死ニ物狂イ その2
狐の男は咲と柿本を僕らから離れたところへ退避させた。
「お嬢さんたちの見ていいものではない」という言葉にこもった力に気圧された2人は、唯唯諾諾とそれに従ったのだ。
「それでは確認するぞ、鎌田。互いの認識に齟齬があっては困るからな…。先ず、それぞれ『人喰い』『偽物』等の能力は禁ずる。俺たちはあくまで" 人 間 "なのだ。続いて、狐の男を含めて第三者の介入を許さない。俺やお前に関わらなければ、今頃もっと幸せになれたであろうあの少女達を巻き込むわけにもいかない。」
「分かった。それでいい。」
『人間』──鎌田 和成は、自分が今まで逃げ続けていた過去と、心の傷と、縛り続けられていた闇と、向き合う覚悟を決めていた。
「そうか。では始めよう。」
「ああ、始めよう。」
もう、終わらせよう。
周囲を不穏な風が取り巻く。
「さて、まずはさっきの仕返しでもさせてもらうとするかなあ・・・・。」
元々長髪だったのをバッサリと短髪に切り揃えた頭をわしゃわしゃと掻きながら、この上なく気だるそうな声色で黒矢は言う。
しかしその動きまでもが愚鈍かと言われれば、もちろんそんなことは無い。俊敏性に富んだそいつは、すぐさま僕の懐に潜り込んで、鳩尾に思い切り拳を打つ。
「──うッ・・・・・!」
人体の急所を確実に射抜いてくる。
口からは空気が漏れ、言葉をまともに発することが出来ない。
腹部には鈍い痛みが迸っている。
「愚かしいなァ鎌田 和成──。防御くらい出来るだろうに。それとも今時の高校生は、殴り合いの喧嘩なんかしないのか?いやはや、それは平和になったものだ──。まあ、代わりにもっと陰湿なトラブルの方が周囲を席巻しているだけなのだろうがな。」
見透かしたような、知ったふうな事を抜かす黒矢は、無表情のままに僕の顔を大きな手で鷲掴みにする。
「──!」
そのままその腕を大きく回し、崩落した廃墟の瓦礫が転がる地面に僕の頭部を打ち付ける。
くそっ、いって・・・・・。
「いてええええええええええええぇぇぇぇええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇええええええええええええぇぇぇぇええええええええええええぇぇぇぇええええええええええええぇぇぇぇええええええええええええぇぇぇぇええええええええええええぇぇぇぇええええええええええええぇぇぇぇええええええええええええぇぇぇぇええええええええええええぇぇぇぇええええええええええええッ!!!」
意識が途絶えていない分、生半可に、そして中途半端に、しかし恐るべきくらいに生々しい鈍痛が走る。
思わず叫び声を上げてしまった。
「おやおや」
黒矢は僕の顔を覗き込む。
続いて、自然回復を開始したその頭部を一瞥してから、こう言ったのだ。
「『人喰い』の能力は禁止と言ったろう。しかし何なのだ、その頭の回復は?俺が痛めつけた意味が無いじゃないか」
「意図したもんじゃあ・・・ねえってのッ・・・。仕方ないだろ、大きなダメージを負うと、自然と作用するんだから──。」
「フン、まあ仕方あるまい。そこは勘弁してやろう。ならば回復力のある分、より痛覚として思い知れ。俺の正義が偽物であるよう、お前の掲げる善性も、それが成すのは総じて虚無だ。お前には何も──」
「何も出来ないんだよッ!!」
黒矢 昴は珍しく語気を荒げ、本性のようなものを垣間見せる。
嘘をついて、毒をついて、悪態をついて────。
そうして心を穢して汚して怪我したその男は、回復したての僕の顔面を抱え、そこに膝蹴りを喰らわせる。
「ぐあぁッ──!!」
瓦礫の白だか灰色だかに、赤いシミが点々と増える。
まるでサッカーボールで遊ぶ子供のように、何度も防戦一方──というか、防戦すら出来ておらず、ひたすらにその攻撃を受け続けている屍のような僕の身体を蹴りつけまくる。
「・・・・・ふむ、お前みたいな偽善者を──俺と同じ人間をいくら傷つけようと、手応えなんてないな。ストレス解消にもならない。無意味だ。」
まったく、愚かしいな──と、そういうような、普段の黒矢のお決まりのセリフを吐いて僕の身体を丸ごと地面に放り投げる。
虚ろな僕の視界には、無表情で、というか狐面を被っているせいでどんな表情をしているのかはまるで分からないのだが、とにかく何も思わせない表情で、僕を見下ろす狐の男がいた。
あくまでこいつは、中立を保つつもりなのだ。
介入はしない。
ヘタレな僕には。
誰も介入はしない。
「がはッ──。畜生、もう動けねえよ・・・。再起不能だ。僕の負けだ──。」
そう言って、それこそ甘えに甘えた愚かしい言葉をつい発してしまう僕。
地面には口内に沸く血液を吐き捨てる。
そんな僕を、そんな僕の発言を無視して、黒矢は尚も動かない僕を何度も蹴りつけた。
殺意も悪意も、嫌悪も憎悪も、全てがこもっている。
「──ッ、聞こえねえのかよ・・・・!?おい、黒矢・・・・・負けだ、もう戦えない・・・それこそ死んでしまうッ──!」
「だからよォ」
突如、黒矢が口を開いた。
「お前のそういうところに腹が立って仕方がねえんだよ、自分が謝れば許してくれるだろうみたいな、何でも" 正 義" と" 優 し さ "と" 善 性 "で解決しようとしやがって。丸く収めようとしやがって。それで納得しやがって。そうして妥協したフリをしてるお前がうざったくてさあ──────」
「仕方がねえんだッッ!!!!」
より一層、強く力をこめて。
力と、そして恨みをこめて。
彼は僕を蹴り上げた。
痛い。
「自分だけが無理すれば良い、自分だけが無茶すれば良い、自分さえ犠牲になれば、それで周囲は救われるのだから、何も辛くはない──だなんて、そういう気持ち悪い思想を怖めず臆せず、厭わず躊躇わずに振り撒いて生きているんだから、恐ろしい、気味が悪い、お前は・・・。」
人間じゃないな、と。
目の前の男はそう締めくくった。
痛くて、悲しくて、辛くて、仕方がない。
意識が朦朧としてくる。
まともに思考出来ない。
あれ?
なんでだ。
どうして。
僕は何故、こんなことになっているんだっけ──?




