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望まぬ2度目の人生を。〜前世の記憶と痛みを抱いて、それでも俺は生きていく〜  作者: 灰とダイヤモンド
第五章 きみの痛みを消せるなら

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仲間のため

森を抜けた途端、視界が大きく開けた。


頭上を覆っていた木々が途切れ、久しぶりに広い空が姿を見せる。


森の中では枝葉に切り取られていた陽光が、今は何の遮りもなく降り注いでいた。


街道の先には小さな街が見える。


煙突から立ち上る煙が風に流れ、ところどころで人影が動いているのがわかった。


城壁はない。

だが、人の営みは確かにそこにあった。


遠くからでも馬の嘶きが聞こえ、鍛冶場らしき場所からは金属を打つ甲高い音が響いてくる。


森の静寂の中を長く進んできたせいだろう。

そうした人の生活音が耳に届くだけで、不思議な安心感があった。


「あれですよ」


御者台の後ろからケニーが前方を指差した。


「大きくはありませんが、馬車の修繕くらいなら問題なくできます。補給もここで済ませてしまいましょう」


アイオンは頷き、アウラへ軽く合図を送った。

手綱の動きを感じ取ったアウラは、小さく鼻を鳴らして歩調を上げる。


ここまで長い距離を荷車ごと引いてきたはずだが、疲れた様子はほとんど見えない。


むしろ街の気配を感じ取ったのか、軽快な足取りで街道を進んでいった。


#


街の入口に門兵はいなかった。

代わりに、傭兵風の男が二人、道端に腰を下ろしている。


剣をすぐ手の届く場所へ置きながら雑談していたが、近づいてきた馬車へ一度だけ視線を向けると、それ以上の興味を示すことはなかった。


警戒というより確認。

それだけ済ませたように視線を外す。


ケニーが降りて、軽く挨拶をする。

すると男の一人が顎をしゃくった。


会話もない。

それだけで通行の許可になったらしい。


「顔見知りですか?」


アイオンが尋ねると、ケニーは苦笑した。


「商いで何度も通りますしね」

「なんの確認もしないんですね……」

「ええ。私のことを知っているということは、私がどこに店を持っている商人なのかも知っているということです。それ自体が身分証明みたいなものですよ」

「なるほど……」


ケニーはそっと呟く。


「しかし、それはこの街が傭兵団が作った街だから……です。もし、私の街と同じように、"後ろ盾のような組織"が作っていたら、簡単にはいきませんがね」

「……なるほど」


同じ言葉を返し、静かに街へと入っていった。


#


街へ入った途端、空気が変わる。

露店が並び、酒場が軒を連ねている。


香辛料の匂い。焼いた肉の匂い。

酒の匂い。


様々な臭いが混ざり合い、人の熱気と共に漂っていた。


昼間だというのに酒を飲んでいる者も多い。

大声で笑う者もいれば、怒鳴り合っている者もいる。


喧嘩かと思えば次の瞬間には肩を組んで笑っている。


どこか雑然としている。

だが活気はあった。


人がいて、金が動いている。

森を抜けたばかりだからだろうか?

