表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
望まぬ2度目の人生を。〜前世の記憶と痛みを抱いて、それでも俺は生きていく〜  作者: 灰とダイヤモンド
幕章 それぞれの転機

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

208/212

亜人

遺跡の入り口が近づくにつれ、雪の上の痕跡が増えた。


足跡。引きずった跡。血の染み。

一匹二匹ではない。


アイオンは無言で周囲を確認しながら進む。

テオルは何か言いかけて、止めた。


そして――聞こえた。


低い唸り声。複数。ぶつかる音。雪を踏み荒らす音。


前方の開けた場所で、何かが戦っている。

木の陰から慎重に覗く。


先ほど自身らを襲ってきたウルフ型の魔物が三匹。


対峙しているのは――全身が歪に膨れた、不定形に近い何かだった。


人の背丈ほどの大きさ。

複数の魔物の残骸が癒着したような異形の体。

動くたびに、関節のない部位がぐにゃりと曲がる。


ウルフの一匹が跳びかかった。

異形はそれを無造作に弾き、そのまま押し潰した。


二匹目が横から突っ込む。

異形の体の一部が伸び、絡め取る。

あっという間だった。


三匹目が唸り、後退する。

それでも逃げない。

縄張りを、いや——何かを守ろうとするように、地面を踏みしめて立っている。


異形はゆっくりと向き直り、三匹目に迫った。


その時、風向きが変わった。

異形が、動きを止めた。

ゆっくりと、こちらへ顔を向けた。


(……気づかれた)


「引きますよ」


テオルの腕を掴み、後退する。

しかし、テオルの反応が遅い。


異形が迫ってくる。

交戦するしかなくなってしまった。



刀を抜く。

相手は速くはない。

ただ、重い。力任せに突っ込んでくる。


横に捌いて斬る。

手応えはある。だが、浅い。


体の構造がおかしい。

急所がどこにあるか分からない。


もう一度、踏み込んで深く斬り込む。

今度は動きが鈍った。


三度目。首に相当する部位を狙って叩き込む。


異形は崩れるように倒れ、動かなくなった。

念のために、後処理をする。


「火よ」


瞬時に魔物の死骸に火柱がたつ。

貴重な魔物かもしれない。

しかし、解体する気にはなれなかった。


(……人の形を真似してる?いや、そんなものじゃない。なにか……別種の……)


考えながら息を整える。

刀を払い、鞘に収めた。


後ろを確認する。

テオルは木の幹に張り付くように立っていた。

顔が白い。


アイオンは逃げたウルフが消えた方向を見た。

それから、遺跡の壁を見た。


悪い予感しかしない。


「――戻りましょう」


静かに、はっきりと言った。


「……え?」


呆けていたテオルは聞き返す。

アイオンは冷静に伝える。


「依頼内容と状況が違いすぎます。おそらく、あの魔物が原因でウルフ種の生息範囲が変わったのか、縄張りが荒らされた。……あの魔物は、C級以上です。単体であるという確証もない。……遺跡の中に何がいるか分からない以上、進むのは無謀です」


「ま、待ってくださいっす!」


テオルが前に出た。


「……わかってたっす。危険度が上がってるのは」


声が、震えていた。

テオルは真っ直ぐにアイオンを見た。


「……実は、この依頼を前から出してたんっす。何組か受けてくれた冒険者がいたんすけど」


唇を噛んだ。


「……誰も、帰ってこなかったっす」


沈黙が落ちた。


「ギルドでも問題になって、それ以来誰も受けてくれなくなったっす。そこにCランクのあなたが来たから……頼むしかなかったっす」


アイオンは何も言わなかった。

ただ、先ほどの異形の姿を思い出す。


そして、今のテオルの発言。


(……冒険者たちは、帰ってこなかった)


「笑われながら、馬鹿にされながら、それでも続けてきた理論があるっす。それを証明するためだけに、ここまで来たっす。このチャンスを逃したら——自分は魔道具師として終わりっす」


テオルの懇願は続く。

しかし、アイオンは聞いていなかった。


様々な魔物や、人の形を真似た、基礎知識にいない異形の魔物。


(属性魔石は周辺の生態系にも影響を与える……。もし、その影響を受けて変異した魔物が、この中にいるのなら……?さっきの魔物は、尖兵の様なものだったら?)


「テオルさん」

「〜であって――はいっす!」


尚も言い訳を続けるテオルの話を遮る。


「正直に答えてください。あなたが手に入れたい物は、この遺跡の入り口にある物ですか?それとも、奥ですか?」

「……ここで属性魔石を見つけたって冒険者の話では、入り口付近だったって聞いてますっす」

「あなたの望みの物の話です。おそらくですが、属性魔石の質もまばらでしょう。入り口付近で見つけた物より、奥地にあると思われる物の方があなたの目的では?」


テオルは顔を伏せ、黙る。

沈黙が答えだった。


「俺の仮説を聞いてください」


テオルは恐る恐る顔を上げる。

アイオンは話し始める。


「属性魔石になにかの魔物が適応し、変種した。その影響であの魔物が生まれ、ウルフ種の生息範囲を荒らした。これが昨今の山の荒れ具合なのでしょう。そして、あなたの依頼を受けた冒険者ですが……彼らはここにたどり着き、その変異種に食われたのではないでしょうか?」

