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望まぬ2度目の人生を。〜前世の記憶と痛みを抱いて、それでも俺は生きていく〜  作者: 灰とダイヤモンド
幕章 それぞれの転機

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四つの核

ゲールの街、冒険者ギルド。


受付カウンターの前で、女性は三度目のため息をついた。


浅く、長く吐き出した息は、胸の奥に残る重さをまるで軽くしなかった。


窓の外では、雪が絶え間なく降り続いている。

白く煙る景色の向こうに、あの山がある。


――あの若い冒険者が向かった場所。


朝から時間が経ち、既に夜に差し掛かっていた。


あの若さでCランクに至った少年。

それが一人。

依頼者もついて行っているが、戦力にはならない。


思考がそこに至るたび、胸の奥が鈍く痛んだ。

テオルという魔道具師が持ち込んだ依頼。


それを受けた冒険者は、これまでに三組いた。

いずれも有望なDランクで、人数も複数人。


しかしどの組も、帰還していない。

ただの未達成ではない。


“戻らなかった”。


その事実が、ギルド内で静かに重く積み上がっていた。


すでに問題視はされていた。


この季節のこの街に上位依頼はない。

そのため、Cランク以上の冒険者は別の街や国で適した仕事を探している。


今はDランクのパーティがいれば事足りる程度の依頼しか来ない。


しかし、三組も未帰還で終わった依頼。


次に受注者が現れた場合、必ず引き止めるように――そう上から通達も来ていた。


それでも、間に合わなかった。


テオルがアイオンを連れて受付へ現れた時、メルは確かに口を開いた。


「少し危険で——」と言いかけた、その瞬間。

言葉は遮られた。


あまりにも自然に、何事もないように。

結果として、止める機会はそのまま流れ去った。


――あの時、もっと強く言うべきだった。


言葉を重ねてでも、引き止めるべきだった。

後悔が、じわりと滲む。


(……帰ってきてくれないと困るんだけど)


声には出さない。

出したところで意味はない。


ただ、胸の内で繰り返す。

アイオンへの心配も勿論ある。

が、それ以上に自身の保身もある。


Cランクだから大丈夫、とは言い切れない。


今のあの山には、何かがある気がしてならない。

それだけは間違いないと、女性の中で確信に近い形で残っていた。


「メルさーん!」


奥から声が飛んできた。

自身の名を呼ばれ、現実へと引き戻される。


振り向くと、同僚のギルド員が小走りで近づいてくる。


息を弾ませながらも、その表情にはどこか焦りが混じっていた。


「なに?」

「伝令魔法! パルキノンの特別ギルド員から! メルさん宛てだって言うから走ってきちゃった」

「……パルキノンから?なんで?」


思わず首をかしげる。

王都のギルドから、直接連絡が来る理由に心当たりがない。


この支部は地方だ。

通常、やり取りがあるのは同じ地方圏か、せいぜい近隣都市まで。


特別ギルド員から、名指しで呼ばれる理由など――思い浮かばなかった。


「急いだ方がいいと思うよ。特別ギルド員だし、粗相があったらどっかに飛ばされちゃうかも……」


その一言で、空気がわずかに引き締まる。

メルは手元の書類に目を落とし、すぐにそれを脇へと置いた。


思考を切り替える。


「そうね。行ってくる。後はお願い」

「は〜い。……やる事もないけど」


短く返し、カウンターを離れる。

足早に向かった先は、奥にある伝令室だった。


小さな部屋。


簡素な造りの中、中央に据えられた台座だけがわずかに異質な存在感を放っている。


その上に置かれた水晶球。

普段は曇り、沈黙しているそれが――今は淡く光を宿していた。


すでに相手方と接続されている。

メルは椅子に腰を下ろし、静かに息を整えた。


わずかに乾いた喉を意識しながら、水晶球へ手をかざす。


反応するように、光が強まる。

内部に揺らめく光が収束し、やがて文字として浮かび上がった。


『ゲールのギルド員さん? メルという方でいいかしら?』


遠く離れたはずの場所から、文字がはっきりと届く。

メルは努めて冷静に、言葉を整え返事を出す。


「はい。ゲルノ支部のメルです。失礼ですが、パルキノンの特別ギルド員の方が、どのような要件で?」


自然と顔が硬くなる。

相手の立場が、そうさせていた。


『単刀直入に聞くわね。アイオンという冒険者が、そちらにいるのを把握しているの』


その名が出た瞬間、胸がわずかに跳ねた。

メルは息を飲む。


「把握、というのは?」

『ギルドカードの記録よ。彼が依頼を受注したら、私にも上がってくるようにしてあるの。特別ギルド員の権限でね』


淡々とした説明。

だが、その内容は軽くない。


王都の特別ギルド員。

その権限の広さを、改めて実感させられる。

それと同時に、この人にとってアイオンがどういう存在なのかも。


(……専属冒険者候補なんだ。それはそうか。あの若さでCランクなんだもの)