その喧騒すら妙に新鮮に感じられた。


「さて、馬車の工房は右手奥になります。見世物になる気はないでしょうし、急ぎましょう」


ケニーの言葉にアイオンは苦笑した。


確かに今の馬車は目立つ。

幌は吹き飛び、荷台も傷だらけだ。


街道で何があったのかと聞かれても不思議ではない。


しかも幌がないせいで馬車の中は丸見えだった。


風通しだけは良い。

だが快適かと言われると別問題だった。


ヴィラは周囲から向けられる視線が気に入らないのか、何度目かわからない舌打ちをしている。


アイオンは苦笑しながらアウラへ軽く合図を送った。


アウラが歩調を少しだけ速める。

早く修繕を済ませた方が良さそうだった。


#


馬車の工房はすぐに見つかった。


街の端に建つ大きな木造建築で、周囲には車輪や木材が積み上げられている。


木を削る音が聞こえ、工房特有の木屑の匂いが漂っていた。


中から出てきたのは無口そうな中年の職人だった。


日焼けした腕は太く、長年工具を握り続けてきたことが一目でわかる。


職人は壊れた馬車を見るなり眉を寄せた。


「……幌だけじゃねぇな」


そう呟くと、荷台の下へ潜り込む。

しばらく覗き込み、木材を叩きながら確認していたが、やがて顔を出した。


「板も何枚か逝ってる。直せるが……」


ごつごつした指で木材を叩く。


「これ、普通の木材だな」


さらに別の場所を叩き、鼻を鳴らした。


「またすぐ壊れるぞ」


遠慮も何もない。

職人らしい率直な評価だった。


「長く旅に付き合わすなら、頑丈な物を選べ。今度は幌だけじゃ済まんかもしれんぞ」


アイオンは苦笑した。

言われてみればその通りだった。


今までは壊れなかっただけで、良い馬車だったわけではない。


「馬商で馬とセットで買ったんですが、あまり考えずに買ってました」


そう言いながら荷台へ視線を向ける。

傷だらけになった木材が目に入った。


「長く使う物ですし、買い替えも考えた方が良いですね。どこにあります?」


職人が親指で隣を指した。


「あっちにある。魔道具で強化されてる物もある。物は良いぞ」


どうやら修理だけでなく製造もしているらしい。

客を自分達の商品へ誘導しているとも言える。


だが不快感はなかった。


必要な提案をしているだけだ。

むしろ旅を続けるなら聞いておくべき話だろう。


ただ、一つだけ気になる言葉があった。

アイオンはケニーを見る。


「魔道具で強化ってなんです?」

「馬車を魔道具化するんですよ。色々な機能が付けられます」


ケニーは隣の建物を指差した。


「せっかくですし見てみませんか? 専門家に聞いた方がわかりやすいと思いますし」


職人も腕を組みながら頷く。


「どっちみち修繕には時間がかかる。暇潰しにでも見てこい。一応こっちは直しといてやる」

「はい。お願いします」


買うと決めたわけではない。

だが知らない技術を見る機会はそう多くない。


アイオン達は職人へ頭を下げると、隣の建物へ向かった。


#


隣の建物へ入ると、内部には数台の馬車が並べられていた。


木材の匂いは工房と変わらない。

だが、こちらは完成品を展示するための場所らしく、床も壁も比較的綺麗に整えられていた。


大きさや形は様々だ。


荷運び用と思われる大型のものから、商人が使うような中型のものまで並んでいる。


一見すると普通の馬車にしか見えない。

だが、近付いた瞬間に違和感へ気付いた。


「これは……」


アイオンは一台の馬車へ歩み寄る。


骨格部分に細かな線が刻まれていた。


単なる装飾ではない。

規則性を持って張り巡らされた線は、複雑な文様を描きながら馬車全体へ広がっている。


少し前に似たものを見た覚えがあった。


「――魔導回路か」


思わず呟く。

指で触れると、木材の奥に残るわずかな魔力の気配が伝わってきた。


その様子を見ていた店主が感心したように眉を上げる。


「ほう。よくわかったな」

「前に魔道具師の知り合いが作業しているところを見たことがあります」

「そりゃあ、良い縁だな」


店主は笑った。


「あいつらは研究室から出てこない奴が多いからな。普通は魔導回路なんて見ても気付かんよ」


そう言いながら骨格を軽く叩く。


「これは衝撃吸収用だ」

「衝撃吸収?」

「衝撃を受けると回路が反応する。魔力を全体へ流して力を分散する仕組みだ。だから割れにくい」


店主は荷台の縁を叩いた。


「普通の馬車なら一点に負荷が集中する。だがこいつは違う。殴られても、揺れても、力を全体へ逃がす」


なるほど、とアイオンは頷いた。


魔法で木材を強くしているわけではない。

力の流れそのものを変えているのだ。


「素材も違うんですか?」

「当然だ」


店主は即答した。


「木材に風属性の魔石を削った粉末を染み込ませて圧縮してある。普通の木材より粘りがあるし、魔力の通りも良い」


そう言うと荷台の一角を持ち上げる。


「触ってみな」


アイオンも手を添える。

想像していたより軽かった。

思わず眉が上がる。


「軽いですね」

