番外編 特別ギルド員
山狩りの朝、雪は止んでいた。
空は白く、風もない。
足元の雪が光を反射し、わずかに目に痛い。
ヴィラとの待ち合わせには、まだ時間があった。
アイオンはその間に、ギルドへ足を向ける。
正式な依頼ではない。
それでも、話を通しておく必要はあると判断したからだ。
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冒険者ギルドの中は静かだった。
この時期は依頼も少ない。
山に入れない以上、冒険者達も飲むか、身体を休めるか、そのどちらかになる。
受付には、数度見た顔がいた。
こちらに気づくと、わずかに背筋を伸ばす。
「ようこそ、アイオンさん」
「どうも。アメルダ支部長はいますか?」
「はい。お見えになったら通すよう言われていますので、ご案内します」
受付嬢に連れられ、奥へ進む。
その背中から、どこか緊張が伝わってきた。
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昨日ぶりの支部長室。
受付嬢が静かに扉を叩き、声をかける。
「アメルダ支部長。アイオンさんをお連れしました」
中から小さな音が返る。
呼び鈴のような音だった。
受付嬢は扉を開き、アイオンを中へ通した。
アメルダは相変わらず書類に目を落としていた。
そして視線だけをこちらへ向ける。
「おはよう。昨日ぶりね」
「どうも。今日から山に入ります。その報告を」
「そう。なら、こちらの話も済ませましょう」
一枚の書類を取り出し、受付嬢へ渡す。
確認した後、そのままアイオンへ差し出した。
“Bランク昇格承認書”
アイオンの名と、アメルダの署名が記されていた。
「おめでとう。近年ではかなり早い昇格よ。元々Cランクスタートだったとはいえ、異例ね」
「これで、正式に担当者を決められるんですね?」
アメルダは微笑む。
「随分と急ぐのね。――メリッサ特別ギルド員が、正式な担当になっていない理由……あなたには分かるかしら?」
「どうでもいい話ですね」
「あなたからすれば、そうよね。……私にも断言はできない。でも、信頼がほしかったのかもしれないわ」
「……信頼?」
アイオンは露骨に顔をしかめた。
勝手に生き方を決められ、勝手に監視され……。
“信頼”と言われても、納得できるはずがない。
だが、アメルダは気にした様子もなく続ける。
「特別ギルド員は、優秀なだけではなれないの。強い出世欲が必要になる」
指を二本立てる。
「私のように、各街のギルドを任される立場――つまり支部長ね。そこへ至る道は大きく二つあるわ。ひとつは、オルドのように専属冒険者として名を上げ、引退後に運営側へ入る道」
一本、指を下げた。
「もうひとつは、ギルド員として順当に昇進していく道」
残った指を軽く揺らす。
「――その二つしかないのよ」
アイオンは考える。
専属冒険者として名を上げた者を、引退後もギルドへ取り込む。
実績を持つ人材を管理側へ回す仕組み。
一方で、一般のギルド員にも昇進の道を示す。
それ自体は理解できる。
だが、それと特別ギルド員になんの関係があるのか?
考え――ふと気づいた。
「……特別ギルド員は?」
「やっぱり気づくわよね。予想より早いし、やっぱり戦うだけの子じゃない」
感心したようにアメルダは笑う。
「そう。特別ギルド員は、そのどちらでもない」
指を上へ向けた。
「彼らにとって、支部長なんて通過点でしかないの。特別ギルド員は、“ギルド”という枠組みそのものを管理する側へ至るための立場なのよ」
「……冒険者ギルドだけじゃなく?」
「そう。商業、銀行、運送――あらゆるギルド。その管理権限に関わる者達。言ってしまえば、王族みたいなものよ」
アメルダはさらに一枚、書類を取り出す。
受付嬢が内容を見て困惑し、そのままアイオンへ渡した。
特別ギルド員認定基準。
並んでいる文字の半分も理解できない。
ただ、異常なほど高い基準が求められていることだけは分かった。
「よく分かりませんが、優秀なんですね。皆さん」
「中にはコネでその地位にいる者もいるけどね。でも、少なくともメリッサは実力でそこにいるわ」
アメルダは肩を竦める。
「私達の間では有名人なのよ。メルも聞いたことあるでしょう?“雪月花を逃した特別ギルド員”」
「……“運だけがなかった優秀者”ですか?」
メルが反応する。
「そう。若くして特別ギルド員になった才女。でも、一度の機会を逃した。その後は表立った成果が聞こえなかったから、なにをしているのかと思っていたけど……まさか辺境で、あなたみたいな逸材を見つけてくるなんてね」
アメルダは窓の外へ目を向けた。
「特別ギルド員がさらに上へ行くために、一番重要なのは“専属冒険者”を抱えること。ギルドへ莫大な利益をもたらす存在を、自分の管理下に置くことだから」
静かな声だった。
「メリッサは、それ以外の全てを満たしている。でも、更に上へ行くには専属冒険者が必要だった」
アイオンは白けたように息を吐く。
「それが、俺を縛っていい理由にはならないでしょう。他人の出世のために使われる気はありません」
「……だから慎重だったんでしょうね」
アメルダはアイオンを見る。
「普通の特別ギルド員なら、あなたの意思なんて気にしない。逃げられない形を作る。強引に……時には残酷な手段を使ってでも」
わずかに寂しそうに笑った。
「だから少しかわいそうね。彼女は、あなたにとって取り返しのつかない失敗をしてしまったんでしょうけど……それでも、信頼を得ようとしていたのかもしれない」
「……互いの意思なくして信頼は生まれない。そして俺は、俺の基準で生きてる。それを踏み躙られて、許せるほど出来た人間じゃない」
アメルダは小さく息を吐いた。
これ以上、メリッサの話をしても意味はない。
そう理解したのだろう。
