表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
望まぬ2度目の人生を。〜前世の記憶と痛みを抱いて、それでも俺は生きていく〜  作者: 灰とダイヤモンド
幕章 それぞれの転機

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
207/251

新たな街で

雪は変わらず降っていた。


それも、王都で見るような上品な降り方ではない。

風に乗って横殴りに叩きつけてくる、山特有の荒々しい雪だ。


外套の肩に積もり始めた白を軽く払いながら、アイオンは目の前の街門を見上げる。

そのまま門番の近くへと歩み寄った。


「こんな時期に、ここに歩きで来るなんてな……。ようこそ、ゲールの街へ。ハヴィー伯爵様の領地だ」

「どうも。冒険者です」


そう言って、ギルドカードをそっと見せる。

門番はそれを受け取り、確認した。


「その若さでCランクか。一人旅か?」

「今は。入っても?」


門番は一瞬だけ言い淀み、苦笑する。


「……すまないな。今は入場料が必要なんだ」


アイオンは小さく首をかしげた。


「冒険者は免除されるはずでは?」


もっともな指摘に、門番は肩をすくめる。


「伯爵様から通達があってな。冒険者からも50G取ることになった。他の領地も似たようなもんらしいが……お前、どこから来た?」

「王都から。あそこを出てから人里に寄ってなかったので、知りませんでした」

「ああ、パルキノンか。あそこはもっと取るぞ?……王都だからな」


事情を察し、アイオンは小さく苦笑する。

50Gを取り出し、差し出した。


「少し事情があって払っていなかっただけです。支払いますよ」

「悪いな……。貴族の知り合いか?それとも依頼関係で?」

「そんな大層なものじゃありません。ただの一人旅です」

「そうか。……なら、王都の噂も知らないか?」


門番が少し声を落とす。


「――大教会で起きた、“戒めの炎”の話だ」


聞き慣れない言葉に、アイオンは眉をひそめた。


「初耳ですね。なんですか、それ?」

「年明けの時だ。べゼブ様がな、女神教を改めて“べゼブ教にする”って言った直後に、大教会で炎が上がったらしい」


門番は身振りを交えて続ける。


「燃えたのは、べゼブ様の肖像と女神像の装飾だけだ。どれだけ水をかけても消えず、全部焼き尽くして――残ったのは、洗練された女神像だけってな」


アイオンは黙って聞いていた。


(……なにしてんだ、クソ女神)


心の中でぼやく。


(思いっきり干渉してるじゃないか)


門番はため息をついた。


「噂なんだがな。しかし、これで何かが変わるかもしれん。女神教がやってきた事が、全部ひっくり返るかも」


「……少なくとも、お布施が減れば、街は潤いますね」

「ははっ、違いない!」


門番は笑い、手を振った。


「長話だったな。ようこそ、ゲールの街へ!」


軽く頭を下げ、アイオンは門をくぐる。


(……何があったにせよ、やる事は変わらない)


心の中で整理する。


(旅支度を整えて、依頼があれば受ける。……後は地図だな)


#


街は小さかった。

王都の一区画にも満たない規模。


石造りの建物が肩を寄せ合うように並び、煙突からは灰色の煙が絶えず上がっている。


通りを行く人の数も少なく、皆、足早に軒下へと消えていく。


冬のゲールには、余所者を気にする余裕もないようだ。


悪くない。

人付き合いは疲れる。

得意でもないし、干渉されないならそれが一番だ。


そう思いながら、アイオンは冒険者ギルドの看板を探した。


#


ギルドの中は、外とは別世界のように暑かった。

暖炉が二基、轟々と燃えている。

冒険者たちは卓を囲み、酒を飲み、怒鳴り、笑っている。


天井は低く、煙草と汗の匂いが充満していた。


王都のギルドとは似ても似つかない、場末の喧騒。


(……これが普通だよな)


