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望まぬ2度目の人生を。〜前世の記憶と痛みを抱いて、それでも俺は生きていく〜  作者: 灰とダイヤモンド
第五章 きみの痛みを消せるなら

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国境にて

「……ようやくか」


馬車の奥で、角人のヴィラがぽつりと呟く。

その声を聞き、御者席に座るアイオンが答えた。


「結構迷いましたからね」

「御者の責任は大きいぞ」

「仕方ないでしょ。三人とも土地勘のない場所で、周辺しか載ってない地図だけを頼りに進んだんですから」

「……準備不足を棚に上げてよく言う」


ヴィラは空を見上げた。

高い空を、薄い雲がゆっくりと流れている。


馬車の中には険悪とまではいかないものの、微妙な空気が漂っていた。


二人に挟まれているメルが、慌てて話題を変える。


「か、活気があるように見えますね! ゲールより大きいですし!」

「……国境の街ですからね。人も物も集まるんでしょう」

「そのせいか、賊も大量にいたしな」

「それには驚きました……。ローズレッド王国は賊被害が多いですが、数日おきに襲撃されるとは思いませんでしたよ」

「冬が終わって人の往来が増える時期ですからね。ここら辺は雪の影響もないようですし」

「ククルスは年中穏やかな気候だそうです。なので雪が降ることも滅多にないそうですよ」


ヴィラが少しだけ残念そうな顔をした。


「雪も嫌いじゃなかったんだがな。旅をすれば、こうも変わるのか……」

「ゲールは山脈の影響もあって気候が変わりやすかったですからね。私も、もう懐かしくなっています」


メルとヴィラは故郷の景色を思い出しているようだった。

その気持ちはアイオンにもよくわかる。


「俺もそうでしたけど、似た景色を見るとまた思い出しますよ」

「ククルスは雪が降らないんだろう? なら似た景色はないじゃないか」

「雪だけが思い出じゃないでしょ」

「私達は雪が懐かしいという話をしているんだ。何を聞いていたんだ?」

「……すいませんでしたね」

「ほ、ほら! もうすぐ街の入り口ですよ! アウラちゃんもゆっくり休めるよ!」


その声にアウラが短く鼻を鳴らした。

アイオンとヴィラはその音を聞き、揃って口をつぐむ。


この二人は何かあればすぐ言い合う。

その度にメルはアウラへ助けを求める。


アウラは非常に賢い馬だった。

絶妙なタイミングで鼻を鳴らしたり、首を振ったりする。


それで二人の気が逸れることを、メルは知っていた。


そうやって、この居心地の悪い旅を乗り切ってきたのだ。


#


街の中の空気はゲールとは違っていた。

乾いていて、どこか穏やかだ。


「入場料かからなかったな」

「それが普通なんですがね」

「ここは貴族様が治める街というより、国が管理する出入り口なんですよ。なので出国料と入国料がかかるのは、この後ククルス側へ入った時です」


そう言ってメルは街の奥を指差した。

遠くに見える長い壁が、両国の境界を示している。


「あれが国境か?」

「そうです」

「それって冒険者も取られるんですか?」

「いえ。それも街の入場料と同じく免除されます」

「ゲールでは取られましたが」

「領主様が追加徴収していたからですね。その分が適用されなかったんです」


外の世界を知らないヴィラは素直に疑問を口にする。


「あの街の領主はそんなに金が必要なのか?」

「ゲールだけじゃありませんよ。……今の御時世だと正直、出国時にどれだけ取られるのか不安でたまりません」


メルは苦笑した。


後からギルドから支給されるとはいえ、一時的にでも出費が増えるのは避けたい。


決して余裕のある懐事情ではなかった。


「足りなかったら、俺が出しますよ」

「……助かります」

「それは助かる」


ヴィラも頷く。

しかしアイオンは即座に切り返した。


