言葉に切り裂かれた子供 その6
結果的に、僕と柿本は夜遅くまで交代で燦士郎の看病をしていた。
看病というのは、あれから燦士郎の身体が高熱を発したからだ。
無論、ただの熱というわけでもなさそうで、僕たちは常に"ソレ"に備えて警戒をしているというわけだ。
いやしかし、佐渡山さんの時は、"憑神は主の身体そのものには何ら害をなさない"という認識でいたのだけれど・・・それは少し間違ったものだということなのか。
「入るわよ」
布団の中で魘される燦士郎の横で、椅子に座って思案していたのだが、それをノックが遮る。すぐさま、木製のドアが開かれた。
ガチャリ、という小気味よい音が響いて、柿本が部屋に入ってきた。
「鎌田君、眠そうね。疲れているんじゃない?私がしばらく代わるから、休んでていいわよ。」
心配そうに──というわけでもなく、さほど普段と変わらない表情で、僕に話す彼女。
僕に気を遣う柿本というのも、それはそれで新鮮だ。
いや、ここから結構長い語りになるから嫌いな人は飛ばして読み進めてほしい。
柿本の性格は、まあ普段あれだけボケているわけだから結構お茶目だとかなんだとか思われがちなんだけれど、そんなことは全くない。一切ない。
それは多分、「ツンデレ」という言葉で形容出来てしまうだろう。
まあ普段のつれない態度から一変、好きな人に対してはたまに甘い面を見せるというギャップに弱いという人だって多いのではなかろうか。
気を遣う柿本という有り得ないような言葉でそんなツンデレシーンとして歪んだ解釈をしてしまったけれども。
いやあ、いいよねツンデレって。
僕は色んな性格の女の子を受け入れられる寛容さがあるけれど(大嘘だ)、寛容さというより、言ってしまえばそれはもう個人的な性癖、趣味嗜好の範疇の話になるけれど、有り体に言ってかなりツンデレは好きだ。
というか、女の子のギャップが好きだ。
女性の"意外性"にガッカリしない男・鎌田和成でございます。
しかし先程の言葉を即座に否定するようで言い難いのだが、柿本の性格そのものをツンデレで表現すると語弊があるだろう。
ツン99.9%だ。そこにデレの概念はまず無い。
100%ではなく99.9%と表現したのは、不知火の騒動以降、本格的に人との友好関係を築き始めた柿本は、なんと恋人もいるそうなのだ。
ほんの短期間でそこまで成し遂げる攻めの姿勢には感服するばかりだが、僕以外の人間にあの不可思議極まりない態度で接していないかを考えると、それは少し心配でもある。
いや、まあ話が横道に逸れたけれど、念の為0.1%・・・その彼氏、ええと、藍川さんとか言ったっけ。とにかくその人に対してのみデレッデレという噂も聞くので(想像出来ねえ!)、それは割合的に99.9%表現になるのだが、とにかく僕以外に対してはごく普通の女の子なのだ。
特に子供とかには一層優しい。
いや本当に、なんで僕以外なんだろうか?
そりゃあ僕視点で話を進めていることを良いことに、女子のギャップに萌えるみたいなことを言っているならば話は別になるのだが、清廉潔白という言葉を体現し、純真無垢という言葉を絵に描いたようなこの僕は無論、そんなことは言わないよ。うん、言わない。
つまりあそこまでの(面白おかしいような)扱いを受けるにしても、その理由というかなんというか、心当たりがないのだ。身に覚えがないのだ。
僕は成績が良くないと言ったって、思考能力が著しく欠如しているわけでもない。しかしいくら考えて悩んでも、その答えは皆目検討がつかなかった。
割とマジで、柿本をツンデレ扱いしてしまいたくない自分がいる。
けれども柿本のデレ(見れるとしたら天文学的な確率になる。有効数字がガッツリ使われてしまう)が見たい自分もここにいるのだ・・・!!
でもそれをもし直接本人に言ったところで見せてくれるわけじゃないしなあ。むしろドン引きされる。軽蔑されてしまう。
いや、普段からそうなんだけどね。
(それもそれでいいかもしれないが)
掛け値なしに言うけれど、もし僕と柿本を含めた多人数で王様ゲームをやるなら僕は容赦なしに柿本にツンデレセリフを言わせるぜ?
