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望まぬ2度目の人生を。〜前世の記憶と痛みを抱いて、それでも俺は生きていく〜  作者: 灰とダイヤモンド
第四章後編 共に生きる未来を望む

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舞台の裏で

ローズレッド王国冒険者ギルド本部。


重厚な扉の奥にある、薄暗い部屋。

机を挟み、二人の男が向かい合っていた。


一人はグレイス。

専属冒険者の査定官として、バザーム砦への護衛任務に同行した男だ。


そしてもう一人――ギレン。

冒険者ギルドの上層部に名を連ねる、優秀な男である。


「――で、結局どうなったって?」


ギレンが、煙草を吹かしながら尋ねる。


報告書は既に提出している。

だが流し読みで済まされた事に、グレイスは小さく溜息をついた。


「報告書の通りだ。バザーム砦は半壊。最終的に管理権はジーナ王女が得た」

「……おもしろい」


ギレンが、煙を吐き出す。


「査定どころじゃなかっただろう?」

「あそこまでめちゃくちゃになればな」

「ご苦労だったよ、本当に――」


ギレンは煙草を灰皿に押し付ける。


「しかし、私には残念な結果だ。この問題が明るみに出れば、間違いなく上の首はいくつか飛んでた。奴らの中にもティガル族を囲ってる奴や、奴隷化するルートに協力してる奴はいただろうしな……政治で終わらせやがって」


