表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
望まぬ2度目の人生を。〜前世の記憶と痛みを抱いて、それでも俺は生きていく〜  作者: 灰とダイヤモンド
第五章 きみの痛みを消せるなら

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
228/229

夜を過ぎて森は騒ぐ

焚き火が静かに燃えていた。

街道を外れた木々の間に、四人は陣を張っていた。


アウラは近くの木へ繋がれている。

馬車を盾にするように配置し、その内側で焚き火を囲んでいた。


夜の森は静かだった。


虫の鳴き声。

風が枝葉を揺らす音。


生きている夜の音だった。


「見張りは交代でやりましょうか。俺が最初に」


アイオンが言うと、ヴィラが頷く。


「次は私が引き受ける」


ケニーは荷物から干し肉と硬いパンを取り出し、かじりながら頷く。


「心強いですな」


食事は静かに終わった。


ヴィラは毛布にくるまり横になる。

アイオンは見張りのため焚き火から少し離れた場所へ移動した。


ケニーはしばらく火を眺めている。

どうやら眠れないらしい。


メルも毛布に包まれていたが、目は閉じていなかった。


「ケニーさん」


メルが小声でケニーを呼ぶ。


「アイオンさんとは長いお付き合いなんですか?」


ケニーは少しだけ顔をほころばせた。


「そうですねぇ。子どもの頃から知っていますよ」

「子どもの頃から?」

「アイオンさんが住んでたオルババ村へ行商で通っていますからね。今回は部下に任せましたが」


アイオンは振り返らない。

だが、こちらの会話は聞こえているだろう。


(……元のアイオンが生きてた頃の話か)


今のアイオンは奇病により命を落とした"アイオン少年"の体を器として、"司"という人間の魂が転生した存在である。


記憶にないどころか、覚えてもいない。

アイオン少年の記憶を引き継いだりはしていないのだから。


「アイオンさんのお父上が、オルババ村では自警団の長でしたので話すことが多かったです。その後ろにアイオンさんとそのお兄さん、ゼアスさんがいましたね」


ケニーは懐かしむ。


「あの頃の子どもが、ここまで立派になるとは……予想はつきましたがね」


メルが不思議そうに尋ねる。


「なにかあったんですか?」


ケニーは少し黙った。


「……私のアイオンさんを見る目が変わったのは」


言葉を選ぶような間が空く。


「もう四年前になりますかね」

「四年前?」


アイオンが繰り返した。

四年前なら、既に自分が入っている。


しかし、なんの思い出もない。

ただの行商人。それだけだ。


「前にも言ってましたけど、何かありましたっけ?」


いつかの野営地で言ってたこと。

アイオンがなにかをしたらしい。


しかし、覚えがない。

その頃は他人に興味などなく、関わる事すら拒否していた時期だ。


その後も長い間、家族すら避けていた。

他人と旅をするなんて、考えられなかったほどに。


ケニーは考え込むアイオンの背中を見ていた。


それから毛布を引き寄せる。


「……話しすぎましたかね。私はそろそろ眠りますよ」

「教えてもらえないんですか?」


メルが少し不満そうに言う。


「まぁまぁ。旅の夜話はまた別の機会に」


ケニーは笑った。

そのまま横になり、目を閉じる。


しばらくすると穏やかな寝息が聞こえてきた。

メルは諦めたように天を仰ぐ。


ヴィラが、小声で呟いた。


「……お前の子ども時代なんて、想像もつかないな」


アイオンは答えなかった。


暫くして、アイオン以外の三人の寝息が重なった。

夜は静かに更けていった。


#


ケニーは毛布に包まれながら、一息つく。


(危なかった……。感慨に耽って余計な事を話しそうになってしまった)


商人としてあるまじき失敗をするところだった。

彼とアイオンの出会いを語れば、ここで放り出される危険性があった。


(……先に大きな借りを作っているのは、こっちなんだからな)


