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望まぬ2度目の人生を。〜前世の記憶と痛みを抱いて、それでも俺は生きていく〜  作者: 灰とダイヤモンド
第四章後編 共に生きる未来を望む

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失言の代価

フォスター公爵は、以前から感じていた。

アイオンという少年について。


年齢にそぐわない精神性。

確かで、揺るぎない自己を持ち、迷う者に光を示す存在。


――なるほど。

こういう存在が、女神に選ばれたのだろう、と。


だがそれは、あくまで表層だけを見た評価に過ぎなかった。


彼の本質を真に理解している存在は、この世界にはいない。


ジーナも、カーラも、ラクト家も、村の者も。


魂を見る力を持つラガやアルテアでさえ、その心の奥底までは踏み込めていない。


いや、あえて踏み込みはしなかった。


そういう意味では――メリッサが、唯一近づいたのかもしれない。


ジーナに「わかっていない」と評されたメリッサだが、限りなく《《司》》の人物像に近づいている。


確かに、《《司》》は変わった。

人当たりは柔らかくなり、他者に興味を持つようになった。


そして――《《アイオン》》である自分を、受け入れられるようにもなった。


そうすることで、ラクト家を、村を、大切に思えるようにもなった。


だが、彼の本質は――



アイオンは深く息を吐き、背もたれに身を預けた。

やがて足を組み、腕を組む。


「……一つ目」


そう前置きし、ゆっくりと指を一本立てる。


「俺は、クソ女神の代弁者じゃない。あいつとこの世界の間に何があって、なぜ見放すに至ったのか――俺は、少しも知らない」


あからさまに、態度も言葉遣いも変わった。


「二つ目」


二本目の指を立てる。

そこには、明確な威圧があった。


「クソ女神が俺にした期待は、世界の変革なんかじゃない。……もっと個人的な話だ。そういう意味で、過去の御使とは確かに違うな」


冷ややかに続ける。


「……そもそも、御使ってのは自分がそうだと名乗る存在じゃないはずだ。吹いて回る奴がいるなら――ただの詐欺師だろ?」


「ま、待ってくれ! その……クソ女神という呼び方はやめないか?」

「最後に!!」


女神教徒ではないとはいえ、余りの不敬に焦りを見せたフォスターを制し、アイオンは一度息を整えた。


そして、静かに、しかし断ち切るように告げる。


「――それを口にしてしまった以上、あなたとの関係を、これまで通り続けることはできない」


視線を逸らさずに続ける。


「正直に言えば、新女神教のことも、あなた方のことも、俺にとってはどうでもいい。俺にとって大事なのは――“アイオンの家族とオルババ村の人達”だけだ」


淡々と。

だが、揺るぎなく。


「あなたの立場でそれを知り、俺がこうして話をした以上……口にしなかった頃には、もう戻れない」


最後に、低く言い切る。


「……他人の思惑に巻き込まれるのは、ごめんだ」


その言葉は静かに、しかし確かに、部屋の空気を切り裂いた。


フォスター公爵は何も言えず、ただアイオンを見つめていた。


予想外だった。

ここまでの反応が返ってくるとは、思ってもいなかった。


「ま、待ってくれ!」


慌てて言葉を紡ごうとする。

だが、口を開きかけて止まった。


(……弁明する気か? 何を?)


何を言っても、言い訳にしかならない。


自分がアイオンに問うた。

御使であると、確信をもって。


そして、アイオンは答えた。

その結果が――これだ。


「……そうか」


フォスター公爵は、ゆっくりと息を吐いた。


「私が……大恩あるきみを、利用すると、思ってしまったのだな?」


その声には、自嘲が滲んでいた。


アイオンは表情を変えず、冷たく告げる。


「少しでも俺がそう考えてしまった時点で、もうどうにもならない。……あなたは女神教やローズレッド王国と反目し合う存在だ」


アイオンは一度視線を落とし、静かに伝える。


「……オルババ村の旧女神教のシスター達は、その言葉を決して口にしなかった。ティガル族は俺がそうであると断定したが、一族全ての者が俺のために女神へ宣誓し、命を賭して秘蔵する事を誓ってくれた」


