言葉に切り裂かれた子供 その2
というわけで。
いや、どういうわけなのかは、残念ながら当事者本人である僕がイマイチ把握出来ていないから詳らかに語ることは出来ないのだが、僕達3人は柿本の部屋にいた。
柿本の脅迫みたいな言葉に唯唯諾諾と従っていたら着いたとか、そんな感じだ。
女の子の部屋というのは、基本的には思春期の男子高校生にとってはいるだけで気分が穏やかになる場所、或いはいるだけで気分が高揚する場所なはずなのだが(偏見)、僕はどちらでもなかった。強いて言うなら、後者寄りだろう。
というのは、柿本の事だから結構シンプルで片付いた部屋なのだろうというような、それこそ偏見に満ち溢れたようなことを考えていたのだが──予想に反して、柿本の部屋はめちゃくちゃ女子力が高かった。
可愛らしいぬいぐるみなんてのもそこらに置いてあるのだ。
その意外性に驚き、またそのギャップに萌えて、僕の心は忙しく動転する。
「鎌田くん、狸の置物のようにそこで待っていなさい」
突如、柿本にそう言われた。
いや、比喩だよね?
大人しくしてろっていう意味合いを含んだ比喩だよね・・・?
「いい?"狸の置物のように"よ。」
そういって彼女と燦士郎は、とたとたと軽く駆け足でどこかへ行った。
・・・・・?
その比喩と思われる表現をやたらと念押しするのは何故だろう。
本当に狸の置物の真似しろってか?
とりあえず僕は、狸の置物感を少しでも出すべく壁際で直立不動の"気をつけ"の体勢をとっていた。
するとすぐに2人は戻ってくる。
どうやら傷の手当に必要な道具を取ってきたようだ。
それからの柿本の手際は見事なもので、テキパキと丁寧に燦士郎の体にある生々しい傷、その中でも新しめのものを探しては手当していった。
僕はそれを無言で眺めていたのだが(もちろん狸の置物ポーズのまま)、後に手際の良さについて聞いてみたところ、本人曰く「保健委員だからね」とのこと。
怪我とか体調不良で切羽詰まってる時に、この嗜虐心に満ち溢れたような、というか果汁100パーセントのジュース並に嗜虐心でしか構成されていないような女に添われるのも安心しないだろうけれど。
苦渋100パーセント。
「さて」
すると──。
柿本は、そういって燦士郎に目線を合わせるように屈み、彼の頭を優しく撫でる。
「一緒にお風呂に入りましょうか、燦士郎くん。」
「ちょっと待て!?」
不動でいられなかった。
狸の置物、失格。
「何かしら、鎌田くん。狸の置物でいろと言ったはずよ。狸の置物は喋らないわ。」
「本物の狸も喋らねえよ・・・・あのなぁ柿本、こいつもう10歳だぜ?一人で風呂ぐらい入れんだろうが、女子高生が年頃の男子に裸体を見せつけようとしてんじゃねえ。お前が心配だ。」
「あら、彼氏でもない男にそんなことは言われたくないわね。彼氏でもない男に。」
・・・・・・・・・・・・・・・。
2回もそこを強調すんなや。
こいつ、色々過去のことを引きずってねぇ?
「冗談よ。彼女でもない女をそんなに心配してくれるなんて、鎌田君は優しいのね。でも心配なんてしなくていいわ。"案ずるより産むが易し"って言うでしょう?」
「待った、心配なのはお前の将来と思考回路だよ!何を産む気なんだお前は、風呂場でこの少年と何をする気だ!!」
いや勿論、こんな女に風呂場に連行される少年──燦士郎の身の安全についても心配だが。
ちなみに"案ずるより産むが易し"が立派な意味を持った諺であることは承知している。
「それでも彼は、怪我人よ?」
柿本は挑発するようにこちらを見つめる。
怪我人には優しくしなくちゃね、と。
ここでド正論を挟まれてはこれ以上ツッコミが展開できない。
この話は終わり。
──結局、2人はシャワーを浴びにいった。
いや正直なことを言わせて貰えば、柿本は美人系の女子だから羨ましい。
すらっとしているあの体躯を拝みたい。
でも多分僕は怪我しても、そんなサービスはうけられないだろうな。すぐ治っちゃうし。
というかあいつが、僕にそこまで献身的になれるとは毛頭思わない。
ちなみにこういう話では、浴場を覗くのがテンプレギャグなのかもしれないけれど残念ながらそれはない。
今回に限っていえば、柿本に「絶対に覗かないでね」と狸のくだりよりも強い念押しをされた。
仮に覗けば、おそらくそこに待つのは死。
割とマジで言っているつもりだ。
だがそんなことを考えていると、突然シャワールームから「ひゃあっ」と、やけに短く可愛らしい柿本の悲鳴が聞こえた。
僕は慌てる。
「どうした──!?おい柿本、返事をしろ!」
「──い、いや・・・何でもないの、本当に、なんでもないわ。でも、ちょっと、その・・・・。」
やけに返答がゆっくりな上に、その言葉に鋭さというか切れ味がなかった。柿本特有の威圧感というか、何というか。
やけに歯切れが悪く、結果的にその言葉は余計に僕を不安にさせたのだ。
「マジで大丈夫なのかよ!?おい、開けるぞ────!」
開けた。
負けた。
即座に僕の顔面に風呂桶が飛んできた。
超ストライク。
パーフェクトな威力。
間違いなく金メダルが贈呈される。
投げたのは勿論柿本で、器用に体の一部を手で隠しながら、心なしか、やや頬を赤らめながら、それでも風呂桶を投げてきた。
痛え・・・・・。
しかし僕が目を奪われたのはそこではない。
そこと言うのは、柿本の身体である。
柿本の身体ではなくて──では何なのかというと、偶然にもすれ違った少年・葦継 燦士郎の胴体である。
先程の手当は肘や膝など、衣服を着ていても目に見える場所のみだったので分からなかったが────そこには異様な程に怜悧な、痛々しい見た目をした古傷の痕がそこらに残っていた。
まるでメッタ刺しにもされた感じに。
僕は未だにジンジンと痛む顔を抑えつつも、指の隙間から覗き込むようにしてそれを見た。
燦士郎は平然としていたが、それは一目で見て、"異常"。
やはりこの一件にも、何かが絡んでいるのではなかろうか。
であれば、僕は挑むしかないだろう。
結果的に僕は風呂桶の痛みで、気を引き締めることとなったのだ。




