口より語る
名も知らない女性が先を行く。
アイオンはテオルを真ん中に挟み、殿を務めながら進んだ。
三者の間に会話はなく、足音と滴る水の音だけが回廊に響いている。
遺跡の内部は、思ったより広かった。
天井は低いが、回廊の幅はそれなりにある。
壁は古い石積みで、所々が崩れかけている。
テオルが荷物をまさぐり、小さな魔道具を取り出した。
ほんのりと光が灯り、回廊を照らす。
アイオンは興味深げに尋ねる。
「凄いですね、松明いらずじゃないですか」
「これは火の属性魔石を使ってるっす。魔導回路の仕組みも簡単なんで誰でも作れるんすけど、純度が高くないんで魔石自体は使い捨てっす」
「へぇ。純度が高ければずっと使えるって事ですか?」
「理論上は。でも、純度と大きさって比例するんで、持ち運びに苦労するようになるっす」
「へぇ……。飛空艇に使う魔石はS級の魔物のを使うって聞きましたけど、属性魔石とは別なんですか?」
「S級は魔物の中でも別格なんで、詰まってるエネルギーが違うっす。魔導回路で活性化させて、浮力を生み出して推進力に変えるのが飛空艇の仕組みっす」
「……へぇ」
アイオンは理解できずに曖昧に返す。
テオルは掻い摘んで話してくれてるのだろうが…。
「え〜っと……簡単に言ったら、飛空艇は生きてるんすよ!代わりの体を作って飛ばしてるって感じっす」
「……あぁ、それならなんとなくわかります」
「ならよかったっす!んで、属性魔石は生きてはいないっす。自然にできる物なんで。それ故に純度に差は出るっすけど小型の魔道具に加工しやすいんすよ」
「……それが目的か?」
前方の女性がボソッと呟く。
しかし、しっかりと二人の耳には届いた。
「そ、そうっす。でも、おかしいっすね……。入り口付近で発見されたって情報があったから、純度の低い物ならここら辺にもあるかと思ったんすけど、見当たらないっす」
「……」
女性は返事も振り返る事もなく、淡々と歩みを進めた。
テオルはアイオンに聞こえるくらいの声をかける。
「あの……アイオンさん」
「なんですか?」
「やっぱり……遺跡荒らしだと思われてるっすよね」
「なにか問題が?その通りでしょ。予定が変わっただけで、あなたの目的はこの遺跡の属性魔石だ。彼女からすれば、俺達は信用に値しない存在ですよ」
「……っす」
テオルはそれ以上聞かなかった。
ただ、前を歩く女性をちらちらと見ていた。
#
しばらく進んだところで、女性が足を止めた。
立ち止まり、顔を上げている。
アイオンも視線を上げた。
壁だった。
いや、壁一面に何かが刻まれていた。
文字と図像が混在している。
文字は読めない。だが、図像は見えた。
角を持つ者たちが地に伏し、その上に耳の尖った者達が立つ図が、丁寧すぎるほど丁寧に刻まれていた。
何が書いてあるかは分からない。
ただ、これが「記念碑」ではないことだけは、なんとなく分かった。
女性は動かない。
何を思っているのか、その横顔からは読み取れない。
ただ、視線だけが壁の一点に固定されたまま、離れなかった。
「……なんすかね、これ」
テオルが呟いた。
「……分かりません」
アイオンは短く答えた。
女性がゆっくりと視線を下ろし、また歩き出した。
何も言わなかった。
アイオンも何も言わなかった。
二人は女性の後を追った。
#
広い場所に差し掛かったあたりで、微かな気配を感じた。
「止まって」
アイオンが静かに言う。
三人が同時に動きを止めた。
テオルの魔道具の光が、回廊の先に届かない。
闇の中に複数の気配がある。
女性が鼻を僅かに動かした。
「……四匹。いや、五匹か。だが……種が違う」
「分かりますか?」
「匂いが違う」
気配が動いた。
最初に飛び出してきたのは、四足の何かだった。
かつては狼か、あるいは山に住む獣だったのだろう。
だが、四肢の関節が逆向きに折れ曲がり、体の左右が歪に膨れて対称を失っている。
走り方がおかしい。
速いが、動きが不規則だ。
女性が踏み込み、一閃。
続いて天井から落ちてきたのは、蜘蛛に似た何かだった。
胴体は蜘蛛のそれだが、脚の数が合っていない。
十本、あるいはそれ以上。
先端が鈎爪になっている。
「うぎゃー!上っす!」
テオルが叫ぶ。
アイオンは既に動いていた。
刀を上段に構え、落下に合わせて斬り上げる。