「だろう?」


店主は得意そうに笑った。

横からケニーも触れて頷く。


「確かに。体感でわかるくらい違いますね」

「重量は通常の半分程度だ。馬への負担も減る。速度も出るし持久力も上がる」


その言葉にアイオンの視線は自然と外へ向いた。

工房の前に繋がれているアウラが見える。


森を抜けるまでの道中、ずっと馬車を引き続けてきた。


疲れた様子は見せていなかった。

だが、それは負担がないという意味ではない。


アウラが楽になるなら、それだけでも価値はあるように思えた。


「欠点はありますか?」


アイオンが尋ねる。

店主は迷いなく答えた。


「高い」


あまりにも即答だった。


「大商会や輸送隊向けの代物だからな。このサイズでも1万Gはする」

「高いですね……」

「まぁな。しかし、性能は折り紙付きだ」


店主は肩を竦めた。


「それと……回路への魔力補充が必要になる」

「魔力補充?」

「月に一度くらいだな。放置すると性能が落ちる」


店主は骨格へ刻まれた回路を指でなぞる。


「回路も魔石も消耗品だ。使えば魔力を消費する。当然補充が必要になる」

「それは、俺でもできますか?」

「体外魔法が使えるならな」


店主はアイオンを見た。


「ただし並の魔力量じゃ厳しい。補充だけで魔力切れになる奴もいる。お前さんは剣士みたいだが、体外魔法は扱えるのか?」

「一応」

「なら問題ないかもしれんな」


店主は頷いた。

アイオンは重ねて尋ねる。


「補充って、どうやるんです?」

「この魔石に魔力を流す」


御者席の一部を開く。

中には拳大の魔石が埋め込まれていた。


「ここが中継点になってる。やり方は――」


だが説明はそこで止まる。

店主は頭を掻いた。


「……とは言ってもな。俺は魔力を扱えねぇから感覚までは説明できん」


そう言って奥を振り返る。


「ちょっと待ってな」


店主は建物の奥へ消えた。

しばらくして戻ってくる。


後ろに若い男を連れていた。

年齢は二十歳前後だろう。


質素な服を着ているが、汚れてはいない。

しかし、その首には細い金属の首輪が嵌められていた。


アイオンはそれを見て理解する。

初めて見る――奴隷だった。


男は俯き気味に歩いている。

視線は床へ落ちたまま、周囲を見ようともしない。

店主は慣れた様子で男の肩を叩いた。


「補充はこいつにやらせてる。それを見てくれ。おい!」


男は無言で頷いた。

反論も確認もない。


御者席へ近付き、魔石の前へ腰を下ろす。

そして静かに手を置いた。


アイオンの感覚が反応する。


魔力が動いた。


大量ではない。むしろ少ない。

だが流れは驚くほど綺麗だった。


男の体内から伸びた魔力が、細い糸のように魔石へ流れ込んでいく。


押し込むのではない。

無理に送り込むのでもない。


水路へ水を流すような自然な流れだった。


魔石が淡く発光する。


直後、刻まれた魔導回路へ光が走った。

骨格に刻まれた線が順番に灯る。


光は回路を辿りながら馬車全体へ広がっていった。


どこにも滞りがなく、流れは滑らかだった。


まるで血管へ血液が巡るように、魔力が均等に行き渡っていく。


やがて光が消えた。

補充は終わったらしい。


「終わりか?」


ヴィラが言う。


男は小さく頷いた。

店主が鼻を鳴らす。


「どうやった?教えてやれ」


男は少しだけ顔を上げた。


「魔石を体の一部だと認識して、手や足へ魔力を流すのと同じように流します」


声は小さい。

だが聞き取りにくいほどではなかった。


「補充量は説明しにくいですが、流していれば感覚でわかると思います」


「――だそうだ」


店主が肩を竦める。


「相変わらず何言ってるかわからねぇ」


そう言って笑う。

だがアイオンは笑わなかった。


店主でも馬車でもなく、男を見ていた。


虚ろな目。淡々とした動き。


ただそれだけ。

そこに感情は見えなかった。


奴隷という存在を、アイオンは初めて現実として認識した。


そして、なぜだろうと思う。


――どこか既視感があった。


何に似ているのかはわからない。

だが、自分の知る誰かと重なるような感覚がある。


そう、どこかで――。


「まぁ、体外魔法が使えれば誰でもできる。便利な世の中だよ……おい、もう行っていいぞ!」


店主に声をかけられると、男は深く礼をして立ち上がり、そのまま店の奥へ戻っていく。


最後まで誰とも目を合わせなかった。

視線を上げることもない。


まるで最初からそこにいなかったかのように、静かに姿を消していった。


アイオンはその背中を見送る。

どこか胸の奥に引っ掛かるものがあった。


「……ここでは珍しいことではありませんよ」


ケニーが小声で言った。

アイオンは視線を奥へ向けたまま答える。


「……わかってますよ」


短い返事だった。

それ以上は何も言わない。


何かを語れるほど、この国を知っているわけでもない。


善悪を口にするほど、事情を理解しているわけでもない。


ただ、あの目が……気になった。