そこに恥じらいはないのだ。
「え、鎌田くんそんな人だったんですか・・・」
とか周囲にいる他の女子に思われても、その時に限って言えば僕は心に一切の傷を負わない。
責任も負わないが。
スターをとったマリオのようなものだ。
いやはや、ツンデレのみを全力で推すとかそんな男じゃあないけれど、僕はとにかく女子のあらゆる性格(ツンデレ、ドS、ドM、ドジっ娘、デレデレ、etc…)に萌えを見出す男だけれど──萌えまくって燃えまくっちまう男だけれど。
しかし柿本のツンデレとなれば全力で推そう。
僕はそのために死ねるかもしれない。
いや、どうせすぐに生き返るんだろうけれど。
さて、ここまで読み進めてくれた方はお疲れ様だ。
ここまで飛ばした方もお待たせしてしまい申し訳ない。
本題に戻ろう。
柿本に気遣われた僕は、その後──。
「うん?ああ、少しうとうとしてたかも・・・。いや、まだいいよ。まだ大丈夫。」
「そうかしら?鎌田君、眠そうよ。憑かれているんじゃない?本当に大丈夫?」
「疲れてるけど憑かれてねえよ!つーかこの時点で僕に何かあったら話が進まないじゃねえか、恐ろしいことを言うな!」
シャレにならねえよ。
「そう、ならいいわ」
そう言って突如、柿本はゆっくりと僕の隣に腰を下ろした。
「?・・・いや、気を遣うなよ。本当に何かあったら呼ぶからさ、まだお前はゆっくりしてていいって。」
「私だって心配なのよ。あなたのことと、燦士郎くんのことが。気が気でないわ。どうせ取り立てて緊急の用事もないのだし、それなら私もここにいさせてもらうわよ。別に鎌田君の側にいていたいとかそういうんじゃ全くないわ、勘違いしないでね。勘違いする分には自由だけど、傍から見ればみっともないわよ。」
「最後のセリフで台無しだよ・・・・。」
ツンデレ幻想が悉くぶち壊されていった。
「あら、何が?」
「なんでもねえよ、期待した僕が馬鹿だった。」
「やっと自覚したのかしら、それは大きな成長ね。」
「大きなお世話だ!!」
僕は軽く溜息をついて言った。
「・・・ともかく、黒矢も言ってたろ。お前はもう極力"憑神"に関わろうとするな。お前は普通に生きていてくれよ。普通にそこそこの幸せを掴み取っていてくれよ。無理に不幸になる必要は無いんだ。いや、勘違いしている前提で言うけれど、もし僕に対して気を遣っていてくれるなら、それは嬉しい話だけれどさ。」
「あんな怪しい男の言うことなんて、元より聞く気はないわよ。」
「そりゃまあ、たしかに」
ははは、と僕は軽く笑った。
「それにね、和成君。」
え?
あれ?
こいつ、今僕のことを名前で呼んだ?
不意にその違和感に気づき、柿本の方を振り向いた。
思った以上に、彼女は僕の近くにいて。
そして──。
「──────!!」
唇を奪われた。
実際にはほんの僅かな秒数だったのだろうけれど、体感的にはそれは永遠に近かった。
柔らかな唇を離して、ぷはっと息を吸ってから、柿本は続ける。
「私は憑神に憑かれたから、あなたに思い出してもらえた。あなたの近くにいることが出来たの。それは何よりも幸福で、そう、『人生はプラスマイナスゼロだ』なんて言う人がいるけれど、私の人生はそれだけでプラスになってしまうほどなのよ。私にとってのあらゆる不幸を、あなたは打ち消してくれた。それが、嬉しくて、嬉しくて・・・・・。」
顔を赤らめて語っていた柿本だが、次第に呼吸が乱れ、その白く艶やかな頬を大粒の涙が滑る。
「・・・・だって、幸せすぎるじゃない、ずるいわよ、こんなの・・・・・。心にも体にも傷を負わないように逃げて生きていた私が・・・不釣り合いなんじゃないかってくらいに、幸せで・・・!」
それはいつもの柿本とは思えないくらい、感情のこもった声だった。
目の前にいる少女が愛おしい。
僕は(彼女のいる身のくせに)その少女・柿本 永音の細い体躯を確かめるように、抱きしめた。
「うっ、う・・・・・うわああああああああああん」
次第に彼女は、声をあげて号泣し始めた。
僕の身体に寄りかかるようにして、身も心も、想いも全てを委ねるようにして、彼女はそうしていた。
──まったく、こんなの。
ツンデレの比にならないくらい、最高に嬉しいことを言ってくれるじゃねえか、こいつ。
僕は黙って、彼女を抱きしめ続けていた。




