怨恨の憑神 Jack その1
超弩級の憑神、Jack the ripper。
常軌を逸した残虐性と凶暴性、そして、あろうことか全盛期の人喰いさえ凌駕するほどの逸脱した戦闘能力を誇るソイツとの死闘が始まった。
狂いすぎて、終わりすぎて、死にすぎて。
僕の感覚はおそらく麻痺しているのであろう。今回に限って言えば、何ら恐怖を感じることはなかった。
今はただ、こいつを──燦士郎を救わなければ。
「死んじまえよ、鎌田 和成ッ──!」
「こっちのセリフだ、Jack──!」
そのセリフと同時に僕は後ろに跳んだ。端的に言えば退転である。
しかしそれは逃避ではなく、恐るべきスピードで迫り来るJackにカウンターを喰らわせるという狙いがあった。
しかし。
「ぐッ・・・う、ぐああッ──!」
僕は嗚咽を漏らしつつ、身体中から血を噴出する。
──ッ!?
人喰いの動体視力で捉えきれなかった。
何が起こった?
視界がぐにゃぐにゃと歪み眩む。
永遠に万華鏡を覗いているようだった。
そう──。
Jackは、僕がカウンターを狙っておびき寄せようとしていたのを全く意に介さず、"そこから一歩も動くことなく"僕を細切れにした。
規則正しく、まるで魚のように切り開かれ、赤黒く濡れた僕の"部品"が虚ろな視界に入り込む。
「遅せぇんだよ、人喰い──。動きも遅いし、我が主の心の傷に気づくのも、遅せぇ。今更何を偉そうに言ってんだ。この加害者がよォッ!!」
今度は咆哮と共に、Jackが僕に向かって駆けてくる。
再生したての僕は、脆弱な廃墟の壁を拳でぶち抜いて、そこに瓦礫の雪崩を起こした。
目的としては視界の撹乱もあるけれど、怒りに満ち溢れているこいつが──ここまでの超速度で突っ込めば、対処しようがないだろう。
そのまま瓦礫に突っ込むことで、ある程度のダメージは与えられるはずなのだ。
「小賢しいぜ、人間擬きがァァァァァッ!!!」
そう言ってJackは、速度を少しも落とすことなく数多の瓦礫を突破した。
両手のナイフで全ての瓦礫を5cm四方の立方体に分断したのだ。
サイコロのように美しい正方形が、ガラガラと音を立てて床に落ちる。
「クソッ、マジで対処しようがねえじゃねえかよッ──!!」
僕は逃げ走りながら手首を切り裂く。
おそらく格闘なんて近接技はこいつの前には無意味だろう。
身体が少しでも接近した時点で、解体されて盛り付けられてしまう。
「喰らえ、『鉄血』ッ──!!」
噴出した血液が凝固し、歪に変形する。
僕の手には大きな太刀が握られていた。
「お前、俺のナイフ捌きを嘗めてんのかよォッ!!その鈍刀なんてぶった斬ってやるぜッ!!」
そう言ってソイツはこちらへ跳ぶ。いや、飛ぶと言った方が正確かもしれないけれど、どっちにせよ僕はこれを狙ったのだ。
よし。
僕は視界にJackを見据えつつ、先程とは反対の手首を手刀で切り裂く。
その傷口から溢れる鮮血を、またもや凝固させて刃物を創る。
しかし今度は太刀ではなく──メスだ。
医者が手術の時に用いるアレ。
「喰らえッ!!」
僕は叫んで無数のメスを奴の顔へと狙い飛ばす。重い太刀を抱えつつ、片手でこれを成し遂げられるのだから、僕もなかなか器用なものである。
僕の『鉄血』を切り裂くことのみを目的としていたJackは、想定外にメスを模した小型ナイフが何本も自分を襲いかかってきたことに気づくのが遅れ──。
遅れて、そのまま顔面にそれを受けた。
全てのメスが命中する。
「・・・・・っしゃ、100点。パーフェクトだ。」
柿本が行った風呂桶の投擲を元にした投げ方である。
成程、こいつは慥かに金メダルものだな。
「うああああああああああああッ──!!うぐッ、ぐおお・・・・人喰い、テメェ──!」
「どうした?かかってこいよ、どうせお前もこの程度じゃ死なねえさ、再生でも復活でも何でもして、俺を切り裂くんだろうがッ──。」
先程までの疲弊も相まって、息切れしながらの挑発なので些か不格好である。
僕は再び鉄血を握り、顔を抑えて蹲るJackへ近寄る。
「──!」
僕は違和感に気づく。
いやしかし、ここまで再生が遅いはずがない。
カウンター狙い?
僕がやった手法を真似たってことなのだろうか?
畜生、拉致が明かねぇ・・・。
「うおおおおおおおおおッ!!!」
僕は決死の覚悟でJackの懐へ潜り込む。
そうして奴の腹部へ『鉄血』を突き立てた。
突き立てた、はずなのに──。
手応えが、まるでない。
そこへ目を見やると、Jackの腹部は"Jack自身によって異物化されていた"。
ナイフで、という意味でなく、アイツの能力として。
Jackは身体を黒い煙と変えられる。
憑神が主の体から出現する時のソレとは関係なく、ただこれはJackの能力である。
つまり今現在、アイツは腹部のみを煙と化し、刀の攻撃を避けていた。
すると、次に起こるのは──。
「畜生、しまった──!」
Jackは僕を見下ろすようにニヤリと笑い、直後、僕を恐るべきスピードで連続して殴りつけた。
ナイフでなく、拳で殴ったのだ。
いっそその方が、攻撃に今までの怨念が募っているように思える。
殴って、殴って、殴りまくって、そうして僕は吹っ飛ばされた。
「・・・ッ!」
言葉を発せられない。
口からは空気が漏れるだけである。
Jackの怒涛の連撃は、僕の身体の急所を的確に射抜き続けていた。
回復がそろそろ追いつかない──。
言葉のナイフ。
言葉の暴力。
怨恨の殺人鬼、Jack──。
「お前じゃ駄目なんだよ、クソッ──!!」
僕は力なく、恨みがましく呟く。
どうしても、お前じゃ駄目なのだ。
お前じゃあ、燦士郎は助けられないんだよ──!!