「今後ジーナ王女は、人拐いに遭ったティガル族に対する呼びかけを行うそうだ。まだチャンスはあるんじゃないか?」


ギレンは、気だるげに手を振った。


「お前はまだ、この国の上の腐り様を知らないんだな。……おそらく、既にアルゼンかベゼブから情報を得てるはずだ。証拠は残さんだろうよ」


証拠。

その言葉に、グレイスは顔を歪める。

それを察したように、ギレンは再び笑った。


「で、どうだった? お前の感覚でいい。そんな状況でも、しっかり査定の仕事をしてたんだろ?」


グレイスは少し間を置いた。

頭を切り替え、率直な評価を口にする。


「――ティアナは駄目だな。秘匿依頼を、対象が許可したなら言っていいとはなっているが、専属になれば決して許される事ではない。B級止まりでいいだろう」


「第二王子の本命が彼女とはな。まぁ、俺の思いつきで始めた査定が絡んでる。判断力の低下は仕方ない部分もあるがな」


グレイスは淡々と続ける。

チャンスがあると言っていた自分の言葉を否定しながら。


「リベラは集中力がない。だが、彼女の力の使い道がなかったのは不幸だった。次の機会を与えてもいいだろうな」


ギレンが、満足そうに頷く。


「で、カイルは? 抜け目なくお前らを牽制し、アルゼンの依頼にのみ集中した。それも早い段階でだろう?……正直、グレー仕事を任せるには適任だとは思ってるんだが」


期待するギレンに対し、グレイスは言葉を選んだ。


「……確かに、そうした方面の依頼に特化するのなら、専属冒険者にしてもいいだろうな」


「だろ?」

「ああ」


だが、グレイスは続ける。


「本人がそれを望まなくなった。……あいつは、今度こそ冒険者になるんだと言っていたよ」

「……はぁ? なんだそれ?」


ギレンが、深く息を吐く。


「あいつの推薦者からは、上手く管理できてますって報告しか受けてないんだけどな……。保留にするか」


そして、ギレンの目の色が変わった。

あきらかな興味を宿し、問いかける。


「で、メリッサのお気に入りはどうだった?」


グレイスの表情が、僅かに引き締まる。


「……アイオンか」

「ああ。正直、これを聞くのが一番の楽しみだったんだよ。お前は少年をどう見た?」


新しい煙草に火がつく。

グレイスは、少し考える素振りを見せた。

そして――


「……あれは、自由であるべきだ」


断言した。


「……自由?」

「ああ」


グレイスは、まっすぐギレンを見る。


「与えられた餌で満足する小物じゃない」

「……ほう」


ギレンが、興味深そうに目を細める。


「メリッサが入れ込む理由はわかった。あいつは確かに“瞬迅”に似ているが、あいつの様にお膳立てする必要はない。……奴が知れば、潰しにかかる将来性を持ってる」


グレイスは、呆れたように笑った。


「だが、囲い込もうとしても無駄だろうな。アイオンは縛り付けられるのを好まない。自分の未来を勝手に決めているメリッサに、怒りをにじませていたからな」


ギレンは黙って煙を吐き出す。


「……それほどか?」


グレイスは、静かに頷いた。


「――おもしろいな。お前が他人をそこまで評価するのは初めてじゃないか?」


「“雷轟”の化け物ぶりを、俺は忘れはしない。それと同じものを、いずれ見せてくれると思っている」


ギレンが、苦笑する。


「それは困るぞ。今の冒険者ギルドは、“雷轟”を踏みつけてできたものだ。“雪月花”という《《天災》》はいるが、冒険者ギルドの顔は“瞬迅”じゃないと……上がうるさいからな」


沈黙。

二人は、しばらく言葉を交わさなかった。


やがて、ギレンが口を開く。


「――まあ、いい」


煙草を灰皿に押し付ける。


「本人にその気がないなら、俺がどうこうする事じゃないな。メリッサ次第か」


「余計に無理だと思うぞ?」


グレイスが眉をひそめる。

ギレンは立ち上がった。


「それならそれでいい。……私はこの腐った国のギルドの上にはいるが、優秀な人材は是非、他国に渡って名を上げてほしいんだよ。そっちの方が、ギルド全体としてはありがたいからな」


笑いながら、扉へと向かう。


「お疲れ、グレイス。ゆっくり休んでくれ」

「……ああ」


グレイスは、その背中を見送った。


扉が、静かに閉まる。

一人残された部屋で、グレイスは深く息を吐いた。


(……確かに。この国で名を上げるより、他所で評価されるべきだな)


自分自身は、この腐った国で専属冒険者になった。

それ故、縛られ続けている。


王都パルキノンという掃き溜めに。



アイオンが貧民街に入った同時刻。

灯りが残る豪邸の一室に、カイルは立っていた。


背には折れた槍。  


ディアナによって最低限の治療は施されているが、傷はまだ癒えていない。


それでも、その目には確かな光が宿っていた。


「お待たせしました、カイルさん」


奥から聞こえる、あの声。

いつもの貼り付いたような笑顔。


特別ギルド員――カイルの担当職員が、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。


「随分と傷を負ったそうですね。……バザーム砦での依頼は失敗だったそうじゃないですか。ウラギール様に大変失望されましたよ」


淡々と告げる。


「ですが、仕方ありません。砦と連係ができていれば、結果は違ったのでしょうけど」


軽く流すような口調。


「しかし、20万Gの報酬はなくなりました。次の依頼を用意しておきますね。少し休まれたら――」

「断る」


カイルが、遮った。

職員の笑顔が、わずかに固まる。


「……断る、ですか?」

「ああ」


カイルは、まっすぐ見据える。


「もう、あんたの指図は受けねぇよ」


沈黙。

職員は笑みを浮かべたまま、首を傾げる。


「……それは、どういう意味でしょうか?」

「そのままの意味だ」


カイルが一歩、踏み出す。


「俺はもう、あんたの駒じゃない。自分の意志で依頼を決める」


職員の目が、冷たく光る。


「……カイルさん」


声のトーンが変わった。

ため息と共に、言葉を吐く。


「前にも言いましたよね? やりたい事をやって生きると夢を見る権利があるのは、弱者だけなんですよ。あなたのような者は、力の行き先を示す存在に従っていればいいんです」


