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夜の國(血)  作者: ねろ
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死ニ物狂イ その3

目が眩む。


視界はバラバラのピースを無理矢理に繋ぎ合わせたように不自然の風景しか捉えきれず、最早そこには黒矢の姿も狐の男の姿も認識出来なかった。


助ケテクレ。


身体がバラバラになりそうなくらいに痛い。


所詮は人間だ、とたかを括っていたけれども、有り体に言って、比べ物にならない。

それは無論、この男の方が、他の有象無象とも言えよう憑神を容易く蹴散らせるという意味合いである。


助ケテクレ。


自分は今、どこでどんな状態なのかすらも分かったものじゃない。

記憶までも曖昧になっている気がする。

頭痛と吐き気がひどい。


僕はもう、ここで死ぬんだろうな。


嗚呼。


もうなんだか、どうでもよくなってきた。

身体がふわふわと浮いているような、白昼夢を見ているかのような感覚に襲われる。


眠いなあ。


動くのも考えるのも、全てが気だるくて億劫だ。


助ケテクレ。


別に善性だの優しさだの正義だのと、そんなもん振りかざしていたわけじゃあないんだけどなあ。

今更言ったところで無駄か。


意識の外では何やら黒矢が叫んでいる声が聞こえるけれど、もうどうでもいいな。

聞き取ろうとはしないし、出来ないし、聞き取りたくない。


助ケテクレ。


狐の男は──。

僕の憑神と名乗ったあの男は、一体何者なんだろう。

他の憑神を喰らう、奇々怪々な狐。

あいつは中立の姿勢を保ち続けて、今も僕を見下ろしているんだろうか。


助ケテクレ。


咲も、柿本も。

僕がいなくなったところで、なんだかんだあの二人は強い。

決して脆弱で、軟弱で、貧弱ではない。

何かあったところで、僕に頼らずともなんとかするのだろう。

でも、会えなくなるのは少し寂しいけどな。


助ケテクレ。


走馬灯のようにありとあらゆる思考が僕の脳内を駆け巡る。

もう考えたくないって言うのに。

その心は眠ることを許さない。


だって。


助ケテ。


今更僕に、どうしろっていうんだよ。


助ケテ。


偽善者の僕に、何をさせる気なんだよ。


助ケテ。


不毛な争いは、もうここらで終わりにしようぜ。


助ケテ。


不公平でも不条理でもないけれど──。


それでも不可思議な僕の短い人生は、ここで終わる。


助ケテ。


僕の掲げていた想いなんて、これほどに呆気ないものなんだな、と。

そういう無力さをまざまざと見せつけられた気分だった。




助けて。




「──────助けて・・・くれ・・・・。」


その声は、その言葉は。

不意に僕の口をついて出た。


僕は目を閉じたまま力無く叫ぶ。


「助けてくれッ────志乃(しの)。」



「承知した」

妙に大人びた、若々しくも威厳のあるその声が響く。

狐面の下から話すせいか、その声はやけにくぐもっていた。


「今現在、この瞬間を以(もっ)て、私と主の紅い契(ちぎ)りは結ばれた。」


「であれば──" 初 め て 自 分 の た め に 助 け を 求

め た "主の覚悟を、この私が蔑(ないがし)ろにする訳にも行くまい。」


僕は目の前(目は閉じているが)で起きている出来事の内容を把握するべく、残りカスほどもないような全身の力を振り絞って、重い瞼(まぶた)を開く。


するとそこには、変わらず白い着物を纏った狐の男──志乃が、見覚えのある日本刀を構えていた。



『鉄血』。



──いや、しかし。


見覚えはあるけれど、結果的にそれは別物である。

僕のものとは違い、志乃のソレの刀身は、何やら紅の稲妻を帯びていた。

それはバチバチと歪な音を立てて、刃に纒わりついている。



「私が力を貸すのは違反との話であったが、仕方あるまい。私と主は一蓮托生、一心同体。黒矢とか言ったか──お前も憑神と対峙する人間ならば、その主従関係については、心得ているはずだがな。」


主が憑神を"受け入れた"場合の、いわゆる『共存』について。



志乃はそうして、即座に黒矢の元へ間合いを詰める。

それはスピードだのなんだのと言うより、既に瞬間移動の域へと達していた。


さすが憑神、超能力じみたことを平然と成し遂げる。


そうして志乃はそのまま巨大な刀身をぶん回し、黒矢の身体を容易く切り裂いた。


あまりにも急激な展開すぎて、ツッコミも静止も入れられない。



けれども、それはあくまでそう見えただけであり、黒矢の身体からは、よく見知った憑神が切り刻まれた状態で出現した。


両腕のないその熊の如し怪物は、深く鋭い一筋の斬撃と、紅く朱いその閃光に見舞われて、喚き散らしながら悶絶している。


「・・・・・翡翠──?」

僕はその名を口にした。


あれ?

