↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
望まぬ2度目の人生を。〜前世の記憶と痛みを抱いて、それでも俺は生きていく〜  作者: 灰とダイヤモンド
第四章後編 共に生きる未来を望む

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
194/256

対等な関係

洞窟の中に、ジーナの声が静かに響いた。


「――以上が、こちらの提案です」


沈黙が落ちる。

松明の炎だけが、静かに揺らめいていた。


ラガは穏やかな表情のまま、じっと考え込んでいる。


グラムもまた、真剣な顔で族長を見守っていた。

ギルバートは腕を組み、ラガの反応を待つ。


やがて――

ラガがゆっくりと口を開いた。


『……一つ、確認させてください』

「何でしょう?」

『あなた達は、僕達を利用するつもりですね?』


その言葉に空気が一気に張り詰めた。

グラムの手が、僅かに腰の武器へと伸びる。

ギルバートも、鋭い警戒の色を見せた。


だが――

ジーナは動じなかった。


「そうよ」


正直に答える。

グラムが厳しい表情でジーナを見据えたが、彼女は視線を逸らさずに続けた。


「私にはあなた達の力が必要なの。協力者としても、味方としても」


ラガの表情は変わらない。

穏やかに、しかし射抜くような眼差しでジーナをじっと見つめている。


「でも――それがあなた達にとって、最も得がある事なのではないかしら?」


ジーナは強く、自分自身に言い聞かせるように告げる。


「自治権さえ認められれば、生き延びているティガル族が帰って来やすくなるかもしれない。……残酷な言い方だけど、あなた達はもう、今いる数だけでは生きていけないはずよ」


再び、重い沈黙が落ちる。

やがて――ラガが小さく笑った。


『……その通りですね』

『ラガ!』


その言葉は、確かな重みと共に吐き出された。

グラムが耐えきれずに口を挟むが、ラガはそれを手で制する。


滅びに向かう一族の長となった少年は、静かに続けた。


『僕達に必要なのは時間です。攫われた同胞が帰ってくるかもしれない……そうでなくても、他の民族と血が混ざり、後継が生まれれば、一族は生き延びる事ができる』


ラガが、どこか哀しげに微笑む。


『どんな要因があったにせよ、僕達は弱者だ。でも、だからこそ……その条件を、そのまま受け入れるわけにはいかないですね』


その言葉に、ジーナの目が見開かれた。


「……断るという事?」

『《《その条件では》》、です』


ラガは視線を落とさずに続ける。


『《《昔からの》》ティガル族が望むのは彼の地――ローズレッド王国の地を取り戻す事です。……僕なりに考えたんです。何が《《今の》》ティガル族にとって最良なのかを。そして、結論は出ました』


一度、目を閉じ――そして深く息を吸う。

ゆっくりと目を開き、覚悟と共に言葉を紡ぐ。


『僕は――祖先の誓いを破ります。土地の奪還を諦めます』

「……ふふっ」


不意に、アイオンが笑った。

決して嫌な笑いではない。

予想通りと言わんばかりの、漏れ出た笑いだった。


ヘミングが慌てて二人に聞こえるように内容を訳す。

ジーナとギルバートは、あまりの衝撃に言葉を失った。


彼女たちの計画にとって、ティガル族の協力は絶対的な前提条件だったからだ。


(な、なぜ? 土地の所有権はこちらも認めるというのに……)


ジーナはあからさまに狼狽える。

ラガはそんな彼女の様子を察し、いたずらに微笑んだ。

そして、ジーナではなくアイオンへと視線を移す。


『やっぱり、驚かないんですね?』

「俺がラガの立場でも、そうしたから」

『嬉しいです。おばあちゃんの言葉を理解してくれていて』


ジーナは困惑したまま、二人のやり取りを見つめ、それからアイオンに視線を向けた。


「彼は未来を見ているんですよ。一族としての未来を。それは今までの長にはできなかった事だ。……これまでは誰もが、過去の誓いに縛られていたから」


ラガはその言葉を受け、また頬を緩める。

嬉しそうに、照れながらはにかむ姿は、年相応の少年のようだった。


ジーナは納得がいかず、問いを重ねる。


「未来って……私も未来を見据えて提案を――」

「それはジーナ達にとっての、都合のいい未来ですよ」


アイオンの強い言葉に、ジーナは息を呑む。

ギルバートが慌てて間に割って入った。


「おいおい、アイオン! それは違うぞ! 王女殿下の案は俺達全員にとって都合がいいはずだ!」

「どうでしょうね? そこにティガル族の意思が、本当に入っているんでしょうか?」


しかしアイオンは、冷静にため息をつく。


「彼の出した答えは、"王国の領土を奪還する事を諦める"というものです。"自治権を認めるからここで生きてくれ"というジーナ達の案は通じない。……彼らはこの土地に縛られる事もないんです。どこへ行こうと、彼らは自由だ」


