舞台の裏で
ローズレッド王国冒険者ギルド本部。
重厚な扉の奥にある、薄暗い部屋。
机を挟み、二人の男が向かい合っていた。
一人はグレイス。
専属冒険者の査定官として、バザーム砦への護衛任務に同行した男だ。
そしてもう一人――ギレン。
冒険者ギルドの上層部に名を連ねる、優秀な男である。
「――で、結局どうなったって?」
ギレンが、煙草を吹かしながら尋ねる。
報告書は既に提出している。
だが流し読みで済まされた事に、グレイスは小さく溜息をついた。
「報告書の通りだ。バザーム砦は半壊。最終的に管理権はジーナ王女が得た」
「……おもしろい」
ギレンが、煙を吐き出す。
「査定どころじゃなかっただろう?」
「あそこまでめちゃくちゃになればな」
「ご苦労だったよ、本当に――」
ギレンは煙草を灰皿に押し付ける。
「しかし、私には残念な結果だ。この問題が明るみに出れば、間違いなく上の首はいくつか飛んでた。奴らの中にもティガル族を囲ってる奴や、奴隷化するルートに協力してる奴はいただろうしな……政治で終わらせやがって」
「今後ジーナ王女は、人拐いに遭ったティガル族に対する呼びかけを行うそうだ。まだチャンスはあるんじゃないか?」
ギレンは、気だるげに手を振った。
「お前はまだ、この国の上の腐り様を知らないんだな。……おそらく、既にアルゼンかベゼブから情報を得てるはずだ。証拠は残さんだろうよ」
証拠。
その言葉に、グレイスは顔を歪める。
それを察したように、ギレンは再び笑った。
「で、どうだった? お前の感覚でいい。そんな状況でも、しっかり査定の仕事をしてたんだろ?」
グレイスは少し間を置いた。
頭を切り替え、率直な評価を口にする。
「――ティアナは駄目だな。秘匿依頼を、対象が許可したなら言っていいとはなっているが、専属になれば決して許される事ではない。B級止まりでいいだろう」
「第二王子の本命が彼女とはな。まぁ、俺の思いつきで始めた査定が絡んでる。判断力の低下は仕方ない部分もあるがな」
グレイスは淡々と続ける。
チャンスがあると言っていた自分の言葉を否定しながら。
「リベラは集中力がない。だが、彼女の力の使い道がなかったのは不幸だった。次の機会を与えてもいいだろうな」
ギレンが、満足そうに頷く。
「で、カイルは? 抜け目なくお前らを牽制し、アルゼンの依頼にのみ集中した。それも早い段階でだろう?……正直、グレー仕事を任せるには適任だとは思ってるんだが」
期待するギレンに対し、グレイスは言葉を選んだ。
「……確かに、そうした方面の依頼に特化するのなら、専属冒険者にしてもいいだろうな」
「だろ?」
「ああ」
だが、グレイスは続ける。
「本人がそれを望まなくなった。……あいつは、今度こそ冒険者になるんだと言っていたよ」
「……はぁ? なんだそれ?」
ギレンが、深く息を吐く。
「あいつの推薦者からは、上手く管理できてますって報告しか受けてないんだけどな……。保留にするか」
そして、ギレンの目の色が変わった。
あきらかな興味を宿し、問いかける。
「で、メリッサのお気に入りはどうだった?」
グレイスの表情が、僅かに引き締まる。
「……アイオンか」
「ああ。正直、これを聞くのが一番の楽しみだったんだよ。お前は少年をどう見た?」
新しい煙草に火がつく。
グレイスは、少し考える素振りを見せた。
そして――
「……あれは、自由であるべきだ」
断言した。
「……自由?」
「ああ」
グレイスは、まっすぐギレンを見る。
「与えられた餌で満足する小物じゃない」
「……ほう」
ギレンが、興味深そうに目を細める。
「メリッサが入れ込む理由はわかった。あいつは確かに“瞬迅”に似ているが、あいつの様にお膳立てする必要はない。……奴が知れば、潰しにかかる将来性を持ってる」
グレイスは、呆れたように笑った。
「だが、囲い込もうとしても無駄だろうな。アイオンは縛り付けられるのを好まない。自分の未来を勝手に決めているメリッサに、怒りをにじませていたからな」
