44話 ちっぱいは嫌だ
「やーだーやーだー! 行―きーたーくーなーいー」
閑静な住宅地にこだまする可憐な叫び声。
家の玄関先で母さんに抱かれる丈美が、ジタバタともがくように暴れている。
「駄々をこねないの丈美~。せっかく皆さんが誘ってくれたのよ~?」
「やぁーっ! なのぉー!」
【きのこ研究会】の二回目の活動として計画された、図書館での調べ物。
俺逹は一日の授業全てが終わってから、丈美を連れていく為に一度自宅へ寄ったんだけど……見ての通り、直前になって丈美が嫌がりだしたのだ。
「ちゃんと昨晩、言っておいだろ?」
「やっ!」
「橙乃や針馬とは何度も会ってるし、眞城にも懐いていたじゃないか」
「ほらーおいでおいでー。眞城お姉ちゃんは怖くないわよー」
母さんの腕の中から頑なに出てこようとしない丈美に右手を差し出して、自分の元に招き寄せようと試みる眞城。
「うぅーっ……でもぉ、やだぁ。今日は変なのがいるー」
一瞬だけその手に反応しかけた丈美だが、この場にいる誰かに怯えているらしく……母さんの胸の谷間へとズブズブ沈んでいってしまった。
一体誰に? ここに来るまで俺を抱いてくれていた橙乃は勿論、針馬と眞城は顔見知り。
となると【変なの】の正体は――
「先端。先っちょ……先っちょ、だけだから……ペロペロ、したい……じゅるり」
「わぁぁぁぁんっ! 食べられるぅうぅぅっ!」
シーナしかいないよな。
涎を垂らしながら真顔で近づいてくる見知らぬ人なんて、恐怖しか感じないだろう。
「シーナちゃーん? じぃっくりと、お話しよっか……?」
「いっつ、じょーく……ゆー、のう?」
「シーナ・ロイド・バレトリア。貴様のキノコに対する飽くなき食欲は称賛に値するな」
お仕置き用ヘッドフォンを鞄から取り出してジリジリとシーナを追い詰める橙乃と、隣で興味無さそうに文庫本を立ち読みしながら発言している針馬の二人。
そのままシーナを抑えておいてくれ、その隙に丈美を説得するから。
「あらあら~、困ったわねぇ。お母さんも着いていこうかしらぁ?」
「母さんは明日父さんのとこに行く準備もあるし、俺達に任せてくれって」
今、俺の父さん……木之崎仗助は遠方の山へ遠征に出てしまっている。
一度山へ出かけると中々帰ってこない父さんの元に、着替えや荷物を定期的に届けに行くのが良き妻である母さんの仕事ってわけだ。
「そう? ならお言葉に甘えちゃうわね~? 一ヶ月ぶりにパパと会えるのが楽しみなのよぉ……あ、そうだ~! 妹と弟だったらどっちがい~い~?」
「ほら丈美。眞城お姉さんが抱っこしてくれるみたいだぞー」
年頃の兄妹の前で色ボケしている母親は無視して、その胸元の丈美に声を掛ける。
「ふふふ、私の胸に飛び込んできなさい丈美ちゃんっ!」
ババーンと広げられる両腕。バイーン……失礼、ペターンと強調される胸
あの、眞城さん……? 母さんの胸からそこに飛び込むのは、ちょっと……
「やぁーだぁー! ちっぱいやだー! おっきいのがいーいー!」
間違いなくお前は俺の妹だよ、丈美。
「……ちっぱい」
心無い丈美の言葉に思考停止になった眞城は、へのへのもへじ顔で硬直していた。
腕を広げたポーズと相まって……ただのカカシだな。
「大丈夫よ~優夢ちゃ~ん。女は体が武器じゃないわ~!」
「母さんが言っても逆効果だから黙っててくれ」
「ちっぱい……おっきいのがいい……ちっぱい……」
ちなみに……完全に壊れてしまった眞城を正気に戻すのには、丈美を宥めるよりも時間が掛かってしまった。人を胸のサイズで判断するのは最低なことだと俺は思う……ぞ。
「とうっちゃーっく! 丈美ちゃん、よく頑張ったねー」
「うん……杏おねえちん、丈美のこと離しちゃヤダよ?」
丈美が巨乳を所望したということもあり、橙乃が丈美を抱っこする係となった。
シーナも胸は十分過ぎるほどにあるのだが、丈美が怯えているので選ばれる筈もなく。
橙乃が丈美を抱いている為、残る俺の移動は眞城にお願いする事にしたんだが……