アイオンはニッコリとジーナに微笑みかけた。


「必要なのは、《《対等な条件》》ですよ。……勘違いしているようですが、彼は歩み寄ってくれています。……ジーナ。あなたなら、彼の言葉の意味がわかるはずですよ」


そう言い、アイオンはまた前を向く。

これ以上の助言はしないと、その顔が語っていた。


(……対等な条件?)


ジーナは静かに思考を巡らせる。

アイオンの放った言葉が、頭の中で尚更強く響く。


(彼らは、もう土地に縛られない。奪還の誓いを捨てたから……)


それが何を意味するのか?

胸が、ぎゅっと締め付けられる。


(そうか。私は……彼らを利用しようとしていただけだった)


対等だと言いながら。

協力すると言いながら。


(本当は――彼らを、都合の良い駒としか見ていなかった)


ラガの、あの優しい微笑みが目に浮かぶ。

その奥にある、底知れない覚悟。


(そうか……彼が見ている未来は――)


彼は、一族の未来《《だけ》》を見ている。


祖先の誓いを破ってでも、ティガル族が生き延びる道を選ぶ。

その重すぎる責任を彼一人が背負っているのだ。


ジーナは顔を上げた。

深く息を吸い、ラガを真っ直ぐに見据える。


「……ごめんなさい」


絞り出すようなその言葉に、ギルバートが驚愕する。


「……王女殿下? わかったのか?」


返答はせず、ジーナは毅然と続けた。


「私は――間違っていたわ」


ラガが、静かに微笑みを返す。


「あなた達の事を見ようともせずに……ただ現状から察するだけで、勝手に条件を決めた。確かに、私達の都合を一方的に押し付けただけだったわね」


ジーナは一度、言葉を切る。


「だから、あなたはあえて言葉にしたのね。自分達は、都合の良い駒にはならないと」


ラガが、深く頷いた。


『僕には責任がある。祖母から託された、一族の存続。それは、顔も知らない祖先の誓いより優先される事です。……そう確信しているからこそ、その条件では受け入れられません』


