しがらみの中で
ゲールの街、門の前。
普段から警備をしている門兵は、わずかな戸惑いを隠せずにいた。
今の御時世、亜人は珍しくない。
住民の中には亜人の血が入っている者もいるし、同僚にもいる。
だが――ここまで色濃く残る者は、そうは見ない。
冒険者ギルドの者を呼ぶ集団のうちの一人、
女性の額から生える二本の角。
思わず視線を向ける。
だが、ジロジロと見るのは失礼だと、すぐに別の人物へと目を移した。
よく見れば、他の者も額に微かな突起があるように見える。
(……もしかしたら、近くに集落でもあるのか?)
長年この街の門に立ち続けてきた男は、その違和感から、自然とそう推察していた。
これまで気にせず通してきた者の中にも、彼らと同じような者がいたのかもしれない。
(……入場料さえ払ってくれれば、それでいい)
面倒な話に巻き込まれるほどの給金はもらっていない。
だからこそ、ただ願う。
早くギルドの人間が来ることを。
#
アイオンはギルドを出ると、まっすぐ門へ向かった。
そして辿り着くと、聞き覚えのある声が飛んできた。
「お前が来たのか」
「そちらこそ」
ヴィラだった。
城門の前に、数人の影が立っている。
ヴィラの隣には、体格のいい男が一人。
その後ろには武装した者が三人控えていた。
いずれも額に突起はあるが、ヴィラのように“角”と呼べるほどのものではない。
アイオンは、ヴィラの隣に立つ男へ視線を向ける。
角は小さく、布でも巻けば隠せる程度。
だが、その目は落ち着いていた。
焦りも、警戒もない。ただその場に立っている。
「我等の長だ」
ヴィラが短く告げた。
「アイオンです。ヴィラさんには世話になりました」
「話は聞いた。こちらも礼を言う」
族長は簡潔に返す。
低く、穏やかな声だった。
「すぐにでも協議を始めたい。そちらの代表者は?」
「その件で、伝えなければならないことが……」
アイオンは一瞬言葉を選ぶ。
その様子に、ヴィラがわずかに首を傾げた。
「……話はついたのか?」
「一応は」
「一応?」
「詳しい話は中で。――この人達を入れたいんですが」
アイオンは門兵に振り返り、そう告げた。
「冒険者じゃないし、行商で来たわけでもないな?それなら正規の通行料がかかる」
「いくらですか?」
「……一人150Gだ」
その額に、アイオンはわずかに眉をひそめる。
自身がこの街に入る時は50Gだった。
つまり、冒険者として100G分が免除されていたということになる。
平民が一日不自由なく過ごすには20Gもあればいい。
そう考えると、やはり割高だった。
「高いですね……ですが、払わなければ入れない以上、仕方ないですね」
門兵は申し訳なさそうに頷いた。
アイオンはヴィラ達に振り返る。
「お金、持ってます?」
「……人数分は持ち合わせてないな」
「ですよね……。わかりました、俺が払います」
その言葉に、ヴィラが族長へ視線を送る。
しかし族長は、静かに首を横に振った。
「お前が行け、ヴィラ」
「……なぜだ?」
「その者と知らない仲ではないのなら、そちらの方が話は早い。我らは先に山の警戒を行う」
淡々と続ける。
「終わり次第合流しろ。遺跡の前で準備を整える」
その言葉に、アイオンがすぐ反応した。
「それは危険です。ヴィラさんから話を聞いているなら分かるはずですが、あそこを巣として活動していたんです。餌を運んでくる個体がいるなら、危険性は上がります」
門兵が思わず口を挟む。
「ちょっと待て。危険ってのはどういうことだ?」
「こちらが話す権利はないんです。なので、聞かなかったことにしてください」
門兵は戸惑いの表情を浮かべる。
だが、それ以上踏み込むことはなかった。
「誰を通す?」
「だから、お前だ。ヴィラだ」
族長が短く答える。
アイオンは頷き、門兵に150Gを渡す。
「この人の通行料を払います。手続きを」
「わ、わかった」
処理が進む間、アイオンは族長へ小さく声を落とす。
「いったん村に戻ってください。ヴィラさんとの話を終えたら、そのまま戻ってもらうので」
族長はわずかに頷いた。
そして後ろに控える三人に視線を送り、静かに歩き出す。
ヴィラはその背を見送り、ため息混じりにアイオンを見る。
「面倒なことになるのか?」
「そうならないために、俺ができる限りのことはします。結局問題は、あの異形の個体が外に出ているかどうかだけですから」
「いないことを願ってるがな」
「同感です」
門兵が処理を終えて戻ってくる。
アイオンはヴィラの前を歩き出した。
「この街に入るのは初めてですか?」
「……人の街に入ったことはない」
「そうですか……。観光でもしたいでしょうが、今は余裕もないので、事が済んでからにしましょう」
隣でヴィラの表情が、わずかに動いた。
だが、何も言わない。
「テオルさんが借りてる宿屋に行きます。すぐですよ」
「……あいつもいるのか」
「起きてるかは分かりませんが」
二人は並び、ゲールの街へと足を踏み入れた。
#
ゲールの街は、昼前だというのに人通りが少なかった。
この街模様なのだから当然ではあるが、それでもまったく人がいないわけではない。
荷物を運ぶ者。
店先を整える者。
路地を駆けていく子供が二人。
生活の音は、確かにあった。
