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望まぬ2度目の人生を。〜前世の記憶と痛みを抱いて、それでも俺は生きていく〜  作者: 灰とダイヤモンド
第四章後編 共に生きる未来を望む

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雪に消える足跡

飛空艇がゆっくりと降下を始める。


窓の外には、王都パルキノンの夜景がどこまでも広がっていた。


無数の灯火が闇の中で瞬き、雪を被って白く染まった屋根が、冷たい月明かりを静かに跳ね返している。


「……着いたわね」


ジーナの小さな呟きが、船室の空気に溶けた。

アイオンは答えず、ただ流れていく景色をじっと見つめていた。


やがて、微かな振動と共に飛空艇が発着場へと着陸した。


重厚な扉が開くと、冷たい夜気が一気に流れ込んでくる。


「降りるぞ」


グレイスの低い声に促され、生徒たちが一人、また一人と立ち上がる。


彼らはそれぞれの想いを胸に、住み慣れた王都の土を踏みしめていった。



発着場は、既に迎えの人々で溢れていた。


家族を待つ者、主を待つ使用人たち。

揺れる松明の炎が、降り積もる雪を赤く照らし出している。


「ハルク様!」


執事らしき老人が、雪を蹴立てて駆け寄ってきた。


「今戻った」


ハルクは短く応じると、ジーナへと向き直り、完璧な所作で一礼した。


「では、王女殿下。また学園で」

「ええ。お疲れ様、ハルク」


ハルクは深く頭を下げ、執事と共に闇へと消えていった。


「マルティン様! ご無事で……!」


涙声で駆け寄る侍女に、マルティンが柔らかく微笑む。


「ただいま。心配をかけましたわね」


彼女はジーナに視線を向け、万感の思いを込めて告げた。


「ジーナ様。私もこれで」

「ええ。気をつけて」


二人は一瞬だけ手を取り合い、それぞれの家路へと分かれた。


エルネストは、気弱そうな父親に迎えられていた。


「……父様」

「今はいい。帰ってからだ」


言葉こそ短いが、交わされる視線には確かな安堵が滲んでいる。


ヘリムもまた、控えめな侍女に伴われ、ジーナに小さく頭を下げて静かに去っていった。


護衛たちも、それぞれの「日常」へと戻り始める。


「――ではこちらも。予定ではもう一日あったが、必要ないだろうしな」


リベラが肩をすくめて立ち去る。


「面倒な依頼だったわ。……縁があれば、また会いましょう」


ティアナの明るい別れ、そしてカイルの無言の肯定。


カイルとアイオンの視線が、一瞬だけ交差する。

その眼差しには、静かな決意の色があった。


軽く手を挙げたカイルの背中が闇に消えると、雪を踏む音だけが遠ざかっていった。



喧騒が去り、静まり返った発着場に一人の女性が駆け込んできた。


「ジーナ様!」

「メリア!」


メリアがジーナの手を握りしめる。


「どれだけ心配したか……! 連絡が途絶えたと聞いた時は、生きた心地がしませんでしたよ!」


「ごめんなさい、メリア。でも、こうして帰ってきたでしょう?」


ジーナが優しく頭を撫でると、メリアはようやく涙を拭い、傍らに立つ少年に気づいた。


「アイオンさんも、お疲れ様でした。……ジーナ様が、迷惑をおかけしてはいませんか?」


従者が主人に対して発する言葉ではない。ジーナは顔を朱に染めた。


「ちょっとメリア! なにを言っているの、何もしてないわよ!」


「……アイオンさんに聞いてるんです」


