは首元や腰のフォルムが自然に絞られ、艶やかな生地を引き立てるように裾や袖に薄緑色の繊細な刺繍があしらわれているためだ。

 ところどころで輝く小粒の真珠が夜露のようで。フレイアは思わず見惚れた。


「あぁーほんとに最高の出来栄え! 社交期のうちに絶対絵師を呼ばなくちゃ! 依頼するからには良い絵師じゃなきゃ! エルムスもヒルデも誂えた服があるから三人で並んでっていうのもありね」


 母が興奮のあまり淑女にあるまじき動作でソファの上を転がり。

 最終調整のためにドレスを試着することになったフレイアは殊更緊張しながら着用した白いドレスを見下ろした。

 商人は満面の笑みを浮かべ、ドレスを着せつけてくれる仕立て屋は仄かに頬を上気させ、最高傑作を見る目でこちらを見つめてくるのでどんな顔をしたらいいのかわからなくなる。

 素晴らしいドレスの着心地は予想以上に心地よく。

 白い薔薇がふんだんにあしらわれたヘッドドレスと、縫い付けられた真珠と美しい刺繍が目を惹く、ドレスと同じ生地で作られた布の靴を履いたフレイアはただただ、呆然とした。

 

 あと何日もしないうちに自分は王城に赴き。母のおまけとはいえ王妃ロセルフィナと顔を合わせることになるなんて信じられなかった。


「あ、そういえばお茶会は離宮で内々に開催されるものだからあんまり緊張することないよ。まぁ、離宮開催だからユーノもエウロも来るんだけど」


 思い出したように付け加えられた名前にフレイアは眩暈を覚えた。

 側室のエウロ妃はルフェウスの母で『前回』ではメナーディアに憑依されていたが、今回は無事なのだろう。

 そして母の言うユーノとは辺境伯の妹で母が幼いころから懇意にしていたという先代王妃のことで間違いない。

 彼女もまた『前回』メナーディアに憑依され、母と時を同じくして命を落としていたはずだが今回は健在であるようだ。

 王が代替わりしているということは先王は『前回』と同様に崩御しているのだろうか。

 それとも何等かの力が働いてただ禅譲しただけなのだろうか。


「ユーノ様は……先代王妃様ですね」


 念のため、フレイアは確かめるようにそう問いかけ。母は満面の笑みで頷いた。


「そうなの。実はフィーナにフレイアちゃんの可愛さを自慢してたらじゃあお茶会を開きましょうってことになってねー。いつの間にかユーノとエウロも来るって言い出したの」

 

「お母さま……」 

 

 母は結婚前に先代王妃のユーノと友人のような関係にあり、王家に嫁ぐ際も共に赴き、そのまま王城で仕えていたのだった。

 その際に年齢の近いロセルフィナやエウロと言葉を交わす機会もあったのだろう。

 もう何も、母に関しては驚くまい、と思いながらも。フレイアは反射的に膝をつきそうになり……ドレスを試着していることを思い出して踏みとどまった。

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