「道中の賊から奪った金があるでしょ。自分の分は自分で出してください」

「奪ったとは人聞きが悪いな」


ヴィラは肩を竦めた。


「命を失うのか、金を失うのか。それを選ばせただけだ」

「……手足の筋を切って放置したくせに」

「だが命は助けただろ。何も間違ってない」


あっけらかんと言い切る。

回復する手段も移動する事もできなくなった賊の末路を気にもせずに。


アイオンも似たようなことをして賊を退治した経験があるため、それ以上は追及しなかった。


やがて馬車預かり所が見えてきた。


「……まずはアウラと馬車を預けましょう。それで二、三日休んでからククルスへ入国します」

「わかりました。私は冒険者ギルドへ向かいます。情報も探っておきますね」

「私も行こう。近場で魔物討伐の依頼があれば受けたい。さっさとランクを上げたいからな」

「じゃあ、一緒に行きますか。俺も伝言があるか確かめたいですし」

「了解です」


#


「はいよ! 三日で100Gだ! 現金払いで受け付けるよ!」

「お願いします」


アイオンは馬車を預かり所へ運び、アウラの手綱を係の男へ渡した。


男は慣れた手つきでそれを受け取ると、アウラの首を軽く叩く。


アウラは鼻を鳴らしただけで素直に従った。


「へぇ、随分お利口な馬だな」

「わかります?」

「そりゃこの商売を長年やってるからな。若いのに気性が良い馬は旅の友として最高だ」


男は感心したようにアウラを見た。


「買った時も馬車付きで安かったんですよ。でも何の問題もなくここまで来られました」

「お前さん、一応はBランク冒険者なんだろ? 馬商も下手な馬は売らねぇさ」


男はアウラの体つきを見て頷く。


「しかし上物だよ。この馬は」

「そう言ってもらえると嬉しいです」


アイオンはアウラの頭を軽く撫でた。


「じゃあ、お願いしますね」

「任しときな!」


元気よく答える男に頭を下げ、アイオンはその場を後にした。


三人が向かう先は冒険者ギルドだった。


#


国境の街の大通りは、人と荷物と喧騒で溢れていた。


両側には露店が途切れることなく並び、色鮮やかな布地や香辛料、乾燥果実、見慣れない道具類が所狭しと積み上げられている。


客引きの声も絶えない。

だが、不思議と足を止める者は少なかった。


ここでは立ち止まること自体が交渉の始まりを意味するらしい。


商人も旅人も一様に前を見て歩いている。

アイオンもそれに倣った。


「……人が多いな」


ヴィラが人の流れを眺めながら呟く。


「広い街ですからね」

「物が多い、人が多い、声も大きい。煩わしいな」

「そんな事言っても、露店に興味があるようですが?」


ヴィラの視線は露店へ向いていた。

並べられた品々を眺める横顔には、隠しきれない興味が滲んでいる。


その隣では、メルが周囲を見回しながら手帳に何かを書き込んでいた。


歩きながら記録を取り、その作業自体を楽しんでいるようだった。


「ギルドはこの先の広場を右だそうです。馬車預かり所の方に教えてもらいました」

「やっぱり広いところにあるんですね」

「目につく場所に構えるのが、冒険者ギルドですからね!」


メルは少し得意そうに胸を張った。


やがて大通りを抜け、広場へ出る。

中央には大きな井戸があり、その周囲では商人や旅人達が思い思いに休憩していた。


荷物を整理する者。地図を広げる者。簡単な食事を取る者。


それぞれが次の目的地へ向かうための時間を過ごしている。


三人は広場を横切り、右手の路地へ入った。


冒険者ギルドはすぐに見つかった。


石造りの頑丈な建物。

入口の上には見慣れたギルドの紋章が掲げられている。


どこの街でも似たような造りだ。


中へ入ると、まず目に飛び込んできたのは依頼掲示板だった。


何人もの冒険者が集まり、依頼書を吟味している。


アイオンもざっと全体に目を通した。

そしてすぐに気づく。


(ほとんど護衛依頼だな)


