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予想外の新生活

──おい、なんてことしてくれたんだ、起きろ、起きろってば!


 魔力が尽きて眠ってしまったことはこれで二回目……そして『今生』では初めてだ、と思いながらフレイアは目を開け。

 それだけで手足が鉛のように重いことに気づく。

 魔力切れの症状だ、と思いながらその、子供の状態で受け止めるにはあまりに辛い倦怠感に呻く。

 けれど自分はちゃんとベッドの上で布団をかぶって横たわっていて。投げてしまった枕もちゃんと使っている状態だ。

 恐らくあの後、エマが寝床を整えてくれたのだろう。

 あの後……あの後!


 フレイアは咄嗟にがばりと起き上がった。


──やっと起きたか、ねぼすけ娘。


「どこ!?」


 自分が追い出したメナーディアの魂が自分の中にないことは手に取るように分かったけれど。頭の中に聞こえてくる声は消えていない。

 だが少し離れたところに居るのだろう、微かだ。


──ここだよ、ここ……棚の上。下ろしてくれないか。


 フレイアは重い身体の感覚を押してベッドを降りた。

 メナーディアの言うことに従う気はなかったけれど現状を把握しなければいけないと思った。

 どこから声がするのか、わかりづらかったけれど、声は棚の上の……黒猫のぬいぐるみから聞こえた。

 どうやらフレイアが自分の中から弾いた魂がそのぬいぐるみに入ってしまい、そのせいで動けないようだ。


「動けないの、出られないの?」

 椅子をえっちらおっちら運び、棚の上からぬいぐるみを取ったフレイアは軽くぬいぐるみを揺さぶってから問いかけた。


──認めるのは癪だが、そうだよ。笑いたければ笑えよ。あと揺するな。なんか気持ち悪い。


 うっかり笑ってしまいそうになる状況だが笑えない。


「お気に入りなのに……」


 記憶が正しければその黒猫のぬいぐるみは母がくれたものだ。

 だから部屋のどこからでも見える場所に飾っていたのだ。


──知った事か、私も好きで入ったわけじゃない。


「えー……でも……このお部屋にあなたが入って良いものはないわ……あ、スリッパとか?」


 そう言ってから足元からメナーディアの声がしても嫌だな、と思った。


──私になら何を言ってもいいと思うなよ。


「別に……あなたに好かれようとは思わないし。むしろ私はあなたのことが好きではないし」


 手元のぬいぐるみが頭をもたげる。

 ぬいぐるみは可愛いのに動いている理由がメナーディアだと思うと放り捨てたくなるから不思議だ。


──そんなことを言ってもいいのかな。

お前が死ねば私も死ぬが、逆に言えば私の魂はお前が死なない限り消えない。

  そこのところをよく……


 関節がないからだろう、不気味に蠢くぬいぐるみを見下ろしながら、フレイアはふぅっと息を吐いた。

 母に貰ったぬいぐるみは惜しいが母は存命だ。

 事情を離せばわかってくれるだろうし。そのまま、このぬいぐるみを縛り上げ、どこか暗くて狭いところに埋めてしまえばお互いの声も届かなくなって解決ではないだろうか、と考えると手の中のぬいぐるみがぶるぶると震えた。


「もしかして、私の考えている事、伝わっているの?」


──当然だ!


「そう……」


 やはり手の中で震えるぬいぐるみの感触が気持ち悪かったので。フレイアは机の引き出しからリボンを取り出すとぬいぐるみの手足を縛った。


──おい、まさか……


「うん。やっぱりあなたとは仲良くできる気がしないしお互いの為にもならないと思うから……埋められるのは嫌よね。でも、せめて綺麗な場所を探すから……」


──待て、私なら! 魔法を教えられるぞ!