ヴィラは無言で歩きながら、周囲へ視線を巡らせていた。
建物の造り。掲げられた看板の文字。踏みしめる石畳の感触。
そのひとつひとつを確かめるように、視線が動いていた。
すれ違う人間が、ヴィラへと視線を向けた。
額の角に気づいたのだろう。
一瞬だけ、目が止まる。
だが、それだけだ。
視線はすぐに外れ、何事もなかったように歩き去る。
ヴィラの足が、わずかに止まった。
「言ったでしょう?気にされませんよ」
アイオンは振り返らずに言う。
ヴィラは答えない。
ほんの少しだけ距離を取って、アイオンの後ろを歩く。
やがて宿屋に着いた。
アイオンは扉を開け、そのまま部屋へ入る。
テオルは床で突っ伏して眠っていた。
朝と同じ姿勢だった。
「テオルさん」
返事はない。
「テオルさん!」
少し声をあげ、肩を揺する。
「……んあ……っす……」
かすれた声だけが返る。
「起きてください」
「……もう少し……っす……」
アイオンは少しイラつき、遠慮なく肩を叩いた。
「いたっ!なんすか!?」
テオルが勢いよく顔を上げる。
寝ぼけた目でアイオンを見て――その後ろへ視線が移し、止まった。
「……え、ヴィラさん?なんでここに?」
「まず、まぬけ面をどうにかしろ」
短い返答。
「そ、そうっすね……ちょっと待ってくださいっす」
テオルは慌てて顔を拭い、立ち上がる。
そしてそのまま椅子を引き、ヴィラへ座るように促す。
ヴィラは何も言わずに座り、アイオンへ目線を送る。
「――さっさと話せ」
「分かりました」
アイオンは簡潔に、ギルドとのやり取りを伝えた。
#
伯爵家と隠れて住んでる角人との問題。
ギルドが表立って関与できないこと。
そのための対処としてアイオンが個人的に動くこと。
テオルは途中で何度か口を開きかけたが、ヴィラの視線に遮られ、結局黙ったままだった。
話し終えるアイオン。
しばしの沈黙が流れる。
やがてヴィラが口を開いた。
「……なるほど。我等のために、伯爵家に触れずに済む形にした、ということか」
「そういうことです」
ヴィラは頷き、腕を組む。
「我等が変わらず生きていくためには、それが最善だな。なんの世話にもなってない輩に、金を払う筋合いはない」
「あなた方からすればそうでしょう。ですが、ここはローズレッド王国の領土で、管理を任されてる伯爵領地です。そのしがらみから逃げてるのなら、批判するべきではないですよ」
「……問題があれば、出ていくだけだ。あの遺跡の壁画も壊した。この地に拘る理由は、一族にはなくなった」
「住み慣れた場所を離れるのは、覚悟がいりますよ。問題なく住み続けられるなら、それが一番良いはずです」
「そのために、お前が苦労をすると?なんのために?」
ヴィラの眼差しがアイオンに刺さる。
同じように、テオルもアイオンに視線を向けていた。
「……アイオンさんはいいんすか?得が何もないっすよ?山狩りに付き合わされて、足止めされて。この街と、ヴィラさん達の問題にっすよ?」
ヴィラもその言葉に頷く。
「こいつの言う通りだ。他人事だろ?なんの裏心がある?お前自身の出世や金のためと言われる方が納得できる」
「損得は別にいいです。裏心もないですよ」
即答だった。
その言葉にヴィラとテオルは眉をひそめる。
人の善性というものはあるとは思うが、アイオンがそういう人間ではないことは、昨日今日の付き合いでもわかっている。
ただただ現実的な判断を下す。
そういう人間のはず。
しかし、これは――。
アイオンはそんな二人を見て少し笑う。
「正直、面倒です。でも知ってしまった以上、見過ごすと寝覚めが悪くなりそうでしょ?それだけです」
テオルは何か言いかけて、言葉を飲み込む。
その様子を見て、ヴィラがわずかに笑った。
口の端が上がるだけの、小さなものだったが。
「……お人好しなのに嫌な奴というのが存在するのか。興味深いな」
立ち上がる。
「族長と話してくる。明日の朝、門の前で待ち合わせにしよう。そのまま山に入る」
「了解です。時間は?」
「十字が上と下を指す頃。遅れるなよ?」
ヴィラは手を振り、扉へ向かう。
「いつの間にか仲良しになってるっすね〜!」
テオルが軽口を叩く。
アイオンは無視した。
ヴィラも何も言わず、扉を開ける。
そのまま出ていった。
テオルは椅子に座ったまま、窓の外へ視線を向ける。
「"お人好しの嫌な奴"っすか。確かに変な人っすね、アイオンさんは」
「不本意ですね。――テオルさんはまだこの街にいるんですか?」
「雪が止むまではいるっすよ。乗合馬車も割高ですし、途中で止まる可能性も高いっすから」
「そうですか。では、俺は部屋を変えますね」
「えっ?別にいてくれていいっすよ?」
アイオンはにこやかに笑う。
「ブツブツ言われながら書物の音がする空間で安らげませんし。テオルさんの発明のためにも、俺と一緒にいない方がいいですよ」
「……そうっすか」
アイオンは窓を見る。
灰色の空から、白いものが落ちてきていた。
ゆっくりと、静かに。
(……まだ降るのか。オルババ村も、積もってそうだな)
暫く帰ってない故郷の冬景色を想う。
この街が地理的にどれだけ離れてるかわからないが、あっちも降り続いているのだろう。
"故郷の景色"
そう、自然と思い、考える自分に――
また笑みが溢れた。




