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望まぬ2度目の人生を。〜前世の記憶と痛みを抱いて、それでも俺は生きていく〜  作者: 灰とダイヤモンド
第五章 きみの痛みを消せるなら

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新たな国へ

三日後の朝は曇っていた。


国境の門の前には、すでにケニーが立っている。

荷物は小さい。


「おはようございます、アイオンさん」


人懐っこい笑顔だった。

三日前と変わらない顔だ。


「おはようございます」


アイオンは短く返し、荷台を示した。


「乗ってください。狭いですよ」

「ありがとうございます」


ケニーは荷物を抱え、荷台へ乗り込む。

その瞬間、ヴィラと目が合った。


「よろしくお願いします」


ヴィラは返事をせず、腕を組んだまま窓の外へ視線を向けた。


メルはケニーへ小さく頭を下げる。

ケニーも丁寧に会釈を返した。


アイオンが手綱を握る。

アウラがゆっくりと歩き出した。


##


「……お前は面倒事に巻き込まれるたちなのか?」


ヴィラの呆れたような、責めるような声にアイオンは項垂れる。

メルは戸惑ったような表情を浮かべる。


「望んでないんですが、そのようですね……」

「それで?オラクルという街になにがあるんだ?」

「わかりません。教えてもらえなかったので」

「……話にならんな」


ヴィラのため息が漏れる。

パーティになったからにはアイオンの不利益はヴィラの不利益にもなる。


騒動が起きている場に自身も引き込まれれば、否応にも関わる事になる。

ヴィラからすればケニーなどどうでもいい、なんの関係性もない他人だ。


「そんな奴の面倒に巻き込まれるつもりはないぞ」

「……わかってます。俺とケニーさんとの話なので。それに、騒動の規模が手に負えないと判断すれば、受けることはありませんよ」

「どうだか……。メルはどうするんだ?私は自分の身は守れるが」


ヴィラはメルを見る。

アイオンもそれについて悩んでるようだった。


「メルさんはここに残りますか?」

「そ、それは駄目です!担当として、離れるわけにはいきませんので……」


メルは自分の役割を忘れてはいない。

アイオンから離れて行動しては、情報を伝えるという役割を果たせない。


冒険者ギルドの片隅で、三人で頭を悩ませていた。

ふと、ヴィラが言葉を発する。


「……お前、メルの護衛を私に依頼しろ」


アイオンとメルはその言葉に反応する。

ヴィラは続ける。


「メルはあくまでお前の担当なんだろ?私のじゃない。なら、お前が身銭を切って私に依頼するんだよ。そうすれば、私がメルを守ってやる」

「……同じパーティメンバーで依頼を?」

「ダメなのか?」


ヴィラがメルを見る。


「それなら、私がヴィラさんに依頼するという形の方がいいかと……あくまで、私は同行者でパーティではありませんから」

「なら、それでいいだろ。依頼料はお前が払え、アイオン」

「……わかりました」

「だが、勘違いするなよ?」


ヴィラはアイオンに顔を近づける。

角がアイオンの額に当たりそうな距離に。


「お前の面倒事に私達を巻き込むなよ?」

「それも、わかってますよ」


三人の方針は決まった。


しかしヴィラもメルも、アイオンも察していた。

面倒な事にならないわけがないということを、薄っすらと。


##


国境の門はすぐそこだった。

門兵が手を上げ、馬車を止める。


「出国ですね。身分証と出国料をお願いします」


アイオンはランクカードを取り出しながら尋ねた。


「出国料はいくらですか?」

