45話 キノコと図書館
「眞城もお疲れ様。橙乃の代わりに俺を運んでくれて」
「だ、だいじょぶ……許容範囲だわ……ここまで、キツイとは思ってなかった、けど……」
俺を抱いてくれないかと頼んでからの数分間は、小躍りするほどに喜んでいた眞城。
しかし今は疲労がピークなのか、プルプルと震えながら俺を支えている。
そろそろ限界も近そうなので、俺はぽむーんと、眞城の腕から飛び降りることにした。
「珍しく空いているな。これなら調べ物もスムーズに済みそうだが……」
俺の家から徒歩十分ほどの距離にある、地味なコンクリート造りの図書館。
針馬の言うように普段に比べれば今日の利用者は少ない方で、まばらに座る十数人が見える程度だ。だけど、本来なら過ごしやすい筈の静かな図書館でも――
「周囲の目は相変わらずか。チッ、胸糞の悪い連中め」
聞こえる。俺を、丈美を見てヒソヒソと噂する数多の囁き。それは何もこの図書館だけではなく……ここにくる道中や、昨日みんなと行ったハンバーガー屋でもあったことだ。
テレビニュースや新聞記事で有名になって、事情が公にされても……心無い批難や中傷をする人間は沢山いる。俺達兄妹は好きでこうなったわけじゃないのに――
「杏おねえちん……ぎゅっとして」
「大丈夫だよ、丈美ちゃん。私逹が守ってあげるから」
好奇の目に晒されて辛いのか、丈美は橙乃の胸で縮こまっていた。
ごめんな丈美。でもこうやって少しずつ耐性を付けていかないと、いつまで経っても学校に戻ることなんて出来ない。だから……
「私、文句を言ってくる!」
「気持ちは嬉しいけど……相手にしても無駄だし、丈美が怖がるだけだ」
過去の体験から、眞城は誰よりも他人の悪意に敏感なのだろう。
俺が止めなければ、本気で一人一人に文句を言って回りそうな勢いだった。
「……歯がゆいわね。許せなくなっちゃう、アイツらも……昔の私も」
昔の私、とは俺を嫌っていた頃のことか。
馬鹿だな。俺はそんなのハナから気にしてないって、何度も言ってるのに。
「憤る暇があるなら手伝え。俺はもう始めているぞ」
重苦しい空気を良くしようとしたのか、針馬は話題を逸らすように近くの本棚を物色し始める。おお、珍しく針馬が頼もしく見えるぞ!
「捜索。キノコに、まつわる……資料を……食べる」
「待て、シーナ・ロイド・バレトリア。図書館内では飲食禁止だ」
「あれぇー? そういう問題じゃ無いと思うなー?」
橙乃とシーナも、自分のやるべき事を感じ取ってくれたようだ。
なんら気負うことなく、いつもの漫才っぽいやり取りを繰り広げている。
「針馬とシーナはキノコに関する本か。それなら俺と眞城で神念山について調べよう」
「じゃあ私と丈美ちゃんは、昔話とかについて調べるね」
長身針馬とミニシーナの凸凹コンビと橙乃&丈美の我が天使コンビは、それぞれ調べるカテゴリの棚を求めて去っていく。
俺と眞城も負けじと、神念山のことが記載されていそうな郷土史のコーナーへと赴く。
人気の無いジャンルで本が出入りする機会があまり無いのか、館内のかなり奥まったと場所に設置されていた棚の前は若干カビ臭い。うっすらとホコリも積もっており、触るのに戸惑ってしまいそうなのもマイナスだ。まぁ、俺は触れないが……
「結構な量ね。ほら、抱っこしてあげるから丈人君も見てみなさいよ」
保存状態の良し悪しは置いておくにしても、図書館の名は伊達じゃないようだ。
棚に隙間無くズラリと並んだ本の光景は、こちらの意欲をガリガリと削ってくる。
「この中から見つけるのは骨が折れそうだわ」
「なら俺の出番だな。キノコだから骨は無いし」
「……あのさ。ちょっといい?」
俺としてはただの軽い菌類ジョークのつもりだったんだが、眞城はそう捉えなかったらしく……露骨に腕の締めつけを強めてくる。
橙乃と違って緩衝材が無いから痛い……とは口に出しちゃまずいよな。
「キノコぶるのやめなさいよ。私と二人っきりの時は……素直な丈人君でいて欲しいの」
紅潮した顔を俺の傘にきゅっと押し当てて、眞城が消え入るような声で囁く。
数分前の出来事を気にして、俺が強がっているんじゃないかと不安になったんだろう。
「ほー……ここぞとばかりにデレたな」
「は、はぁっ! ふ、ふざけないでくれるっ!」
バッと顔を上げて、館内を揺るがすほどの大音量で叫ぶ眞城。
当然、すぐにどよめきが周囲から巻き起こり……それに気が付いた眞城は居心地悪そうにしゃがんで身を隠した。
「ぐっくぅ……無駄口叩かないで本を探してよね」
「へいへい。それじゃあ、あの本を取ってくれないか?」
眞城をからかうのも楽しいが、やるべき事を忘れちゃいけないよな。
俺は良さげな本を眞城に取ってもらうと、能力で念じてパラパラと中を開く。ホコリがモクモクと立ち上ったが、俺には鼻が無いのでお構いなしだ。
「ふぇっくちぃっ!」
「……すまん」
次からはもう少し丁寧にめくることに決めて、俺は本の中身に意識を集中させる。
細々とした文字ばかりで退屈そうな本ではあったが、書いてある内容はその分豊富で興味深い。後は、俺逹の求めている情報があるかどうか――
「神念山、か。色々な伝承はあるみたいだけど……」
「キノコ化した人間、なんて載ってないわよね。あれば話題になっているでしょうし」
「昔話が曲解して伝わる例は珍しくないから、それと似たような話があるかもな」
内容が似通っていても、細部が異なる昔話は結構ある。
あの有名な桃太郎も明治初期頃までは桃から産まれたのではなく、桃を食べて若返った老夫婦の間に出来た子供とする説が主流だったそうだ。
他には、浦島太郎が海で助けたのはただの亀ではなくて乙姫様が地上で変化していた仮の姿……なんて説も本で読んだことがあったな。
「手当たり次第にあさってみよう。何かの手がかりが見つかるかも知れない」
俺と丈美の境遇と似通った部分……もしくは共通点さえ見つけられれば――
「ええ。有意義な情報が見つかることを願うわ」
祈るような気持ちで、俺と眞城は次々と本を開いていった。