メルは一拍置き、言葉を選ぶ。


「確かに、アイオンさんはこちらで依頼を受けました。現在遂行中です」


事実のみを告げる。

余計な感情は挟まない。


『どんな依頼を受けたの? 教えてもらえる?』


間を置かず、次の問いが重ねられる。

その内容に、メルは一瞬言葉を失った。


依頼内容。

それは本来、外部に軽々しく漏らしていいものではない。


個人の契約に近い。

まして相手は、顔も見えない遠方の人物。


「あの、失礼ですが、なぜそれを? もし何か問題があるなら、正式な手順で——」


慎重に返す。

規則を外れるわけにはいかない。


『変な意味はないわ。ただ、知りたいだけ。あなたに迷惑はかからないわ』


返ってきた文字は、変わらず穏やかだった。

押しつけるような圧も、感情の起伏もない。


ただ、静かに。まっすぐに。


『私が担当している子なの。行動を把握しておきたいのよ』


その一言に、メルは言葉を止めた。

水晶球を見つめる。


淡く揺れる光の向こうにいるはずの人物を、思い描こうとする。


(やっぱり……。でも、それならなんで離れてるのかしら?)


結びつかない。

あまりにも、距離が離れすぎている。


そういった存在を見定めたら、ギルド員は必ずついて回る。


自身の評価にも繋がるし、出世の足掛かりにもなる。


特別ギルド員なら尚更だ。

その権力は一般のギルド員とはかけ離れてる。


沈黙がわずかに落ちる。

考えを整理するための時間。


やがて、メルは小さく息を吸った。


「少し、お時間をいただけますか?こちらも確認したいことがありまして」


すぐに答えは出せない。

だが、拒絶する理由もまた、はっきりしない。


『もちろん。じゃあ、少ししたらそちらから連絡してくれる?私はメリッサ。メリッサと話があると伝えてくれれば、すぐに対応できるようにしておくわ』


即答だった。

余計な詮索もない。


ただ、待つという意思だけが伝わってくる。

メルは返事をし、ゆっくりと手を離した。


光がわずかに弱まる。

接続は途切れ、静寂が戻る。


椅子の背もたれに体を預ける。

力が抜けると同時に、別の重さがのしかかってきた。


(面倒な事にならなきゃいいけど……)


思考が巡る。

アイオン。

あの依頼。

そして、王都の特別ギルド員。


点と点が、繋がらないまま浮かんでいる。

窓の外では、雪がまだ降り続いていた。

止む気配はない。


(書類を集めてこないと!)


何を聞かれても答えられるようにする。

メルは静かに立ち上がった。


#


遺跡深部では激闘が始まった。


動き出す前に潰す。

それがアイオンの判断だった。


巨体はまだ静止している。

だが、脈打つ光は明らかに強まっていた。


――間に合わなければ、押し潰される。


「光っている核を狙います」

「分かった」


短い確認だけで、二人は同時に踏み出した。

一つ目は外縁に露出している。


アイオンが正面に出る。

踏み込みと同時に身体強化を最大まで引き上げ、視界が引き延ばされる感覚の中で間合いを一気に詰めた。


振り抜いた刃は、しかし硬質な音を立てて弾かれる。


まるで金属に打ち込んだような手応えが腕に残り、わずかに痺れが走った。


表面が、殻のように固まっている。

間を置かず、炎を叩き込む。


「火よ!」


焼ける音と共に、表層がわずかに軟化する。

その一瞬を逃さず、側面に回り込んでいたヴィラが踏み込んだ。


迷いなく突き出された短刀が、焼けた箇所を貫く。

肉を裂く感触と同時に、内部の光が大きく揺れた。


次の瞬間、それは弾けるように消えた。

一つ目が潰れる。


だが、間を置かず巨体が応じた。

体表が脈打ち、そこから槍のような突起が伸びる。


予備動作はほとんどない。

視認した時には、既に間合いに入っている。


アイオンは咄嗟に身を捻ったが、右腕を掠めた。

外套が裂け、焼けるような痛みが走る。


同時に、別の突起がヴィラへ向かう。

避けきれない。


鈍い衝撃と共に太ももを打たれ、ヴィラの体勢が崩れる。


だが倒れない。

膝をつきかけたところで踏み止まり、すぐに立ち上がる。


足を引きずっている。

それでも、視線は核から外していない。


(抵抗してきた。なら、狙いは間違ってない!)