アイオンは掲示板へ向かう。

依頼票に目を走らせる。


魔物の目撃情報。

山道の整備。

採掘場の護衛。


何枚かめくったところで、違和感に気づいた。

同じ内容の依頼が、繰り返し貼られている。


――山中での魔物被害、増加中につき注意されたし。


日付の違う同文の報告が、いくつも重なっていた。


山に、何かいる。

それだけ分かれば十分だった。


受付へ向かう途中、近くの卓から声が聞こえる。


「聞いたか?王都の噂」

「ああ、べゼブが女神の炎に焼かれたってやつか」

「詳しくは分からんが……いい気味だよな」


男たちは笑い、すぐ別の話題へ移っていった。

アイオンは気にせず受付へ向かう。


「まだ誰も受けてくれないっすか?」

「依頼は出してるんですが、今の皆様では……」

「はぁ……了解っす……」


落ち込んだ様子の冒険者とすれ違い、自分の番になる。


「すいません。伝言がないか確認してもらえますか?」

「ようこそ!ギルドカードをお預かりします!」


明るい声で対応される。


(本当に、王都とは違うな)


カードを差し出す。


「――確認します!Cランク……お若いのに、見事です!」


その声に、周囲がわずかにざわめいた。

面倒は避けたい。

適当に相槌を打ち、場を流す。


「……Cランク」


どこかで呟かれた声は、アイオンの耳には届かなかった。


#


ギルドカードを確認した受付嬢が、「少しお待ちください」と頭を下げて奥へ消えた。


戻ってきたのは、数十分後だった。

手には、何枚かの紙束。


「伝令魔法でお預かりしていたご連絡です。かなり溜まってしまっていて……」

「すいません、ご迷惑を……」


アイオンは少し姿勢を正し、受け取った。

同じ筆跡が整然と並んでいる。

おそらく、目の前の受付嬢が書き留めたものだろう。


違うのは差出人だけだった。


ラクトから四件。

カーラから八件。

そして――ジーナから一件。


(……カーラさん、多いな)


立ったまま、順に目を通す。


ラクト家からの四件は、どれも似た内容だった。


無事か?

今はどこにいる?

セアラもナリアも寂しがっている。


心配しているとは書かれていない。

ある意味、信頼されてるのだろう。


カーラからの八件は、現状報告が二件。

誕生日の祝辞が一件。

依頼料の分配に驚いた内容。

危険な真似をしていないか?という注意。


そして残りは、返事が来ないことへの愚痴だった。

傍にいないが、自身に怒鳴っている姿が目に浮かび、少し笑った。


(ジーナからの依頼料か。……上乗せ分が多かったしな)


最後に、ジーナからの一件。

短い文章だった。


近況が一言。王都の変化が一言。


そして――

また会える日を楽しみにしている、とだけ。


(……王都には、もう行きたくないんだよな)


紙を折り畳み、外套の内側へしまう。


「返信をお願いできますか? 三件です」

「もちろんです!」


内容を簡潔に口頭で伝える。


ラクトへは無事だと。

カーラへは元気だと。

ジーナへは――了解した、とだけ。


長々と伝える事はない。

というより、気恥ずかしい。


「以上です。よろしくお願いします」


受付嬢が伝令の準備を進める間、アイオンは窓の外へ視線を向けた。


雪は、まだ降り続いている。


(……オルババは長く降るけど、こっちも同じか。山が近いからか?)


