さらばバザーム砦
ハルクは空を見上げていた。
上空に浮かぶ飛空艇。
船腹に描かれた王立学園の紋章が、地上からでもはっきりと見て取れる。
その威容は、学園という権力の象徴そのものだった。
冷たい風が吹き抜け、白い雪が舞い始める。
「……やはり来たか。ベジール王子の指示だろうが」
そっと呟く。
予想通りの動きだった。
「……いざとなれば、やはり緊張しますわね」
マルティンが、強張った表情で不安そうな声を出す。
「そうね。でも――」
ヘリムは凛とした瞳で空を見上げた。
「やろう。ジーナ王女を支える、最初の臣下としての仕事だ」
エルネストが強い眼差しで見渡す。
生徒たちは腹を括り、覚悟を決めた。
雪が、静かに降り積もり始める。
#
飛空艇から一人の男が、ゆっくりと降りてくる。
恰幅の良い、中年の男性だった。
「……学園長が直々に来たんだ」
エルネストが呟く。
男は地面に降り立つと、雪を払うように周囲を見回した。
「連絡が取れなくなって心配して来たが……なんだこの有様は?」
低い声。
半壊した砦を睨み、そして、生徒たちに鋭い視線を向ける。
「……諸君らは無事だったようだな」
「はい。皆、無事です」
ハルクが一歩前に出て、毅然と答える。
雪が二人の間を舞い落ちる。
その勢いは、徐々に強くなっていく。
「それは良かった――ジーナ様は?」
学園長は尋ねる。
ハルクは表情を変えず、短く答えた。
「この騒動の後始末に動いていて、今は不在です」
「何があったんだ?」
半壊した砦を見上げながら、学園長は焦燥を滲ませて答えを求める。
「……アルゼン王子から聞いていないのですか? あの方もこちらに来られましたが」
「聞いているわけがない。学園の管理者はベジール王子だ……君たちの方がよく知っているだろう? 今がどういう状況かを」
ヘリム以外の家は、明確にベジール第二王子派閥に属している。
今は政争の真っ只中で、互いに情報を交換する事はない。
そんな事は知っている。
(これも予想通り……。だからこそ、使える)
ハルクはこの情報の空白という事態を最大限に利用する案をジーナに伝え、了承を得ていた。
「……砦長と副官による、大規模な不正行為がありました。それを咎めたところ、この有様です。今いる兵士たちとジーナ王女殿下の的確な指示があったおかげで、何とか生き延びる事ができました」
学園長は目を見開いて驚愕の声を上げる。
「な、何と! その汚職の内容とは!?」
「ティガル族に対する不当な扱いです。近年の彼らとの諍いの原因は、こちらにあったのです」
「そうか。噂は真実だったのか……」
「噂? それは知りませんが、彼らが勝手にやった事だと自白し、砦も我らも、全てを埋めようとした結果が現状です」
学園長は明らかに狼狽えていた。
想定外の事態に、思考が追いついていない。
元々はジーナを含め送り出した生徒全員が死に、忍ばせていた傭兵たちが糾弾するという目論見だったのだが――
「証拠は? 当然あるのだろうな?」
「いえ。証拠になり得る物は全て灰に……我々も兵士の力を借りて必死に探したのですが」
「そ、その兵士たちが知っているだろう!?」
「彼らは何も知りませんでした。だからこそ、我らに協力してくれたのです。砦長達に協力していた兵士は、ごく僅かだったようです。そして、彼らはもういません……」
「そんな! て、ティガル族の生き残りは!?」
「……ですから、ジーナ王女殿下が後始末をされています。彼らを山に帰し、今後はより良い関係を築くと」
「はぁ!? 何を勝手な! ここはアルゼン王子の管理地で――」
「……先ほど申したように、アルゼン王子はあなた方より先にここに来ています。その際、アルゼン王子殿下からジーナ王女殿下に正式にこの地の管理権を譲られています」
懐から取り出した、一枚の羊皮紙。
アルゼンとジーナの間で交わされた、正規の契約書を見せる。
学園長は愕然とした。
印章も署名も、確かにアルゼンの物――本物だ。
