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望まぬ2度目の人生を。〜前世の記憶と痛みを抱いて、それでも俺は生きていく〜  作者: 灰とダイヤモンド
第四章後編 共に生きる未来を望む

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アルゼン第一王子①

砦の外、雪原に設営されたテント。


夕暮れが近づき、空はゆっくりと茜色へと沈み始めていた。


白い雪原と赤く染まる空の境目が曖昧になり、冷たい風が静かに吹き抜けていく。


ジーナは一人、寒空の下で山へと続く森を見つめていた。


視線の先には、雪に覆われた木々と、洞窟へと続く道がある。


そこから、まだ――戻るべき者の姿は見えない。


(……アイオン)


胸の奥に、言葉にできない不安がじわりと広がっていく。


理屈では大丈夫だと分かっていても、感情はそう簡単に従ってくれない。


洞窟へ向かったまま、彼はまだ戻ってきていなかった。


祈るような思いで、雪降る山を見つめる。

その指先が、無意識のうちに外套の端を強く握りしめていた。


「ジーナ様」


背後から声がかかる。

静かな、しかし確かな声だった。


振り返ると、ハルクが立っていた。

その表情には、警戒と気遣いが同時に浮かんでいる。


「どうしたの?」

「いえ……お一人でいらっしゃるので」

「平気よ。少し考え事をしていただけだから」


ジーナは小さく笑う。

だが、その笑みはどこか硬く、すぐに消えた。


ハルクはそれ以上何も言わず、黙ってジーナの隣に立った。

二人の間に、雪を踏む音と風の音だけが流れる。


「……彼が心配ですか?」

「ええ」


ジーナは素直に頷いた。

隠す理由も、誤魔化す意味もなかった。


「早く戻ってきてくれればいいのだけど……」

「……彼との関係も、ハッキリさせなくてはなりません。この先に進むためには――」


ハルクが、静かに言葉を選ぶように続ける。


「……わかってるわ」


ジーナは鈍く微笑んだ。

覚悟は、とうに決めている。


と、自分を誤魔化す。

それでも、心が追いつくとは限らない。


その時――


「ジーナ様!」


切迫した声が空気を裂いた。


マルティンが駆け寄ってくる。

その後ろには、エルネストとヘリムの姿もあった。


「どうしたの? そんなに慌てて」

「空を……見てください!」


マルティンが指差す。

ジーナとハルクが同時に空を見上げる。


遠く、茜色の空の向こうに――赤い影が見えた。


「……あれは?」


ジーナが目を細める。

最初は点のようだった影が、ゆっくりと、しかし確実に大きくなっていく。


影は徐々に近づいてくる。

やがて、その輪郭がはっきりと認識できる距離まで来た。


ジーナの目が、その物体の――飛空艇の紋章を捉える。


ローズレッド王国の紋章。

そして、特徴的な金と赤の装飾。


見間違えるはずがない。

王族専用、それも――


ジーナの表情が、一瞬で凍りついた。


「アルゼン兄様の……専用飛空艇!?」

「ど、どうして!? なぜ今!?」


マルティンが慌てた声を上げる。

空気が一気に張り詰めた。


ジーナは唇を噛む。

嫌な予感が、背筋を這い上がる。


(なぜ……なぜこのタイミングで!?)


