番外編 古い友に会う①
三人がオルババ村へ着いた頃には、空は橙色に染まり始めていた。
道中は三日。
しかし、思ったよりも快適な旅だった。
まず整備された道。
床下には融雪の魔導回路が敷かれており、降り積もる先から雪を溶かしていく。
通路には、雪の隙間から湿った石畳が黒々と覗いている。
それだけで、王都近辺の街道より遥かに金がかかっているとわかる。
そして、バルナバを朝に出たとして、夕方に差し掛かる頃、ちょうどよく休める場所にたどり着く。
休憩所として作られた場所には、フィギル子爵の私兵が複数人で警備を務める。
旅人や商人に、安心した休みを与えていた。
バルトスとゼアスは感心しながら、穏やかな道中を楽しんだ。
しかし、ジェダの顔は暗かった。
(……なぜ、こんな土地がある?貴族が民のためになることをするなぞ、考えられない)
ジェダにとっての貴族。
それは、新女神教に搾取されるために税を民から絞り、領民なぞ顧みない存在。
自身が生まれた村は、年中苦しみながら税を払うのに必死だった。
村人が飢餓状態になるまで働かされ……そして、他の村からの略奪に遭い、滅びた。
(……前に来た時と同じだ。ここは、俺が過ごしたローズレッド王国と違いすぎて……こんな場所で生まれたかったと思ってしまう)
自身の胸の奥が痛む。
あの時、大事な人を救えなかった痛みが、未だにジェダを蝕んでいた。
「おーい、ジェダ!」
「は、はっ!」
バルトスの呼び声に遅れて反応する。
「なんだ?疲れたのか?」
「い、いえ、そんなことは」
「そうだよな。訓練に比べりゃ、ずっと楽な道中だ」
そう笑い、ジェダの傍まで馬を下げる。
そして、にこやかに笑うバルトス。
「いやー、すげぇよな!たった一年くらいで作ったんだってよ。カルララ村とメキララって村の道中もこんなんなんかね?」
「スパールからバルナバまでは、整備された道ではなかったですよね。もともとの領地の境目だった場所も、待機所から私兵が出て雪かきをしてましたし」
「外から来る人より、領地の安定を優先したんだろ。道が良ければ安全に行き来できる」
そういって、街道に置かれている柱を見る。
等間隔に置かれたそれは、一部が淡く光っている。
「あの柱の光。伝令魔法の触媒だな。文字を送るんじゃなく、信号を発するタイプの。魔物や賊に襲われても、あれに触れれば異変がすぐに私兵の待機所に伝わるシステムなんだろう。……全部が本物じゃないだろうけど、威圧するには十分だ」
ゼアスが混ざる。
「凄いですね。王国のどの街にもないですよ」
「……新女神教から最も遠い場所だからだろ。お布施の心配がなければ、領地に金をかけれる」
ジェダが不貞腐れたようにゼアスに返す。
しかし、バルトスが制する。
「でも、旧女神教とは最も近い場所だ。なぁ、ゼアス」
「はい。自分もそうですし、オルババ村の住民も」
「同じ女神教なのに、なんでこうも違うんだろうな?ジェダ」
「……さぁ」
ジェダは口を閉ざす。
その様子を見て、バルトスはため息をつく。
ゼアスは戸惑うように二人を見る。
気まずい時間が続く中、やがて、オルババ村の入り口が見えた。
「あ、見えました!」
「おお、久しぶりだぜ!」
変わらずある村の入り口は、いつもの二人が守っていた。
#
「……誰か来たな」
「んー?……三人か。あれ?――ゼアスだ」
「本当か?」
「ああ、間違いない。ゼアスと――一昨年一緒に来た奴だな」
目のいいロッチがボブに伝える。
そして二人は続ける。
「何しに来たんだ?連絡あったっけ?」
「……いや、ないな。ラクトさんからも聞いてない」
「休みだから帰省したのかな?」
「いや、待てよ……?ひとつだけ、理由があるじゃないか」
「なによボブ?」
ボブはキメ顔を作る。
「――俺の結婚を祝いに来たんだろう。ビアンカと俺との」
「……んなわけねぇだろ!!なんでわざわざゼアスが来んだよ!?」