主人の抗議を涼しく流し、メリアがアイオンを見据える。


「な、なにも!」

「……本当ですか?」

「そんなに疑わないでよ!」


必死に否定するジーナを見て、メリアは溜息を一つ吐き出した。


「……わかりました。とにかく、お世話になりました」


頭を下げるメリアに、アイオンは「仕事ですから」と淡々と答えた。


ジーナはその横顔を、少しだけ寂しそうに見つめた。


「では、帰りましょうか。……リアラ様も心配されていましたわ。安心させてあげましょう」


メリアはジーナ用の馬車へと一人歩き出した。

その場には、ジーナとアイオンの二人だけが残された。


シンと冷え切った空気の中に、沈黙が落ちる。


「……これで、依頼は終わりね」


ジーナの言葉に、アイオンが微かに微笑んだ。


「そうですね。ようやくゆっくり休めそうです」

「……すぐに発つつもりなの?」

「用事が済めば。長居して面倒に巻き込まれるのは嫌ですから」


面倒の原因は、紛れもなくジーナ自身。

それを自覚しているからこそ、彼女は強く引き留めることができなかった。


「……それでも、一緒にいてほしいわ」


小さく漏れた本音にアイオンが首を傾げると、ジーナは慌てて顔を背けた。


白く吐き出された息が、夜気に溶けて消えていく。


「……ねえ、アイオン。また、会えるかしら?」


その問いに、アイオンは答えに窮した。


「……どうでしょうね。もう二度と来たくないと思うような王都ですが……きっと会えますよ。なんだかんだ、縁のある関係のようですから」


「……縁。そうよね」


ジーナの声が、微かに震える。


「――私は必ずこの王都を、国を変えるわ。あなたがずっとここにいたいと思えるほどの場所に」


潤んだ瞳を隠すように、彼女は満開の笑顔を作った。


「時間はかかる。でも、必ずやり遂げる。私の望みのためにも。だから……元気でいてよね!」

「……ええ。ジーナも」


それ以上、言葉は必要なかった。

だが、別れたくないという熱のような感情が、雪の夜に漂っている。


「ジーナ様!」


メリアの声が静寂を破った。


「――ええ、今行くわ!」


ジーナはアイオンに向き直り、最後にもう一度だけ告げた。


「……私は、いつでもあなたを想っているわ。それだけは決して、忘れないで」


彼女は振り返ることなく、馬車へと走り去った。

舞い上がる雪が、彼女の姿を白くぼかしていく。


アイオンはその背中を見送った。

冷たい雪が、彼の肩にも静かに降り積もっていった。



「――アイオンさん」


不意に背後から声がした。

振り返ると、そこにはメリッサが立っていた。


眼鏡の奥の眼差しは、一見すれば親しげな笑顔に見えるが――。


「お帰りなさい。無事で何よりだわ、本当に」

「……」

「……? 早々に悪いのだけど、報告を聞かせてくれないかしら。今から時間を――」

「今日は疲れています。明日にしてください」


アイオンの拒絶は冷徹だった。

その姿に、メリッサは微かな焦燥を覚える。


その拒絶の仕方は――敵意の向け方は、冒険者から賊へと堕ちた女、ヒィルに向けたものと酷似していたからだ。


「あ、アイオンさん……!?」

「明日、必ずギルドへ行きます。失礼します」


アイオンは振り返ることなく、その場を去った。

雪の上に残されたのは、孤独な一筋の足跡。


メリッサは、その後ろ姿を立ち尽くして見つめていた。


表情が般若のように凍りつき、握りしめた拳に雪が積もっていく。


(……そう。そういうことね)