深い失望を込めて、言い切る。


「……あなたに何があったのかは知らない。だが、他者によって都合良く使われる要因があるのなら――全力で排除すると決めている。今も、昔も、これからも……決して変わらない」


それは、宣告だった。

もう、決して戻れない。


フォスターは深く頭を垂れた。


「……すまない」


小さく、呟く。


「私の浅はかさが、きみに疑念を抱かせてしまったのだな」


アイオンは何も言わなかった。

ただ、暖炉の火を見つめている。


沈黙。

重苦しい空気が、部屋を満たしていた。


やがて、フォスターがゆっくりと顔を上げた。


「……さぞ、唐突に感じただろう」


その声には、懇願が滲んでいた。


「だが、聞いてほしい。きみが戻ってくる前に――」


だが、アイオンは立ち上がった。


「聞くつもりもない。話は終わりだ」


冷たく、告げる。


「あなた方の事情が何であれ、俺には関係ない」


フォスターが息を呑む。


「待ってくれ!」


アイオンは扉へと向かう。


「アイオン!」


フォスターが大声をあげる。


「せめて! せめて、リズには会ってやってくれ!」


その言葉に、アイオンの足が止まった。

振り返らずに、答える。


「……明日、王都を出る前に会いに来る。荷物もあるしな」

「そうか……」


フォスターが、安堵の息を吐く。


だが、アイオンはゆっくりと振り返った。

そして、腰に手を置く。


刀に。


その仕草に、フォスターの背筋が凍りついた。


「……ただ、一つだけ念を押しておく」


低い声。

そこには、明確な殺意があった。


「あなたが俺を御使だと、《《間違った情報》》を吹聴し、オルババ村の人達を利用したり、俺の家族に何らかの被害が出た場合――」


アイオンの目が、鋭く光る。


「俺は決して、あなた《《方》》を許さない。誰であれ――絶対に報いは受けさせる」


その言葉は、単なる脅しではない。

その意味を察したフォスター公爵は、何も言えなかった。


ただ、アイオンを見つめる。

その瞳には、困惑と恐怖が宿っていた。


アイオンは、刀から手を離す。


そして扉を開け、出て行った。


静かに閉まる扉。

フォスター公爵は、ただその扉を見つめ続けていた。





廊下に出ると、カストルが慌てた様子で立っていた。


「アイオンさん! なにがあったんです? 旦那様が大声をあげるなんて!」


心配そうな顔。

だが、アイオンは立ち止まらなかった。


「ここを出ます。お世話になりました」

「ま、待ってください!」


カストルが慌てて声をかける。


「なにがあったのかはわかりませんが――」

「明日、荷物とリズに会いに来ます」


アイオンは、振り返らずに答えた。


「それでは」

「アイオンさん!」


カストルの制止も聞かず、アイオンは玄関へと向かった。


足音が、静かに響く。

カストルはただ呆然と、その背中を見送るしかなかった。





玄関の扉を開けると、冷たい夜気が流れ込んでくる。


アイオンは一歩、外へ出た。

雪が、また降り始めていた。


(……どこに行くかな?)


宿を取るべきか。

だが、値段が高そうで気が進まない。


(そういえば、メリッサにも会わなきゃなんだよな……。別に寝なくてもいいけど、腹は減った)


歩きながら考える。


警戒のために兵士達が近づいてくるが、見えるようにフォスター公爵から借りている紋章入りの小冊子を手に持つ。


すると、蜘蛛の子を散らすように消えていった。


(……王都にいる間は、使わせてもらうさ)


思い出しても、虫酸が走る。

あの時のフォスター公爵は、明らかに冷静ではなかった。


アイオンが来る前に、何かがあったのはわかっている。

だが、それでも許せなかった。


(……御使。それだけは、絶対に駄目だった)