「そりゃあ、頼れる兄貴分だったからな。ったく、忙しい中来なくても良かったのに」
「……知らせたのか?」
「いや?」
「なら絶対にちげーよ!!」
ゼアスだとわかってれば二人の警戒心は緩む。
いつものようにボブがロッチで遊んでいた。
そして、門の前に三人がたどり着く。
ゼアスが先に声をかける。
「ボブ、ロッチ!久しぶり!」
「よう、ゼアス!元気そうだな」
「一昨年ぶりだな、どうしたんだ?連絡もなしに」
三人は再会を喜ぶ。
「仕事のついでに寄ったんだ。でも、凄いな!街道もしっかりしてて……こんなに立派なの、他所にもないぞ!」
「ついでに寄る場所じゃねーだろ。この先なんもないぞ?」
「そう言うな、ロッチ。――子爵様の街道政策が上手くいってな。他の領地も、こんな感じだと思ってたが」
「全然!村の中を見るのが楽しみだよ」
「中はあんまし変わってないぞ。人は増えたがな。んで、後ろの……一人は見た顔だが、もう一人は?」
「俺が入った兵団の団長だ。親父の知り合いでな」
「ラクトさんの?」
そう言ってロッチは視線を向ける。
バルトスはかしこまった礼をする。
「ローズレッド王国第四兵団第三大隊長、バルトスと申します」
その肩書に、二人は目を開く。
「だ、大隊長?」
「それ、めっちゃ偉い人じゃねーか!」
「ロッチ!――失礼しました、そのような方とは知らずに」
慌てて頭を下げる二人に、バルトスは笑う。
「――ぷ、はははっ!そんなに気にしないでくれ」
「は、はぁ」
「仕事で来たんじゃない、古い友に会いに来たんだ。肩書きで引かれるのも嫌だからな。門を守るきみ達には伝えるが、他の人には黙っててくれると嬉しい」
「わ、わかりました。では、どうぞ!馬はこちらで預かります」
「あぁ、頼む。じゃあ、行こうか、二人とも」
そう言って、三人は村の中に入っていった。
ロッチとボブはその後ろ姿を眺める。
「……第四兵団ってことは、そんなに兵士がいるって事なのか?」
「前にウルに聞いた事があるな。確か第一第二は騎士団で、第三が体外魔法部隊。第四は平民兵士達で構成されてるって話だ」
「じゃあ一番数が多いのかな?そんなところの隊長の付き人って……ゼアス、結構偉くなったのか?」
「かもな。……兄貴分として鼻が高い」
「うるせー!」
そして、二人の日常に戻っていく。
雪の残る門前で、二人のじゃれ合いは交代要員が来るまで続いていた。
#
村の中へ入ると、夕暮れの光が家々の屋根を橙色に染めていた。
ゼアスは思わず足を止める。
「……本当に、人が増えたな」
前に来た時より、明らかに家が増えていた。
煙突の数も多い。
路地では子ども達が駆け回り、酒場の前では冒険者らしき者達が談笑している。
槍を傍らに置いて飲んでいた男が、鋭い視線でこちらを一瞬だけ見たが、すぐに話を再開していた。
かつての静かな村とは、空気そのものが違っていた。
「驚いたか?」
隣でバルトスが笑う。
「……正直。冒険者なんて寄り付きもしなかったのに、少し見ただけでもいます。見慣れない建物も増えました」
「昔はもっと小さかったイメージな。畑と家、それから森くらいしかなかった」
バルトスは懐かしむように目を細めた。
「のどかだった。……悪い意味じゃなくな。静かな村だったよ」
それが、今ではここまで変わっている。
街道整備。交易。冒険者の流入。
フィギル領の変化は、この小さな村にまで届いていた。
ジェダは無言で周囲を見回していた。
整えられた道。新しく建てられた家。
行き交う人々の穏やかな表情。
認めたくはない。
だが――。
(……これが、フィギル子爵のやってきたことか)
やはり、自分の知るローズレッド王国の村とは、あまりにも違う。
奪われるだけだった故郷とは。
胸の奥が、また鈍く痛んだ。
(……こんな場所で生まれていたら、俺も違ったのか?)
