新たな街で
雪は変わらず降っていた。
それも、王都で見るような上品な降り方ではない。
風に乗って横殴りに叩きつけてくる、山特有の荒々しい雪だ。
外套の肩に積もり始めた白を軽く払いながら、アイオンは目の前の街門を見上げる。
そのまま門番の近くへと歩み寄った。
「こんな時期に、ここに歩きで来るなんてな……。ようこそ、ゲールの街へ。ハヴィー伯爵様の領地だ」
「どうも。冒険者です」
そう言って、ギルドカードをそっと見せる。
門番はそれを受け取り、確認した。
「その若さでCランクか。一人旅か?」
「今は。入っても?」
門番は一瞬だけ言い淀み、苦笑する。
「……すまないな。今は入場料が必要なんだ」
アイオンは小さく首をかしげた。
「冒険者は免除されるはずでは?」
もっともな指摘に、門番は肩をすくめる。
「伯爵様から通達があってな。冒険者からも50G取ることになった。他の領地も似たようなもんらしいが……お前、どこから来た?」
「王都から。あそこを出てから人里に寄ってなかったので、知りませんでした」
「ああ、パルキノンか。あそこはもっと取るぞ?……王都だからな」
事情を察し、アイオンは小さく苦笑する。
50Gを取り出し、差し出した。
「少し事情があって払っていなかっただけです。支払いますよ」
「悪いな……。貴族の知り合いか?それとも依頼関係で?」
「そんな大層なものじゃありません。ただの一人旅です」
「そうか。……なら、王都の噂も知らないか?」
門番が少し声を落とす。
「――大教会で起きた、“戒めの炎”の話だ」
聞き慣れない言葉に、アイオンは眉をひそめた。
「初耳ですね。なんですか、それ?」
「年明けの時だ。べゼブ様がな、女神教を改めて“べゼブ教にする”って言った直後に、大教会で炎が上がったらしい」
門番は身振りを交えて続ける。
「燃えたのは、べゼブ様の肖像と女神像の装飾だけだ。どれだけ水をかけても消えず、全部焼き尽くして――残ったのは、洗練された女神像だけってな」
アイオンは黙って聞いていた。
(……なにしてんだ、クソ女神)
心の中でぼやく。
(思いっきり干渉してるじゃないか)
門番はため息をついた。
「噂なんだがな。しかし、これで何かが変わるかもしれん。女神教がやってきた事が、全部ひっくり返るかも」
「……少なくとも、お布施が減れば、街は潤いますね」
「ははっ、違いない!」
門番は笑い、手を振った。
「長話だったな。ようこそ、ゲールの街へ!」
軽く頭を下げ、アイオンは門をくぐる。
(……何があったにせよ、やる事は変わらない)
心の中で整理する。
(旅支度を整えて、依頼があれば受ける。……後は地図だな)
#
街は小さかった。
王都の一区画にも満たない規模。
石造りの建物が肩を寄せ合うように並び、煙突からは灰色の煙が絶えず上がっている。
通りを行く人の数も少なく、皆、足早に軒下へと消えていく。
冬のゲールには、余所者を気にする余裕もないようだ。
悪くない。
人付き合いは疲れる。
得意でもないし、干渉されないならそれが一番だ。
そう思いながら、アイオンは冒険者ギルドの看板を探した。
#
ギルドの中は、外とは別世界のように暑かった。
暖炉が二基、轟々と燃えている。
冒険者たちは卓を囲み、酒を飲み、怒鳴り、笑っている。
天井は低く、煙草と汗の匂いが充満していた。
王都のギルドとは似ても似つかない、場末の喧騒。
(……これが普通だよな)
アイオンは掲示板へ向かう。
依頼票に目を走らせる。
魔物の目撃情報。
山道の整備。
採掘場の護衛。
何枚かめくったところで、違和感に気づいた。
同じ内容の依頼が、繰り返し貼られている。
――山中での魔物被害、増加中につき注意されたし。
日付の違う同文の報告が、いくつも重なっていた。
山に、何かいる。
それだけ分かれば十分だった。
受付へ向かう途中、近くの卓から声が聞こえる。
「聞いたか?王都の噂」
「ああ、べゼブが女神の炎に焼かれたってやつか」
「詳しくは分からんが……いい気味だよな」
男たちは笑い、すぐ別の話題へ移っていった。
アイオンは気にせず受付へ向かう。
「まだ誰も受けてくれないっすか?」
「依頼は出してるんですが、今の皆様では……」
「はぁ……了解っす……」
落ち込んだ様子の冒険者とすれ違い、自分の番になる。
「すいません。伝言がないか確認してもらえますか?」
「ようこそ!ギルドカードをお預かりします!」
明るい声で対応される。
(本当に、王都とは違うな)
カードを差し出す。
「――確認します!Cランク……お若いのに、見事です!」
その声に、周囲がわずかにざわめいた。
面倒は避けたい。
適当に相槌を打ち、場を流す。
「……Cランク」
どこかで呟かれた声は、アイオンの耳には届かなかった。
#
ギルドカードを確認した受付嬢が、「少しお待ちください」と頭を下げて奥へ消えた。
戻ってきたのは、数十分後だった。
手には、何枚かの紙束。
「伝令魔法でお預かりしていたご連絡です。かなり溜まってしまっていて……」
「すいません、ご迷惑を……」
アイオンは少し姿勢を正し、受け取った。
同じ筆跡が整然と並んでいる。
おそらく、目の前の受付嬢が書き留めたものだろう。
違うのは差出人だけだった。
ラクトから四件。
カーラから八件。
そして――ジーナから一件。
(……カーラさん、多いな)
立ったまま、順に目を通す。
ラクト家からの四件は、どれも似た内容だった。
無事か?
今はどこにいる?
