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望まぬ2度目の人生を。〜前世の記憶と痛みを抱いて、それでも俺は生きていく〜  作者: 灰とダイヤモンド
第四章後編 共に生きる未来を望む

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202/212

番外編 欲

特別ギルド員の自宅。

給料にふさわしくない、豪邸。


薄暗い部屋に、メリッサは一人立っていた。

散らかった書類、開けられたままの引き出し。

逃亡者の痕跡が、そこかしこに残っている。


(……こんな事をしている暇はないのに)


内心で、苛立ちが募る。


アイオン。

偶然見つけた――金の卵。


バザーム砦から戻ってきた時の様子を見るに、何かを誤解されているのは確かだった。


話さねばならない。

関係を修復しなければならない。

だが――


(冒険者ギルドの今後のための調査……やらなければ)


感情を押し殺し、部屋を調べる。

本棚を確認する。

目立つ場所には、何もない。


当然だ。

逃げる前に、証拠は隠滅したはずだ。

だが――


(隠すという事は、痕跡が残るものよね)


メリッサは本棚の奥に手を伸ばす。

指先が、わずかな段差に触れる。


(……あった)


引き出す。

隠された書類。

依頼書の控え、金の流れを示す帳簿。


「……巧妙に隠してあるわね」


小さく呟く。

だが


(綺麗すぎる。だからこそ、洗いやすい)


メリッサは冷静に書類を読む。

依頼主の名前は、どうせ偽名だろう。

だが、金の流れは嘘をつかない。


銀行ギルドの記録、馬車組合の移動記録。

それらを照合すれば――


(……見えてくる)


メリッサは、淡々と作業を続ける。

書類を整理し、帳簿を確認し、痕跡を辿る。


時間だけが、静かに過ぎていく。

やがて――


「……これで、あらかた終わりね」


部屋を見渡す。

証拠は揃った。

怪しい者のリストも、ある程度絞れた。


「……戻りましょう」


メリッサは、書類を抱えて部屋を出た。



冒険者ギルド本部。


ギレンの執務室。

メリッサは、書類を机に置いた。


「報告します」


淡々と告げる。


「元特別ギルド員の自宅から、これらを回収しました」


ギレンが、書類に目を通す。

煙草を吹かしながら、一枚一枚確認する。


「……なるほど」


満足そうに頷く。


「金の流れが、はっきりしているな」

「はい」


メリッサが、続ける。


「銀行ギルドの記録と照合した結果、怪しい者を数名リストアップしました」


別の書類を差し出す。

ギレンが、それを受け取る。


「……やはり優秀だな、メリッサ」


珍しく、褒める。


「お前がいて、本当に助かる。フォスター公爵邸にも無能共の代わりに来て欲しかったが、やはり調査に回らせて良かったよ」

「光栄です」


メリッサは、表情を変えない。

だが、内心では焦りが募っていた。


(不在の間にアイオンが来ていないか、確認しなくては)


仕事は終わった。

なら、もういいはずだ。


「では、失礼します」


メリッサが足早に去ろうとするのを


「待て」


ギレンが止める。


「……まだ何か?」

「我々が不在の間に、アイオン少年がギルドに来ていたそうだ」


その言葉に、メリッサの心臓が跳ねた。


「……いつですか?」

「今朝だ」


ギレンが、煙草を吹かす。


「グレイスから報告を受けている。お前に会えなかったが、仕方ないと出て行ったそうだ。護衛依頼はグレイスの証言と照らし合わせ、私が成功だと判断した。報酬はもう払い終わっている」

「……」


「しかし、不思議だな。既に行動を共にしていない相手と折半するとはな。あちらもそうしているようだが。……イザークパーティ。中々優秀じゃないか! アイオン少年ばかりで、なぜこちらは何も言わなかったんだ?」