強い眼差しだった。

ラガは、とうに決めていた。


優先されるべきは「今」を生きる民だと。


見るべきは過去の怨恨ではなく、未来への共生だと。


ジーナは深く息を吐き出した。


「なら――提案を変えるわ」


ギルバートが身を乗り出す。


「おい、王女殿下!?」


だが、ジーナは構わず続けた。


「自治領を与える、なんていう形じゃない」


ラガを真っ直ぐに見つめ、一字一句を噛み締めるように告げる。


「共に、新しい国の形を作りましょう」


その宣言に、洞窟内の空気が一変した。


グラムが驚愕に目を見開き、ギルバートが息を呑む。

ラガは――ただ静かに、ジーナを見つめていた。


「――誰もが対等に生きられる場所を目指して。決して平等なんて逃げじゃない……対等な国よ」


ジーナの声に、確固たる力が籠る。


「それを、ここから始めるの」

『……』

「あなた達が良ければ、ここに留まってほしい。でも、それは強制じゃない」


ジーナは、自分から手を差し出した。


「選んでほしいの。私と共に、この国を変える未来を」


沈黙が落ちる。

長い、長い沈黙だった。


松明の炎だけが、激しく揺らめいている。

やがて――

ラガがゆっくりと立ち上がった。


『……ジーナ王女』


穏やかな声だった。


『一つ、聞いてもいいですか?』

「何でも聞いて」

『あなたは――本気ですか?』


ラガの目が、真剣な光を宿す。


『誰もが対等に生きられる国。それを、本当に作れると信じているのですか?』


ジーナは少しの間、黙り込んだ。

そして――


「わからないわ」


正直に、ありのままを答える。


「私の目的は――正直に言えば、そこにはないの。だからこそ、できるかどうかの保証なんて、今の私にはできないわ」


ラガは、黙って耳を傾けている。


「でも――」


ジーナの目に、強い光が宿る。


「やってみせるわ……必ず。私が一番欲しいものを、堂々と欲しいと言うために」


その言葉に、一点の嘘もなかった。

ラガはじっとジーナを見つめ続けていた。

彼女の魂の深淵を――見透かすように。


やがて――

ラガが、ふわりと微笑んだ。


『……あなたの魂の色は、とても――』

「え?」

『全てを明かしてはいないけれど、その望みのために尽くすという言葉に、嘘はない』


ラガが一歩、前に踏み出す。


『迷いもある。不安もある』


ジーナは、何も言い返せない。


『……それでいいんですよ』


ラガが、優しく告げる。


『完璧な人なんていない。迷いながら、不安を抱えながら――それでも前に進もうとする』


そして、手を差し出した。


『そういう人となら――共に歩めます』


ジーナの目が、わずかに潤んだ。

差し出されたラガの手を――

溢れる感情と共に、しっかりと握り返す。


「……ありがとう」


小さく、震える声だった。


『こちらこそ』


ラガが微笑む。


『ティガル族は、あなたと共に歩みます』


グラムもまた、厳しい表情を僅かに緩めて頷いた。


ギルバートは――

腕を組んだまま、堪えきれずに小さく笑っていた。


「……予定と違うが、まあいいか」


独り言のように呟く。

アイオンは――

黙って、その光景をただ見つめていた。


(……よかった)


心の中で、静かに思う。


(ちゃんと、気づけた)


ジーナの横顔。

迷い、悩みながらも、自らの足で前に進もうとする姿。


(……迷いも悩みも抱えて進める人だ。俺と違って)


そう思いながら――。

彼は誰にも気づかれぬよう、静かに微笑んだ。



握手が解かれ、二人は再び腰を下ろした。

ラガが、実務的な口調で口を開く。


『では――具体的な話をしましょうか』


ジーナが強く頷いた。


「ええ。まず、バザーム砦の修復についてだけど――」

『ラガ!』


リルが、血相を変えて飛び込んできた。


『砦の方から煙が上がっているぞ!』


その言葉を、アイオンが即座にジーナへ伝える。

だが、誰よりも早く反応したのはギルバートだった。


「何かが起きたな。戻った方がいい」

「そうね……。ラガ! 詳しい話は後日になりそう。ギルバートを通してのやり取りになるわ」

『わかりました。こちらもティガル族をまとめておきます』


深く頭を下げるラガ。

彼もまた、これから一族に対する重い説明をしなければならない。


だが、彼なら大丈夫だろう。

ジーナは確信し、急いで洞窟を後にした。



ギルバートとヘミングが先を行く。

ジーナとアイオンは、彼らから少し遅れて歩いた。


「……ねえ、アイオン?」


ジーナが小さく、問いかけるように声をかける。


「なんですか?」

「……私、うまくやれたかしら?」


それは、不安げな声だった。

張り詰めていた糸が切れ、年相応の少女の弱さが顔を覗かせる。


アイオンは少し驚いたように、ジーナを見た。

彼女は俯いたまま、雪を踏みしめていた。


「……ラガに、ちゃんと伝わったかな?」


震える声。

アイオンは――静かに、微笑んだ。


「間違いなく、よくやったと思いますよ」


その言葉に、ジーナが顔を上げる。


「本当に?」

「ええ」


アイオンは深く頷く。


「あなたは、自分の間違いに気づいた。そして、素直に認めた」


前を向いたまま、彼は続ける。


「それができる人は、少ないですからね」


ジーナの目が、わずかに潤む。


「……ありがとう」


小さく、呟く。

二人は黙って、雪道を歩き続けた。


冷たい風が吹き抜ける。


やがて――

灰色の空から、白い雪が舞い降りてきた。


静かに、静かに。

世界を白く染めていくように。


ジーナは空を見上げる。


「……あなた、実はわかってたんでしょ? 最初に私が計画を話した時から、あのままじゃ失敗するって」


「ええ。全員が得をすると言っていましたけど、そうじゃなかった。ラガは賢い。従属の様な関係になる事はすぐにわかったでしょうね」


アイオンもまた、空を見上げた。

白い雪が、二人の間を舞い落ちる。


「……相手の目線に立つ事が、こんなに難しいなんて思わなかった。また学べたわ」


ジーナが呟く。

その横顔を、アイオンはそっと見つめた。


自分の弱さを認め、他者の痛みを知り、それでも前に進もうとしている。


(皆、俺より大人だな……)


「……ーい二人とも! 急げ! なにがあったかわかんないんだ、悠長にしてられない!」


ギルバートの声に我に返り、二人は頷いて足早に歩き出した。


二人の足跡を、優しく埋めながら雪は激しさを増していった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。