「一人500Gです」


馬車の中が静かになった。


「……500? 冗談だろ?」


ヴィラが低く呟く。

高額だった。


「一人500Gです」


しかし、係員は淡々と繰り返した。


「入国料は50Gでしたが。それに、去年は300Gだったはずですよ」


ケニーが口を挟む。


「去年から改定されています」


係員の表情は変わらない。


「払えない方は通れません」


短い沈黙が流れた。

ケニーが素早く財布を取り出す。


「では私がまとめて――」

「いいです」


アイオンが遮ると、ケニーの手が止まる。

アイオンはランクカードを差し出した。


「三人分はこちらで払います。ケニーさんは自分の分だけ払ってください」


係員はカードを確認し、手続きを進める。


「Bランク冒険者アイオン……三人分……合計1500G。確かに」


アイオンはカードを受け取り、馬車へ戻った。

ケニーが金袋を抱えて近寄る。


「ご足労いただく側として、私が払いますよ」

「結構です」


アイオンは愛想笑いでケニーを見た。


「あなたにこれ以上貸しは作りません」


静かな声だった。

ケニーは何も言わず、口を閉じた。


やがて門が開く。

アウラがゆっくりと歩き出した。


#


門を抜けた先は、すでに別の国だった。


入国料はかからなかった。

むしろ、それが普通なのだと、メルは言う。


街道沿いに並んでいるのは商店ではなく露店だ。


色とりどりの布を張っただけの簡素な店が並び、食べ物や小物が所狭しと並べられている。


大きな看板もない。


値札すら見当たらなかった。

商店がないわけではない。


だが目立つのは圧倒的に飲み屋だった。

朝だというのに、店先の椅子へ腰掛けて酒を飲んでいる男達がいる。


誰も咎めない。

周囲も気にしていなかった。


「……朝から飲んでいるのか」


ヴィラが呟く。


「ここでは珍しくありませんよ」


ケニーが答えた。


「仕事前の一杯、という感覚ですな。酔うためというより、景気づけに近い」

「そういうものか」

「ローズレッド王国では考えられませんがね」


アイオンは馬車を進めながら街を見回した。


飲んでいる者だけではない。

路地の隅では何かを囲む人だかりができていた。


気になり、少しだけ馬車を寄せる。


小さなテーブル。

その上には白と黒の石が並んでいた。


四角い盤面の上で二人の男が石を置き合い、周囲が声を上げながら見守っている。


「……オセロ?」


アイオンが呟く。

覚えのある遊びだった。

ただし、前世の記憶だが。


「おや?……あれは、リバーシですよ。知ってるんですか?」

「……似たものを」

「ほう。……珍しいですな」


ケニーが答える。


「石で相手を挟み、自分の色へ変えていく遊びです。単純ですが奥が深い」

「……昼間から路上でやる遊びではないでしょう」

「いえいえ!ククルスや他の国では日常的な光景ですよ。あれで飯を食べてる者も多い」


ケニーはテーブル横のGを指差す。


「互いに賭け、勝ったものが手にするんですよ。他にも色々あります。ほら、あそこ」


指差した先では、男が小さな矢を投げていた。

壁に掛けられた的へ向かって投げ、その得点を競っているようだった。


「ダーツです。酒場では必ずと言っていいほど置いてあります。遊び方は様々ですが」


アイオンは周囲を見回した。

路地のあちこちで何かしらの遊びが行われている。


「ローズレッド王国では見ない光景ですね」


思ったままを口にする。


(考えたこともなかった。遊びというものがローズレッド王国にはなかったな。……誰でも遊べそうなのに、なぜ広まっていないんだ?)