二人は痛みを切り捨て、次へ移る。

二つ目は側面の高所にあった。


ヴィラが壁を蹴る。

負傷した脚での踏み込みにも関わらず、その跳躍は鋭い。


体表へ短刀を突き立て、そのままよじ登る。


だが、突起が伸びる。

不規則な軌道で襲いかかるそれを完全には捌ききれない。


一本が腹部を打ち抜いた。

息が止まる。


ヴィラの身体が弾き飛ばされ、石床へ叩きつけられる。


「ヴィラさん!」

「構うな」


短く、だが強い声だった。

すぐに立ち上がる。


足だけではない。腹部も抑えている。

それでも、再び跳んだ。


今度はアイオンが前に出る。

炎をばら撒き、突起の動きを一瞬だけ鈍らせる。


そのわずかな隙を、ヴィラは確実に掴んだ。

核へ到達し、短刀を深く押し込む。


光が消える。

二つ目が潰れた。


巨体の動きが鈍る。

だが同時に、突起の数が増えた。

空間を埋めるように、四方から伸びてくる。


三つ目は上部。


アイオンは迷わず踏み込む。

強化を限界まで引き上げ、壁を蹴って空中へと跳んだ。


直後、三本の突起が同時に来る。


一本を刀で弾き、衝撃を腕で受け流す。

二本目を捻って躱す。


だが三本目は避けきれなかった。

左脇腹に直撃し、肺の空気が一気に押し出される。


それでも、止まらない。

落下しながら核へと炎を叩き込む。


「燃えろ!」


焼けた瞬間、ヴィラが飛び込んでいた。

炎で軟化した核へ、短刀が突き刺さる。


だがその直後、別の突起が背中を薙いだ。


肉が裂ける。

それでも短刀は抜かないまま、ヴィラはそのまま床へ落ちた。


三つ目が消える。

同時に、二人とも床へ叩きつけられた。


一瞬、呼吸ができなくなる。

音が消え、世界が遠のく。


数秒の後、ようやく息が戻った。

痛みが遅れて押し寄せる。


アイオンは歯を食いしばりながら立ち上がる。

視線の先で、ヴィラもまた起き上がろうとしていた。


背中から血が流れている。

それでも、立つ。


「……動けますか?」

「問題ない」


即答だった。


明らかな虚勢。

だが、その言葉が示すのはただ一つ。


――戦える。


(……強情だ)


アイオンも立ち上がる。

最後の核は、最深部にあった。


巨体の中心。

肉の奥、内部に近い場所で脈打っている。


これまでとは明らかに違う。

あれがこの異形の核心。


二人は一瞬だけ視線を合わせた。

言葉はない。


ヴィラが先に動く。

足を引きずりながらも速度は落ちない。

突起を弾き、逸らし、自ら引きつける。


完全な囮。

一本が肩を貫いた。


肉を裂き、深く突き刺さる。

それでも、声は上げない。


腕は無事。

それだけを確認し、そのまま踏み止まる。


突起を引き受ける。

アイオンはその瞬間、消えた。


全力の強化。


体表へ張り付き、刀を突き立てながら内部へ斬り進む。


炎を流し込み、肉を焼き、奥へ。

核が目の前に現れる。

迷いなく、刀を叩き込んだ。


「燃えろ!」


内側から焼く。

光が大きく揺れる。


「とどめ!」


さらに一撃を叩き込む。


――割れた。


次の瞬間、内側から衝撃が弾ける。


爆発のような圧が広がり、アイオンの身体が吹き飛ばされた。


床を転がり、止まる。

息ができない。


数秒の空白。


やがて呼吸が戻る。

無理やり体を起こす。


視界が揺れる中で、ヴィラの姿を捉えた。

突き刺さった突起を、自ら引き抜いている。


血が落ちる。

膝が震えている。


それでも立っている。


巨体を見る。

完全に光が消えている。


突起が力を失い、垂れ下がっている。

動かない。


「や、やったっすよね……?全部消えた……!」


テオルの声が響く。

アイオンは刀を鞘に収めた。


腕が重い。

脇腹が軋む。


ヴィラを見る。


全身が傷だらけだ。

それでも倒れていない。


(……化け物みたいな根性だ)

(……終わったか)


そう思った、その瞬間だった。

巨体の奥深く。


さらに内側で、何かが光る。

これまでの光ではない。

青白くない。


もっと深く、濁ったような光。

だが、密度が違う。


じわりと滲み出る。

ゆっくりと。

確実に光が強くなる。


空気が変わり圧が増す。

温度が落ちる。


「……嘘っすよね?」


テオルの声が震える。

ヴィラが小さく舌を打つ。


アイオンは、無言で刀を抜き直した。

痛みを切り捨てる。


腰のバッグから外傷回復薬と魔力回復薬を取り出し、ヴィラに投げる。


「飲んでください。遅効性ですが」

「……回復薬か。効くまでに死ななきゃいいが」


ヴィラは二本とも一息で飲み干す。

アイオンも続いた。


異形は形を変え、更に悍ましさを増す。

這い寄る威圧感が実体を持って襲い来るように。


「こいつ、この山の魔物なんですかね?原型が全くわからない」


アイオンの問いかけに、ヴィラは少し呆れる。


「……この状況で考える事か?お気楽だな」

「大事な事ですよ。――とりあえず、こいつをどうにかしないとですけど」


異形の咆哮が響く。

死闘の幕が上がった。

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