彼は実際にこの場にいたわけではない。
だからこそ、ハルクの並べる主張を覆すための材料を、何一つ持っていないのだ。
その上で、この契約書。
助けを求めるように、他の生徒へ視線を移す学園長。
「こ、これは事実か?」
「「「はい。間違いありません」」」
既に口裏を合わせている三人は、呼吸を揃えて認める。
逃げ道を失った学園長は、続いて控えている護衛たちに目を向けた。
生徒が結託しているならば、外部の人間は?と。
「き、貴様らは知っているな!? ハルクの言った事は事実なのか? どうなんだ!?」
グレイスが、鬱陶しそうに答える。
「……知らんな。俺たちは護衛としてここにいる。砦の闇を暴くなど、そんな事に関わっていると思うか?」
リベラとティアナも、冷ややかな視線で答える。
「護衛としての役割は果たしたわ。それしか言う事はない。……巻き込まれたくないもの」
「第一、あなたに教える必要ないわね。雇い主はエルネスト君だし」
「な……っ! 貴様は噂を探るために――」
「おっと!……ダメよ学園長」
ティアナが、指を立ててわざとらしく制止する。
「……守秘義務のある秘匿依頼。契約に関与していないあなたが勝手に話すと、違約金が発生するわよ? それでもいいなら、どうぞ?」
ニッコリと、意地の悪い笑みを浮かべるティアナ。
彼女が護衛や生徒たちに事情を話した時は、雇い主であるエルネストから許可を得ている。
なので彼女に違約金は発生しない。
だが、学園長がここで口を滑らせれば話は別だ。
学園長は脂汗を浮かべ、最後の望みをかけてカイルに視線を向けた。
「お、お前はどうだ!?なにか知らないか?」
カイルは、興味なさそうに肩をすくめる。
「……興味ねぇなぁ、おっさん」
冒険者らしい、飄々とした口調。
「だが、個人的に――ヘリム嬢の家は宙ぶらりんだ。なのに口裏合わせに協力するとは思えねぇな、普通は」
片手を広げ、やれやれというポーズで見せる。
「俺には関係ないから振るなよ、おっさん」
その態度は、権威を笠に着た学園長を苛立たせるには十分だった。
学園長はギリリと歯噛みする。
カイルは小さく笑った。
派閥争いで宙に浮いてるヘリムの家は、どちらにも明確には属していない。
実際はアルゼンの依頼を受けたカイルを護衛として雇っていたのだが、そんな事を知るベジール派はいない。
学園長は――立ち尽くし、完全に追及の手段を失った。
「……よろしいですか?学園長」
すかさず、ハルクが重ねる。
「今回の実地試験……イレギュラーが多々重なり、我々の評価をする人間がいなくなりました。ですが、誰が最も優秀な成果を上げたのか、ここにいる全ての人間が理解しています」
視線を兵士に向ける。
彼らも必死で話を合わせる。
死んだ兵士たちは砦長たちと共に不正を行い、自身らは無関係――むしろ、ジーナのために動いた側。
それが一番大事な、彼らの生き残る道だから。
「間違いない! ジーナ王女だ!」
「あの方のおかげで、俺たちは砦長から解放された!」
「ひどい奴らだったもんな、俺らはろくでもない後始末ばっかやらされて!」
証拠はない。
だからこそ、何を言ってもいい。
哀れな被害者である自分達を救ったのは、ジーナだと認めさせればいい。
ハルクは視線を学園長に向ける。
学園長は少し考え――重い声を発する。
「……いいのか? お前は主席だ。グルマン家も箔が付く……それを放棄する事になるぞ?」
――ジーナ王女側に立つのだな? という、最後の確認。
それにハルクは、迷いなく頷いた。
学園長は諦めたように、深く息を吐く。
雪が、その吐息を白く染めた。
「……わかった。異例だが、今回の優秀者はジーナ王女とする。彼女が戻り次第、王都に戻る。生徒と護衛は各自、用意をするように」
重い足取りで、飛空艇へと帰っていった。
それを見送り、ハルクは生徒たちへ視線を向ける。
「とりあえずは何とかなったな」
「バレないか不安でしたが……」
「追及はできないよ。それだけ王族間で取り決められた領地譲渡というものは強い」
