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望まぬ2度目の人生を。〜前世の記憶と痛みを抱いて、それでも俺は生きていく〜  作者: 灰とダイヤモンド
第四章後編 共に生きる未来を望む

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幕間 国の行方

雪降る王都パルキノン。

夜の景色に混ざり、白が静かに踊っている。


フォスター家ではレオ・フォスターが一人、執務室で仕事を続けていた。


自領の統治は長男に任せている。

それでも細部の修整案や来季の指針だけは、今もレオが最終的に決定している。


年が変わる前に、ある程度の草案をまとめる必要があった。


早い段階で運営方針を固めなければ、余計な混乱を招く。


師走の慌ただしさは、どの世界でも変わらない。

為政者として責任が重い立場なら、尚更だった。


ドアを叩く音に、レオは顔を上げる。


「入れ」

「失礼します」


カストルが素早く部屋に入ってきた。

働き詰めの主人の姿を見て、思わずため息が漏れる。


「……まだ詰めてらっしゃるのですね」


レオは机上の書類から目を離さず答える。


「必要な事だ。国に納める金は年々増していく。しかし民に負担を強いるわけにはいかん。期待に応える義務が私にはあるのだよ」


「それで旦那様が病にでもなれば、女神教がこれ幸いと増長しますよ」


「そうならんように動いていくつもりだ」


椅子に深くもたれ、レオは息を吐く。

疲労の色を滲ませながらも、その瞳だけは衰えていない。


「これまでは流れぬように牽制してきたが、これからは違う。国を憂う貴族達や兵士をまとめ、団結し、まずは国を蝕む賊を駆逐する。……私怨もあるがな」


「それもよいかと。……旗頭次第ではあるでしょうが」


「ベジール王子からの勧誘はひどくなってきた。だが彼が上に立っても、べゼブからルドバになるだけでなにも変わりはしない。新女神教という病は続いていく……」


カストルが言葉を選びつつ切り出す。


「アルゼン様ですが――バザーム砦に向かったとの報告があります」


その一言に、フォスター公爵は一瞬だけ目を見開いた。


「動きがあったのか?」


「一昨日から砦と連絡がつかなくなったそうです。伝令魔法の触媒が反応しなくなったとか」


「確認のためにアルゼンが直々に、か。……べゼブは?」


「大教会の動きはなにも。ですが先ほど王立学院の飛空艇が飛び立ちましたので、ベジール王子も動き出したかと」


「……そうか」


レオは窓の外の雪を眺める。

降ったり止んだりを繰り返していた空は、今日は静かに降り続けるようだった。


「――歯車を動かしたのは、彼かな?」


フォスター公爵の言葉にカストルは小さく微笑み、静かに頷く。


「……停滞していた時が動き出す始まりは、些細な出来事が大半です。そのきっかけになり得る存在だとは、私も思っていますよ」


アイオンを正しく評価する二人は、確信に似た予感を抱いていた。


「――フィギルに連絡を入れろ。迎えを出すのでこちらに来るようにと。今はスパールにいるんだったな?」


「はい。王国からの難民達の生活基盤を整え、領地開拓の計画を練っているはずです」


「よし。間もなく王国は――世界は揺れる。どの様な結果を出すかは賽の目次第だが、いち早く動く必要がある。頼んだぞ、カストル」


「承知しております」


静かに礼をし、カストルは部屋を出ていく。

扉が閉じられ、執務室に再び静寂が戻った。


一人残されたレオは、小さく笑みを漏らす。


「……年甲斐もなく、心が躍るな」


王国を憂い、しかし諦めていた男に訪れた決定的な瞬間。


新女神教に支配された国で、抗いながらも逃げられなかった日々の終わり。


「後は、ジーナ王女次第か?旗を持つのは彼女か、別の王族か……それとも――」


立ち上がる時は、間もなく来る。


静かな雪の夜の中で、フォスター公爵は新しい時代を見据えていた。



(クソッ……時間が足りない!)


スパールの街。


かつて執政官が住んでいた屋敷の一室で、フィギル子爵は机に向かい、深く眉を寄せていた。


振って湧いた領地拡大。

あまりにも急で、あまりにも無計画だった。


何の準備もできていないまま事態だけが先行し、苛立ちだけが募っていく。


(まず、バルナバから離れすぎている……!中継地点に休憩所は必須だ。だが今は冬に入ったばかり……早くても雪解けまでは動けない!)


