自戒
お久しぶりです
自分と長くあけてしまいましたがぽこあポケモンが楽しすぎて危機感を覚えたので戻ってまいりました
重いシーンですが書いていきます!
ルフェウスが来ているとメアンから聞いたフレイアは心底驚いた。
更にその手段が王妃の『ギフト』によるものだと知ってさらに驚いた。
ルフェウスと会わなくなってから一年。
手紙のやりとりは何度もした。
できる事ならすぐにでも顔を見たいという気持ちとできればこのまま会わないままでいたいという気持ちがせめぎ合う。
十中八九、ルフェウスは自分が何をしてこんな状態になったのか、察している。
自分の軽率な行動はきっとルフェウスを悲しませただろう。
そう思うと胃が蝕まれるようにしくしくと痛んだ。
けれど同時に自分の行動に悔いはないという確たる想いがこみ上げる。
今朝、スカーレットの元に件の流行り病に罹患した者達は増えているが、いずれも症状は重い風邪程度のものであるという報せが届いたという。
一時は死線を漂ったという最初期の感染者も体力を失い、衰弱してはいるが既に命の危険はない状態だそうだ。
ただ、軽率だったかもしれないと思うのは自分の行動が完全に『正史』を変えてしまったことだ。
そのせいでルフェウスに消されるなんてことはないとは思うが、確実に『亡霊』には勘付かれただろう。
このまま何事も起こらないなんてことはきっとない。
ルフェウスはどうするつもりなのだろう。
湯あみをした後、ベッドに横たわったままフレイアは髪を梳いてくれるメアンの横顔を盗み見た。
倒れてから丸一日が過ぎて、身体はかなり楽になった気がするけれど。魔力は枯渇したままなのだろう。
自分の『ギフト』の行使には魔力量が密接にかかわっているので、『亡霊』と対峙するときはなるべく魔力が満ち満ちた状態で居たいと思っている。
何か『亡霊』の力を削ぐような遺物があれば良いのだが時間がなければ最悪、自分の『ギフト』頼りになる。
そう思うと、周囲に心配をかけてしまったけれど。今回の件は結果的に自分の限界を知ることができて幸いだとフレイアは密かに思った。
言葉を紡ぐことすら疲れる事をわかっているのだろう。
メアンは穏やかに声を掛ける以外、此方に何かを訊いたり、何かを言ってくることはないけれど。労わるような手が嬉しいと同時に申し訳なかった。
「こちらのドレスで宜しいでしょうか」
最低限の化粧を終えた後、メアンに差し出されたのは上質な生地で仕立てられてはいるが、裾の広がりが自然な薄緑色のドレスだった。
裾から前身頃にかけてアシンメトリーに蔦を思わせる刺繍が金糸であしらわれている逸品だ。
「素敵ですね……これは、もしかしてセラス様の……?」
朝露を纏っているように見えるのは水晶と真珠の縫い取りがあるせいだ。
それに気づいたフレイアは思わず感嘆の息を漏らしてメアンに問いかけ、メアンは微笑んで頷く。
「社交期後に届いたものです。私はメリナとしてお会いしましたが、がっかりしておられましたので、来年の社交期はこちらを着て参加しましょうね」
何気ない言葉。
反射的に頷こうとして……メアンが静かな眼差しで目元にそっとハンカチを当ててくる。
急に乱れた呼吸で、自分の眼から涙が溢れていることに気づいた。
魔力が枯渇して、身体が弱っているせいだろうか。
『女伯爵』として制御できない、自分の身体の反応に戸惑う。
「……ごめんなさい」
フレイアは荒れそうになる呼吸を無理やり飲み込んで微笑んだ。
その謝罪がどちらに対するものなのか。問いかけてこないメアンに密かに感謝しながら。
ドレスを纏い、髪を結い上げる時にはもう涙の名残はなかった。
鏡の中の自分は少し顔色が悪いが静かな眼差しをしていて。少し安堵する。
まだ無理はできないが自分はルフェウスと話さなければいけない。
