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望まぬ2度目の人生を。〜前世の記憶と痛みを抱いて、それでも俺は生きていく〜  作者: 灰とダイヤモンド
第四章後編 共に生きる未来を望む

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201/212

番外編 ギレンという男

フォスター公爵邸。


重厚な扉の奥に広がる、薄暗い書斎。

暖炉の火だけが、静かに揺れ、室内を赤く染めている。


フォスター公爵が椅子に腰掛けていた。

その正面に、冒険者ギルドのギレンが立っている。


座ることは勧められていない。

ゆえに、立ったままだ。


ギレンの背後には部下が二人。

だがこの場では、存在感すら薄い。


顔は青ざめ、言葉もなく直立している。

その気配を背中で感じながら、ギレンは内心で舌打ちした。


(役立たず共が……やはりメリッサをこちらに回すべきだったか?だが、情報の洗い出しに使った方が良い選択なはず……人材不足だな)


視線をわずかに横へ流す。

フォスターの傍らには私兵が二人控えている。


どちらも元Aランク冒険者。

互いに顔見知りだ。


だが今の彼らは公爵の剣。

感情を削ぎ落とした視線が、無言で射抜いてくる。


部屋を満たすのは、ただただ重い圧。

呼吸のたびに胸の奥が軋む。


(……朝からとんでもない事になった)


夜明け前。

フォスター公爵からギルドへ通達が届いた。


約二年前のフォスター家令嬢、セレナの誘拐。

その件にギルドが関与していた事を、実行者のカイルが告発してきたという。


寝耳に水だった。


――いや、違う。

薄々は察していた。

裏の依頼が横行していることも。


ギレンはローズレッド王国冒険者ギルドの表の管理者だ。


とはいえ、その「表」すら王族や貴族の御用聞き同然。


それでも誘拐や殺しといった闇の依頼だけは拒み続けてきた。


時に醜悪なまでの圧をかけられても、拒否してきた。


面倒な貴族同士の火種に巻き込まれたくない。

それだけの理由で。


だが需要があることも理解している。

この国なら、なおさらだ。


それでも、フォスター家の令嬢を標的にする依頼を通したとは――


(後先考えない馬鹿のせいで……裏の依頼を押し付けるなら、契約でガチガチに縛っておくのが普通だろ。なにがしっかり管理できている、だ)


煙草に手を伸ばしたくなる。

だが、この屋敷で許可なく火をつけるなど論外だ。


ただ立つ。

まるで裁かれる側の人間のように。


「……依頼主を突き止めろ」


フォスター公爵が告げる。

冷え切った声音。


「誰が私の娘を狙い、奴隷化させたのか?奴隷商自体は既に潰しているが、依頼を出した者が必ずいる」


ギレンはゆっくりと息を吐いた。


「……できる限りのことはしております」


敬語は崩さない。

一分の隙も見せない。


怒らせれば終わる。

ギルドごと消されるか、自分が消えるか。


「依頼を通した特別ギルド員は既に逃亡しております。依頼書は巧妙に偽造されており、足がつきません」


事実のみを並べる。

弁解に聞こえぬよう、平坦に。

フォスター公爵の表情は変わらない。


「お前は、それで済むと思っているのか?」


声がわずかに落ちる。

それだけで、背筋に冷気が走った。


「ギルドの管理体制はどうなっている?……闇の依頼をこなす冒険者がいるのは知っている。だが、普通は正規の依頼に沿ったものではない。しかし、この依頼は正式にギルドを通して出されたものだったと、冒険者は教えてくれたよ」


責任を突きつける言葉。

ギレンは一瞬だけ沈黙を置いた。


「……そういった依頼に需要がある事は、公爵様も理解されてるでしょう?」


あえて踏み込む。

フォスターの目が、わずかに動いた。


「上層部は権力者と癒着しております。……上が腐らせ、下を濁らせた。正直、表沙汰になったこの事案でさえ、氷山の一角でしょうな」


腐敗は真実。

そんな事は、フォスター公爵も理解してる。


「私はそういった依頼を断り続けてきました。……この様に、貴族と揉めてはギルドとしてのメリットはありませんから。しかし、下の者が上に悟られずに、更に上と接触されては、とてもではないですが……」