心臓が早鐘を打つ。

飛空艇は、まるで逃がさないと言わんばかりに、ゆっくりと砦の方へと向かってきていた。


「ジーナ様……どうしますか?」


ハルクが低い声で尋ねる。

ジーナは一度、深く息を吸った。


冷たい空気が肺を満たし、思考を強制的に整える。


「……落ち着きましょう。皆」


表情を引き締め、毅然とした声で告げる。


「動揺を見せてはダメよ。私たちは何も悪いことはしていないわ」

「は、はい!」


四人が揃って頷く。


「……王都に戻る前に、話が進められる機会ととらえましょう」


ジーナは飛空艇を見据えた。

その視線には、もはや迷いはなかった。



雪原に、魔力の光が広がる。

淡い光が雪面を照らし、粒子のように舞い上がった。


巨大な船体が、低い駆動音を響かせながら、ゆっくりと地面へと降り立とうとしていた。


雪が巻き上がり、冷たい風が一層強く吹く。


「ジーナ様、どうしますか!?」


マルティンが焦った声で尋ねる。

その声には、隠しきれない緊張が滲んでいた。


ジーナは素早く周囲を見渡す。

砦の影、テントの並び、雪原に散らばる人影。


――傭兵団の姿が、すぐに視界に入った。


「ギルバート!」


ジーナが呼びかける。

その声には、迷いがなかった。


ギルバートが状況を察したように、即座に駆け寄ってくる。


「呼び捨てにされるにはまだ早い気がするが……どうした?」

「あなた達は隠れてやり過ごして」


ジーナが真剣な目で告げる。

言葉は短く、しかし強い。


「あなた達は今後私のために動いてもらうの。今、アルゼン兄様に知られるのは得策じゃないわ」


ギルバートは一瞬だけ考え込む。

だが、状況とジーナの表情を見て、すぐに答えを出した。


「――わかった。おい、隠れるぞ!」

「「了解」」


傭兵たちは即座に散開し、テントの影や砦の裏へと姿を消していく。

その動きには、場慣れした無駄のなさがあった。


ジーナは深く息を吸い、飛空艇の前へと戻る。

外套を整え、背筋を伸ばす。


降り立とうとする飛空艇を、真正面から見据えた。


(……ここからが本番ね)


心の中で、静かに呟く。


やがて、飛空艇の扉が開いた。

金属音と共に、機械的に階段が展開され、地上へと続く足場が形作られる。


そこから――二人の男が姿を現した。


一人は金髪。整った顔立ち。

豪奢な衣装に身を包み、自然と周囲を支配するような立ち振る舞い。


王位継承権第一位――アルゼン・ローズレッド。


もう一人は、中年の男。

地味な服装だが、視線や態度の端々に、貴族特有の傲慢さが滲んでいる。


アルゼンの側近――ウラギール・シクジール。

いい噂を聞かない男だと、ジーナは記憶していた。


アルゼンは砦を一瞥し、露骨に顔をしかめた。


「……なんだこれは?」


半壊した砦。

崩れ落ちた壁。

積み上がる瓦礫。


その光景を、まるで不愉快な汚れを見るような目で見下ろしている。


ゆっくりと階段を降り、ジーナの前に立つ。

ウラギールが一歩後ろに控えた。


「ジーナ。説明しろ」


その声は横柄で、完全に命令口調だった。

だが、ジーナは一歩も引かない。


「アルゼン兄様。お久しぶりです」


丁寧に、しかし毅然と頭を下げる。


「久しぶりもクソもあるか。余の砦が半壊しているではないか! どういうことだ!?」


怒声が雪原に響く。


「……申し訳ございません。砦長と副官の不正が発覚し、咎めたところ、戦闘になってしまいました」


ジーナは深く頭を下げる。

だが、その声は揺れていない。


「……戦闘だと? 余の砦で?お前達が?」


アルゼンの目が鋭くなる。


「はい。砦長ガルネスと副官が、私腹を肥やすために物資の横流しをしていたようです。更にティガル族――異民族を良からぬことに使っていました。その証拠を実地試験中に発見し問いただしたところ、この様な結果に……」


