打算
ヴィラが村に戻ったのは、更に夜が深くなってからだった。
見張りが気づいて声を上げた。
松明の光が揺れ、複数の人影が出てくる。
彼らの額には、一様に突起物が見える。
しかし、ヴィラのように角といえる物ではない。
布やなにかで巻けば隠れる。
その程度の物だ。
そのうちの一人が声をかける。
「ヴィラ!どこに行ってたんだ?心配したぞ」
「遺跡だ」
短く返して歩き続けた。
見張りたちが顔を見合わせる。
「遺跡って、あそこの?」「なんのために?」「ヴィラの事だから、無駄な事ではないんだろうけど……」
その問いに答えることもなく、足早に歩き、族長の家へ向かう。
族長に説明をするのは自分の役目だが、その他にするのは族長の役目だ。
何を話し、何を伏せるかの判断は、責任あるものがするべきことだ。
目当ての建物の扉を叩く。
しばらくして、中から声がした。
「誰だ?」
「私だ」
扉が開いた。
兄は、ヴィラの顔を見て、少なからず安堵の息をもらす。
中に入るよう促し、扉を閉めた。
#
兄は族長だ。
ヴィラより十ほど年上で、やはり角は小さく、目立たない。
落ち着いた声と、物事を急がない判断が、この集落では信頼されていた。
「傷だらけだな、なにがあった?」
「それを話すために、ここに来たんだ」
「……座って待ってろ」
命令ではなく、促しだった。
ヴィラは大人しく椅子に座った。
兄が水を持ってきた。
受け取り、一口飲んだ。
「では、話せ」
ヴィラは話した。
遺跡のこと。異形の魔物のこと。
属性魔石が原因で生態系が崩れていたこと。
山が荒れていた理由。
そして——人間と共に戦ったこと。
兄は途中で口を挟まずに、ただ聞いていた。
話し終えると、しばらく沈黙があった。
「……あの遺跡に、入ったのか」
ヴィラは少し考え、答える。
「入らざるを得なかったのはわかるだろ?異常な魔物が山を荒らし、弱い魔物の住処を奪い、影響が出ていた。それを止めたんだ、咎められる理由はないはず」
「……そうではない」
族長は顔をしかめる。
ヴィラはその理由に察しがつき、ため息を吐く。
「――あの、壁画の事か?」
その言葉に、黙り込む族長。
そんな姿に――ヴィラは苛立った。
「あんなものに、なんの価値がある?ただの――敗者の歴史だろ。それを恨みがましく壁画にし、浅ましくも子孫に残そうとするとは、度し難い愚かさだ」
「……そんなことは言うな」
「亜人として国を興し、増長した祖先は討たれ、その国を追われた。それだけの話だろ。今はなんの関係も、関わりもない。我等はこの地で生きている。――窮屈に、隠れてな」
「ヴィラ!!」
悲鳴にも似た怒号が響く。
族長の妻や子が、恐る恐るこちらを覗いている気配がした。
族長は冷静に手を払い、家族は部屋に戻る。
そして、重い口を開く。
「……我等の祖先の過ちは、力を過信し、他の亜人を蔑ろにしたことだ。だから、エルフに取って代わられた」
「そちらの方が利口だろう。あれらは人と混ざり、人に溶け込んだ。祖としては消えても、種としては残った」
もはや純粋なエルフ種は数えるほどしかいないという。
それも、亜人の国の中枢からは出ず、しかし民に命令を出すこともなく、為政者として振る舞うことはしないらしい。
種としての競争も、エルフの勝ちだ。
ハーフエルフは市民権を得て、どの国でも要職についている。
「対して我等が選んだのは……角を折り、二度と生えてくるなと願い続けた事だけ。滑稽だ。本当に――」
ヴィラは自身の角に手をやる。
嫌いな訳では無い。
しかし、そこに意味を見出すこともない。
これ以上語るのは無駄だと仕切り直し、話を先に進める。
「街との窓口が必要だと思う。遺跡の管理も、山の警戒も、一族だけでは手が足りない」
「……分かっている」
「人間を信用するわけじゃない。でも、使えるものは使うべきだ。……これからの子のために。二度とあんな化け物が住み着かないようにするために」
「……あの壁画は、私が責任を持って壊しに行く」