掲示板の大半を占めているのは輸送護衛だった。


ローズレッド王国各地への物資輸送。

商人の同行護衛。旅人の安全確保。


国境ならではの依頼ばかりである。


魔物討伐もないわけではない。

だが、端の方に数枚貼られている程度で、内容もEランクからDランク向けの小規模なものばかりだった。


「少ないな。討伐依頼が」


ヴィラも同じことに気づいたらしい。


「ローズレッド王国を移動する人が依頼を出すんでしょうね。俺達向けの依頼はなさそうです」

「ランクを上げたかったんだがな」

「こっちはローズレッド王国の領土です。ククルス側に行けば、あるかもしれませんよ」


ヴィラは不満そうに腕を組んだ。

その横でメルが受付へ視線を向ける。


「パーティ登録と伝言の確認を済ませますか?」

「そうしましょう」


三人は受付へ向かった。

メルはそのままギルド員へ声をかけ、窓口の内側へ入る。


そして、アイオン達の手続きを始めた。

アイオンはランクカードを渡しながら小声で尋ねる。


「……割り込みじゃないですよね?俺達」

「違いますよ。これが"担当が処理をする"って事なんです」


メルは苦笑しながら書類を取り出した。


「え〜っと……アイオンさんとカーラさんのパーティにヴィラさんを加えるという処理でいいですね?」

「俺は。ヴィラさんは、本当にいいんですね?」

「構わん。しかし、カーラとやらにはいつ会えるんだ?」

「離れて半年くらいですが、合流する日を決めてたわけじゃないんで。ヴィラさんのことを伝えてはおきますけど」

「――はい。終わりました。これで、パーティ登録は終了です」


メルは確認書類を見ながら頷いた。


続いて奥の伝令室へ向かう。

しばらくして戻ってきた。


「アイオンさん宛に伝言が届いてます。そのカーラさんと、オルババ村のラクトさん。後はライアさんという方ですね」

「ライアさんから?」

「はい。伝言の日付は――あれ? だいぶ前ですね。おそらく、この街にアイオンさんが来られたら伝えられるようにしてあったんでしょう」


メルは保管されていた伝言をまとめて渡した。


カーラからの内容は相変わらずだった。


簡単な近況報告。

イザークパーティがBランクになったこと。

そして、自分の誕生日を忘れていたことへの文句。


紙面からでも騒がしさが伝わってくる。


(相変わらず、騒がしいな)


怒っているカーラの顔を思い浮かべながら、アイオンは返事を書き始めた。


自分もBランクになったこと。

ヴィラという仲間が加わったこと。

離れて半年以上経つが、いつ合流する予定なのか。


そんな内容を簡潔に綴る。


ラクトからの伝言も変わらなかった。


無茶はしていないかという心配。

そして、フィギル領にローズレッド王国の兵団の拠点が作られ、そこへゼアスが配属される予定だという報告だった。


(拠点……。ゼアスさんが近くにいるのは良いことだな。ナリアも寂しくないはず)


問題ないと伝える返事を書き終える。


そして最後に手に取ったのはライアからの伝言だった。


オルババ村で別れて以来、音沙汰はなかった。

だが――。


(……あの人なら問題ないか)


自分も以前より強くなったという自負はある。

それでも、まだ追いついたとは思えなかった。


だからこそ余計な心配はしない。

アイオンは静かに伝言へ目を通した。


「これを読んでるということは、冒険者になってヘルケイル山に向かってるということね? 外の世界はあなたにどんな経験を与えたのかしら? 知る由もないけれど、興味はある。ヘルケイル山に住む私の師"雷轟"に、あなたのことは伝えておいた。とても楽しみにしてるようだから、手厚い歓迎を受けてあげて。道中、必ずワイバーンに襲われると思うけど、難なく処理しなきゃ次から次へと来るわよ。後、肉をとって持っていきなさい。雷轟にじゃなく、あなたが食べる分よ。その街からククルスに入れば、ローズレッド王国とは違う国。流儀が違えば仕組みも違う。常識もね。戸惑うことも多いだろうけど、あなたなら平気。では、またいつか」