メアンがドレスの雰囲気に合わせてふんわりと髪を結い、水晶や真珠の小さな飾りをちりばめてくれる。
きっとセラスも唸るであろう出来栄えに。ほんの少し、心から微笑むことができた。
「お久しぶりです、ルフェウス様」
フレイアは応接室に足を踏み入れて優雅に一礼した。
顔を上げるのが怖い、と思ったのは久しぶりだ。
「久しぶり、フレイア……どうか無理はしないでほしい」
そんなことを言いながら、歩み寄ったルフェウスがそっと腕を取って支えてくれる。
その感触がほんの少しだけ違って、お互い一年離れていたことを実感する。
そっと顔を上げたフレイアはルフェウスと目を合わせるのを躊躇ったけれど。
強い眼差しに引きずられるような気分になりながらルフェウスを見つめ返した。
一年会わない間にルフェウスはどこか雰囲気が変わっていた。
精悍になった、というべきなのだろうか。
やわらかな物腰は健在だが眼差しは以前よりも強く、王族らしい気品と風格があるように感じられた。
きっと彼は、自分の知らないところで苦労したのだろう。
そして気づかない訳にはいかなかった。
その顔には憔悴の名残が見えて申し訳ない気持ちになる。
もしかしなくても自分の行動は『亡霊』に仕えざるをえないルフェウスに心労と負担を掛けただろう。
「申し訳ありませんでした……後先考えず……」
謝るのは簡単だ、と思いながらも謝らずにはいられなかった。
頭を下げるとルフェウスが首を振る気配がする。
「君が倒れたと聞いた時は心臓が止まるかと思ったよ」
ルフェウスの表情と言葉にフレイアは思わず目を瞬いた。
その偽りのない表情と声音に心配をかけてしまって申し訳ないという気持ちと。ルフェウスは『亡霊』に疑われるリスクを負ってまで駆けつけてくれたのに、自分は『ギフト』を行使する際、ルフェウスの顔を思い出しもしなかったことに言いようのない良心の呵責を覚えたのだ。
「申し訳ありません……」
「ああいったことは、二度としないと約束してほしい」
フレイアは思わず肩を縮めたけれど。ルフェウスの強い眼差しは顔を背けることすら許してくれない。
まるで生きている事を確かめるような眼差しに気まずさを覚え、重ねて投げられた、想いのこもった言葉にも戸惑うしかない。
「私はルフェウス様のいち臣下ですので……そのお約束はできかねます、ご容赦ください」
微笑んで告げると何故か腕を掴まれた。
彼らしくない、引き留めるような、縋るような、痛みを感じることはないけれど、じんと痺れるような抗い難い手つき。
てっきり何か、叱られるかと思ったけれど。
ルフェウスは静かに荒れた眼をこちらに向けるばかりだ。
「あの……殿下は『あの方』にどう説明してこちらへ?」
一年の間にルフェウスのことがわからなくなった気がしたフレイアは取り敢えず気になった事を訊いてみることにした。
そう問いかけるとルフェウスは我に返ったようにそっとフレイアの腕を放し、ひと息長く息を吐いてから浅く頷く。
「流行り病の調査に行くと言ってきた。流行り病に関しては、スカーレット殿及び辺境伯に協力を仰いで情報操作をすることにした……国は混乱するだろうが、肝心の病は人の命を奪うものではない。風評被害を被る可能性はあるが幸いここは王都から遠い」
淀みない口調にフレイアは頷いた。
「ありがとうございます……」
どうにか誤魔化せたと聞いてほっとすると同時にあまり時間は残されていないと気を引き締める。
東部で蔓延した流行り病の被害が死に関わるものではないという事は遠からず『亡霊』の耳にも届くことだろう。
あまりのんびりはしていられない、自分の魔力が上限まで回復しているかを確かめるにはスカーレットの眼に頼れば問題ないだろう。
問題なのは魔力が十分に回復していなかった時だ。
