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愛と憎しみは似ているという

書いてて楽しいです!

「お揃いですね。では時間もありませんのでお話を始めましょう」


 部屋に籠っていたスカーレットは微妙に距離をあけている二人を見ても特に何も言わなかった。

 長い話になりそうだったので各々ソファに腰かけ。メアンがローテーブルに紅茶を用意する。


「まずは現状からお伝えいたします」

 紅茶には目もくれないスカーレットがそう切り出した。


「通称『バスラットの奇跡』が起こってから二日。流行り病ということでバスラットを抜け出す者も居ますがおおきな混乱は生じていません。信心深い民の間では病を救う女神の存在が囁かれていますので……もしかすると流行り病以上に女神の噂が広がる可能性すらあります」

 スカーレットの言葉にフレイアは何とも言えない顔をした。


 国教の最高神は女神だ。

 国内において教会の権力は他国に比べてそう強くないが女神の噂が広がれば信心深い者が教会に縋るようになり、教会の権力が増すだろう。

 宗教は時に大切だが妄信は悲劇を生む土壌になり得る、と思ってしまうのは何度も死んだ人生の最期に修道院に居た記憶があるせいだろうか。


「王都ではまだ流行り病についての噂は流布していませんが、ギルドの人員を使って意図的に情報を流しました。結果、王都は混乱し東部通行証を持った来た商人の出入りが一時的に制限されていますので。生鮮品や急ぎの品についてはギルドの人員に配達を請け負わせています」


「流行り病は本当に命に関わるものになっていないでしょうか」

 話の腰を折るようで躊躇われたけれどフレイアはスカーレットに問いかけ。スカーレットは頷いた。


「せいぜい質の悪い風邪程度だ。うちの調査員も何人か罹患したが、最初期に生死の境をさまよった奴も回復して、咳は残っているが大したものではないらしい」

 その言葉にフレイアはほっと息を吐き。斜め向かいに座るルフェウスの視線を感じてそっと逃げるように目を伏せた。


「メアン、エウロ妃の様子は」


 気を取り直したようにルフェウスがメアンに問いかける声がして。

 フレイアは思わず姿勢を正した。

 最も重要と言っても過言ではない質問に思わずメアンを見るとメアンは曖昧に頷いた。


「お変わりありません。もっとも、最近は起きておられる時間が短いので体にかなりの負担がかかっていると思われます。ただ流行り病のことは気にされている様子です」


 メアンは淀みなく答える。

 『ギフト』の力を使って同時存在の力を駆使しているメアンはルーンベル領に居ながらにしてエウロ妃付の侍女でもあるメリナとして王都に居る。

 フレイアは把握していないがどうやらルフェウスが王都に居た時にはルフェウスの傍にもひとり、そして今、現状を把握するためにバスラットにひとり赴いている。

 メアン曰くずっと休息する係の者が居るので問題ないとのことだが少し心配になった。


「あなたも無理をしないでくださいね」

「ありがとうございます、フレイア様。でも大丈夫ですよ」


 身支度は致し方ないけれど、何か用事がある時はなるべく他のメイドに任せよう、とこっそり思いながら声を掛けるフレイアにメアンは微笑みを返した。


「僕たちに話がある、というのはどういった事かな?」

 ルフェウスがスカーレットに問いかける声にフレイアは思わず背筋を正した。

 スカーレットとは一年の付き合いになるが過去については、最初にふたりで話をした時以上の事を聞くことはなかった。


「ひとつ、思い至ったことがありまして……恐らく私もルミルの指示でフレイアに記憶を封印されている可能性があります」

 

 スカーレットにそう言われたフレイアははっとした。

 母の指示により自らの『ギフト』で記憶の一部を封印している時点でその可能性を考えるべきだった。

 一度に記憶を弄るのは危険であるため、フレイアは少しずつ幼少期からの記憶を取り戻している。


「ずっと私の記憶は地続きだと思っていました。しかしここ最近、違和感が出てきた……私は『ギフト』を失うことを代償に、力を行使した記憶がある。けれど何に対して『ギフト』を使ったのか考えようとするといつも頭に霞みがかかったように曖昧になって、しかもそれを不自然に思えなかった。これはおそらくフレイアの『ギフト』だと思ったんですが……フレイアは何か憶えていないか」


 急に言葉を振られたフレイアは首を横に振った。

 戻ってくる記憶は夢として見る。

 まだ封印された記憶の領域で過去にスカーレットと会ったことがあるのかもしれないが現時点ではわからなかった。

 いいや、それよりも気になったのは……


「『ギフト』は失う可能性があるのか」


 ルフェウスが驚いたようにそう問いかけた。


「はい。本来の力を超えて『ギフト』を行使した場合、『ギフト』を失うことがあります」


 スカーレットの言葉にフレイアはぞっとした。

 何も考えていないまま、自分は流行り病を封じ込めようとした。

 もしかすると『ギフト』を失ったかもしれない。

 そう思って、魔力の無駄遣いは良くないかもしれないと思いながらもそっとティーカップを持ち上げた。


「この紅茶は……冷たくなる」


 ひっそりと呟くと瞬く間に適温だった紅茶が冷えきって。密かにほっとする。

 頭を冷やしたい気分だったので紅茶を交換しようとするメアンに首を振って、冷たい紅茶を口にした。

 つんと頭の芯を冷やすような冷たい紅茶はいまの気分にちょうどよく、頭を冷やしてくれる。


「そこでフレイア……多少、手荒になってもいいから私の記憶を戻してくれないか」


 スカーレットの言葉にフレイアは迷った。

 ルミルの指示で記憶を封じていたという事はその記憶はスカーレットのためにならないものだったのではないかと思った。

 若しくは知ってはまずい……多くの者が知ってはいけない何かだった可能性もある。

 そして、なにより……


「そんなことをして、スカーレット様は無事で済むんでしょうか」


 なによりもそれが心配だった。

 母のことは記憶の中でしかわからないけれど、母はきっとスカーレットのために記憶を封印したに違いないと思った。


「……私は、ルミルが誰よりも大切だった。だから、ルミルとのことはたとえそれがどんなにひどい記憶でも自分のものにしていたい」


 燃えるような眼だった。

 一年かけて少しずつ知っていったスカーレットの、触れてはいけない炎のような感情が垣間見えて。フレイアは戸惑った。

 憎しみめいていたけれど、きっと愛なのだろうとわかってしまうほどの感情にフレイアは拒絶の言葉を失った。


「わかりました……別室で、致しましょうか」

「あぁ、そうしてくれると助かる。醜態をさらすのはこの年齢になっても恥ずかしいからね」


 了承するとスカーレットはいつものように余裕のある表情で微笑むけれど。

 目の奥には先ほど垣間見た感情の名残が確かにある。

 見ているだけでも焼かれるような感情を見たフレイアは言いようのない感覚に息苦しさを覚え……その眼差しがほんのすこし、ルフェウスと重なることに気づいて更にルフェウスの方を見られなくなった。


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