続いて、護衛に目を向ける。
「……グレイスたちも。助かったよ」
「俺たちは何も。礼を言うなら、カイルにだろ?」
そう言われたカイルは、怠そうに手を振る。
「そんなんはやめろ。お前らのためじゃねーよ……」
雪が、砦の瓦礫に静かに降り積もっていく。
#
山道から人影が近づいてきた。
「ジーナ様!」
ハルクが声を上げる。
視線の先には、ジーナ、アイオン、ギルバート、ヘミングの姿があった。
四人は深く積もった雪を踏みしめながら、砦へと帰還した。
「ハルク!」
ジーナが駆け寄る。
「やっぱり学園の迎え……どうだったの?」
「うまくいきました」
ハルクが安堵の表情で答えた。
「学園長は、今回の最優秀者をジーナ様とすることを認めました。砦の奪還作戦についても、領地譲渡の契約書についても、何一つ疑われることなく」
「……本当に?」
ジーナの瞳が、わずかに潤む。
「ええ。間違いありません」
控えていたマルティン、エルネスト、ヘリムも力強く頷いた。
「これで、学園に戻ってからの同志集めが捗ります。この私、ハルクを上回る成績を残したという事実は、大きな力になるはずです」
「あなたは本当に優秀だものね。……でも、本当にいいの? あなたたちもだけど、私はもう止まらないわよ。家と断絶することになっても、後悔しない?」
王都へ戻る前の、最後の確認。
自分の望みを叶えるため、修羅の道を進む覚悟はできている。
だが、付き従う生徒たちはどうだろうか?
もし失敗すれば、冷遇されるどころか命を失う可能性すらある。
それでもいいのか?と、彼女は改めて問いかけた。
四人は無言のまま膝を突き、深く頭を垂れた。
その沈黙こそが、揺るぎない答えだった。
「……わかったわ。撤収の準備を進めましょう」
ジーナはその意思を受け取り、速やかに指示を出す。
四人もすぐに立ち上がり、それぞれの任へと向かっていった。
その様子を、グレイスたちが遠巻きに見ていた。
リベラが溜息を吐き出し、白い息が空に溶ける。
「……これからどうなるかは知らないけど、私に依頼は出さないでほしいわね。面倒だもの」
隣でティアナが屈託なく笑う。
「そう? 私は全然受けるわよ! 変な謀略めいたことじゃなければね。カイルは?」
話を振られたカイルは、興味なさげに手を払った。
「……俺に依頼しようとはならねぇだろ。第一王子の依頼を受けてたような男だぜ? それに、俺は……」
沈黙が落ち、空気が重くなる。
それを切り裂いたのは、グレイスの声だった。
「お前たちは冒険者だ。やりたいようにやればいい。なんせ、まだ若いんだ。いくらでもやり直しはきくさ」
リベラがふと疑問を口にする。
「……専属冒険者になったこと、後悔してる?」
「どうだろうな。専属になればギルドに縛られる。それを煩わしく思うこともあるが――中には自由な奴もいる。お前もよく知っているだろう? あの"雪月花"を」
その名を聞いた途端、リベラの表情が苦く歪んだ。
対抗心を抱く相手であり、かつて友人だった者。
「……あれは《《天災》》よ。あんなものを縛り付けることなんて、誰にもできないわ」
「ははっ! その通りだな。……俺は確かに専属冒険者だが、実力はその中でも最下層だ。真に力あるものは……何物にも縛られはしない」
その言葉に、カイルが眉をひそめる。
「……夢を見ていられるのは、力のない者だけだ。力がある者は現実に生きるしかない。俺はそう聞いたが?」
「それは中途半端な強さだからだ。真に強い者は、何をしても許される。だから――」
グレイスは空を見上げ、雪に煙る砦に視線を据えた。
「中途半端な力で専属冒険者になるくらいなら、ならずに自由でいた方がいい。俺が贈れるアドバイスは、これだけだ」
三人は黙り込み、その光景をアイオンは静かに見つめていた。
#
飛空艇から学園の職員が降りてきた。
準備を終えたジーナは姿勢を正し、彼らへと歩み寄る。
「お疲れ様。一つ、お願いがあるのだけれど」
「何でしょうか、王女殿下」