それだけだ。


店主はそんな空気など気にした様子もなく笑う。


「で、どうする? 買うか?」


アイオンは視線を戻した。


「魔力持ちの奴隷を一人置いとけば補充の手間もなくなるぞ。それ以外にも色々使い道はある。便利だぜ。うちじゃ扱ってねぇが、奴隷商に行けば簡単に買える」


商売の話をするような軽い口調だった。


この街では当たり前なのだろう。

奴隷も家畜や道具と同じように売買される。


それが普通の光景なのだ。


アイオンは少しだけ考えた。

そして首を横に振る。


「馬車は買います」


店主が頷く。


「奴隷はいりません。自分でできそうなので」


店主は一瞬だけ目を瞬かせた後、肩を竦めた。


「まぁ、そりゃそうだな。体外魔法が使えるなら必要ねぇ」


特に興味もなさそうに答える。


「それなら値段の話だな。馬車はさっき言った通り1万Gだ」

「俺、Bランクの冒険者なんですが」


アイオンは冒険者カードを取り出した。

店主が受け取り、刻まれた文字を見る。

そして目を丸くした。


「……B?」


視線がアイオンへ戻る。


「お前さんが?」

「はい」

「若ぇな。だが、これはローズレッド王国で発行された物か」


店主はカードを返しながら笑う。


「まぁ、ランクはランク。なら優遇措置が使えるな。半額だ」

「半額?」


アイオンは思わず聞き返した。


「そんなに下がるんですか?」

「Bランク以上は加盟店なら一律50%引きだ」


店主は当然のように言う。


「だから5千Gだな」

「5千……」


予想より遥かに安かった。


一万Gなら少し悩んだ。

だが五千Gなら話は変わる。


店主は不思議そうに首を傾げる。


「でかい買い物はしてなかったのか?」

「馬と馬車くらいですね」

「あー……」


納得した顔になる。


「どうせ正規価格を聞いてなかったんだろ?」

「はい……」

「よくある話だ」


店主は笑った。

アイオンは改めてカードを見る。


Bランク。

昇格した実感はあまりなかった。


依頼は受けていなかったが、宿を取る時も、大きな違いを感じる場面は少なかったからだ。


だが、こうして数字になると話は別だった。


5千G。


一般人なら数か月は暮らせる額が、そのまま割り引かれている。


改めて冒険者優遇措置というものの特殊さを感じる。


「……今、修理してる馬車なんですが」


アイオンは続けて聞いた。


「下取りできますか?必要なくなるので」

「そりゃそうだな。見てくる」


店主は即答した。

そのまま工房へ向かう。

背中が見えなくなると、ケニーが小さく笑う。


「ようやく実感できましたか?」

「全部半額ってことですよね?」

「加盟店なら、ですね」


ケニーは頷いた。


「そしてククルス自由経済国家では、ほとんど全ての商店が加盟しています」

「徹底してますね」

「国策ですから」


ケニーの声は少しだけ複雑だった。


「冒険者を優遇する仕組みは、この国の根幹です。冒険者の需要が減ろうが、時代が変わろうが、簡単にはなくならないでしょう」

「良いことなんですか?」

「さぁ?」


ケニーは肩を竦める。


「私は商人ですからね」


それだけだった。

きっと、良い面も悪い面も見てきたのだろう。

そんな重みが感じられる言葉だった。


やがて、店主が戻ってくる。


「見てきたぞ」


紙を見ながら言った。


「馬車だけなら300Gだな」

「安いですね」

「ただの中古だしな。しかも故障品」


店主は笑う。


「だが、馬付きなら2500G出すぞ。あの馬は良い!」


アイオンは即答する。


「馬車だけで」

「……そりゃ残念だ」


店主は本当に残念そうだった。

その後は手続きを済ませ、荷物を新しい馬車へ移していく。


幌付きの新しい馬車は見た目こそ大きく変わらない。


ヴィラは馬車の周囲をゆっくり歩き回っていた。

骨格部分に刻まれた魔導回路を眺めながら鼻を鳴らす。


「仕組みはわかります?」


アイオンが聞く。


「さっぱりだよ」


即答だった。


「魔道具について、テオルさんにもう少し聞いておけばよかったですかね?」


ヴィラは回路へ指を滑らせながら答える。


「聞いたところで……だな」

「はい?」

「作れるわけじゃない」


あっさりした口調だった。


「なら、覚える必要もないだろ?」

「……その割り切り方、羨ましいですよ」


アイオンは苦笑する。

ヴィラは鼻を鳴らしただけだった。


荷物を積み終えた後、アイオンはアウラの首を撫でる。


温かな体温が掌へ伝わった。


「少しは楽になるかな?」


アウラは鼻を鳴らした。

答えたつもりなのかもしれない。


その様子に思わず笑う。


「それなら、十分だ」


ヴィラもアウラの首を軽く叩いた。


「……そうだな」


アウラは耳を立て、どこか得意そうに胸を張った。


アウラの気持ちはわからない。

だが、少なくとも機嫌は良さそうだった。

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