族長は静かに答えた。
管理するために一族を送るなら、必ずあれを見ることになる。
「……それが我等のためだな」
ヴィラは立ち上がる。
「街へは私が行こう。当事者として、あちらもそっちの方が話が早いだろうからな」
「……私も行こう」
「やるべきことをやれ。それが族長の役目だろ」
「何を要求されるかもわからない。その場で判断し、答えられる立場の者が必要だ」
ヴィラは答えず、家を出る。
「……まずは湯だな」
疲れた身体を伸ばし、自身の家へと向かった。
#
アイオン達がゲールの冒険者ギルドに入ったのは、夜明け前だった。
ギルド内は散々としている。
元々冒険者も少ない時期だというから、当然だった。
当直の受付嬢が顔を上げる。
彼女からしても、アイオンは見慣れない顔だった。
「依頼から戻りました。報告しなければならない事があるのですが……昼くらいに来ます。できれば、このギルドの代表者の方と話をしたいです」
「あ、はい。え〜っと……お名前は?」
「アイオンです」
「はい、確かに。依頼の方は成功ということで処理してもよろしいですか?」
テオルが割って入る。
「はいっす!手短に頼むっす!」
自身のカードを差し出す。
アイオンもそれに倣い、ランクカードを渡した。
受付は手慣れた動きで処理を進める。
「――アイオンさんはパーティ登録をされていますね。配分は?」
「半々で。3000Gずつですね」
「……はい。受け付けました」
カードが返される。
依頼としての処理は、それで終わった。
「お疲れ様でしたっす!じゃあ、自分はこれで!」
テオルはそのまま外へ出ていった。
アイオンは軽く息を吐き、受付に礼をして宿へ向かう。
#
水で汚れを落とし、傷の手当てを済ませ、横になる。
だが、隣から聞こえる不気味な笑い声と、紙をめくる音が途切れない。
安眠とは程遠かった。
数時間後、目が覚める。
窓から差し込む光で、朝を知る。
身支度を整え、視線を向ける。
テオルは書物の上で力尽きていた。
深く眠っている。
起こすことはせず、一人でギルドへ向かった。
#
ギルド内には、昨夜よりもわずかに人が増えていた。
依頼を選ぶ者。
準備を整える者。
酒を片手に騒ぐ者。
その中を抜け、まっすぐ受付へ向かう。
受付嬢が、こちらに気づき目を見開いた。
「アイオンさん!本当に戻っていらしてたんですね。テオルさんも無事だと聞いてますが……」
「テオルさんはまだ休んでいます。帰還時に伝えた通り、早急に責任者と話さなければいけない事があります。支部長はいますか?」
「います。通すようにと言われてますので、ご案内します」
通された部屋は質素だった。
装飾はなく、整然と積まれた書類だけが目に入る。
奥の椅子に、一人の女性が座っていた。
三十代半ばほど。
短くまとめた髪と、鋭い視線。
書類から目を上げる。
「座って」
短い一言。
アイオンは無言で椅子に腰を下ろした。
「ゲールの街、冒険者ギルドの管理者、アメルダ。要点をまとめて話して」
名乗りと同時に、再び書類へ視線が落ちる。
アイオンは息を整え、話し始めた。
テオルから依頼を受けたこと。
山中で異形の魔物と交戦したこと。
遺跡内部の状況。
属性魔石と融合した個体。
そして――女王の存在。
帰還しなかった冒険者達の末路。
アメルダは一度も口を挟まなかった。
だが、いつの間にか視線は書類から離れ、アイオンへ向いていた。
話が終わる。
アメルダは息を吐いた。
「……それが事実だとしたら、帰還後すぐに伝えてほしかったわね」
「こちらも消耗していました。中途半端な状態で話すより、整理してからの方が確実だと判断しました」
「そうね……女王は確実に処理したのね?」
「間違いなく」
短い応答。
アメルダは視線を落とし、考える。
「……他の個体が餌を運ぶ。生息域のズレも説明がつくわね」
「はい。なので、周辺の警戒は強めるべきかと」
「……"角人"と連携して、ね」