本来であれば、移民は数日に分けて段階的に行う予定だった。


その点については、何の問題もなかった。

物資の運び出しは事前に調整し、領内の村々とも連携を取っていたからだ。


しかし――蓋を開けてみれば、スパールの街が自身の管轄になり、そこに一度に全員が送り込まれてきた。


理由は単純だった。


フォスター公爵の後ろ盾を得たジーナ王女に、第二王子と結託した第一王女が力を貸し、王族専用の巨大飛空艇を使わせたからである。


(完全に予定がズレた……!魔物が出にくくなったとはいえ、ゼロではない。賊の脅威も消えていない以上、大規模輸送などするつもりはなかったのに……!)


王族は本当に余計なことしかしない!


そう吐き捨てたくなるのを、フィギルはどうにか飲み込んだ。


だが今回は冒険者を大量に、しかも格安で雇えたのが不幸中の幸いだった。


元を辿れば、バルナバ冒険者ギルドの改革失敗による余波と、デオール子爵の領内管理不足が原因である。


その結果、フォスター公爵の身内が命を落とした。

それに関してフィギル自身に落ち度はない。


それでもフォスターから話を聞いた瞬間、背筋が凍りついたのを覚えている。


――結果として領土は増えた。


だがこれは、デオール子爵に対する罰であって、自分が勝ち取ったものではない。


(いずれ飲み込むつもりではいた……だが、今ではない!新しい村――メキララが軌道に乗ってから、徐々に広げていくつもりだったのに!)


上昇志向の塊であるフィギルだからこそ焦らず、確実に侵食を進めるつもりだった。


しかし――彼は運が《《良い》》。


執務室のドアが開く。

ノックもない。


その無遠慮さが事態の重大さを示しているのか、それとも彼女の持ち味なのか。


事件の当事者でもあり、今回護衛として雇った冒険者――イスラが姿を現した。


「オルババ村から、物資と人員が来ましたよー」

「ノックくらいしろと言っただろうが!」

「来たらすぐ伝えろって言ってたのに……」


イスラは不満げにブツクサと呟く。


Dランクに昇格した彼女は、しばらく依頼を受けるつもりはなかった。


だがバルナバへ戻った途端、領主邸へ強制連行。

数日かけて事の顛末を説明した後にようやく休養を許され、オリバー達の店に通いながら英気を養っていた。


――その矢先の、この護衛任務である。

フィギルはため息を抑え、報告を促す。


「夜だが、無事に着いたんだな?」


「オルド支部長が直々に護衛してるんだから、そこらの賊や魔物じゃどうにもならないでしょ」


「……あいつは使い潰すと決めている。すぐにバルナバへ戻す輸送隊に入れてやる」


暗い笑みを浮かべ、書類に名を書き込む。


オルドの責任は重い。

彼もまた、従わざるを得ないだろう。

イスラは肩をすくめ、続けた。


「でも、問題があるのよ」

「……なんだ?」


「女神教の教会で、オルババ村の人が騒いでるって」


フィギルの手が止まる。


「……なぜだ?新女神教の神父は他のデオール領へ移動して、あそこは無人のはずだ」


スパールに元々住んでいた者達の大半は、すでに他のデオール領へ移動している。


残ったのはごく少数――かつてデオールの私兵として街の警備に就いていた者と、その家族だけだ。


デオールのやり方に思うところがあったのだろう。

彼らは率先して残留を望んだ。


今のスパールにいるのは、王都からの移民と少数の兵士だけ。


揉め事が起きる理由は、本来存在しない。


「揉めてるわけじゃないのよ。ただ、そういう報告があったの」


「……私が行く」

「え?なんで?」


フィギルは静かに立ち上がる。


「教会に立ち寄るということは、信心深いのだろう。しかし新女神教の実態を、旧女神教の人間はほとんど知らないはずだ」


一度言葉を切り、低く続ける。


「ここも既にフィギル領だ。オルババ村の者達にも、現実を知ってもらわねば困る……」


重い足取りで部屋を出るフィギル。


「……早死するタイプね、あれは」


イスラはついていくべきか迷い――ため息を残し後を追った。



降り続く雪が街の灯りに反射し、きらきらと輝いていた。


移民たちは、前の住人が去った家に住まわせている。


王都の路上や貧民街で寒さに震えていた頃を思えば、今は恵まれた環境だろう。


(街の設備がそのまま使えるのは助かった。後は仕事を斡旋し、周辺の賊を駆逐すれば……)