考えかけて、すぐに押し込める。
今更だ。
過去は変えられない。
ラクトの家へ向かう途中、何度も声が飛んできた。
「ゼアス!帰ってきたのか!」「久しぶりだな!立派になって!」「ゼアスくん!お土産は!?」
その度にゼアスは立ち止まり、一人ひとりに笑って返事をする。
バルトスは、その様子を見ながら小さく笑った。
「慕われてるじゃないか」
「……そんなことないですよ」
ゼアスは少し耳を赤くしながら、早足になる。
その背を見て、バルトスは楽しそうに笑った。
やがて、村の中ほどにある一軒の家へ辿り着く。
ゼアスには、見慣れた家だった。
ゼアスは扉の前で少しだけ迷い、それから拳を上げて扉を叩いた。
しばらくして、扉が開く。
顔を出したのは、黒い髪の、小さな女の子だった。
丸い目がゼアスを見上げる。
そして、一瞬固まった後――。
「ゼアくん!!」
勢いよく飛びついてきた。
「うおっ!」
ゼアスは慌てながらも受け止め、そのまま抱き上げる。
「久しぶり、ナリア。大きくなったな」
「久しぶり!ゼアくんも、大きくなった?」
「どうだろ?筋肉はついたぞ!」
「そうかな?お父さんのが大っきいよ!」
正直なナリアに、ゼアスは苦笑した。
バルトスは思わず口元を緩める。
ジェダも、わずかに表情が和らいでいた。
その時、奥から足音が聞こえた。
「ナリア、誰が――」
現れた女性は、ゼアスを見るなり目を見開く。
「ゼアス……?」
「ただいま、母さん」
セアラはしばらく言葉を失っていた。
それから、小さく笑う。
「……お帰りなさい。急でびっくりしたわ」
「ごめん」
「謝らなくていいの。……よく帰ってきたわね」
セアラはゼアスの顔をしばらく見つめ、それから二人へ丁寧に頭を下げた。
「ジェダさんも、お久しぶりね。……あら?そちらの方は――」
「……まさか、覚えて?」
バルトスと視線が重なり、止まるセアラ。
そして、思い出したように名前を呼ぶ。
「……バルトスさん?」
「――はははっ!凄いな!二十年ぶりだというのに、名前を覚えてくれていたとは!」
「やっぱり!お久しぶりですね。ゼアスから聞いてます。お世話になってるそうで」
「私の隊になったのは偶然ですが、世話はしてますね」
にこやかに笑うセアラ。
そして、三人を家の中へと招いた。
家の中は暖かかった。
暖炉の火が静かに燃えている。
食卓には料理の匂いが漂っていた。
「ごめんなさいね、食事の用意をしてて。皆様もぜひ食べてください」
「それは嬉しい!ありがとうございます」
「いえいえ。ラクトもじきに帰ってきますので」
ナリアはゼアスの袖を掴んだまま離れようとしない。
久しぶりの兄に甘えたいようだった。
ゼアスはセアラの背中に話しかける。
「アイオンから連絡は?」
「前にあったわ。今はゲールの街?にいるそうだけど、雪が止んだら、ククルス自由経済国家に向かうって書いてあったわ」
「ククルスに……。戻っては来ないのか?」
「うん」
「そっか……」
アイオンの近況は、おそらく家族も詳しく知らないのだろう。
あの弟が、まともに自分の話をするとは思えないし。
ナリアが悲しそうにうつむく。
ゼアスはそんなナリアの頭を撫でる。
「今日は俺がいるぞ、ナリア!」
「……うん!嬉しい!」
ゼアスは団欒を続けた。
しばらくして、奥から重い足音が聞こえた。
「帰ったぞ〜!セアラ、ナリア〜!」
大きな帰宅の声と共に、居間の扉が開く。
現れた大柄な男は、バルトスを見た瞬間に動きを止めた。
バルトスも同じだった。
空気が止まる。
沈黙。
そして、先に笑ったのはバルトスだった。
「相変わらずの筋肉だな!ラクト」
「バルトス!?なんでお前がここに!?」
「仕事のついでに、お前に会いに来たんだよ!」
「ついでに来る距離じゃないぞ……」
ラクトは苦笑しながら歩み寄り、バルトスの手を強く握った。
「……息子が世話になってる」
「まぁな……いい息子だ、ラクト」
その言葉に、ゼアスは気まずそうに視線を逸らした。
ナリアがさらに袖を引っ張る。
「ゼアくん、顔赤い」
「……気のせいだ」
暖炉の火が、穏やかに部屋を照らしていた。