「遺跡が彼らのものである以上、避けては通れないと思います」
沈黙が落ちる。
アメルダはゆっくりと息を吐いた。
「それをハヴィー伯爵が許すかどうかね……」
予想外の方向。
アイオンの思考が一瞬止まる。
「……街の安全に関わる話ですよね?」
「ええ。でも、領地の中にいる以上、彼らにも義務は発生する」
淡々とした声音。
「隠れて住んでいようが関係ないわ。この街の近くにいるなら、あそこは伯爵領よ」
理解は一瞬だった。
"角人の遺跡ではない。伯爵の管理地"
言葉が消える。
「私は必要性は理解している。でも、ギルドは貴族の領分には踏み込めない。最終判断は、領主様の仕事よ」
逃げ道はない。
アメルダはわずかに口元を緩めた。
「――さて、どうしましょう?」
あからさまに、試されている。
(……角人が隠れて住んでるのなら、彼らは納税の義務を果たしていない。今後それを要求される事になる。伯爵に伝えずにいれば、彼らは今後も問題なく過ごせるだろう……)
出した答えは――
「……"個人的に"動きます。角人と協力して山を確認する。ギルドの力はいりません」
即答だった。
「それなら、私は何も知らなかった事にできるわね」
それで決まりだった。
アメルダはこの時期の貴重な冒険者を派遣することなく、問題を収められる。
角人は今までと変わらず、街とは適度な距離を置き、暮らしていける。
結局、損をしたのはアイオンだった。
本来なら、この街を離れる予定だった。
だが、この件の処理をしなければならない。
街の安全や角人の事なんて知らないと言えれば、そうできたのだが。
アイオンの不機嫌な顔を見て、アメルダは再び書類へ視線を落とす。
「――戦闘力だけの人間かと思っていたけど」
一瞬だけ、アメルダの視線が上がる。
「思っていたより、考える子なのね」
アイオンはわずかに眉を動かした。
「……は?」
空気が、わずかに張り詰める。
アメルダはゆっくりと書類から目を上げた。
「あなたのように、高ランクから始まる人間は、物事を深く考えずに進むことが多いの。若ければ尚更ね。でも、あなたは違う……少し珍しいと思って」
「……わざわざ調べたんですか?」
「指示はしていないわ。ただ、あなたの担当がこちらのギルド員に色々と聞いてきてね。その流れで経歴をまとめたものが、ここにあるだけ。――短い期間で、随分と濃い経験をしているようね」
再び書類へ視線を落とす。
「あのオルドに認められてCランク登録からスタート。基礎依頼をいくつかこなし、フィギル子爵の緊急依頼でゴブリンの巣を攻略。その際に、別のパーティ三人とオーガを二体討伐。……この時点で、並じゃないわ。あなたも、他の三人も」
アイオンは黙って聞いていた。
引っかかる言葉はあったが、口は挟まない。
「フィギル領からデオール領への移動中、フォスター公爵の姪を賊から救出。王都パルキノンではジーナ第三王女の指名依頼を達成。――その裏で行われた専属冒険者試験でも、査定員が最上の評価を下した」
書類から顔を上げ、アメルダは薄く笑った。
「――そんな逸材が、この問題に“無償”で関わってくれるなんて、こちらとしては助かるわ」
「……そんな事はどうでもいいんですが」
アイオンは露骨に不機嫌さを滲ませる。
「あら。やはり報酬が必要かしら?」
「いりませんよ。俺が勝手にやる事ですから」
「……なら、なに?」
「――俺の動向を探ってるのは、メリッサか?」
空気が変わる。
“担当”という言葉から導かれる人物は一人しかいない。
勝手にアイオンの道を定めようとする存在。
――自分の行動を監視されている。
それは、アイオンにとって最も許容できない領域だった。
アメルダはわずかに気圧されながらも、平静を崩さない。
「その通りよ。王都パルキノン冒険者ギルド本部所属、特別ギルド員メリッサから伝言を預かっているわ」
「……内容は?」
「話がしたいと。連絡が取れるようなら繋いでほしいと」
「そんな機会は来ませんね」
即答だった。