職員が恭しく頭を下げる。
学園の生徒と職員の関係だが、さすがに王族にはひれ伏す。
「伝令魔法の触媒を二つ、砦の兵士たちに渡してくれないかしら?この地は今後、私が管理することになる。連絡手段が必要なの」
「……承知いたしました」
職員は一度艇内に戻り、しばらくして二つの水晶を携えて戻ってきた。
「……一つは既に登録が済んでおります」
「ということは、もう一つは――」
「どうぞ、ご自由に。では、我々はこれにて失礼いたします」
そう言い残し、職員たちは飛空艇へと戻っていった。
伝令魔法は、あらかじめ決められた対象同士を繋ぐものだ。
そのためには魔導回路への登録が必要になる。
御使デンデが作り上げたこの仕組みを完全に解析できる者はいないが、公的な通信は大規模な回路を経由するため、第三者に内容を傍受される可能性が常にあった。
しかし、中には登録されていない白紙の触媒も存在する。
個人間の密談や、あるいは違法な取引に使われるもので、第三者がその内容を知ることはほぼ不可能とされていた。
ジーナは満足げに頷くと、兵士に扮していたギルバートに向き直った。
「ギルバート」
「おう」
触媒の水晶を渡す。
「……本当に未登録かどうか、確認しておいて。もし細工されていたら、後で連絡する時にそれとなく匂わせて。最初は登録済みの方で連絡するから」
「……わかった。任せとけ。確認ができ次第、団長にも契約の件を伝えておくよ」
ギルバートが不敵に笑う。
「今から楽しみだぜ」
「ええ、期待しているわ」
ジーナは微笑を返し、それから残される兵士や傭兵たちに視線を巡らせた。
「修復のための資材や生活物資はすぐに手配するわ。厳しい気候だけど、なんとか持ち堪えてちょうだい」
一同が頷き、深く礼をする。
その姿に、ジーナも静かに頭を下げた。
「――お世話になりました」
生徒たちもそれにならい、一斉に頭を下げる。
「こちらこそ!」
「ジーナ王女、お元気で!」
兵士たちが口々に言葉を返す。
ギルバートら『灰狼』の面々も、静かに頭を下げてそれを見送った。
ヘミングはアイオンに視線を送り、短く礼をする。アイオンもまた、同じように答えた。
やがて、飛空艇への乗船が始まった。
生徒や護衛たちが次々と階段を登っていく。
アイオンはその列の最後方に加わった。
ふと、彼は振り返る。
瓦礫の残る砦。
白銀の雪に覆い尽くされたこの場所。
(……何か月もいたような気がするな)
実際には、わずか五日間の出来事だった。
得られた答えは少なく、逆に疑問だけが増えた気がする。
ティガル族、扉、旧国、女神、そして――罪。
自分がどう関わっていくべきかも定まらず、ただ状況に流された期間だったかもしれない。
(それでも、何かしらはできたんだろう。……それでいい)
自分にできることをやる。
後悔しないように生きる。
その二つの指針を曲げるつもりはない。
その結果、誰かの助けになれるのなら……それで十分だった。
彼はポケットの中で、ラガから託された首飾りを握りしめた。
アルテアに渡すべきもの。
ラガとの約束を果たすための、第一歩。
(彼女がなぜ新女神教にいるのかはわからない。帰ろうと思えば帰れるはずなのに……。何か事情があるんだろうけど、力になれればいいな)
割り当てられた席に座る。
来た時と同じ、ジーナの隣だった。
彼女は窓の外、遠ざかっていく砦をじっと見つめていた。
浮遊が始まり、王都への移動が始まっても、彼女の視線は窓の外に固定されたままだった。
「……アイオン」
不意に、名を呼ばれた。
「なんですか?」
「覚えている? 私と初めて会った時のこと」
「もちろん。ろくでもない護衛団を倒した後ですよね」
「……そうね。あの時は、こんな風になるなんて思いもしなかったわ。まさか自分が――」
ジーナが窓から視線を外し、まっすぐにアイオンを見つめる。
「……こんなにも、誰かに心を許すことになるなんて」
「……」
その言葉は、聞いてはいけなかったのではないか?