アイオンは恐れている。

自分が女神の加護を与えられていると知られることを。


それによって、家族に不幸が降りかかる可能性があることを。


だが、フォスター公爵は、はっきりと聞いてしまった。


イエスかノーかでしか答えられない問いを。

アイオンは苛立ちを抱えたまま、夜の王都を歩く。


雪が、その肩に降り積もる。

足跡だけが、白い雪の上に残されていった。


やがて、憤怒の感情も少しずつ収まった頃――

元貧民街にたどり着く。


(……環境は悪いが、一夜くらいは過ごせるか)


ありがたく使わせてもらう事にする。


貧民達はすべてフィギル領へ送ったはずだったが、すでに何人かが寒さに震えていた。


(……この街じゃ、一瞬の出来事なんだな)


溜息をつきながら、廃墟となった残骸を無造作に崩す。

何をしているのかと、貧民達が寄ってくる。


アイオンは、それを整え、積み重ねた。

そして、火の体外魔法を使う。


火は轟々と燃え上がり、辺りに温もりをもたらした。


貧民達は恐る恐る、火元に近づいてくる。

アイオンは、それを止めもしなかった。


自分達もあたって良いのかと、次第に人が集まってくる。


アイオンは、ただ黙ってその様子を眺めていた。


(……食い物出したら、根こそぎ持ってかれそう)



アイオンが去った後の書斎。

暖炉の火だけが、変わらず静かに揺れていた。


フォスター公爵は椅子に座ったまま、動かなかった。

ただ、虚空を見つめている。


やがて、ノックの音が響く。


「失礼します」


カストルが、そっと入ってくる。

フォスターは、顔を上げなかった。


「……旦那様」


カストルが心配そうに近づく。


「何があったのですか?」


沈黙。

フォスターは深く、息を吐いた。


「……私は彼を、見誤っていたよ」


小さく、呟く。

カストルが、首を傾げた。


「見誤る……?」

「ああ」


フォスターが、ゆっくりと顔を上げる。


「私が評価していた部分は、彼の上辺でしかなかったのだ」


暖炉を見つめながら、言葉を続ける。


「だからこそ、安易に答えを求めてしまった。それがどの様な結果になるか、少しも考えずにな……」


「……尋ねたのですか? 女神の御使であると?」

「そして、この結果だ」


フォスターの声が沈む。

カストルは少し考え、問い返した。


「……旦那様が、彼を利用すると?」

「そう思わせてしまった時点で、私の落ち度は明白だ」


フォスターは、ゆっくりと首を振る。


「旧女神教の教えが根付く村で生まれ、育ち――我々の知らない様な奇跡を起こしてきたはずだ。だが、彼を御使だとは断定しなかったそうだよ。オルババ村のシスター達は」


そして、低く告げる。


「神託がないとは言え、待ち望んだ存在である可能性は高かったはずだ。だが、そうしなかったのは――守るためだろうな」


「……」

「今の女神教から。そして、貴族や王族の争いから」


フォスターは、カストルをまっすぐに見た。

そのまま、静かに告げる。


「だが、私の立場は反女神教だ。実際、今も準備を進めている。そんな人間から御使か?と問われれば……利用されると思っても、仕方のないことだ」


カストルは何も言えなかった。

ただ、フォスターを見つめている。


やがて、カストルが静かに口を開いた。


「しかし、旦那様」

「……?」


「アヤツのことがあり、気が動転していたからこそ……失言をしてしまったのでしょう?」


その言葉に、フォスターがわずかに表情を緩めた。


「……そうだな」


小さく、頷く。


「だが」


フォスターは、目を閉じる。


「彼には関係のない話だ。そして、時間は戻らない。過ぎゆくだけだ」


その声には、深い諦念が滲んでいた。

カストルは何も言えなかった。


ただ、静かに頭を下げる。


フォスターは、もう何も言わなかった。

カストルはそっと、部屋を出た。


扉が、静かに閉まる。


一人残された書斎で、フォスターは深く息を吐いた。

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