甲殻質の部位に刃が食い込み、動きが止まった。
もう一撃で仕留める。
四足の異形がもう二匹、回廊の両側から挟もうとしてくる。
踏み込んで一匹を斬る。
もう一匹が背後へ回ろうとするのを、振り向きざまに叩く。
女性が残りを片付けた。
静寂が戻る。
テオルの魔道具の光が、床に転がった異形の死骸を照らした。
四足の異形の体には、かつての毛並みの痕跡がある。
蜘蛛型の異形にも、同様に元の姿の痕跡がある。
(……やっぱり変異したんじゃない。もっと最悪な……)
アイオンは死骸を見ながら、自身の推察を改めていた。
女性は、そんなアイオンの方を一瞥した。
何も言わなかった。だが、さっきより僅かに距離が近い。
「す、すごいっす……二人とも」
テオルが壁際から出てきた。
死骸を見て、顔をしかめた。
「……これ、あのウルフ種と、よくいる蜘蛛型に見えるっす」
「やはり……そうですよね」
「でもこれ、あの異形の要素もあるっすね……」
「……"混ざってる"」
テオルは黙った。
アイオンは少し言葉を選びながら、女性に尋ねる。
「この付近で、蜘蛛型やウルフ種は多く生息してますか?」
「……他の山の事は知らない。だが、ウルフはどこにでもいる。蜘蛛も」
「……最近は、見ました?もしくは、見る数が減ったのでは?」
「……」
女性は答えなかった。
アイオンの推察は、ひとつの結論に達した。
「……ここは、なにかの繁殖場だ」
「え?なんすか、それ」
テオルは疑問符を浮かべる。
女性はじっとアイオンを見る。
「遺跡の入り口にいた異形種は、おそらく餌をここに運んできている。遺跡内の魔物は食い尽くしたんでしょう……外に餌を求めた。そしてウルフ種を見つけ、狩って運んでる。……属性魔石が周囲の生態系に影響を与えてるんじゃない。適応したなにかが……餌の要素を加えた種を産んでいる」
テオルは顔を青ざめ――その場で吐瀉物を吐き出した。
あの、人の要素が加わっていた異形種は、真似たんじゃない。
自身が出した依頼により、彼らは餌になった。
その最悪な推察に、自身の身体が拒絶反応を起こした。
「……だとすると、ここには――」
女性は短刀を構えながら警戒する。
アイオンも同様に、刀を構える。
「……後ろは任せていいですかね?」
「そこの奴は?」
「見捨てるわけにもいかないんで、テオルさんを中心にしましょう」
「……面倒な」
うずくまるテオルを中心に、女性とアイオンが背中合わせになる。
「俺はアイオンです。よろしければ、そちらも名乗っていただけませんか?……死に際に呼ぶ名前がなければ困りますし」
女性は背中越しに答える。
「……お前の埋めた場所に刻む名がわかればいい。私は死にはしない」
「なら、終わったら名乗ってもらいますね」
周囲の気配が更に強まる。
「――せいぜい生き残れ!」
異形の魔物の大群が、襲いかかってきた。
#
一匹が来た。
四足の異形。動きが不規則だ。だが、読める。
踏み込まず、来るのを待つ。
間合いに入った瞬間、半歩だけ外して首筋を薙ぐ。
次。
天井から蜘蛛型が降りてくる。
短刀を逆手に持ち替え、叩き落とす。
着地する前にもう一撃。
また来た。
また来た。
また来た。
背中でアイオンが動く気配がした。
確認はしない。
信用しているわけではない。
ただ、あの男は余計な動きをしない。
背後の気配で難なく捌いているのは分かる。
それで十分だ。
四足の異形が二匹同時に迫る。
正面と、右斜め。
正面を先に捌く。
体を低くして潜り込み、腹を裂く。返す刀で右を薙ぐ。
が、間に合わない。
体当たりを受けて壁に叩きつけられる。
そのまま壁を蹴って体勢を立て直す。
追いかけてくる異形の首を、今度は深く断ち切った。
息を整える。
刃についた血を外套で拭う。
また来た。
また来た。
考えながら、手だけが動いていた。
あの壁画のことを、頭の隅で考えていた。
角を持つ者が地に伏し、その上で別の人族が剣を掲げている。
見た事がある構図だった。
いや、正確には——知っている構図だった。
幼い頃、親が話していたこと。
遠い昔、私たちの祖先は国を追われ、山に逃げた。
そして、「人の中には、私たちを憎む者がいる」と伝えられた。
あの壁画は、その「遠い昔」の話だ。
では、なぜこの遺跡にそれが刻まれているのか?