少しも変わらない。

傲慢な思考。


――いや、正しいのだろう。


自分は、弱者ではない。

しかし、強者でもない。

その程度の力しかないから、上手く利用される。


圧倒的であれば。揺るがなければ。


カイルの口元に、自然と笑みが浮かぶ。

それを見て、職員は首を傾げた。


「あぁ、悪いな。……思い出しちまってよ」


あの砦で戦った少年、アイオン。

確かに強くはあったが、自分には劣るはずの少年。


だが、敗れた。

揺るがなかった少年に、忘れたふりをした過去を呼び起こされ、情けなく取り乱し――敗北した。


「……確かに、今まで俺はあんたに逆らえなかった。こんな無様でも……命は惜しい。フォスター家を敵にしちゃあどうにもならねぇし、怯えて従うしかできない」


その言葉に、再び貼り付いた笑みを浮かべる女。

だが――


「だからよ……全部ぶちまけた」


その瞬間、職員の笑顔が初めて崩れた。

表情が凍りつき、眉をひそめる。


「……何ですって?」


声が、少し震えていた。


「あんたがやらした依頼でフォスター家の令嬢を攫ったこと、フォスター公爵に話しちまった」


カイルは、あっけらかんと告げる。


しばしの沈黙の後――

職員が椅子から立ち上がる。

無理やり作った笑顔が、歪んでいた。


「……う、嘘ですね。実行犯のあなたを、生かして帰すわけがない」


かすれた声。

だが、その通りだった。


「俺も、まさか生きてるとは思わなかったよ。あんたがフォスター公爵にどう詰められるか、あの世で見てる予定だったからな。だが、なぜか生きて帰された。……どいつもこいつも、俺を生かしやがる」


最後の呟きは、誰にも届かなかった。

望んでいたのは、罰だったはずなのに。


ついに怒りを露わにする職員。

カイルに詰め寄り、凄む。


「あなた、自分が何をしたか――」

「わかってるよ」


カイルは怯まず、遮った。


「俺はもう、上には上がれない。Bランクにもいれねぇな。でもよ……」


そして――


「《《本当の冒険者》》になる。その為のケジメを、俺はつけた」


職員の顔が、蒼白になる。


「……あなた、なにを言っているんですか? 私にこんな事をして! ギルドに楯突いて!! まだそんな戯言を!?」


激昂する職員。

しかし、カイルは笑った。


「……貼り付けた笑顔より、そっちの方がマシだな。あんたも、人間なんだって感じがする」


いつもの調子でおちょくりながら、だが真面目な顔で続ける。


「お前もケジメをつける時がきたんだよ」


職員が後ずさる。


「……待ってください」


焦りが、声に滲む。


「あなたがフォスター公爵に話したということは……私も、巻き込まれるということですよね?」

「あん? お前が俺を巻き込んだんだろうが……」


呆れながらも、カイルは淡々と答える。


「そりゃ、あんたもタダじゃ済まねぇ。どうせ今までのヤバい依頼の取り分あるんだろ? でなきゃ、特別ギルド員でもこんな豪邸には住めねぇよ」


職員が息を呑む。


「そ、そんな……!」


動揺が、露骨に表れた。


「私は、ただ上から紹介された依頼人を正式な依頼として、あなたに――別途報酬は得ましたが、必要経費としてで!」

「知らねぇよ」


カイルが、冷たく告げる。


「それにもう遅いって。既に言っちまった後だ」


職員が、カイルの前に立つ。


「待ってください! 共に弁明を考えましょう!」


余裕は、完全に消えていた。


「フォスター公爵を敵に回しては、私達だけでは済まされない! ギルド全体に影響が――」

「だから、知らねぇって」


カイルは背を向ける。

そして指を2本立てる。


「逃げるか、弁明するか。好きにしなよ」

「ま、待って!」


腕を掴まれる。

だがカイルは、その手を振り払った。


「離しな」


低い声。

職員は床に尻餅をつく。


「……なんで」


かすれた声。


「なんで、こんなことを……」


カイルは振り返らずに答える。


「そういや、どっかの誰かが言ってたな……」

「……なにを?」


「[ギルドは関係ない。――既にそういう形にしてありますので]……だったかな?」


あの日の最後の言葉。

カイルに絶望を刻んだ、あの言葉。


それが今、本人へと返る。

カイルが、扉に手をかける。


「――果たして、ギルドはあんたを守ってくれるのかね?勝手に裏の依頼を表にしてたあんたを」


そして、最後に振り返った。


「あばよ、特別ギルド員さん」


職員は、ただ呆然と座り込んでいた。



王都を歩く。

雪を踏む足音が、静かに響く。


(……団長)


胸の奥に、ゴルドの顔が浮かぶ。

背負った折れた槍が、わずかに揺れた。


(今の俺には、“意地”しかねぇけどよ……まあ、やってみるさ)


カイルは歩き出した。

一人で。


「まずは、この槍直さなきゃな〜!」


だが――もう、重荷はなかった。

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