それだと、さっき黒矢が志乃に喰わせたアイツは──?


「成程、私に先程喰らわせたあの札こそが偽物だったわけだな。あれは熊の悪魔の味こそしたものの、主の認識していた憑神ではない。もっと比べ物にならないくらいに弱々しい、仔熊を模した低級な憑神だ。そうして本物の札で封じ込めていた翡翠の話は、文字通り"なかったこと"にしたわけだな。私が喰らったと思わせて。変わらず一生、お前が背負うつもりだったのだな。」


志乃は語り続ける。

「私の妖刀・『叢雲(むらくも)』は憑神共のみを切り裂ける。元々は私の食糧──獲物を狩る時の武器だったのだが。何か奇妙だった。お前に憑神の気を感じはするものの、無理矢理に貼り付けた偽物にしか思えなかった。しかし一体、何故そんなことをした?」


黒矢は騙り続ける。

「別に。思い立っただけさ──この世の殆どは見せかけの偽善だけで出来ていて、人間は誰も物事の中身、本質は視ない。ならば心に飼い慣らす怪物など、誰も気にしなくなれば、それは存在しないのと同義だろうに。・・・・・・試してみたくなったんだよ。胸の内で渦巻く虚言を──俺の渾身の" 戯言 "を、血のように真っ赤な" 嘘 "を、人間が見抜けるのか、と。けれども頓挫したな。失敗だ。見抜いたのは人間じゃない、憑神だった。──まあ、これも嘘かもしれないぜ。」


「ふむ。まあお前の思想にとやかく口出しなどはしない。そういうのは無粋な真似というやつだろう。嘘か真実かなどどうでもいい。真実と思えるものがあれば、人はそれだけで幸せになれてしまう。」


黒矢の話を聞き終えた志乃は、一通りの話の概要を反芻し、感心したように頷いてから、そうしてまた再び言葉を継いだ。


「であれば、後のあれこれは面倒だな──ならば、後は我が主に任せよう。」


「へ?」

僕は間抜けな声を出してしまうが、言うが先か、志乃は既に僕の影の中に潜り込んでいた。




「「・・・・・・・・・」」




周囲に言い知れぬ沈黙が響く。


「なあ、鎌田。」

先にそれを打破したのは、黒矢であった。


不穏な男。


不吉な男。


けれども、不幸ではないのだろう。


「なあ、鎌田──。お前だって、あの2人の少女と同じだ。元より憑神なんて、人喰いの怪物だなんて受け入れなければ、お前はもっと幸せになれた。なのになぜ、ここまで執着するのだ?どうして同じ境遇の奴を進んで助けようとする?」


「僕は今、幸せだよ。」


「怪物を受け入れてなければ、僕は咲とは話せなかったし、柿本のことも思い出せなかった。佐渡山さんとも、燦士郎とも、そしてお前とも、決して出会えなかった。だからなんだかんだあっても、結局は幸せなんだと思う。もし仮にそうじゃあなくても、別にいい。幸せじゃなくとも、正義でなくとも。」


「真っ赤な嘘を暴いて、密かな想いを抱いて、僅かな愛を与えて、些細な感情を芽生えさせ、傷ついた心を癒して、偽物の正義を認めて。」


「幸せになれなくとも、別の何かになれれば、僕はそれでいい。何にもなれなかったような──虚無にすらなれなかったような、そんなかつての僕みたいな体験を、他の誰かにしてほしくはない。地獄を感じて、悪夢を感じてほしくはない。」

噛み締めるように僕は言う。

本心とは言い難いけれど。

後付け設定のようなもので、当時はそんな高尚なことは考えていなかった。もっと必死で、考える余裕なんてなかったはずなのだ。



「そうか。しかしお前は、本物だな──。偽物だ、と言った俺の言葉は、撤回しよう。お前は本物だ。本物の──」




「愚か者だ。」


まったく、愚かしい──。


偽者はそう嘲笑って、そこに崩れるように倒れた。

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