要件だけを伝えるものだった。

だが、その文章からはライアらしさが滲んでいる。

隣でヴィラが興味深そうに尋ねた。


「誰だ? ライアとは」

「俺の……まぁ師匠ですかね」

「ほう。お前が誰かの師事を受けるとは意外だな」

「どういう意味かは聞きませんが、心構えなどみっちり仕込まれましたよ」


その会話を聞いていたメルも口を開く。

メリッサへ報告する情報になるかもしれない。

そう考えてのことだ。


「どんな人なんです?」

「冒険者ですよ。今はBランクですけど前まではAランクで、詳しいことは知りませんがDランクになってた時に知り合ったんです」


その言葉を聞いた瞬間、メルの動きが止まった。

思い当たる有名な人物が一人だけいたからだ。


「か、勘違いなら申し訳ないんですけど……まさか、"双剣使いのライア"じゃないですよね?」


ありえない。

そう思いながらも聞かずにはいられなかった。


もし本当にあのライアなら――。


だが返ってきた答えは、あまりにもあっさりしていた。


「双剣使いですね」


メルは完全に呼吸を止めた。

その反応にアイオンも戸惑う。


「あ、あの? メルさん?」

「…………」

「……おい。どういう奴なんだ? そいつ」


さすがのヴィラも不思議そうな顔をしている。


「どういうって……凄腕の双剣使いとしか」

「それだけでこんな反応になるか?」

「俺も詳しくは知りませんよ。メルさん!」


呼びかけられ、メルはようやく我に返った。


「……はっ! 申し訳ありません!」

「大丈夫ですか?」

「少し動揺してしまいましたが、平気です」


メルは苦笑しながら答える。

アイオンもそれ以上は追及せず、ライアへの返事を書き始めた。


冒険者としてBランクになったこと。


肩書きだけなら同じになったが、まだ追いついた気はしないこと。


雷轟に会うのは楽しみだが、面倒な人物ではないことを願っていること。


書き終えると、まとめてメルへ渡した。


「じゃあこれ、お願いします」

「確かに。ラクトさん宛はバルナバに送りますね」


メルは書類を抱え、足早に奥へ向かう。

これでアイオンの用事はひとまず終わった。


「一応、討伐依頼でも受けますか?」

「いや、今日はよそう。明日また来て、依頼の更新があったら確かめる」

「……散策したいだけでしょ」

「黙れ。先に宿を探すか。メルの分はどうするんだ?」

「どうするんでしょう? あ、戻ってきた」


ちょうどメルが戻ってくる。


「無事に終わりました。お二人はこれからどうします?」

「宿をとって自由時間にしようかと。メルさんはどうするんです? 一緒に宿に?」

「いえ。ギルド員の宿舎がありますので、そこの空き部屋に」

「そうですか。では、明日また来ます」

「はい。ごゆっくり」


メルは丁寧に頭を下げた。

アイオン達は受付を離れ、入口へ向かう。

その時だった。


「――アイオンさんじゃないですか!?」


入口の方から大きな声が響いた。


聞き覚えのある声だった。

妙に明るく、どこか軽い。


アイオンは小さく息を吐く。

声の方へ視線を向けた。


そこに立っていたのは、オルババ村によく訪れていた行商人ケニーだった。


手には書類の束。

後ろには部下らしき数人の男達が控えている。

こちらを見つけた途端、嬉しそうに目を丸くした。


「やっぱり!こんなところで会うとは! お元気でしたか?」


ケニーは遠慮なく近づいてくる。


「しかし驚きましたよ。なんでまたこんなところに?」


アイオンはわずかに顔をしかめた。


「ククルスに向かうからですよ。ケニーさんこそ、なぜ?」

「何でって、決まってるでしょ! 商売ですよ!」


ケニーは即答した。


「私は元はククルスに店を構えてるんですよ。言わなかったでしたっけ?」

「聞いた覚えはないですね」


アイオンが人と積極的に話すようになったのは最近だ。


それ以前の記憶となれば曖昧なものも多い。

ケニーとの間にも会話はあったのだろうが、今となっては覚えていなかった。


やがてケニーの視線がヴィラへ移る。


「そちらの方は?」

「パーティメンバーのヴィラさんです」

「ほう。見事な角ですな!」

「旅する商人でも珍しいのか?」


ヴィラは警戒を隠そうともしなかった。

だが、ケニーはまったく気にした様子を見せない。


「おっしゃる通り! ……でもありませんよ。ククルスの傭兵に角人も何人かいますからね」

「……なに?」

「私も見たことがあります。その人は有名な傭兵団のボスですがね。あなたみたいな角が一本、額から生えてますよ」


ヴィラは目を細めた。


角人は自分達の集落にしか存在しない。

ずっとそう思っていた。

だからこそ、その言葉は意外だった。


「……世界は広いな」


短くそう呟き、黙り込む。

ケニーは話題をアイオンへと戻した。


「それで、ククルスのどこに行かれるんです?」

「ヘルケイル山です」

「なんと! ヘルケイル山!!」


ケニーの目が輝く。


「……それはまた、ずいぶん奥まで行きますねえ」


感心したように何度も頷く。

そして何かを思いついたように手を打った。


「ああ、なるほど! ちょうどよかった!」

「?」

「ヘルケイル山に一番近い街"オラクル"。そこが多分目的地になると思うんですよ」


そう言いながら一歩近づく。

相変わらず人当たりの良い笑顔を浮かべたままだ。


「よかったらご一緒しませんか?」


軽い口調だった。

だが、その目は商人のものだった。

相手の反応を見逃さない、値踏みする目。


「……ケニーさんはローズレッド王国に行くんでしょう?」

「今回の行商は大したことありません。なので、部下に任せても問題ないかと」


アイオンは無言でケニーの後ろを見る。

部下達は明らかに狼狽えていた。


しかし当の本人は笑顔を崩さない。

誰にでも向けられる人懐っこい笑顔。


だがその実、相手を観察し計算することを忘れない商人の笑顔だった。

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