言葉に切り裂かれた子供 その4
「話しては、くれたわ。話してはくれたけれど──これじゃあまりに、残酷すぎる。子供が語るべき話ではないわ。」
苦虫を噛み潰したような顔というか、最早それどころではないほどに苦痛を滲ませた表情で、柿本はそう言った。
「無断で彼の事情を鎌田君に話すのは、燦士郎君に申し訳ないけれど──。でもこれは十中八九、"憑神"が絡んでいるわ。話しておくべきでしょうね。それじゃあ、聞いてくれるかしら。」
勿論だ、と僕は頷いた。
憑神の絡む話となれば、僕だってそいつの力になりたい。偽善者だろうが愚者だろうが死者だろうがなんだろうが、僕は側にいてやるべきだ。
辛い時、悲しい時、困った時──そんな時に人が側にいてくれるということがどんなに有難いだろうか。僕はそれを、5月に体験した。ならば、僕もそうあるべきだ。
そこにいるべきだ。
そうであるべきだ。
咲がそうしてくれたように。
僕がそうしてやったように。
「そうね、どこから話そうかしら──。それは数ヶ月前。鎌田君が"地獄"を体験した時より少し前くらいの時の話よ。」
柿本は重々しい口調で語り始める。
だがそれは、たしかに残酷極まりない話だった。
今まで漫画の中でしかありえないと思っていたような、そんな話。
彼──葦継 燦士郎は、小学5年生の一般的な少年だ。影を持たないとか身体が半分死んでいるとか、愛を受けていないとか、感情が潰されたとか、別段そんなこともなく日々を過ごす、平凡極まりない少年だった。
しかし突如、彼の日常に変化が訪れる。
ある時、些細すぎるほどに些細な理由で、クラスメイトと言い争いをしてしまったそうだ。
それは年頃の少年少女によくありがちな意見の衝突なので仕方ない話ではあったのだ。そのままそれは一時的に解決したかと思われたが、しかしそれはあくまで「思われた」だけであった。
翌日から、まあ端的に言ってしまえば燦士郎は苛烈ないじめに遭ったのだ。
元々その衝突をした相手も相当に燦士郎が気に食わなかったらしく、広い人脈を活かして多人数と独りの負け戦を燦士郎に演じさせた。
それも集団社会の縮図と言えよう学校であれば当然に近いものではあったが、だからといってそう割り切ることが許される問題ではないだろう。
ここまで考えてから、じゃああの古傷は、そいつらにカッターナイフか何かで切りつけられた傷なのか?それは流石におかしいだろう、と。
そう考えたが、実の所はそうではなかった。
むしろ、そうであったらどんなにマシだっただろう──。
本筋はここからである。といっても、柿本から聞いた話と、以前黒矢から聞いた憑神に関する知識と、それから僕の憶測を織り交ぜた継ぎ接ぎだらけの本筋だ。
若干の齟齬というか誤差というかがあるかもしれないが、それは許してほしい。
さて、彼は日に日に増すストレスのせいで、憑神の存在を無意識ながらに許してしまった。
そこにつけ込んだのが"Jack the ripper"という憑神である。
それは未解決事件で有名な、かつてイギリスで名を馳せた殺人鬼の名であるので、おそらくその憑神の実態は想像に難くないだろう。
"言葉のナイフ"という表現がある。
それはつまりものの比喩なのだが、それが比喩でなくなったわけだ。
他者から受けた暴言毒舌を全てナイフのように置き換えて、主の身体に傷をつけるのである。
その切れ味と言えば想像を絶するほどに恐ろしい。
多感な少年期に暴言を吐かれようものなら、いじめに遭おうものなら、それはどんなに心を傷つけるだろう。
想像に難くないが、同時にそれは想像を絶する。遥かに凌駕する。
燦士郎の身体の傷は、つまりそういう経緯で刻まれたものなのだが、するとさっきの発言にも納得がいく。
"永音お姉ちゃんの、悪口を言うな──。"
"悪口は人が傷つくから、いけないんだ──。"
成程、そういうことであったか。
慥かに含蓄ある言葉だった。それは本人だからこそ言えるのであろう。
『悪口は、人を傷つける』。
僕はここで思考を止めた。
「ねえ、鎌田君」
柿本が不安げな表情で僕の顔を覗き込む。
「私は彼を──燦士郎君を、助けてあげたいわ。救ってあげたい。守ってあげたい。でも、私はあなたみたいに戦えるわけじゃないの──。その無力感が、悔しくて口惜しくて仕方がないのよ。ねえ、どうしたらいいの?何か私に出来ることって、あるのかしら?」
「質問は1つずつだよ、柿本」
まあそう慌てるな、と僕は彼女に声をかける。
「お前に出来ることはあるさ。お前の役目はきっとある。これは葦継 燦士郎という少年が主役の物語だけれど、でもだからと言って、登場人物が彼だけなわけが無いだろう?」
そうだ。
彼一人じゃない。
彼独りじゃない。
同時にそれは僕の物語であり、柿本の物語である。
言ってしまえば、それはつまり誰の物語でもないのだが──まあそれはいいとして、だ。
「お前は、ずっとあいつの側にいてやれよ。辛い時、側に人がいてくれるってのは、どうにも嬉しいもんがあるんだぜ?」
柿本もきっと、それは分かってくれるはずだ。
不知火の騒動があったから。
「あと、この騒動が終わったらさ」
僕は彼女を振り向いて微笑んだ。
「またみんなで、アイスを食べようぜ。」
勿論、その時は僕も食べたいな。