「……ふん。で、その二人は?」

「既に死亡してます。生け捕りは不可能でした」

「……使えん奴らだな!」


アルゼンは吐き捨てるように言った。


「それで? 伝令魔法が機能していなかったのはそれが理由か?」


「……砦長が細工をしていたようです。外部に漏らさぬ様にでしょう。復旧の見込みはありませんでしたので、我々の迎えが来たときに、兄様に一番に知らせようと」


「……チッ。で、お前たちは無事なのか?」

「はい。それぞれの護衛のおかげで」


ジーナが即答する。

アルゼンは不機嫌そうに周囲を見渡した。


――人影は、意図的に少ない。


「……砦の兵士は?」


「砦内で物資の確認作業をしております。使える物は使おうと。この寒さで、砦内はなにがあるかはわかりません。外で過ごすにも必要な事ですので」

「そうか」


アルゼンは短く答え、砦の地下への入口を見た。

その視線が、一瞬だけ鋭くなる。


「地下を確認する。行くぞ」

「かしこまりました」


ジーナが頷く。


「ハルク、皆で――」

「他のガキは必要ない!」


アルゼンが遮る。


「ウラギール、ついて来い!」

「は、はい」


ウラギールが慌てて応じる。


「兄様……」

「いいから、さっさと行くぞ!!」


アルゼンの苛立ちが露骨に表に出る。

ジーナは一瞬だけ逡巡し、頷いた。


「……わかりました」



砦の中は、薄暗く荒れ果てていた。


壁には無数の亀裂が走り、天井はところどころ剥がれ落ちている。


今にも崩れそうな気配が、空気そのものに染みついていた。


瓦礫が床一面に散乱し、足を踏み入れるたびに嫌な音を立てる。


アルゼンは露骨に顔をしかめながら、地下へと続く階段を降りていく。


その背中からは、苛立ちと焦燥が隠しきれず滲み出ている。


ジーナとウラギールが、少し距離を取って後ろに続いた。


階段を降りきると、血の色が滲みついた部屋が現れる。


床に残る黒ずんだ跡。

壁にこびりついた染み。


だがアルゼンはその惨状を一瞥しただけで、何事もなかったかのように通り過ぎた。


その先――

かつて、異様な存在感を放っていたはずの空間。


「……っ!」


アルゼンが、思わず息を呑んだ。

そこには、何もなかった。


広い空間。

ただそれだけ。


かつて扉が存在していた場所には、痕跡すら残っていない。


壁も床も、最初から何もなかったかのように静まり返っている。


「……き、消えている……」


アルゼンが呟く。

声は低く、掠れていた。


「はい?」


ジーナが首を傾げる。

演技ではない、自然な反応だった。


「何か、ございましたか?」

「……いや」


アルゼンは短く答え、表情を引き締める。

動揺を悟られぬよう、意識的に視線を巡らせた。


床を確認し、壁に手を当て、天井を見上げる。

だが――何も見つからない。


空間は、ただの地下の一室に過ぎなかった。

ウラギールもまた、無言で地下を見回している。


(……持ち出した?不可能だ。しかしこれでは、元からなにもなかったかのようだ)


ウラギールは心の中で呟く。

冷静を装いながらも、内心では計算が狂ったことを悟っていた。


「……ジーナ」

「はい」


アルゼンは声を低く抑えた。


「この地下で、何か変わったことはなかったか?」

「変わったこと、ですか?」


ジーナは少し考えるように首を傾げる。


「特には……。私たちが来た時には、既にこの状態でした」

「……そうか」


アルゼンは舌打ちする。

苛立ちを隠すつもりもない。


(消えた……扉が消えた!)


心の中で、激しい動揺が渦巻く。


(あれのためにいくらかけたか?旧国の遺産が眠ると、手に入ればなんでも叶うとさえ言われていたのに……!!クソッ!べゼブ様になんと言えば……)


冷や汗が背中を流れる。

服の内側が、じっとりと濡れていく感覚があった。


「兄様?大丈夫ですか?」


ジーナが、あくまで心配そうに尋ねる。


「……なんでもない。戻るぞ」


アルゼンは強引に話を切り、踵を返す。

その動きには、明らかな焦りが混じっていた。


ジーナはその背中を、静かに見つめている。


(……やはり、兄様はここでなにが行われていたのか全て知っている)


心の中で、冷静に状況を整理する。


(なら、どうにでもなるわね……)


その表情は誰にも見せることのない、静かな確信に満ちていた。



地上へ戻ると、冷たい空気が一気に肺へと流れ込んできた。


地下の重苦しさとは対照的に、外は雪原の静寂に包まれている。

だが、その静けさは決して安らぎではなく、張り詰めた緊張を孕んでいた。


アルゼンは足を止め、ジーナに向き直る。

その動きは唐突で、周囲を意識している様子がはっきりと見て取れた。


「ジーナ、話がある。二人で話せる場所に案内しろ」

「はい。では、私が使っているテントに――」


ジーナが答えかけた瞬間。


「ウラギール、お前は外で待て」


有無を言わせぬ命令だった。

周囲に聞かせる必要のない話であることを、隠そうともしていない。


「かしこまりました」


ウラギールは一瞬だけ視線を伏せ、素直に頷く。

その表情には不満と諦観が入り混じっていた。


アルゼンとジーナは、並んで歩き出す。

背後で、ウラギールが立ち止まる気配がした

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