「く、食われって……!」

「それなら、あの魔物が人の特徴を真似してた理由にはなる。……吸収した餌の、優れた点を取り込んで、あの異業種を生んだのでは?」


絶句するテオル。

自身の出した依頼で、魔物に糧を与えてた可能性がある事実に、顔は青ざめた。


「ゲールの街にCランクの人間はいなかったんですね?だからあなたは俺に飛びついた。あなたの依頼を受けた者達は、Dランクだったんでしょうね」

「こ、この季節、魔物はほとんど出ないはずっす。なんで、強い人らは他所に……」


言い訳が、途中で消えた。


テオルは唇を引き結んだ。

反論できる言葉が、もう出てこないのだろう。


アイオンはしばらく黙っていた。

遺跡の入り口を見る。


黒ずんだ壁。

その奥の闇。


(……帰った方がいい。冷静に考えれば、それが正解だ)


分かっている。

だが、考える。


ウルフ種がこの山を捨てれば、行き場を失った群れはゲールへ向かい、街に被害が出る。


そして、異形の魔物も餌がなくなれば——行動範囲を広げるかもしれない。


最低でも、確認しなければならない。

ギルドに報告するにも、何もなければ動けない。

実態を掴んでこそ、意味がある。


(……仕方ない)


深くため息を吐いた。


「――進みましょう」


 テオルが顔を上げた。


「……ほ、本当っすか?」

「あなたの依頼のためではありません。最低限、実態を確認してギルドに報告する必要がある。それだけです」


テオルは少し間を置いてから、静かに頷いた。


「……っす」


言い訳のない返事だった。

アイオンは遺跡へ向き直った。


「俺の後ろから離れないでください」

「っす」


二人は遺跡の入り口へ踏み込んだ。

闇が、静かに二人を飲み込んだ。


#


遺跡の内部は、外より暗かった。


石造りの天井が低く、左右に続く回廊は奥へ向かうにつれて闇に溶けている。

雪の音が消え、代わりに静寂が耳に触れた。


アイオンは一歩踏み込み、立ち止まった。

気配がある。

それも、後方から。


「テオルさん、下が——」

直後。

闇の中から影が飛んだ。


テオルへ向かう軌道。速い。


反射的に腕を伸ばす。

テオルの胸ぐらを掴み、後方へ引き倒す。

自身が前へ出る形になった。


風が頬を掠めた。刃だ。

刀を抜く間もなかった。

代わりに、腕で軌道を外した。

着地した影が、数歩退いて構えを取る。


小柄だが、動きが速い。

短い刃を逆手に持ち、こちらを真っ直ぐ見ている。


外套の下から角が覗いていた。

額から伸びた、二本の角。


「な、な……亜人っす!!」


テオルが腰を抜かして壁に寄り掛かった。

相手は一瞬テオルへ目を向け、すぐアイオンへ戻した。


「ここは、我らの遺跡だ。うろちょろされては癪に障る」


短く、切り捨てるように言った。


「――去れ」


アイオンは刀の柄に手を添えたまま、抜かなかった。


「我らの、というのは?」

「関係ない。去れ」

「あなた一人ではないということですか?しかし気配はない……村かなにかがある?」


相手は答えなかった。

ただ、刃の角度が変わった。


アイオンはしばらく相手を見た。


強い殺気がある。

これは、何度か感じた予感。


(……命の取り合いになるな)


ただ、相手のそれは怒りでも憎しみでもない。

対話できると、判断した。


「……俺達はここを荒らしに来たわけではありません。いや、来た目的はそうだったんでしょうけど、今は違います」

「信じる根拠が何もないな」

「正直に話してるだけマシだと思ってもらいたいですね」


アイオンは刀を地面に放る。

テオルはその行動に驚くも、角の女性はアイオンから目を離さない。


「……体外魔法を使うのは見た。騙されはしない」

「そういった意図はありませんよ」


いつから見られていたのかはわからないが、やり合う気はない。

それだけをわかってほしかっただけだ。


ゆっくりとアイオンは問いかける。


「……見てたのならひとつ、聞かせてください。あの異形の魔物を、あなたはこれまでに見た事がありますか?」


 相手の動きが、一瞬止まった。


「……」

「ウルフ種と戦っていた、人の残骸を取り込んだような、異形の魔物の事です。前からこの周辺にいましたか?」


沈黙が続いた。

アイオンは否定だと理解し、話を進める。


「最近、山の生態系がおかしくはなかったですか?弱い魔物が押し出されるように降りてきている。ウルフ種はおそらくこの辺を縄張りにしてたが、奴らに荒らされ、生態系が崩れたのでは?……ウルフ種がこの山を捨てれば、街へ向かう。それは同時に、餌を失った異形の魔物の行動範囲拡大に繋がります。そうなれば――」

「……こちらの集落にも、危険が迫る事になる」


相手が、静かに言った。

アイオンは頷いた。


「確認しなければ戻れません。何がいるか、どこまで広がっているか。それを調べて街の冒険者ギルドに報告する。排除できるならそれが一番良いですが。……あなたは相当に強い。どうでしょう、協力しませんか?」


長い沈黙だった。

相手は刃を構えたまま、動かない。


やがて、ゆっくりと刃を下ろした。


「……山の平穏は、こちらにとっても大事だ」

「では?」

「私が先に行く。お前は後ろから付いてこい」


相手は踵を返し、遺跡の奥へ向かって歩き出した。


テオルが壁から身を剥がし、アイオンの袖を引いた。

「い、一緒に行くんすか?信用できないっすよ……」

「利害関係が一致してるなら良い。戦力が必要な事態ですから」


 アイオンは遺跡の奥を見た。

 闇の中を、小さな背中が進んでいく。


「俺達も行きましょう。テオルさんが真ん中で、俺が殿を務めます」

「わ、わかったっす……」


背中を追って、二人も進む。

何が待つのかわからない、遺跡の奥へと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