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降ってわいた話

次のお話は楽しい回にする予定ですー

「思いのほか、すんなり応じてきたな」


 エウロ妃からの謁見了承の返書が返ってきた日の昼下がり。

 マナーハウスを訪れたスカーレットが知らせを聞いて眉を顰めた。


「こちらは大荒れだったけれどね」


 ルフェウスは肩を竦めるが『メリナ』が折檻を受けたことを知っているのだろう。

 眇められた眼に苛立ちが見えた。


「ああする他なかったけれど嫌な目に遭わせてしまった……すまなかった、メアン」


「『他の私』にも謝ってくださったのでもう十分ですよ、殿下……フレイア様もです」


 謝るルフェウスを見て思わず自分が謁見を望んだせいで、と言いかけたフレイアをメアンはいち早く制して微笑んだ。

 痛みはもうないし不調もないのだろう。

 その表情に陰りがないことが救いだった。


「それにしても殿下がフレイアと婚約すると言ったら、あの存在が納得しなかったでしょう。どうやって説得を?」


 スカーレットが隻眼を煌めかせて問いかける。

 面白がる空気に少しフレイアはつい咎めるような目をスカーレットに向けてしまうけれど。メアンは気にした様子もなく笑って……何故か期待を込めた目でルフェウスを見ている。


「真実を語ったまでだよ。恋をしてしまったので望んだ、と」


 予想外の言葉にフレイアは飲む気分になれないまま手を添えていたティーカップをひっくり返しそうになった上に、顔を上げられなくなった。

 羞恥よりも、胸を刺すような罪悪感がこみ上げる。

 もしも隠し事をしていなければ、ただひたすらに羞恥を感じていただろうけれど。呼吸が覚束なくなるような気持ちになるのは……ルフェウスを……自分以外の全員を騙す形になってしまっているせいだ。


 思わずだろう。スカーレットがヒューッと口笛を吹いた。

 

「まぁ僕は『正史』では政略結婚をして王になるらしいから相手は子供さえ産めればどうでもいいと思ったんだろうね。それでも『メリナ』に当たったのは……フレイア……いいやルミル殿に関しての記憶が残っていて、焦りを感じたからなのかもしれない」


 ルフェウスの言葉にフレイアははっとする。

 神の権能を失い、亡霊となった記憶を失っていたとしても、ルミルの記憶が完全に消えたわけではない。

フレイア・ルーンベルを『正史』では死ぬ少女として覚えていなかったとしても、かつて元王妃だった頃に従わせていたルミルの娘ということで警戒されている可能性はあるだろう。


「明日は斥候のようなものです。メナーディアがフレイアに対してどんな認識をしているか……まさか、いまの立場を捨ててフレイアに憑依したりしないでしょうが、用心に越したことはありません」


 こちらを見つめるスカーレットの言葉にフレイアは頷いた。

 喉奥が、絞められたように苦しくなって、頷くのがやっとだった。


「怖がることはないよ、フレイア。何かあっても僕が護るから」


 降るような、ルフェウスの言葉が辛かった。

 貴族としてあるまじきことだが自分がどんな顔をしているのか考える余裕すらなかったけれど。幸い、違和感のない表情だったようだ。

 その顔を見た、ソファの隣に座るルフェウスが落ち着かせるように肩を抱いてくれる。

 温かくしなやかな腕の感覚が心地よいけれど。フレイアはますます重く沈み込む胸を持て余したまま、どうにか微笑んだ。


「一番まずいのはフレイアが憑依されるという展開だ。魂は魔力と結びつくので『ギフト』を行使されるなんてことはないだろうが……魂の状態のフレイアがあの存在に操られる可能性も捨てきれないからな」

 

 スカーレットの言葉にフレイアはまた息が詰まったような気分になりながら頷いた。

 憑依されることが目的だとは口が裂けても言えないと思ったけれど。憑依に抗うことができるかは未知数で。それも懸念していることのひとつだ。


「……憑依されるとまず抗えないもの、なのでしょうか」


 問いかける声は自然とひっそりとしたものになる。


「ルミル曰く、先代王妃は抗っていたそうだ。憑依された直後はわからないが、私が『視た』時、元からあった魂は眠った状態でほぼ見えなかった」

「消えるわけではないのですね」


 ならば本来のエウロ妃の魂も無事だろう。

 体は心配だがあの存在が離れたらきっとエウロ妃は……ルフェウスの母は元に戻るのだ。

 良い知らせだ、と思いながらフレイアは密かに胸をなでおろし。

 何か、こちらを見て思索に耽っているようなルフェウスの眼を見てひやりとした。

 

 何か自分はまずいことを言っただろうか。

 不自然なことを言っただろうか。

 これからのことを匂わせるような一言を零してしまっただろうか。

 不安になっているとルフェウスが深く息を吐く。


「あの存在相手では効果がないかもしれないけれど何かフレイアに装具がほしいな。精神攻撃や汚染に耐えられるものが」


「え?」


 予想外の言葉にフレイアは思わず声を上げた。

 同時にその装具の効果が発揮されてしまうとまずい、と思うけれど。

 そんなことは言えないまま、フレイアはハラハラとその話の行方を待った。


「確かに。かなり効果の高いものがギルドにはありますが……あの存在に通用するかはこの眼をもってしてもわかりません」


 スカーレットがルフェウスにそう返してからにっこりと微笑む。


「しかしギルドお抱え職人が作り出す装具は王都の職人に負けないほどの細工物が多いですよ。いかがですか、この機会に是非贈り物などは」


「いいね……せっかく婚約したし見に行こうかな、ねぇフレイア」


「え……?」


 予想外の方向に転がった話についていけないフレイアは。

 翌日の昼下がりにルフェウスとお忍びで城下町に行くことになって目を瞬かせた。

 

 胸の痛みは消えないけれど。自由と楽しさを予感させる明日に、確かに心は慰められた。

 きっと明日を過ごせば自分は……悔いなくすべてを成し遂げられる、そう思った。

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