彼女の鋭い視線が、ジーナの馬車を射抜いた。

メリッサは確実な足取りで、まだ止まったままの馬車へと歩み寄る。


その前にメリアが立ち塞がった。


「失礼します、ジーナ王女殿下とお話を」

「あいにく、ジーナ様はお疲れです。またの機会にしてください」


メリアもまた、明確な敵意を隠さない。

だが、内側からジーナがドアを開いた。


「いいのよ、メリア。――どうぞ、メリッサ。こちらも話があるから」


「……助かります、王女殿下」


メリッサが馬車に乗り込む。

メリアは不快さを隠さず、その後を追った。



閉ざされた馬車の室内。

向かい合う二人の間には、火花が散るほどの緊張が張り詰めていた。


「――単刀直入に伺います。失敗した、ということでよろしいのですね?」


メリッサの冷え切った問いに、ジーナは迷わず言い放った。


「彼を王都に縛り付けるのはやめた。それだけよ」


堂々とした返答。だがメリッサは鼻で笑った。


「……その程度の思いだったのですか、残念ですね。あの子――カーラさんは対等に彼の隣に立つために、自ら別離を選びました。思いの重さが違ったのかしら?」


ジーナの顔が険しく歪む。

メリアが抗議しようとするのを、彼女は手で制した。


メリッサの言葉は止まらない。

一歩間違えなくても不敬罪に問われるほどの毒を吐き続ける。


「不在の隙を突くことでしか、あなたが彼女に勝てることはない。村で共に育ったカーラさんと、ぽっと出のあなたでは、積んできた月日が違いますもの。……こちらの期待外れだったというだけですね。第三王女殿下には、初めから荷が重い話でした」


嘲笑するメリッサ。ジーナは顔を伏せ、黙ってそれを聞いていた。


時折、肩を震わせるジーナを見て、メリッサはこの王女に期待した自身の浅はかさを呪った。


(役立たず……! 態度ばかり立派で何も成せない、張りぼての王族!)


計画の立て直しを考えながら、馬車を出ようとするメリッサ。


その背中に、予想外の声が届いた。


「……ふふっ」


笑い声。

メリッサが振り返り、冷たく睨みつける。


「……なんですか?」

「あら、ごめんなさい。なんだか可笑しくて……ふふっ」


「自分の至らなさを笑っているのですか? なら、次の機会を――」


「違うわ。……あなたの口車に乗っていた自分があまりに滑稽で、ね」


カーラとの連絡を遮断する。

ただそれだけの誘いに、なぜ自分は応じてしまったのか?


「あなたの誘いに乗った理由……今ならはっきりとわかるわ」


「……恋敵の情報を入れたくないという、ありがちな嫉妬心でしょう?」


「私もそう思っていた。そして、私が彼を繋ぎ止められなければ、あなたが何をしてもそうするために動くと思ったの。……それこそ、自らの体を使ってでもね」


メリッサはその選択もできる。

ギルド職員と冒険者の色恋沙汰など珍しくもない。

それで彼を縛れるのなら、彼女は躊躇わない。


しかし、肉欲を満たせば済むような相手ではないというのもわかっていた。


だからこそ、アイオンに情のあるジーナを使ったのだが。


「……ですから、嫉妬心でしょう? 可愛らしい理由だわ。私は気にしませんよ」


メリッサは余裕を崩さない。

だが、ジーナもまた同じだった。


「いいえ、違った。もっと単純な理由よ」

「……?」


「……彼を信じられなかった。私の心の弱さが、あなたの毒を含んだ言葉に飛びついた。それだけの理由よ」


メリッサは目を見開き、やがて呆れたように笑った。


「――はははっ! 呆れた。あなたのような世間知らずは、簡単に口にするのよね……信じるなんて言葉を。騙される人間の典型」


「……彼が騙すような人だと?」

「あなた自身の『甘さ』の話をしているんですよ、王女殿下」


尚も嘲笑を重ねるメリッサ。


「何よりも……あなたは何もわかっていない。彼がどれほど稀有な存在か」


「稀有?」

「ええ」


メリッサの瞳が、昏い熱を帯びて怪しく光る。


「彼は《《本物》》になれるの。作られた最強でも、方便のための偶像でもない。世界に変革をもたらす一握りの存在――逸材なのよ」


ジーナは、静かにメリッサを見つめた。


「だから何だというの?」

「――守らなければならないのよ!」


メリッサの声に、狂気じみた情熱が籠もる。


「彼ほどの才能を野放しにすれば、必ず誰かに潰される。貴族、王族、女神教、ギルド、冒険者……彼を放っておくはずがない。力ある者は、必ず消費される宿命なの。誰かが守らなくてはならない」