「――改めて紹介するわ。メル。この支部で三年働いている子よ。あなたの担当候補に推薦するわ」
「あ、改めまして……メルです」
深く頭を下げるメル。
アイオンはその姿を見る。
メルもまた、真っ直ぐ視線を返していた。
「……一つだけ確認を」
「はい」
「俺の担当になることで、不利益が出る可能性もある。それでもいいんですか?」
メルは少しだけ間を置いた。
迷いではない。
言葉を選んでいる。
「……怖くないと言えば嘘になります。でも、命に関わるようなことをする立場ではありません。私はあくまで、ギルド側の窓口ですから」
そして静かに続ける。
「出世にも興味はあります。でも、それ以上に……外を見てみたいんです」
自分の言葉を確かめるように、息を整えた。
「生まれも育ちもこの街です。不満はありません。でも、遠くの街や、知らない景色を見てみたい。その機会になるなら――挑戦してみたいと思いました」
真っ直ぐに頭を下げる。
「まだ未熟ですが、力の限り務めます。私に、チャンスをください」
アイオンはしばらくメルを見ていた。
嘘はない。
取り繕いもない。
ただ、そのままの言葉だった。
「……分かりました。よろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします」
アメルダが時計を見る。
「私からは以上よ。……そろそろ時間かしら?」
「少し過ぎました。確認したいことはありますが、戻ってからにします」
立ち上がり、扉へ向かう。
「……あの」
メルの声に、アイオンは振り返る。
「無事の帰還を、お待ちしております」
真っ直ぐな言葉だった。
アイオンは少しだけ考え、
「依頼ではないので不要ですが、受け取っておきます」
そう返し、部屋を出た。
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外の空気は冷たかった。
雪は止んでいる。
このまま降らなければいいと、アイオンは思う。
門へ向かい、昨日とは違う門兵に声をかける。
依頼ではない以上、戻る時には再び通行料が必要なのか?
そう尋ねると、門兵は申し訳なさそうに頷いた。
アイオンは白い息を吐き、近くで待っていたヴィラへ声をかける。
「お待たせしました」
「……遅いぞ」
「色々やることがあったんですよ……。そちらは一人ですか?」
「村の者達は先に山に出た。私は遺跡まで同行するが、その後は別行動だ」
「なるほど。俺は遺跡前で待機ですね」
「詳しくない者を山に放り込むよりはマシだからな。それに、異形に対処するには私かお前がいなければ安心できない」
「……随分、信頼してくれてるようで嬉しいです」
ヴィラは歩き出す。
アイオンも横に並んだ。
「……随分身軽だな?」
「あまり持っていっても邪魔ですし。数日分の食料は入ってます」
「山には慣れているのか?」
「森にはよく籠ってました。三日くらいなら寝なくても動けます」
雑談を交わしながら、二人は山へ向かった。
出会った頃の険悪さは、もう感じられなかった。
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アイオンが去った後。
伝令室には、アメルダとメルがいた。
触媒水晶の前で、静かに待つ。
やがて、水晶が淡く光を放った。
『こちらパルキノン冒険者ギルド』
予定通りの伝令魔法。
アメルダは水晶へ文字を書く。
『こちらゲール冒険者ギルド』
文字が浮かび、消える。
互いの名前は書かれない。
そういう取り決めだった。
『現状は?』
『予定通り』
『警戒は?』
『問題ない。疑われる要素がない』
短いやり取りが続く。
『私への反応は?』
『敵意あり』
その文字のあと、沈黙が落ちた。
やがて次の文字が浮かぶ。
『今後の連絡は小型触媒を送る。それを使って連絡を』
『了解。いつ届く?』
『数日中に』
『了解』
光が消えた。
アメルダは小さく息を吐く。
「……これでいいわね。交信記録も残らないよう、あちらが消すでしょう」
メルは不安そうに水晶を見る。
「本当に大丈夫なんですか?もしアイオンさんに知られたら……」
「だから、あなたが上手くやるのよ」
アメルダは立ち上がり、扉の前で振り返った。
「――メリッサは近いうちに、ローズレッド王国の冒険者ギルド全体を管理する立場になる人よ。今のうちに恩を作っておいて損はないわ」
それだけ言い残し、部屋を出る。
メルは光を失った水晶を見つめた。
昨日、聞かされた話。
メリッサという人物。ギレンという男。
そして、ローズレッド王国の冒険者ギルドが抱える腐敗。
本来、冒険者ギルドは国家や貴族に従属する組織ではない。
依頼を仲介するだけの、中立機関。
だが、この国では違う。
上層部は王家や貴族、女神教と癒着し、多くの冒険者やギルド員が、その歪みに苦しめられてきた。
それを変えるために、ギレンは動くという。
有能な者が正当に上へ行ける組織。
力ある者を潰すのではなく、活かす組織。
冒険者のための冒険者ギルドを作るという。
そして、アメルダもその流れに乗った。
アイオンには“情報を遮断する”と伝えながら、裏では全てをメリッサへ流している。
改革後の地位を約束され、その見返りとして。
結局、アメルダもまた――出世のためにアイオンを利用した。
そして、メルも。
全てを知った上で、
アイオンの担当になることを受け入れた。
旅をしたい。
世界を見たい。
その憧れに、抗えなかった。
「……共犯者、か」
小さく呟く。
やることは単純だ。
アイオンの情報をメリッサに報告する。
ただ、それだけ。
大した付き合いもない少年と引き換えに、自分の望みを叶える。
メルは小さく俯いた。
そして顔を上げ、部屋を出る。
誰もいなくなった伝令室には、静かな沈黙だけが残っていた。




