番外編 欲
特別ギルド員の自宅。
給料にふさわしくない、豪邸。
薄暗い部屋に、メリッサは一人立っていた。
散らかった書類、開けられたままの引き出し。
逃亡者の痕跡が、そこかしこに残っている。
(……こんな事をしている暇はないのに)
内心で、苛立ちが募る。
アイオン。
偶然見つけた――金の卵。
バザーム砦から戻ってきた時の様子を見るに、何かを誤解されているのは確かだった。
話さねばならない。
関係を修復しなければならない。
だが――
(冒険者ギルドの今後のための調査……やらなければ)
感情を押し殺し、部屋を調べる。
本棚を確認する。
目立つ場所には、何もない。
当然だ。
逃げる前に、証拠は隠滅したはずだ。
だが――
(隠すという事は、痕跡が残るものよね)
メリッサは本棚の奥に手を伸ばす。
指先が、わずかな段差に触れる。
(……あった)
引き出す。
隠された書類。
依頼書の控え、金の流れを示す帳簿。
「……巧妙に隠してあるわね」
小さく呟く。
だが
(綺麗すぎる。だからこそ、洗いやすい)
メリッサは冷静に書類を読む。
依頼主の名前は、どうせ偽名だろう。
だが、金の流れは嘘をつかない。
銀行ギルドの記録、馬車組合の移動記録。
それらを照合すれば――
(……見えてくる)
メリッサは、淡々と作業を続ける。
書類を整理し、帳簿を確認し、痕跡を辿る。
時間だけが、静かに過ぎていく。
やがて――
「……これで、あらかた終わりね」
部屋を見渡す。
証拠は揃った。
怪しい者のリストも、ある程度絞れた。
「……戻りましょう」
メリッサは、書類を抱えて部屋を出た。
#
冒険者ギルド本部。
ギレンの執務室。
メリッサは、書類を机に置いた。
「報告します」
淡々と告げる。
「元特別ギルド員の自宅から、これらを回収しました」
ギレンが、書類に目を通す。
煙草を吹かしながら、一枚一枚確認する。
「……なるほど」
満足そうに頷く。
「金の流れが、はっきりしているな」
「はい」
メリッサが、続ける。
「銀行ギルドの記録と照合した結果、怪しい者を数名リストアップしました」
別の書類を差し出す。
ギレンが、それを受け取る。
「……やはり優秀だな、メリッサ」
珍しく、褒める。
「お前がいて、本当に助かる。フォスター公爵邸にも無能共の代わりに来て欲しかったが、やはり調査に回らせて良かったよ」
「光栄です」
メリッサは、表情を変えない。
だが、内心では焦りが募っていた。
(不在の間にアイオンが来ていないか、確認しなくては)
仕事は終わった。
なら、もういいはずだ。
「では、失礼します」
メリッサが足早に去ろうとするのを
「待て」
ギレンが止める。
「……まだ何か?」
「我々が不在の間に、アイオン少年がギルドに来ていたそうだ」
その言葉に、メリッサの心臓が跳ねた。
「……いつですか?」
「今朝だ」
ギレンが、煙草を吹かす。
「グレイスから報告を受けている。お前に会えなかったが、仕方ないと出て行ったそうだ。護衛依頼はグレイスの証言と照らし合わせ、私が成功だと判断した。報酬はもう払い終わっている」
「……」
「しかし、不思議だな。既に行動を共にしていない相手と折半するとはな。あちらもそうしているようだが。……イザークパーティ。中々優秀じゃないか! アイオン少年ばかりで、なぜこちらは何も言わなかったんだ?」
「あの程度のパーティなら、どこの街にもいますよ。取り立てて話す程でもありません。それに、あくまで組んでいたのはカーラという素人だけです」
「……個人の有望株のが大事なのは確かだがな」
メリッサは答えず部屋を出ようとする。
この時間すら惜しかった。
しかし、ギレンの言葉に振り返る事になる。
「そして――」
「まだ何か?」
明らかな苛立ちを込めて睨む。
しかしギレンは気にせずに続ける。
「アイオン少年は、パルキノンを出たそうだぞ」
「……何ですって?」
声が、わずかに上ずる。
「フォスター公爵から聞いた。私と話している最中に報告を受けていたから、時間は大分経っている」
「……すぐに追います」
即答する。
しかし――
「ダメに決まってるだろ」
明確な拒否だった。
「今の状況で、お前を出すわけにはいかない。分かっているだろう? さっさと終わらせねば、フォスター公爵が何をするか分からない」
報告書を指さしながら続ける。
「これは、私からの命令だ」
ギレンが、まっすぐ見据える。
「お前は上のゴミ共の繋がりを早急に洗い、明確な根拠と共に持ってこい。それが終わるまで、王都から出る事は認めない」
メリッサは拳を握りしめた。
