46話 キノコとコペルニクス的転回
長い時間、本を読む事に夢中になっていた俺達だが、外が夕焼けで橙色に染まり出した頃にはもう疲れ果て……情報を整理する為にも一度引き上げることにした。
落ち着いて話せる場所として選んだファミレスに寄り、俺達は適当に注文を取る。
ドリンクバーにポテトフライというファミレス王道メニューに続き、鶏の軟骨唐揚げという絶妙なチョイスをしたのは眞城。唐揚げが届いた瞬間、みんなの同意を得ずにレモンの汁を皿全体にぶっかけたのも眞城である。
レモンの飛沫が舞った瞬間の針馬とシーナの悲痛な嘆きは面白かったな……くくっ。
「愚劣。唐揚げには……マヨネーズ……一択、この……愚か者、がぁー」
「おのれ……レモンが掛かった唐揚げなど唐揚げじゃない。唐揚げの形をした肉だ!」
「唐揚げの事はもういい。それで、二時間もかけた調査の結果はどうだった?」
半ギレ状態の二人には悪いが、唐揚げよりも本題の方を優先させもらおう。
後でまた頼んでやるから、半泣きで眞城を睨むのはもうやめてくれ。
「失敗。写真の、キノコは……まずかった。ぺっぺっ!」
「言っておくが俺は止めたぞ。食ったのはコイツの勝手だからな」
ああ……途中で姿を見なくなったと思ったらそういう事情か。
本をダメにしてつまみ出されたから、二人して外で待機していたってわけだ。
「私逹はいろんな物語を読めて楽しかったよね、丈美ちゃん」
「うんっ! 杏おねえちん、本を読むのが上手だった!」
昔話担当である二人のなんと天使なことか。ポテトを食べさせてあげながら、丈美の傘をナデナデしている橙乃を一日中ずっと眺めている仕事とかあればいいのにな。
「……丈人、お前逹はどうだった?」
「あ、え? これといった成果は無いけど、神念山について書かれた本は借りてきたぞ」
邪な考えをしていたのを見透かされているのか、針馬の声が低くて怖い。
いつもと違って、今日は眞城の膝の上に座っていてよかった。俺の表情を読める眞城が正面に座っていたら……もがれていたに違いない。
「伝説の類はからっきしね。紅い満月の夜には物の怪が現れるとか、天狗に会って不思議な力を授けられた村人の話とか……ありきたりな話ばかりよ」
「俺達の仮説は間違っていたというわけか……いや、そんな筈は」
「キノコという単語すら出てこなかったしな。神念山自体に何かあるわけじゃないのかも」
何かに近づいているという感覚はあるのに決め手が無い。そんなもどかしさに全員が頭を抱え、悩んでいると……不意に、丈美がこんなことを口走った。
「あむあむっ。ねー、おにいちん。どうして神念山って名前なのかなー?」
橙乃に取って貰った唐揚げを咀嚼しつつ、小茎を傾げている丈美。
話について行けないので、とりあえずの疑問点を挙げてみたってところだろう。
「名前はさっき眞城が言った天狗の話に由来するらしいぞ。大昔に山に登った男が、天狗から貰ったっていう力が念力なんだ。神の如き念力を授かる山だから神念山ってわけさ」
「ほぇーっ。この街に住んで長いのに、全然知らなかったよぉ」
丈美を膝に乗せている橙乃もまた、初めて知る事実だったようだ。
実を言うと俺も、今日読んだ本で知るまでは全く聞いたことの無い話だった。
これでもかなりの数、あの山に登っていたんだけどな。
「天狗に念力、ねぇ。うーん? 後一歩のような気もするんだけど……」
「苛々。喉まで……出かかって、いるのに……おぇーっ、でろーっ、おぇーっ」
「天狗……念力……超能力……」
丈美の質問は新たなヒントを生んだのか、眞城逹の唸りが一際大きくなる。
あまり根を詰め過ぎて、知恵熱でも出されたら大変だ。
「一度頭をスッキリさせるか。ポテトでも食べてリラックスしようぜ」
そう言って俺は、届いてからほとんど手を付けられていなかったポテトフライを、サイコキノシスでコントロールして口の中へと運ぶ。
うーん、この塩加減がたまらんのだよなぁ……なんて、もぐもぐしながら考えていると。
「「「「あっ!」」」」
「むぐっ? 俺の顔に何か付いてるか?」
ポテトを食べる俺を見て、一斉に声を揃える丈美以外の四人。
謎は全て解けて真実はいつも一つ! と探偵漫画の決め台詞でも言い出しそうな清々しい顔付きで、眞城は大きな声を上げた。
「それよ! キノコの体ばかりに注目しちゃっていたけど、冷静に考えればサイコキノシスの方もよっぽど超常現象よね!」
「まさにコペルニクス的転回だな。俺達はつい、現在の価値観でキノコ化ばかりに意識を集中させていた。しかし大昔の人間にとって、事態の優劣が逆だとしたらどうだ?」
優劣が逆……? そうか、そういうことだったのか……
くそ、どうしてこんな簡単なことに気付けなかったんだ!
「ふにゅ? こぺるにくす……? よく分かんないよ針馬おにいちん」
「キノコになるよりも、超能力を手に入れたことの方が衝撃的だったということだ。現代ほど科学も発達していない時代ならば、サイコキノシスのような力は重宝されただろう」
「本に出てきた天狗が例のキノコを指したものなら、あの伝説とも一致するわ。実際に天狗がいて、例のキノコを村人に食べさせたのかもしれないけどね」
「天狗……言われてみればあのキノコ、少しテングタケに似ているような気もするな」
テングタケの種の多くは水玉模様の傘を持ち、俺と丈美の変化後の姿にも近い。
ただ、テングタケの仲間は殆ど毒があるんだよな。ベニテングダケは特に有名だろう。
「えとえと? じゃあ、天狗さんのお話は丈美逹と同じ……なの?」
「近似。そのよう、ですね……天狗の、キノコを……村人が、はぐはぐ」
「妹の前で意味深な言い方をするんじゃないぞ、シーナ」
しかし、実際に天狗がテングタケのことだとしたら……
「もう一度、この話を読み返してみましょう」
本を借りる際に貰った手提げ袋から本を取り出して、該当するページを開く眞城。
全員の視線がテーブルの上に集まり、黙って開かれた本を読み進めていく。
その話を大まかにまとめると、大体こんな内容だ――