ギレンは黙って煙を吐き出す。
「……それほどか?」
グレイスは、静かに頷いた。
「――おもしろいな。お前が他人をそこまで評価するのは初めてじゃないか?」
「“雷轟”の化け物ぶりを、俺は忘れはしない。それと同じものを、いずれ見せてくれると思っている」
ギレンが、苦笑する。
「それは困るぞ。今の冒険者ギルドは、“雷轟”を踏みつけてできたものだ。“雪月花”という《《天災》》はいるが、冒険者ギルドの顔は“瞬迅”じゃないと……上がうるさいからな」
沈黙。
二人は、しばらく言葉を交わさなかった。
やがて、ギレンが口を開く。
「――まあ、いい」
煙草を灰皿に押し付ける。
「本人にその気がないなら、俺がどうこうする事じゃないな。メリッサ次第か」
「余計に無理だと思うぞ?」
グレイスが眉をひそめる。
ギレンは立ち上がった。
「それならそれでいい。……私はこの腐った国のギルドの上にはいるが、優秀な人材は是非、他国に渡って名を上げてほしいんだよ。そっちの方が、ギルド全体としてはありがたいからな」
笑いながら、扉へと向かう。
「お疲れ、グレイス。ゆっくり休んでくれ」
「……ああ」
グレイスは、その背中を見送った。
扉が、静かに閉まる。
一人残された部屋で、グレイスは深く息を吐いた。
(……確かに。この国で名を上げるより、他所で評価されるべきだな)
自分自身は、この腐った国で専属冒険者になった。
それ故、縛られ続けている。
王都パルキノンという掃き溜めに。
#
アイオンが貧民街に入った同時刻。
灯りが残る豪邸の一室に、カイルは立っていた。
背には折れた槍。
ディアナによって最低限の治療は施されているが、傷はまだ癒えていない。
それでも、その目には確かな光が宿っていた。
「お待たせしました、カイルさん」
奥から聞こえる、あの声。
いつもの貼り付いたような笑顔。
特別ギルド員――カイルの担当職員が、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。
「随分と傷を負ったそうですね。……バザーム砦での依頼は失敗だったそうじゃないですか。ウラギール様に大変失望されましたよ」
淡々と告げる。
「ですが、仕方ありません。砦と連係ができていれば、結果は違ったのでしょうけど」
軽く流すような口調。
「しかし、20万Gの報酬はなくなりました。次の依頼を用意しておきますね。少し休まれたら――」
「断る」
カイルが、遮った。
職員の笑顔が、わずかに固まる。
「……断る、ですか?」
「ああ」
カイルは、まっすぐ見据える。
「もう、あんたの指図は受けねぇよ」
沈黙。
職員は笑みを浮かべたまま、首を傾げる。
「……それは、どういう意味でしょうか?」
「そのままの意味だ」
カイルが一歩、踏み出す。
「俺はもう、あんたの駒じゃない。自分の意志で依頼を決める」
職員の目が、冷たく光る。
「……カイルさん」
声のトーンが変わった。
ため息と共に、言葉を吐く。
「前にも言いましたよね? やりたい事をやって生きると夢を見る権利があるのは、弱者だけなんですよ。あなたのような者は、力の行き先を示す存在に従っていればいいんです」
少しも変わらない。
傲慢な思考。
――いや、正しいのだろう。
自分は、弱者ではない。
しかし、強者でもない。
その程度の力しかないから、上手く利用される。
圧倒的であれば。揺るがなければ。
カイルの口元に、自然と笑みが浮かぶ。
それを見て、職員は首を傾げた。
「あぁ、悪いな。……思い出しちまってよ」
あの砦で戦った少年、アイオン。
確かに強くはあったが、自分には劣るはずの少年。
だが、敗れた。
揺るがなかった少年に、忘れたふりをした過去を呼び起こされ、情けなく取り乱し――敗北した。
「……確かに、今まで俺はあんたに逆らえなかった。こんな無様でも……命は惜しい。フォスター家を敵にしちゃあどうにもならねぇし、怯えて従うしかできない」