だが――
「……承知しました」
渋々と受け入れる。
命令には逆らえない。
「……契約で縛っておけば、こんな面倒な事が表に出る事はなかった。そう思っているだろう、お前」
冷静に分析するギレン。
「全く、本当に面倒な事をしてくれたよ」
「……でも、それだけではないのでしょう、あなたは」
メリッサも内心を見透かす。
ギレンが笑いながら、煙草を灰皿に押し付ける。
「――当然。間違いなく、上が空くからな。私がそこに座る事になる。長く停滞していたが、ようやくこの国のギルドのトップになれる。私が上に立てば、他のゴミ共も捨てる。……冒険者のための冒険者ギルドを、ようやくこの国にも作れる」
「……」
「そして私の後にこの椅子に座るのは、お前だ」
「……よろしいのですか? 私の実績には明確に足りないものがあります。自身の担当者から、専属冒険者を作れていません」
ギレンは次の煙草に火をつけた。
深く吸い込み、ゆっくりと煙を吐き出す。
「……アイオン少年は諦めろ」
その言葉に、メリッサの表情が凍りつく。
「……何ですって?」
「聞こえただろう」
冷たく告げる。
「あの少年は、専属冒険者にはならないよ」
「根拠は?」
声が、低くなる。
「グレイスの見立てだ」
煙草を軽く叩く。
「あいつは査定官として、バザーム砦に同行して、その目でアイオン少年を見ている」
「……」
「そして、こう言っていた。『あれは、自由であるべきだ』とな」
メリッサは、何も言えなかった。
「私は昔、それと同じ事を言ってギルドの顔役になる事を拒み、世捨て人になった者を知っている」
まっすぐ見つめる。
「何の因果か、その人の弟子は専属冒険者になる事を望み、全てを失ったが……それでもまだ、冒険者として生きている。そしてその弟子は――分かるだろ?」
その言葉が、胸に深く刺さる。
「……そんな」
「グレイスの観察眼は確かだ。あいつを裏の査定官として送った専属冒険者の試験で、今のところ間違った判断と思った事はない」
ギレンが、続ける。
「あいつが『諦めろ』と言うなら、諦めた方がいい。時間は有効に使え」
「……」
グレイスの評価は正しいのだろう。
そして、その判断を下したギレンもまた間違わない。
ギレンが、煙草を吹かす。
「それに、専属冒険者を作る事が重要なんじゃない。あれはあくまで、人を見る目があるかどうかの最終確認だからな。そういう意味で、既に役割は終えている」
「……?」
「オルドが認め、フォスター公爵が認め、ジーナ王女が認めた。……そんな人間が、ただの少年であるわけがないだろ」
書類を指す。
「それにこの短時間で、ここまでの成果を出せる人間が、どれだけいる? お前は自分の能力を知っているだろうが、それでもまだ過小評価している。私に付いてきた部下二人を足しても、お前には遠く及ばない」
「……」
「十分だ。実績として認めるさ」
メリッサはゆっくりと息を吐いた。
(……そう、かもしれない)
だが――
胸の奥で、何かが引っかかる。
理屈では割り切れるのに――それでも、諦められない。
「……分かりました」
それでも表面上は受け入れる。
今ある現実に賭けた方がいい。
「この一件に集中します」
「そうしろ。互いのためにな」
頷く。
「しかし、会えなかったのは本当に残念だ」
「……?」
「アイオン少年だよ」
わずかに笑う。
「グレイスが興味をそそる様な事ばかり言ってきたからな。それでいて、フォスター公爵のあの反応……ははっ」
その言葉に顔を上げる。
「……どの様な反応ですか?」
煙草を灰皿に押し付ける。
「人として惚れ込んでいる。そういう反応だよ。しかし、そんな相手の旅立ちを見送る事なく去らせたのは、意外だったな」
「……そうですね。では、私は失礼します」
「早朝から働かせてすまなかった。が、よろしく頼むぞ」
頭を下げ部屋を出る。
廊下に出ると、深く息を吐いた。
(……集中しなさい、メリッサ)
胸の奥で、苦い何かが広がる。
やるべき事を、やる。
それが今の自分に出来る事だ。
(……ギルドを利用する限り、動向は追える。私がどんな立場になろうと関係ない)
心の中で、呟く。
(私が見つけた金の卵――守るのは、私だ)
アイオンをバルナバで見つけた時、出世の道具になると確信した。
しかし、アイオンがいなくても出世できる。
成長を待たずに、自身の能力が認められて。
それでもメリッサはアイオンを追うだろう。
アイオンに専属冒険者になる意思がなくても。
これは、メリッサの意地だ。
自分が、偶然であっても見つけた金の卵の飛び立つ姿が見たいという――欲だ。