「あの程度のパーティなら、どこの街にもいますよ。取り立てて話す程でもありません。それに、あくまで組んでいたのはカーラという素人だけです」


「……個人の有望株のが大事なのは確かだがな」


メリッサは答えず部屋を出ようとする。

この時間すら惜しかった。

しかし、ギレンの言葉に振り返る事になる。


「そして――」

「まだ何か?」


明らかな苛立ちを込めて睨む。

しかしギレンは気にせずに続ける。


「アイオン少年は、パルキノンを出たそうだぞ」

「……何ですって?」


声が、わずかに上ずる。


「フォスター公爵から聞いた。私と話している最中に報告を受けていたから、時間は大分経っている」

「……すぐに追います」


即答する。

しかし――


「ダメに決まってるだろ」


明確な拒否だった。


「今の状況で、お前を出すわけにはいかない。分かっているだろう? さっさと終わらせねば、フォスター公爵が何をするか分からない」


報告書を指さしながら続ける。


「これは、私からの命令だ」


ギレンが、まっすぐ見据える。


「お前は上のゴミ共の繋がりを早急に洗い、明確な根拠と共に持ってこい。それが終わるまで、王都から出る事は認めない」


メリッサは拳を握りしめた。

だが――


「……承知しました」


渋々と受け入れる。

命令には逆らえない。


「……契約で縛っておけば、こんな面倒な事が表に出る事はなかった。そう思っているだろう、お前」


冷静に分析するギレン。


「全く、本当に面倒な事をしてくれたよ」

「……でも、それだけではないのでしょう、あなたは」


メリッサも内心を見透かす。

ギレンが笑いながら、煙草を灰皿に押し付ける。


「――当然。間違いなく、上が空くからな。私がそこに座る事になる。長く停滞していたが、ようやくこの国のギルドのトップになれる。私が上に立てば、他のゴミ共も捨てる。……冒険者のための冒険者ギルドを、ようやくこの国にも作れる」

「……」


「そして私の後にこの椅子に座るのは、お前だ」

「……よろしいのですか? 私の実績には明確に足りないものがあります。自身の担当者から、専属冒険者を作れていません」


ギレンは次の煙草に火をつけた。

深く吸い込み、ゆっくりと煙を吐き出す。


「……アイオン少年は諦めろ」


その言葉に、メリッサの表情が凍りつく。


「……何ですって?」

「聞こえただろう」


冷たく告げる。


「あの少年は、専属冒険者にはならないよ」

「根拠は?」


声が、低くなる。


「グレイスの見立てだ」


煙草を軽く叩く。


「あいつは査定官として、バザーム砦に同行して、その目でアイオン少年を見ている」

「……」

「そして、こう言っていた。『あれは、自由であるべきだ』とな」


メリッサは、何も言えなかった。


「私は昔、それと同じ事を言ってギルドの顔役になる事を拒み、世捨て人になった者を知っている」


まっすぐ見つめる。


「何の因果か、その人の弟子は専属冒険者になる事を望み、全てを失ったが……それでもまだ、冒険者として生きている。そしてその弟子は――分かるだろ?」


その言葉が、胸に深く刺さる。


「……そんな」

「グレイスの観察眼は確かだ。あいつを裏の査定官として送った専属冒険者の試験で、今のところ間違った判断と思った事はない」


ギレンが、続ける。


「あいつが『諦めろ』と言うなら、諦めた方がいい。時間は有効に使え」

「……」


グレイスの評価は正しいのだろう。

そして、その判断を下したギレンもまた間違わない。


ギレンが、煙草を吹かす。


「それに、専属冒険者を作る事が重要なんじゃない。あれはあくまで、人を見る目があるかどうかの最終確認だからな。そういう意味で、既に役割は終えている」

「……?」

「オルドが認め、フォスター公爵が認め、ジーナ王女が認めた。……そんな人間が、ただの少年であるわけがないだろ」


書類を指す。


「それにこの短時間で、ここまでの成果を出せる人間が、どれだけいる? お前は自分の能力を知っているだろうが、それでもまだ過小評価している。私に付いてきた部下二人を足しても、お前には遠く及ばない」

「……」

「十分だ。実績として認めるさ」


メリッサはゆっくりと息を吐いた。


(……そう、かもしれない)


だが――


胸の奥で、何かが引っかかる。

理屈では割り切れるのに――それでも、諦められない。


「……分かりました」


それでも表面上は受け入れる。

今ある現実に賭けた方がいい。


「この一件に集中します」

「そうしろ。互いのためにな」


頷く。


「しかし、会えなかったのは本当に残念だ」

「……?」

「アイオン少年だよ」


わずかに笑う。


「グレイスが興味をそそる様な事ばかり言ってきたからな。それでいて、フォスター公爵のあの反応……ははっ」


その言葉に顔を上げる。


「……どの様な反応ですか?」


煙草を灰皿に押し付ける。


「人として惚れ込んでいる。そういう反応だよ。しかし、そんな相手の旅立ちを見送る事なく去らせたのは、意外だったな」

「……そうですね。では、私は失礼します」

「早朝から働かせてすまなかった。が、よろしく頼むぞ」


頭を下げ部屋を出る。

廊下に出ると、深く息を吐いた。


(……集中しなさい、メリッサ)


胸の奥で、苦い何かが広がる。

やるべき事を、やる。

それが今の自分に出来る事だ。


(……ギルドを利用する限り、動向は追える。私がどんな立場になろうと関係ない)


心の中で、呟く。


(私が見つけた金の卵――守るのは、私だ)


アイオンをバルナバで見つけた時、出世の道具になると確信した。


しかし、アイオンがいなくても出世できる。

成長を待たずに、自身の能力が認められて。


それでもメリッサはアイオンを追うだろう。

アイオンに専属冒険者になる意思がなくても。


これは、メリッサの意地だ。

自分が、偶然であっても見つけた金の卵の飛び立つ姿が見たいという――欲だ。

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