セアラもナリアも寂しがっている。
心配しているとは書かれていない。
ある意味、信頼されてるのだろう。
カーラからの八件は、現状報告が二件。
誕生日の祝辞が一件。
依頼料の分配に驚いた内容。
危険な真似をしていないか?という注意。
そして残りは、返事が来ないことへの愚痴だった。
傍にいないが、自身に怒鳴っている姿が目に浮かび、少し笑った。
(ジーナからの依頼料か。……上乗せ分が多かったしな)
最後に、ジーナからの一件。
短い文章だった。
近況が一言。王都の変化が一言。
そして――
また会える日を楽しみにしている、とだけ。
(……王都には、もう行きたくないんだよな)
紙を折り畳み、外套の内側へしまう。
「返信をお願いできますか? 三件です」
「もちろんです!」
内容を簡潔に口頭で伝える。
ラクトへは無事だと。
カーラへは元気だと。
ジーナへは――了解した、とだけ。
長々と伝える事はない。
というより、気恥ずかしい。
「以上です。よろしくお願いします」
受付嬢が伝令の準備を進める間、アイオンは窓の外へ視線を向けた。
雪は、まだ降り続いている。
(……オルババは長く降るけど、こっちも同じか。山が近いからか?)
#
「では、この内容でバルナバとパルキノンへ送っておきますね!」
「お願いします」
受付を離れる。
宿と周辺の地図を確保する――
頭の中で段取りを組み立てたところで、声がかかった。
「あの、少しいいっすか?」
振り返る。
先ほどすれ違った若い男だった。
外套の裾は泥で汚れ、背負った荷には工具らしき金具が見える。
そして――目が、落ち着いていない。
「……なんですか?」
「不躾ですみませんっす」
男は苦笑した。
「Cランクなんすよね? 少し時間、もらえないっすか?」
アイオンは男を見る。
愛想の良い笑顔。
だが奥にある焦りは隠しきれていない。
悪意はない。
ただ、追い詰められている。
「……聞くだけなら」
断るのは簡単だった。
だが、この焦りを無視すると、どこかで面倒になる気がした。
#
近くの卓に移る。
男はすぐに話し始めた。
山中の遺跡に属性魔石がある。
それを回収するための護衛依頼を受けてほしい。
成功報酬は5000G、前金で1000G。
「……属性魔石ってなんです?詳しくなくて」
アイオンは確認する。
魔道具に使われる石だという知識はある。
だが詳しくは知らない。
「魔道具の材料っす。自然に生成される魔力を帯びた石で、それぞれに属性が宿るんすよ!」
男は急に饒舌になった。
生成条件。品質の見極め。希少性。
半分も理解できなかったが、必要としていることだけは伝わった。
「その遺跡に魔物は?」
「いないっすよ! 入口付近を少し歩くだけっす! せいぜいEランク程度っす!」
あっさりと言い切る。
アイオンは男を見る。
笑顔。
だが目は泳いでいる。
(……怪しいな)
なぜ一人で行かないのか?
なぜ護衛が必要なのか?
なぜ報酬が高いのか?
「……一人で行けない理由は?」
「……荷物持ちと、保険っすよ。山道は危ないし、最近は魔物も増えてるって話っすから。んで、出せるだけの金額で安全を買いたいっす!」
わずかな間。
「……お断りします」
「え」
「話が噛み合ってません」
男の笑顔が消えた。
「そんなこと――」
「他を当たってください」
立ち上がろうとする。
「待ってくださいっす!」
男が身を乗り出す。
取り繕いが崩れていた。
「……正直に言うっす」
アイオンは座り直す。
「魔物は……思ったより多いかもしれないっす。でも、入るのは入口付近までっす!奥に行かなくてもあるはずなんで。Cランクのあなたなら大丈夫っすよ!」
必死だった。
目を逸らさない。
「……報酬を6000Gに。計7000Gください」
「ろ、6000Gっすか……」
「安全を買いたいんでしょ?」
男は目を伏せ、考える。
やがて顔を上げた。
「……分かったっす」
頷く。
#
受付へ向かう。
男が依頼を告げると、受付嬢が書類を確認しながら顔を上げた。
「この依頼、少し危険で――」
「ありがとうございますっす!」
男が割り込んだ。
受付嬢とアイオンの間に入る。
有無を言わせず、早く手続きしろと訴えているようだった。
「で、では、書類にサインをお願いします」
アイオンは黙って署名する。
(……やっぱり何かあるな)
手続きが進む。
前金が移送される。
カードに魔力を流す。
残高が浮かぶ。
正直どれだけ入ってたかは覚えてない。
しかし確認し、軽く頷く。
「……問題ありません」
「助かりましたっす!それじゃ、自分達はここで!」
「は、はい!無事にご帰還を!」
男は深く頭を下げ、足早にアイオンの背を押し出口へと向かう。
受付嬢が言いかけた言葉が、頭に残る。
――少し危険で。
#
外に出る。
雪は変わらず降っていた。
男が振り返る。
「改めてよろしくっす。テオルっす。魔道具師やってます」
「アイオンです。明日出発でいいですか?」
「もちろんっす! 準備も手伝うっすよ!」
距離を詰めてくる。
一人にさせる気はないらしい。
「……周辺の地図が欲しいんですが」
「いらないっす! 自分が持ってるんで!」
「……なら宿を先に探します」
「自分の部屋で一緒でいいっすよ! 打ち合わせもできますし! 料金も自分持ちで!」
過剰な反応。
一人にはさせてくれないらしい。
隠す気がないのか、余裕がないのか。
アイオンは小さく息を吐いた。
(……まぁいいか)
歩き出す。
(この刀、試したかったしな)
魔物が出るなら、都合がいい。
そう割り切り、思考を切り替えた。