「ただの言い訳だな」


鋭く遮られる。


「お前も上層部だ。どれだけ反発心があろうと、組織が犯した問題に対する責任がある」

「……承知しております」


頭を下げる。


「銀行ギルド、馬車組合には通達を出しました。全ギルドに指名手配も。どこの街でなにをしようと、すぐに察知できます」


「……死んでいるなら、そんなものに引っかかる事はない。冒険者はケジメとして特別ギルド員に話すと言っていた。そして、私に仇なした事がバレたと自覚した。となれば、上に泣きついたのだろう。……しかし、保護することなどしない。保身のために、既に始末されてるはずだよ」


公爵が立ち上がる。

影が伸びる。


「……なれば、責任をとらせる対象はその者ではない。生きていれば報いは受けさせるが……私は現実的な報復をする」


ギレンの心臓が強く打つ。


「……お前は所詮、中間管理職だ」


一歩、近づく。


「上の者共を検める。そして少しでも関わっている者の首を落とす」


暖炉の火が、その横顔を赤く照らした。


「……これは比喩でもなんでもない。誰に文句も言わせない。必ず首をきり落とし、我が領地の門前にて並べる」


言い切る。

冗談ではない。

本気だ。


背後で部下が息を呑む。

だが、ギレンはわずかに笑った。


「ならば私のやる事は決まりましたね。……上の者を探り、特定します」


フォスターが目を細める。


「腐ったものが減れば、私が制御できる範囲が増える。それはギルドとしても、今後の王国としても良い話です」


フォスター公爵が、目を細める。

暖炉の火がその横顔を赤く染め、影を深く刻んだ。


その反応を視界の端で捉えながらも、ギレンは気にも留めない。


本音だった。


自分の上にいる連中が消えれば、自分が上がれる。

そうする事で、ギルドはより良くなる。


保身もある。

が、出世欲はそれ以上にある。

飾る気もない現実。


フォスター公爵は、しばらくギレンを見据えていた。


値踏みするように。

人間ではなく、刃物を見るように。

やがて、口を開く。


「……なるほど。上昇志向の強い者は使える。私の子飼いにもそういう者がいるしな」


その声には、僅かな皮肉が滲んでいる。

試す響きでもあった。


「光栄です」


ギレンも、薄く笑みを浮かべる。

感情ではなく、計算で作った表情。


そして、あえての言葉を告げる。

部屋の空気が僅かに張る。


「ですが、この地に曲がりなりにも管理者として、数年在籍しております。冒険者ギルドの一員として、この度のこと……いや、それだけではないですな。スパールでの妹君の事も含め――誠に申し訳ありませんでした」


謝罪を重ねる。

形式ではない。

責任を負う者としての言葉だ。


そして続ける。


「腐った部分を切り落とすなら、喜んで協力いたします。互いのためにも」


フォスター公爵が、再び椅子に腰を下ろす。

肘掛けに手を置き、静かに命じた。


「早急に上を調べろ」


命令。


「逃げられてはたまらん。冬が明ける前に必ず見つけろ」

「承知いたしました」


ギレンが頭を下げる。

深く、形式通りに。


フォスター公爵が手を振る。

それが退出の合図だった。


ギレンは一礼し、背を向ける。

部下二人も慌てて続き、頭を下げる。


扉へ向かう。


だが。

数歩進んだところで、ギレンは立ち止まった。


空気が僅かに揺れる。

振り返る。


「ふたつ、よろしいですか?」

「……なんだ?」


視線だけが向けられる。


「なぜ、カイルに手を下さなかったのですか?」


書斎の空気が、わずかに冷える。


誘拐の実行者。

フォスター家の私兵と従者を殺した男。


彼が生きている。

その事実が、あまりにも不可解だった。


ここまで怒りを燃やしている人物が、矛先を収めた理由が読めない。


「……それを貴様が知ってどうなる?」

「単純な興味です。有用な冒険者であるのは間違いないですが、失って困る駒ではない。彼を始末し、私共を追求する……そうするのが普通だと思ったので。そうすれば、件のギルド員を逃がす事もなかった」