その出会いにより、ケニーは大きな借りがアイオンにある。


当の本人は忘れているようだが、ケニーは忘れない。


自分と、自分の後ろ盾の娘の命が助けられていたことを。


#


四人は夜明けと共に出発した。


朝の森は柔らかな光に包まれている。

昨日の薄暗さが嘘のようだった。


木漏れ日が街道へ落ちている。


アウラも機嫌が良いらしい。

歩調が軽かった。


「昨日より明るいですね」


メルが言うと、ケニーが頷いた。


「木の種類が変わってきています。森の深さが変わってきた証拠ですよ」


確かに木々の間隔は広がっていた。


(もうすぐ抜けるか)


アイオンはそう思った、その時だった。


アウラが足を止める。


耳が立つ。

鼻先がひくりと動いた。


昨日と同じ反応だった。

アイオンは静かに手綱を引く。


馬車が止まった。


「どうした?」


ヴィラが前へ身を乗り出す。

アイオンは周囲へ視線を巡らせた。


街道脇。

そこに一本の大木が立っていた。


高さは十メートルほど。


枝葉はほとんどなく、黒ずんだ幹だけが天へ向かって伸びている。


一見すると立ち枯れた木だった。

だが――。


(違うな。木じゃない)


アイオンは目を細めた。

幹の表面に違和感がある。


黒い樹皮の上に顔があった。

ひとつではない。

幹全体に無数の顔が浮かんでいる。


泣いているような、叫んでいるような。

苦悶の表情だった。


「……ヴィラさん」


低く告げる。

ヴィラも警戒の正体を見つめ、腰の短刀に手をやる。


その瞬間だった。

地面が揺れた。


大木の根が土を割って持ち上がる。

枝だと思っていたものが腕へ変わった。

黒い腕が横薙ぎに振るわれる。


「全員降りて!」


ヴィラはすでに飛び出していた。


巨大な腕が馬車を掠める。

幌の枠が砕けた。

木片が飛び散る。


メルとケニーが転がるように外へ出た。

アイオンはアウラの手綱を斬る。


「下がって!」


アウラは即座に駆け出した。


アイオンは正面へ向き直る。

見上げるほどの巨体だった。


立ち枯れた大木にしか見えなかったそれは、一度動き始めれば別物だ。根を引き抜きながら歩くたびに地面が震え、無数の顔が浮かぶ幹は不気味に軋んでいる。


次の瞬間、その巨腕が振り下ろされた。


轟音。

地面が爆ぜた。


土と石が弾け飛び、衝撃が足元から突き上げてくる。


(時間はかけられない!)