アイオンは、かすかな後悔を覚えた。
自分はあくまで、彼女の好意に気づかない「鈍感な人間」を演じ続けなければならないのだから。
しかし、ジーナもまた、核心を伝えるだけの勇気はまだ持てずにいた。
それでも――。
「……今は、これが精一杯。だから、これだけは言わせて。誕生日おめでとう、アイオン。あなたがいてくれて……あなたに出会わせてくれた女神様に、感謝するわ」
向けられた満開の笑顔に、アイオンは目を奪われた。
「――綺麗だ」
「え?」
口をついて出た言葉に、アイオンは慌てて顔を逸らした。
自覚なく言葉が漏れ出したのは、これが初めてだった。
アイオンは強引に話をはぐらかす。
「……いえ、よく知ってるなと思って。自分の誕生日なんて、意識してませんでしたから。誰に聞いたんです?」
ジーナは少し動揺を隠すように答えた。
まさかメリッサからの取引として知らされた情報とは言えなかった。
「誰だったかしら……? レアだった気もするし、ベティだった気もするわ。……でも、覚えていないってどういうこと? 祝われたことくらいあるでしょう?」
「なんとなく、この時期だったなという程度で。日付なんて曖昧です」
アイオンにとって、この世界の日付という概念は希薄だった。
カレンダーも正確な時計もない世界で、日の出と日没を数えるだけを一日と呼ぶ。
他人の誕生日はおろか、自分自身のそれさえも、去年祝われるまでは関心の外だったのだ。
アイオンとして生きていくと、決める前だった事もあるが。
ジーナは意味ありげに尋ねる。
「……じゃあ、誰の誕生日も知らないってこと? 家族のも、友達のも?」
アイオンは少し考えてから答えた。
「時期は知っていますが……正確な日付となると、誰のものも知りませんね」
その答えに、ジーナはなぜか満足げに目を細めた。そして、弾んだ声で告げる。
「そう! なら、私の誕生日をちゃんと覚えておきなさい! 私は――」
「待った!」
その言葉を、アイオンが制した。
「――絶対に忘れる自信があります。それでもいいなら、続きをどうぞ」
ジーナは目をパチパチさせ、口を開ける。
先ほど綺麗だと思った面影はないほどに。
そして顔をしかめ、赤くし――
「……少しは空気を読みなさいよ!」
ジーナがアイオンの足を踏みつける。
痛がるアイオンを見て、ジーナが笑う。
それにつられて、アイオンも笑った。
二人の時間は、もうすぐ終わる。
現実に引き戻されるその一秒前まで、ジーナはアイオンと共に笑い合っていた。
#
その睦まじい様子を、周囲の生徒や護衛たちは微笑ましく見守っていた。
しかし、ハルクの視線だけは、冷徹な計算に満ちていた。
(……王都に戻れば、少女の時間は終わる。いずれ自分に必要なのは、俺だということに気づくはずだ)
この実地試験で、誰が何を得たのかはわからない。
だが、ハルク・グレマンだけは、確かな手応えを感じていた。
(時間はかかるが、じっくりやらせてもらおう。ジーナ王女の顔を立て、民衆に希望を与え――彼女が王座に就いたとき、その隣にいるのは、全てを整えたこの俺だ)
彼はローズレッド王国を嫌悪していた。
父親を、王族を、貴族を、そして女神教を……等しく嫌っていた。
どうすればこの国を根底から作り変えられるか?
それだけを考えて生きている。
彼がこの旅で手に入れたもの。
それは、理想を現実へと変えるための、最高の「旗頭」だった。