ケニーはアイオンの心中の疑問を察し答える。


「……新女神教が禁じているんですよ」


声の調子がわずかに落ちる。


「なので表向きには広まっていません。オルババ村にもなかったでしょう?」

「なぜ禁じているんですか?」

「簡単な話ですよ」


ケニーは肩を竦めた。


「平民は遊ぶな。働いて稼ぎ、その金を納めろ――そういう考えです」


誰も言葉を返さなかった。


ヴィラは腕を組んだまま路地を眺めている。

メルも手帳を開いていたが、書く手は止まっていた。


「ちなみに、こういう遊びを考えたのは誰なんですか?」


アイオンが尋ねる。


「御使様ですよ」


ケニーは答えた。


「御使ジャグラ様。遊びの神とも呼ばれている御方です」


少し懐かしそうに笑う。


「誰でも楽しめるものを残したかったのでしょう。この世界に、今でも根付いています」

「……良い御使だな」


ヴィラがぽつりと言う。

ケニーは目を細めた。


「……良い遊びばかりを残したわけではないですがね」


呟く言葉は、誰にも届かなかった。


#


「ねえ、冒険者ギルドに寄りましょうよ!」


メルが身を乗り出した。


「ローズレッド王国側にはあまりなかったですが、こっちなら魔物の情報もあるはずです。地図も手に入るかもしれませんし」

「そうですね。行きましょうか」


アイオンが頷く。

ケニーが口を挟んだ


「地図は私がいるので不要だと思いますが。まぁ、行きますか。ただ……場所が少し特殊ですよ」

「特殊?」

「行けば分かります。私が馬車の前を歩くので着いてきてください」


ケニーの案内で馬車を進める。


大通りを外れ、細い裏路地へ入った。

表通りの賑わいが嘘のように静かだった。


看板もなければ人通りも少ない。

その奥に、小さな石造りの建物が建っていた。


外観は地味そのものだ。


入口の脇にギルドの紋章が掲げられているが、知らなければ見落としてしまいそうだった。


「……ここですか?」


メルが目を丸くする。


「ローズレッド王国側は広場の真ん中にありましたよ?」


ケニーは苦笑した。


「ククルス自由経済国家の主流は傭兵団です」

「それは知ってますけど……」

「聞くと見るでは全く違いますな。……簡単に言えば、対人戦や荒事、護衛、表に出せない仕事まで請け負う連中の方が需要が高いんです」


少し肩を竦める。


「冒険者に裏の仕事を頼むには、たくさんの契約で縛り、ギルド側も誤魔化さなくてはならない。ですが、傭兵団はシンプルです。金さえ払えばいい」

「なるほど……」


メルは納得したように頷いた。


「だから目立つ場所に構える必要がない。依頼があれば依頼者が勝手に来ますし、冒険者も。これはどの街も変わりませんよ」


馬車を止め、四人は建物へ入った。


中はローズレッド王国のギルドよりも遥かに狭い。


受付は一つだけ。

待っている冒険者も数人しかいなかった。


静かだった。

酒場のような喧騒もない。


掲示板へ目を向ける。

そこには魔物討伐依頼が並んでいた。


だが内容を見た瞬間、アイオンはわずかに眉をひそめた。


(報酬が低い。低ランク向けばかりだ)


並んでいるのはEランク向けの依頼ばかりだった。


報酬も数十G程度。

隅の方にDランク向けが数枚あるが、それも大した内容ではない。


壁際に座る冒険者達は依頼書を眺めている。

だが、その顔にやる気は感じられなかった。


生活のために仕方なく受ける。

そんな雰囲気だった。


(食うために受けているのか)


アイオンは視線を外した。

その間にメルが受付へ向かう。


しばらくして戻ってきた。


「オラクルまでの周辺地図、もらえました。あと道中の魔物情報も少し」

「助かります」


アイオンは頷いた。

メルは嬉しそうに地図を抱える。


「では、出発しましょうか」

「そうですね」


四人はギルドを後にした。


#


再び大通りへ戻る。


露店の呼び込み。

酒場から聞こえる笑い声。


ローズレッド王国とは違う活気が街を包んでいた。


馬車へ乗り込む。


アイオンが手綱を握ると、アウラがゆっくりと歩き出した。


国境の街は少しずつ遠ざかっていく。

やがて喧騒は消え、街道だけが前へと続いていた。


その先にあるのはオラクル。

アイオン達を新たな騒動へ巻き込むことになる街。


まだ誰も、その全貌を知らない。

静かな街道を、馬車は進んでいく。

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