アイオンは迷わず踏み込んだ。


体内へ魔力を流し込む。

強化された身体が一気に加速し、景色が横へ流れた。


踏み込みと同時に刀を振り抜く。

鋭い斬撃が黒い樹皮へと叩き込まれた。


だが――硬い。

あまりにも硬い。


刃はわずかに食い込んだだけだった。


まるで鉄板を叩いたような手応え。

振動が腕まで突き抜ける。


「硬っ……!」


反射的に後ろへ飛ぶ。


その判断は正しかった。

直後、巨大な腕が横薙ぎに振るわれた。


空気が唸る。

森そのものが悲鳴を上げたかのような轟音だった。


アイオンは身を低くして躱す。

頭上を通過した腕が背後の木々をまとめて薙ぎ払った。


幹が砕け枝葉が宙へ舞う。

数十年育ったであろう木々が、小枝でも折るように吹き飛ばされた。


まともに受ければ人間など一撃で消し飛ぶ。


「木の魔物なら、火が効くんじゃないですか!?」


メルの叫びが飛ぶ。

アイオンも火魔法を展開する。


「それはダメですアイオンさん!」


しかし、ケニーがそれを否定する。


「そいつはアイアンウッド・トレントといって、表面に油分があるんです! 中途半端に燃やしたら森ごと燃えます!」


アイオンは舌打ちし、火魔法を解除する。

その間も視線は外さない。


トレントはゆっくりと身体を回していた。


その動き自体は鈍い。

だが巨体ゆえに圧迫感が違う。


根が地面を割るたびに土が盛り上がり、石が弾け飛ぶ。


ただ動くだけで周囲を破壊していた。

そこへヴィラが飛び込んだ。


「らぁっ!」


両手の短刀が閃く。


一撃。


二撃。


三撃。


流れるような連撃が黒い樹皮を打つ。

だが結果は変わらない。


刃は弾かれた。

削れるどころか傷すら残らない。


「これがトレントだと?鉄だぞ!」


ヴィラが舌打ちする。

その声に反応したように、トレントの顔の一つが歪んだ。


怒りを浮かべたように見えた。

次の瞬間。

巨大な腕が振り上がる。


黒い影がヴィラへ落ちた。

ヴィラは横へ転がる。


直後、腕が地面へ叩きつけられた。


大地が爆ぜ土煙が噴き上がった。

衝撃で足元が揺れ、ケニーが思わず後退る。


人間なら原形すら残らない。

それほどの威力だった。


「これはまずい……」


ケニーの顔が引き攣る。

メルも言葉を失っていた。


だがトレントは止まらない。

もう片方の腕が続けて薙ぎ払われる。


ヴィラが飛び退く。


追うトレントの腕。


また飛び退く。

さらに追う。


執拗だった。

獲物を叩き潰すまで終わらないと言わんばかりに。


ヴィラに攻撃が集中してる間にアイオンは距離を取りながら幹を観察した。


枝の動き、根の位置、樹皮の状態。

どこかに綻びがあるはずだった。


生物である以上、完全な無敵など存在しない。


だが見当たらない。


自分の刀も通らず、ヴィラの短刀ですら傷ひとつ残せない。火を使えば森ごと焼く危険がある。


ならば、まだ見つけていない何かがあるはずだ。


もう一度試す。


アイオンは地を蹴った。

今度は腕を狙う。


加速し踏み込み、振り抜く。


刀身が黒い腕へ叩き込まれた。


甲高い音が響く。

火花のようなものが散った。


だが斬れない。

逆に弾かれる。


衝撃が腕へ返ってきた。


「くっ!」


身体を捻って距離を取る。


その時だった。


トレントの根が大きく浮き上がった。


地面が割れ土が崩れる。

露出した根の一本。


黒い樹皮が剥がれている。

白い内部が覗いていた。


ほんの一瞬。


だがアイオンは見逃さなかった。


(あれか!)