その言葉に、再び貼り付いた笑みを浮かべる女。
だが――
「だからよ……全部ぶちまけた」
その瞬間、職員の笑顔が初めて崩れた。
表情が凍りつき、眉をひそめる。
「……何ですって?」
声が、少し震えていた。
「あんたがやらした依頼でフォスター家の令嬢を攫ったこと、フォスター公爵に話しちまった」
カイルは、あっけらかんと告げる。
しばしの沈黙の後――
職員が椅子から立ち上がる。
無理やり作った笑顔が、歪んでいた。
「……う、嘘ですね。実行犯のあなたを、生かして帰すわけがない」
かすれた声。
だが、その通りだった。
「俺も、まさか生きてるとは思わなかったよ。あんたがフォスター公爵にどう詰められるか、あの世で見てる予定だったからな。だが、なぜか生きて帰された。……どいつもこいつも、俺を生かしやがる」
最後の呟きは、誰にも届かなかった。
望んでいたのは、罰だったはずなのに。
ついに怒りを露わにする職員。
カイルに詰め寄り、凄む。
「あなた、自分が何をしたか――」
「わかってるよ」
カイルは怯まず、遮った。
「俺はもう、上には上がれない。Bランクにもいれねぇな。でもよ……」
そして――
「《《本当の冒険者》》になる。その為のケジメを、俺はつけた」
職員の顔が、蒼白になる。
「……あなた、なにを言っているんですか? 私にこんな事をして! ギルドに楯突いて!! まだそんな戯言を!?」
激昂する職員。
しかし、カイルは笑った。
「……貼り付けた笑顔より、そっちの方がマシだな。あんたも、人間なんだって感じがする」
いつもの調子でおちょくりながら、だが真面目な顔で続ける。
「お前もケジメをつける時がきたんだよ」
職員が後ずさる。
「……待ってください」
焦りが、声に滲む。
「あなたがフォスター公爵に話したということは……私も、巻き込まれるということですよね?」
「あん? お前が俺を巻き込んだんだろうが……」
呆れながらも、カイルは淡々と答える。
「そりゃ、あんたもタダじゃ済まねぇ。どうせ今までのヤバい依頼の取り分あるんだろ? でなきゃ、特別ギルド員でもこんな豪邸には住めねぇよ」
職員が息を呑む。
「そ、そんな……!」
動揺が、露骨に表れた。
「私は、ただ上から紹介された依頼人を正式な依頼として、あなたに――別途報酬は得ましたが、必要経費としてで!」
「知らねぇよ」
カイルが、冷たく告げる。
「それにもう遅いって。既に言っちまった後だ」
職員が、カイルの前に立つ。
「待ってください! 共に弁明を考えましょう!」
余裕は、完全に消えていた。
「フォスター公爵を敵に回しては、私達だけでは済まされない! ギルド全体に影響が――」
「だから、知らねぇって」
カイルは背を向ける。
そして指を2本立てる。
「逃げるか、弁明するか。好きにしなよ」
「ま、待って!」
腕を掴まれる。
だがカイルは、その手を振り払った。
「離しな」
低い声。
職員は床に尻餅をつく。
「……なんで」
かすれた声。
「なんで、こんなことを……」
カイルは振り返らずに答える。
「そういや、どっかの誰かが言ってたな……」
「……なにを?」
「[ギルドは関係ない。――既にそういう形にしてありますので]……だったかな?」
あの日の最後の言葉。
カイルに絶望を刻んだ、あの言葉。
それが今、本人へと返る。
カイルが、扉に手をかける。
「――果たして、ギルドはあんたを守ってくれるのかね?勝手に裏の依頼を表にしてたあんたを」
そして、最後に振り返った。
「あばよ、特別ギルド員さん」
職員は、ただ呆然と座り込んでいた。
#
王都を歩く。
雪を踏む足音が、静かに響く。
(……団長)
胸の奥に、ゴルドの顔が浮かぶ。
背負った折れた槍が、わずかに揺れた。
(今の俺には、“意地”しかねぇけどよ……まあ、やってみるさ)
カイルは歩き出した。
一人で。
「まずは、この槍直さなきゃな〜!」
だが――もう、重荷はなかった。