きっと、歴史を忘れさせないように、自分達の祖が恨みを残したのだろう。
(……くだらない)
蜘蛛型がまた天井を走る。
気配で察知して刃を構える。
落ちてくる瞬間を待ち、斬る。
また来た。
波が続いた。
一匹を斬れば、また一匹が来る。
二匹を捌けば、三匹が来る。
広間の奥から、暗がりから、天井の隙間から。
きりがない。
だが、自身も止まることはなかった。
体が覚えている。
間合いを。呼吸を。刃の角度を。
止まることない襲撃だが、後ろからの攻撃はない。
アイオンが討ちもらすことなく捌いているのだろう。
アイオンが即座に動く気配がした。
更に気配が消えたかと思えば、別の場所で一瞬現れ、また消える。
感じられる事はそれだけ。
ただ、洗練された動きだとわかる。
(……練度が高いな)
自身よりも年は下だろう少年の動きを、素直に称賛する。
体外魔法に加え、この精度の身体強化も使えるとは。
そんな中、四足の異形が一匹、テオルへ向かおうとした。
「動くな!」
逃げようとするテオルが硬直する。
異形との間に割り込み、斬る。
テオルの顔に血が飛んだ。
「ひぇっ!」
「――黙って大人しくしてろ!」
まだ来る。
まだ来る。
まだ来る。
気配がようやく薄れた。
動きを止め、周囲を確認する。
気づけば、広間が死骸で埋まっていた。
足の踏み場を選ばなければならないほど、床一面に積み重なっている。
数える気にはなれなかった。
テオルはうずくまったまま動いていない。
生きてはいる。
アイオンが刀を払い、鞘に収めた。
肩で息をし、消耗している。
それでも、姿勢は崩れていない。
外套に返り血が散っているが、目立った傷はない。
自分も同じだ。
振り返ると、目が合った。
「終わりましたね」
「……ああ」
短い沈黙。
「先に進みましょう。テオルさん、立てますか?」
「……っす。すみませんっす」
テオルが壁を伝って立ち上がった。
顔がまだ白い。
死骸の山を見て、また顔をしかめた。
「凄いっすね……あれ?」
魔物の死骸を見る。
そして観察し、目を見開く。
「こ、これ!属性魔石っす!」
テオルは死骸から魔石を取り出す。
アイオンはそれを見て、不思議そうに問いかける。
「ただの魔石じゃないんですか?」
「違うっすよ!ほら!」
そう言って死骸の別の部位からも魔石を取り出す。
「……違いがわからないんですが」
「えーっ!こっちは明らかに属性を孕んでますよ!ほらっ!」
テオルは自身のバッグから魔道具を取り出す。
そして属性魔石をセットすると、水が霧のように噴出された。
「やっぱり!水の属性魔石っす!」
「この魔道具は?」
「これは試作品のパーツっす。これ単体じゃ意味はないっすけど……ってそんなんどうでもいいっす!入り口付近に低純度の属性魔石がない理由がわかったっす!こいつらが集めて核にしてるんすよ!」
テオルの言葉にアイオンが思考する。
そして、ゆっくりと仮説を告げる。
「……高純度の属性魔石に適応した親から生まれた子どもと考えるなら、そいつらも属性魔石に対する適性があるのかも。なるほど、適応した種を親とした、変異した子の構成に必要なのかもしれませんね」
「詳しくはわかんないっすけどね」
二人は云々と仮説を話しているが、その会話を中断させる声が響く。
「どうでもいい。……雑兵は打ち止めだろう。奥に行くぞ」
女性は歩いて行ってしまった。
アイオンとテオルは、慌ててその背中を追った。
#
「……ヴィラだ」
「え?」
アイオンが聞き返す。
「名前を聞いていただろう。……ヴィラだ」
振り返らずに歩く。
死骸を踏まないように、慎重に歩を進める。
遺跡の奥が、少しずつ近づいていた。