遠慮はしない。

あくまで分析の口調。


「……下を切ったところで何も変わらん」


フォスターの声音に、怒りが滲む。


「貴様も言っただろ。上が腐り下を濁らせたと。……あの者は、濁った水から這い上がったのだ。そうした者を罰するよりも、先を見た方がいいと思った。それだけだ」


理屈ではある。

だがそこには、別の計算もある。


「……なるほど。さすがは、フォスター公爵様。漂うだけの者は容赦しないが、這い上がる者なら寛容に接すると。見事ですね」


ギレンはわずかに口角を上げる。

嫌味を隠さない。


フォスターも理解している。


上は殺す。

下は道を戻したのなら一度は許す。


それは慈悲ではない。

選別。


「……もうひとつはなんだ?手短に言え」

「アイオンという少年は、まだここにいるんですか?」


その瞬間。

フォスターの表情が僅かに変わる。


怒りではない。

別種の反応。


「……それがこの件と何の関係がある?」

「非常に優秀な少年だと報告を受けていますが、会う機会がないのですよ。この件には何の関わりもないのはわかってますが、挨拶でもさせてもらえたらと――」


そこへ、書斎の扉がノックされる。


「失礼します」


カストルが静かに入室し、フォスターの側へ歩み寄り、耳打ちをする。


短い報告。


「……そうか。ご苦労だった。では、リズのケアを頼む」


カストルは一礼し、退室する。


フォスターは一瞬、気落ちしたような表情を見せたのを、ギレンは見逃さなかった。


だがすぐに感情を押し殺し、ギレンへ向き直る。


「彼は今しがた王都を去ったそうだ。会わせる事はできない」

「……昨日バザーム砦から戻ってきて、今日旅立ちですか。随分と急な事で。引き留めはされなかったんですか?」

「……彼は大恩ある客人だ。行動を縛る権利も、口出しする権利も私にはない」


背を向ける。

対話の終了を告げる仕草。


ギレンはその意図を察し、深く頭を下げ、部屋から出て行った。



扉が、背後で閉まる。

重い音が廊下に響く。


外気よりも冷えた空気。


「ギ、ギレン様……どうすれば……」

「黙れ」


震える部下を低く制す。


「ここはまだ、フォスター家だ。言われなければ分からないクズなのか?」


部下は慌てて口を閉じる。

三人は静かに廊下を進む。


使用人たちは視線を向けない。

挨拶もない。


意図的な無視なのだろう。

記憶を頼りに玄関へ向かう。


ギレンは自ら玄関の扉を開けた。


外は雪。

三人は白の中へ踏み出す。


門を出るまで、無言。

門を抜けたところで、部下が早々に口を開く。


「ギレン様……本当に、大丈夫なのですか?」

「何がだ?」

「フォスター公爵は……上層部を、本気で……」

「当然だろう」


淡々と。


煙草を取り出す。

火を点ける。


ようやく、吸える。

深く吸い込み、吐く。


「こんな形でバレる様な不正を行ってたクズどもなど、知ったことかよ」


白い煙が雪に溶ける。


「ゴミ掃除をする。それだけだ」


部下二人は黙る。

ギレンはそんな二人をいないものとし、さっさと歩き始めた。


(さて、どうするか)


思考を巡らせる。


フォスター公爵が言ったように、特別ギルド員は既に処分されているはずだ。


だがそれで終わると思っている上層部は愚か者の集まりに他ならない。


(フォスター公爵は何度も高額を払い、証拠を探させていた。出なかったのは……握り潰していたから。単純な答えだが、わかりやすくもある)


ならば掴める。

この役立たず二人では無理だが、メリッサなら。


(あいつが執着しているアイオン少年には会えなかったか。……まあいい。追おうとするなら止めればいい)


雪の中を歩く。

静かに、淡々と。


この件が片付いた後、自分がどの位置に立つかを思い描きながら、ギレンは進む。

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