「……」


その目に宿るのは、保護という名の支配欲。


「いつか彼が羽ばたく時、彼は私に感謝するわ。自分はこれほど慎重に、丁寧に私に磨き上げられていたという事実に……」

「……やっぱりズレているわね、あなた」


ジーナが、はっきりと否定する。


「それは、あなた自身のためでしょう?」

「……何ですって?」


「『自分が見出した才能』として、自分が評価されたいだけ。彼の力だけを見て、彼自身を最初から見てなかったのね」

「……それの何が悪いんですか!?」


メリッサが声を荒らげる。


「結果として彼が守られる事実は変わらない!第一、 この国の歪みは、王族であるあなたこそ知っているはずでしょう!」

「――それでも!」


ジーナが強く、凛とした声で遮った。


「それでも……彼を縛る権利なんて、私たちにはないのよ。あなたは、アイオンを少しも理解していない」


ジーナの深い溜息に、メリッサが冷たく鼻を鳴らす。


「力ある者は、その責任を果たすべきなの。それは宿命よ。王族に生まれたあなたも同じでしょう?」


「……もう、結構よ」


ジーナが対話を断ち切った。


「結局、アイオンがどうするかを決めるだけなんだから」


「……彼に決める権利などないわ。ギルドが定めれば、彼はそこに従うしかない」


「……だから、わかってないと言っているのよ」


ジーナの呆れ声に合わせ、メリアが馬車のドアを開いた。


メリッサは最後に念を押す。


「契約は破棄。カーラさんとの連絡も妨害しない。……よろしいのですね?」


「結構よ。――ただし、あなたと一度でも契約を交わしたことをアイオンに漏らせば、必ず報いを受けさせるわ。……不敬罪には目を瞑ってあげる」


「――寛大なお言葉、痛み入ります」


メリッサは馬車を降り、芝居がかった一礼をした。

ドアが静かに閉まり、馬車が進み出す。


一人残された発着場で、メリッサは深く息を吐いた。


(感情的になりすぎた。気をつけないと)


ジーナの言葉はすべて図星だった。

だがそれだけ。

彼女は考えを改める事はない。


(……何が悪いのか、私には理解できない。結果的に彼のためになるのなら――感謝されるはずよ)


彼女は深呼吸をし、冷気で頭を冷やす。

次の計画を練りながら、夜の闇へと消えていった。



ジーナの馬車の中。

メリアが心配そうに主人を見つめていた。


「……ジーナ様」

「なに?」

「大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫よ」


ジーナは窓の外に流れる雪を見つめた。


「……ねえ、メリア。人と理解し合うって、本当に難しいわね」


メリアは答えず、ジーナの冷えた手をそっと握った。

馬車は、雪の夜を静かに進んでいく。



アイオンは、夜の王都を独り歩いていた。

向かう先はフォスター公爵邸――ではなく、別の場所。


(……今日じゃなくてもいいはずなんだけどな)


自問自答しながらも、行かなければならないという奇妙な感覚があった。


白一色の世界。

どこか既視感のある景色を歩く。

やがて、目的地が見えた。


女神教の大教会。


窓から漏れる微かな光が、雪の上に落ちていた。

アイオンはゆっくりと石段を上る。

見張りも、人の気配もない。


彼は扉に手をかけ、深く息を吸った。

そして、重厚な扉を静かに押し開いた。



広大な礼拝堂。

祭壇を照らす灯火の中に、一人の少女が立っていた。


銀灰色の髪。潔いほどに白い服。

少女は、ゆっくりとこちらを振り向いた。


「……来ると思っていたわ」


アルテアは無機質な表情でアイオンを迎えた。

背後で扉がゆっくりと、重い音を立てて閉ざされていった。


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