アイオンが討伐した賊の一味が全てではない。

人の出入りが激しくなれば、危険は増す。


困窮した村が他の村を襲い、略奪で得た金や作物を税として納める――そんな行為が、半ば黙認されている例もあるという。


元デオール領の対処の不備に不満を抱きながら、フィギルは教会に到着した。


騒いでいる――というよりも、掃除をしているような物音が中から響いてくる。


(……年明け前の大掃除か?)


扉を開くと、そこにはオルババ村で世話になった人たちがいた。


特に目についたのはシスター。

こちらに気づく様子もなく、黙々と女神像を磨いている。


そこへ――


「フィギル様!お久しぶりです」

「……おお、ラクト殿。あなたが来てくれたのか」

「自警団の長として村長に頼まれましてね」

「オルババ村の警備は問題ないのか?」


「幸い定住している冒険者も多いですし、自警団もいますので!」


豪快に笑うラクト。

イスラは少し気まずそうにしていたが、フィギルが簡単に紹介すると表情を柔らかくした。


「アイオンのお父さんなんですね。お名前だけは聞いていました」


「あまり似ていないだろ?アイオンは妻に似ていてね!息子が世話になったようで」


「いえ、こちらこそ」


「……あいつは王都か。冒険者ギルド宛に伝令を出したんだが返事がなく、妻も妹も心配してたんだがな」


世間話を遮るように、フィギルが口を開く。


「便りがないのは元気な証拠とも言える。大丈夫さ。それで――彼女は何を?」


「……女神像の在り方に不満があったようでして」

「……在り方?」

「私も正直、戸惑っています」


声をかけずにはいられない。

だが、できれば接したくはない。


しかしそうもいかず、フィギルは意を決してシスターに声をかけた。


「来てくれて感謝する。協力、ありがたい」


しかし反応はない。

近づいて、かすかな呟きが耳に入る。


「……俗物共が……女神様を不躾に飾り立てて……申し訳ありません、女神様……」


「あ、あの!」

「……はっ!」


振り返ったのは、栗色の髪をしたシスター――ベティだった。


「こ、これはフィギル様〜。お久しぶりです〜」


「……ああ。来てくれて助かる。回復魔法の使い手が必要だったが、冒険者にはいなくてね」


「貴重ですからね〜。レア様から話は聞いています〜。どうぞ、遠慮なく使ってくださいね〜」


にこやかに笑うベティを見て、フィギルは一瞬、安堵した。


だが、その目の奥に、感情が映っていないことにも気づく。


「……ここは元は別の貴族の領地でね」


「存じていますよ〜。ただ……想像以上でして〜。これが女神様を崇める教会とは〜」


祭壇を指でなぞる。

埃が目に見えて溜まっていた。


「……それについては」


「ですが問題ありません〜。俗物どもに関わるだけ無駄ですから〜。治療は今からですか〜?」


「い、いや……明日から頼む。今日は休んでくれ」

「はい〜。それでは〜、お掃除を続けますので〜」


そう言って、再び女神像の元に戻っていった。

これ以上、話す気はないようだった。


フィギルはラクトの元へ戻る。

イスラとアイオンの話をしていたようだが、構わず割り込む。


早く部屋に戻り、眠りたかった。


「ラクト殿たちは、ここで休んでくれ。宿屋は機能していなくてな……すまない」


「いえ、屋根があるだけで十分です!」


「助かる。……明日から別の仕事を頼むことになるだろうが、よろしく頼む」


教会を出ようとしたときだった。


「フィギル様」

「……なんだ」


兵士が近寄り、耳元で用件を伝える。


「王都のフォスター公爵家より伝令がありました。迎えの飛空艇を出したので、王都へ来るようにと」


その言葉を聞いたフィギルは――


「……わかった」


またスケジュールの組み直しを余儀なくされ、睡眠時間が減る事になる。


自身が使っている屋敷へと足早に帰っていった。


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