「魔法?」


 耳を貸さないようにしようと思っていたフレイアは紅いリボンでがんじがらめになっているぬいぐるみを覗き込んだ。


──あぁ、魔法だ! 失われしもの。ありとあらゆる魔法を私は知っているしお前は適性がある! だから……


 うごうごと綿の詰まった体を捩りながら黒猫のぬいぐるみがこちらを見上げる。

 やっぱり怖いだけだ、と率直な感想をもちながらも。フレイアは興味を引かれた。


「お母さまとスカーレット様にバレたらあなた、八つ裂きになるわね。あなたの声は私にしか聞こえないのかしら」


 固く結んだリボンの端を持ってフレイアは微笑んだ。


──私は、魔力を持たない、魂だけの存在だ。

  『ギフト』もあるが私の『ギフト』がただの不死であり、それもいまやはお前の『ギフト』に上書きされていることはお前も知っているだろう。

  お前にだけしか私の声を感じることはできないし。

  この身体では満足に動くこともできない。


「それも『いま』の私が死ぬまでのことでしょう。これまで苦しめてきた人たちからしたら軽い罰よね」


 フレイアがそう言うとぬいぐるみは諦めたように動きを止めた。

 溜息を吐いたフレイアはハサミでリボンを切った。

 シャキン、と小気味よい音と共に恐らく元は帽子か靴の包装だったのだろう、深紅のリボンが絨毯に落ちた。


「私、あなたにこれ以上ひどいことはしないわ。でもあなたが誰かにひどいことをするなら何も躊躇わない」


──わかっている。


 動かなくなったぬいぐるみを見下ろしたフレイアはほんの少しだけ憐れを感じて。せめて身動きできる形状の何かにメナーディアの魂を移し替えようと密かに考えた。

 



「おねえさま……お熱は、さがりましたか?」


 見覚えのないメイドが入室の許可を取りに来たと思ったらちいさな女の子がとてとてと歩いてきてベッドの傍に立ったのでフレイアは息を飲んだ。

 せいぜい年齢は五歳ほどだろうか。

 ぷっくりとした薔薇色の頬が目を惹く、ビスクドールのような愛らしい女の子だ。

 間違いなくいま、この少女は自分に向かって『おねえさま』と呼んだ。

 小麦色の髪は父に似ているし蒼い眼は母に似ている。

 妹、と言われたら納得してしまうけれど勿論記憶にない存在だ。

 もちろんリーナでもない。


「はい、もう大丈夫ですよ」


 フレイアは微笑んだ。

 どういうことだ、とスカーレットを問いただしたい気持ちでいっぱいだった。

 そこで問いただす相手に母がでてこないのは……まだ母とは一度しか会っておらず、遠慮があるせいだ。

 

「あっ、ヒルデ! フレイアのお見舞いに行くなら僕も一緒に行くって言ったじゃないか」

 

戸惑っているうちに開いたままだったドアから兄のエルムスが入ってくる。


「ごめんなさい、おにいさま……でも、おにいさまは昨日おねえさまに会ったといっていました、ずるいです」

「それはー……そうだね。ごめんねヒルデ。でもフレイアはまだ病み上がりだからね、病み上がり……お熱が下がったばかりだから少しだけだからね」


 一気ににぎやかになる寝室にフレイアは微笑んだ。

 兄の魂は別の誰かと入れ替わっているような気がするが。それとも『前回』の兄がああなったのは育つ環境によるものである可能性もある。


 考えているとくらりと眩暈がした。

 熱の名残でも記憶が戻ったせいでもなく。

 これは魔力を損耗したせいだろう。


 違和感しかない妹はひとしきりフレイアに甘えた後、やはり違和感しかない兄に連れられて部屋を出ていった。




「ヒルデは……その、勢いというか」


 夕方。執務が終わったらしいスカーレットが部屋を訪れたので『前回』存在しなかった妹について問いただすと、スカーレットは気まずそうな顔をしてそんな答えを返してきた。


「勢い」


 まさかの単語を思わず反復するとスカーレットが更にどう言ったらいいのかわからない顔をする。


「まさか三人目ができるとは思っていなくて……でも授かりものだ、喜ばしいことだろう」


「あー……いえ、なんでもありません」


 自分も八歳の子供の身体に振り回されているのだ。

 スカーレットもまた、男の身体に振り回されているのだろう。

 そう思おうとしたけれどなんだか知りたくないことを知ってしまった感覚があって。フレイアはまた、重くなる頭を押さえて呻いた。

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