「……理由を聞いても?」
「この街に来ることは誰にも伝えていない。それなのに連絡が来るということは、位置を把握する手段があるということだ。……知らないところで行動を追われるのは、我慢ならない」
短く、だがはっきりとした拒絶。
アメルダは数秒沈黙し、アイオンも呼吸を整える。
(……この人に当たる意味はない)
冷静さを取り戻し、次の手を選ぶ。
「仕方ない……冒険者を引退します。そうすれば、ギルド経由で追われることはなくなるでしょう」
「ちょっと待って」
アメルダが制止する。
「担当なんでしょう?それでそこまで拒絶する理由は?」
「そんな関係ではありません。世話になっただけです」
アイオンは立ち上がる。
「手続きは受付でできますか?」
「いいの?優遇も何もかも失うわよ?」
「問題ありません。俺には必要なものではなかった……それだけです」
踵を返そうとする。
「待って」
足が止まる。
「――一つだけ聞いて」
振り返らないまま、続きを待つ。
「あなたが望むなら、メリッサへの情報を遮断する方法があるわ」
今度は振り返った。
「……方法?」
「座って」
数秒の逡巡の後、アイオンは椅子に戻る。
「簡単よ。あなた自身が担当員を指名するの」
「……既にメリッサがそうなっているのでは?」
「対外的にそうしてるだけよ。今はね」
淡々とした説明。
「本来、特別ギルド員は目を付けた冒険者を手放さない。他に取られるから。でも今は、なぜかそれが崩れている。――そのうちに、正式に別の担当を立てればいい」
合理的だった。
「……そもそも担当とか、いります?」
「必要よ。ギルド側の窓口が常に変わらないなら余計な衝突は起きないでしょ?指名依頼があったとしても、選り好みもあるでしょうし。そういったものをそもそも受けるかどうかの確認をとる事もなくなるわ」
アイオンは考える。
「……その人は特別ギルド員になるんですか?」
「いいえ。それは私の権限外よ――ただし」
アメルダは指を上へ向ける。
「Bランクになれば話は別。あなたが指名できる立場になる」
アイオンは小さく息を吐いた。
「……Bランクなら、我儘が通ると」
「ええ。そこからは“例外側”よ」
アメルダは書類を差し出す。
「メリッサが伝えたかったのはそれ。昇格条件は満たしている。あとは手続きだけ」
「……あなたのメリットは?」
アメルダは椅子に深く身を預けた。
「謝礼よ。山の一件で表立って動けない以上、別の形で返すしかないでしょう?あなたは、お金にも評価にも興味が薄いようだから」
打算ではある。
だが、嘘ではない。
アイオンは視線を落とす。
「……完全に切れるわけではないですよね?」
「でも接点は遮断できる。担当が仲介になるし、あなたが拒否し続ける限りね」
「……それなら、今よりはマシか」
アメルダは小さく笑う。
「選択肢は提示したわ。どうする?」
アイオンはしばらく黙る。
(……完全じゃないが、十分だ)
結論を出しかけた瞬間、扉が叩かれた。
「どうぞ」
「失礼します。門番から連絡です。門前でギルドの人間を呼んでいる、複数の人がいると。一人は角人のようです」
受付嬢の報告。
アメルダは静かにアイオンを見る。
アイオンは立ち上がる。
「担当の件、候補を出してもらえると助かります。ただし、出世目的の人材は不要です」
「了解よ。条件に合う人を探しておくわ」
一礼し、アイオンは部屋を出た。
#
扉を見つめたまま、メルが首を傾げる。
「あの……支部長?お話は……」
「終わったわ。門の件は気にしなくていい」
柔らかく答える。
「――それより、メル」
視線が向けられる。
「いつかは別の街に行きたいって言ってたわよね?」
「は、はい。生まれも育ちもこの街なので……」
「なら、いい機会かもしれないわね」
アメルダは微笑む。
「似たような事ができるとしたら?」
メルは疑問符を浮かべる。
アメルダの中では、すでに決まっていた。
――都合のいい人材は、目の前にいる。