魔力を回復させる薬は存在するが、希少である上に副作用が大きい。
それも回復量が一定であるため、魔力量が多い者は薬に頼ってもあまり意味がない場合が多いそうだ。
やはり一番の近道は休息しかないようだ、と考えているとふっと影が落ちた。
思わず目を上げると驚くほど傍にルフェウスが居た。
「ルフェウス様……?」
あと半歩で足が当たるというほどの近さは慣れなくて。フレイアは確かめるようにルフェウスを呼んだが、あまりにもルフェウスが静かな眼をしているので自然と声は囁くようなものになる。
「できることなら君を閉じ込めてしまいたいよ」
そうして返ってきた一言はあまりにも予想外で。フレイアは何を言われたのか理解できなくて目を瞠ったままルフェウスの言葉の意図を考えようとしたけれど、何も思い浮かばなかった。
唇を引き結び、こちらを見つめるルフェウスは知らない存在に思えてフレイアはただ戸惑った。
「私は、臣下です」
胸に手を当てて返すとルフェウスは静かに首を振る。
「僕にとってはもう違う。大切なんだ、君が。死なせたくないし……君を失わないために、僕は……『正史』を壊したって、構わない」
厳かな声だった。
フレイアはその重い言葉にただ、息を飲む。
「それに君は責任を取ってくれるんだろう?」
一転。ルフェウスは紗を取り払うように華やかに微笑む。
その変化についていけないフレイアは『責任?』と吐息のような声で繰り返した。
「卒業式典の前のやりとりは戯れだった? どちらにせよ僕相手に迂闊な一言は言うものじゃないよ」
そして。
ルフェウスの腕が伸びてきて肩を抱かれる。
優しいのに抗えない、一年ぶりの抱擁は以前と何かが決定的に違っていて。
フレイアは血の気が引くような気持ちと、言いようのない眩暈を持て余した。
そうだ。
すっかり忘れていたけれど……卒業式典が始まる前に自分は言葉遊びのような冗談めいた約束をしてしまったのだ。
『君ほど頭が良くて綺麗な令嬢が傍に居たらなかなか誰も近寄ってくれないから困ったものだよ』
『ふふ……では来年まだ私が生きていて領地経営がうまくいっていたら責任を取りますよ』
一年が経ち、十八歳になった自分は確かに生きている。
領地経営もうまくいっているけれど近々命を懸ける予定なのだ。
それに自分には令嬢にあるまじき傷もあるし、評判を地に落とした家名を背負う女伯爵だ。
もしも奇跡的に生きていても間違ってもルフェウスの隣に立てる存在ではない。
「おやめください」
自分でも驚くほど硬質な声が出た。
ルフェウスの為になら死んでもいい。
そう思っているのは確かだが、それは臣下としてだ。
そして幾度も幾度も、何年も、何十年も……未来を知って、様々なものに抗って、できる限りを守ろうとして、疲れきったルフェウスはきっと。『今回』の状況を大きく変えた自分を守ろうとして特別視しているだけだ。
自分を守ることで未来が開けると勘違いしているだけだ。
だから彼のために彼の言葉には乗ってはいけない。
死ぬことしか考えていない自分がルフェウスの望むままに行動してしまえば、ルフェウスのおおきな傷になる。
それで成功して国が助かる未来が訪れてもルフェウスは救われない。
それで失敗してもう一度記憶を持ったまま時を巻き戻すルフェウスはきっと死んでしまうよりも苦しいだろう。
「ごめんね、フレイア」
はっとしたようにルフェウスが息を飲む。
視界が滲む感覚が嫌で、フレイアは顔を背けて強く目を瞑ってから、角膜に滲んだ涙を目尻から追い出した。
「いいえ……お心遣い、心に留めておきます、殿下」
再び胸に手を当てて一礼する。
認めてはいけないが、胸の奥は……波打っている。
喉元まで強い感情がせりあがりそうになっている。
けれどすべて飲み下して微笑む。
自分はいち臣下だ。