弱点。

少なくとも外殻ではない。


白い内部。


あそこなら刃が通るはず。


問題は距離だった。

根元へ辿り着くには腕の間を抜けなければならない。


普通なら不可能。

だが――。


「ヴィラさん!」


叫ぶ。

ヴィラが振り返った。


「何だ!?」

「引きつけてください!」


ヴィラは一瞬だけ笑った。


「……また盾代わりか」


文句を言いながらも迷いはない。


「だが、わかった!」


次の瞬間には飛び出していた。


ヴィラは短刀で幹を何度も叩きつけた。

甲高い音が森へ響く。


一度や二度では終わらない。


執拗なほど攻撃を続け、無理やりトレントの意識を自分へ向けさせる。


幹に浮かぶ無数の顔が歪んだ。

怒りを表しているようにも見えた。


腕が振り上がり巨大な影がヴィラを覆う。


それでもヴィラは逃げない。


限界まで引きつける。


あと一歩遅ければ潰される、そんな距離まで。


そして――跳んだ。


腕が地面へ叩きつけられる。


何度目かの轟音と土煙。


互いの視界が白く染まる。


その瞬間だった。


アイオンは地を蹴った。


身体強化を全開にする。


景色が流れ風が唸る。


トレントの腕の下を抜ける。


土煙を突き抜け尚も一直線に根元へと向かう。


トレントが気付いた。

腕が持ち上がる。


だが遅い。

アイオンはすでに懐へ潜り込んでいた。


剥がれた樹皮。

露出した白い内部。


そこへ刀を突き立てる。


深く、さらに深く。


柄まで押し込む。


そして魔力を刀へ流した。

燃える刃をイメージし、開放する。


「燃えろ!!」


次の瞬間。

白い内部から煙が噴き出した。


トレントが絶叫するように身を震わせる。


腕が暴れ根が地面を叩く。


周囲の木々が薙ぎ倒され、森が悲鳴を上げる。


アイオンは即座に離脱した。


トレントの内部から焼けている。

狙い通りだった。

外殻が硬いなら中身を焼けばいい。


トレントは狂ったように暴れ続けた。


腕が空を切り枝が折れる。

地面が裂ける。


だが次第に勢いが落ちていく。


動きが鈍り、根の動きも弱くなる。


煙が黒く変わる。


巨体が揺れ、ゆっくりと傾く。


そして、最後に大きく身を震わせた。


トレントが倒れた衝撃で地面が震えた。


木々が揺れ、驚いた鳥達が一斉に飛び立つ。


羽音が森へ広がった。


やがて静寂が戻る。


倒れた巨体はもう動かなかった。


#


細い煙が立ち上っていた。

トレントは内側から炭化している。


外側の樹皮は燃えていない。

これなら、燃え広がる事はないだろう。


アイオンの狙い通りだった。

ヴィラが息を整えながら呟く。


「……なんとかなったか」

「ええ。でも、こんな魔物もいるとはね」

「森とはいえ、植物系の魔物が多いな」

「そうですね。……本当に、ローズレッド王国とは違う」


ケニーが近付いてくる。

顔色は悪いが落ち着いていた。


「魔物はなんとかなりましたが、馬車にダメージがあります」


アイオンは確認する。


幌は壊れていた。

だが車輪は無事だ。


アウラも、メルと共に落ち着いていた。

アイオンはホッとする。


そして、ケニーに尋ねる。


「これ、走れますかね?」


ケニーがしゃがみ込んで調べる。


「……問題ないかと。ひどいのは幌だけです」


ケニーも安堵したように息を吐いた。

そして立ち上がり、先を指差す。


「この先に街があります。修理も補給もできますよ」

「どのくらい先ですか?」

「半日もあれば着きます。急がず行けば、馬車も平気かと」


アイオンは頷いた。


「なら行きましょう」

「しかし、もったいない。アイアンウッド・トレントは捨てるところがない、素材の宝庫なのですがね……」


ケニーが嘆く。

確かに、硬いのに自由に動く枝や、発火性のある樹皮など、いい素材になりそうだった。


しかし、解体している余裕はない。

こんな魔物が普通に徘徊している森など、恐怖しかない。


アイオンがケニーの肩を叩く。


「欲をかいては命を落としかねない。諦めてください」

「はい……」


ケニーはがっくしと肩を落とした。

メルが荷物を確認しながら、無事を確かめる。


「皆さん怪我はありませんか?」

「俺は大丈夫です」


ヴィラは腕を軽く回した。


「少し痺れているが、そのうち治る」


アウラもゆっくりと近付き、アイオンの隣で止まり小さく鳴く。


アイオンは首を撫でた。


「反応が速いな。俺より優秀な索敵能力だよ」


アウラが嬉しそうに鼻を鳴らす。


四人は馬車へ戻った。


幌がなくなったせいで風がよく通る。

ケニーが毛布を肩へ掛けた。


「……寒いですな」

「半日の辛抱ですよ」


ヴィラが鼻を鳴らす。


「文句を言うな。生きているだけマシだろ」


ケニーは口を閉じた。

反論できない。


アウラが歩き出す。

木々の向こうから光が差し込んでいた。


森の出口は近い。

しかし、オラクルへの旅は始まったばかりだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