#


「では、この内容でバルナバとパルキノンへ送っておきますね!」

「お願いします」


受付を離れる。


宿と周辺の地図を確保する――

頭の中で段取りを組み立てたところで、声がかかった。


「あの、少しいいっすか?」


振り返る。

先ほどすれ違った若い男だった。


外套の裾は泥で汚れ、背負った荷には工具らしき金具が見える。


そして――目が、落ち着いていない。


「……なんですか?」

「不躾ですみませんっす」


男は苦笑した。


「Cランクなんすよね? 少し時間、もらえないっすか?」


アイオンは男を見る。

愛想の良い笑顔。

だが奥にある焦りは隠しきれていない。


悪意はない。

ただ、追い詰められている。


「……聞くだけなら」


断るのは簡単だった。

だが、この焦りを無視すると、どこかで面倒になる気がした。


#


近くの卓に移る。

男はすぐに話し始めた。


山中の遺跡に属性魔石がある。

それを回収するための護衛依頼を受けてほしい。

成功報酬は5000G、前金で1000G。


「……属性魔石ってなんです?詳しくなくて」


アイオンは確認する。


魔道具に使われる石だという知識はある。

だが詳しくは知らない。


「魔道具の材料っす。自然に生成される魔力を帯びた石で、それぞれに属性が宿るんすよ!」


男は急に饒舌になった。


生成条件。品質の見極め。希少性。

半分も理解できなかったが、必要としていることだけは伝わった。


「その遺跡に魔物は?」

「いないっすよ! 入口付近を少し歩くだけっす! せいぜいEランク程度っす!」


あっさりと言い切る。

アイオンは男を見る。


笑顔。

だが目は泳いでいる。


(……怪しいな)


なぜ一人で行かないのか?

なぜ護衛が必要なのか?

なぜ報酬が高いのか?


「……一人で行けない理由は?」

「……荷物持ちと、保険っすよ。山道は危ないし、最近は魔物も増えてるって話っすから。んで、出せるだけの金額で安全を買いたいっす!」


わずかな間。


「……お断りします」

「え」

「話が噛み合ってません」


男の笑顔が消えた。


「そんなこと――」

「他を当たってください」


立ち上がろうとする。


「待ってくださいっす!」


男が身を乗り出す。

取り繕いが崩れていた。


「……正直に言うっす」


アイオンは座り直す。


「魔物は……思ったより多いかもしれないっす。でも、入るのは入口付近までっす!奥に行かなくてもあるはずなんで。Cランクのあなたなら大丈夫っすよ!」


必死だった。

目を逸らさない。


「……報酬を6000Gに。計7000Gください」

「ろ、6000Gっすか……」

「安全を買いたいんでしょ?」


男は目を伏せ、考える。

やがて顔を上げた。


「……分かったっす」


頷く。


#


受付へ向かう。


男が依頼を告げると、受付嬢が書類を確認しながら顔を上げた。


「この依頼、少し危険で――」

「ありがとうございますっす!」


男が割り込んだ。

受付嬢とアイオンの間に入る。

有無を言わせず、早く手続きしろと訴えているようだった。


「で、では、書類にサインをお願いします」


アイオンは黙って署名する。


(……やっぱり何かあるな)


手続きが進む。

前金が移送される。


カードに魔力を流す。

残高が浮かぶ。


正直どれだけ入ってたかは覚えてない。

しかし確認し、軽く頷く。


「……問題ありません」

「助かりましたっす!それじゃ、自分達はここで!」

「は、はい!無事にご帰還を!」


男は深く頭を下げ、足早にアイオンの背を押し出口へと向かう。

受付嬢が言いかけた言葉が、頭に残る。


――少し危険で。


#


外に出る。

雪は変わらず降っていた。


男が振り返る。


「改めてよろしくっす。テオルっす。魔道具師やってます」

「アイオンです。明日出発でいいですか?」

「もちろんっす! 準備も手伝うっすよ!」


距離を詰めてくる。

一人にさせる気はないらしい。


「……周辺の地図が欲しいんですが」

「いらないっす! 自分が持ってるんで!」


「……なら宿を先に探します」

「自分の部屋で一緒でいいっすよ! 打ち合わせもできますし! 料金も自分持ちで!」


過剰な反応。

一人にはさせてくれないらしい。


隠す気がないのか、余裕がないのか。

アイオンは小さく息を吐いた。


(……まぁいいか)


歩き出す。


(この刀、試したかったしな)


魔物が出るなら、都合がいい。

そう割り切り、思考を切り替えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