言葉に切り裂かれた子供 その1
自分を助けてくれた男に対する物言いでないのは充分すぎるほど承知している。
だがしかし、今はこの禍々しい男と一緒にいたくはなかったのだ。
僕は事前に黒矢から渡された予備の着替えである半袖Tシャツに着替えてから、逆神ホテルを一目散に駆けて飛び出してきてしまった。
自分が嫌になったのか、黒矢が嫌になったのか、憑神が嫌になったのか、札が嫌になったのか。
何に向けるべき嫌悪か、何に向けられた憎悪か分からないまま道を走っていると、炎天下の道端に見慣れた姿が一つ、そして見慣れない姿を一つ見つけた。
僕は息を切らしながら、見知った方の名前を呼ぶ。
「おーい、柿本。」
純白のフリル付きワンピースを纏い、麦わら帽子を被っている。
なんとなく向日葵が似合いそうな、まさしく夏って感じの清楚な女子が、何やら物憂げな表情でそこに佇んでいた。
彼女は声の元へ振り向き僕を見つけると、スタスタとこちらへ向かって歩いてきた。何やら小さな男の子と手を繋いでいる。
「こんにちは、鎌田君。泣く子も黙る杮本よ。」
「ちょっと待て、今僕は息切れしていて結構キツいがお前のためにツッコミをちゃんといれてやるよ・・・・!まず一つ、その名字はどこかで聞いたぞ、それは『かきもと』じゃなくて『こけらもと』って読むんだよ!!文字に起こしているから容易にボケとして成り立つけれど、もしもこれがドラマCDとかアニメとかだったらどうにもなんねぇんだ!つーかそんなメタな話を主人公にさせるな!そんで2つ目は泣く子を黙らせてんじゃねえよ、それじゃただの怖いお姉さんじゃねえか!泣いている子供には親切にしてやれ!」
そこそこ長い距離を走ったばかりだというのに、そこそこ長いツッコミをしっかり入れてやった僕。なかなかやるじゃんっていう賞賛の声が読者から聞こえる。
いや、そんなわけないけど。
「やあねえ、小さな子の前でそんなに叫んじゃって。惨めとは思わないのかしら。みっともないわよ。折角この泣く子も笑う杮本もとい柿本が鎌田君と楽しく雑談に興じてあげようと言うのに。」
ぐう・・・・・っ!
言われてしまえば、ツッコミと言えどたしかに小さな子の前で叫ぶのはあまりよろしくない。こういう子の視点で見れば、高校2年生は立派な大人だ。
大人に相応しい対応をしないとな。
いやでも、ちょっと待ってね?
どうしてもツッコミたいんだよ。
「繰り返しギャグとしてしっかりきっちり3回名字ネタを使ってんじゃねえ、いちいち抜け目ないんだよお前は!つーか、『杮本もとい柿本』って早口言葉みたいになってんじゃねえか、正直今スラスラ言えたお前がすげえよ・・・・。」
しかも、"泣く子も笑う"って。
お前みたいにボケかましてくるやつがいたら、そりゃあ笑われるだろう。
「繰り返しギャグを2回でやめたらやめたでどうせ文句を言うのでしょう?まったく、泣く子にすら笑われる鎌田君ときたら、器が小さいんだから。」
"泣く子にすら笑われる"。
不名誉すぎる称号を授かった。
なんで?
「ひどすぎるぞ、お前・・・あーもう知らねえよ。僕は傷ついちゃったもんね。慰謝料請求しちまうからな、覚悟しやがれ。」
この場にいる3人で1番子供っぽいのは僕な気がしてきたので、いっそ開き直って子供みたいな拗ね方をしてみる。
「金を請求するって堂々と言い切れるなら、あなたはまだ充分元気よ。元気すぎて捻り潰したくなるわ。」
「・・・・・・・・・。」
お前はとことんドSに徹してんのな・・・!
めちゃくちゃ怖えよ、もう。
楽しい会話(字面は恐ろしいが)を一通り展開し終えた時に、"ところで"と柿本が真面目な顔付きになって話題を転換した。
「ところで、この男の子──。葦継 燦士郎くんと言うみたいなのだけど、見てくれないかしら、これ・・・。正直言って、すごい怪我よ。どうにも異常事態な気がするわ。とりあえず応急処置を施さなきゃということで私の家に連れていこうとしているのだけれど、"もし何かあったら"ということで、鎌田君も来てくれないかしら。」
それは言われれば──というより、言われずとも目立つくらいにその子は傷だらけだった。
泥だらけで、傷だらけだった。
泥道で派手にすっ転んだような、そんな感じ。
"もし何かあったら"というのは、つまりはそういうことであるのだろう。
「それじゃあ行こう、燦士郎くん。自己紹介が遅れたけれど、私は柿本 永音よ。このやかましいお兄さんは・・・・えっと、誰だったかしら?」
優しく男の子に語りかける柿本だが、僕にはまったく優しくしてくれなかった。
子供が少し羨ましい。
「よりによってかつて好きだったやつを忘れるな、恩人を忘れるな! ・・・・えっと、僕は鎌田 和成って言うんだ、よろしくな。しばらくはこの誘拐犯みたいなお姉さんの言うことを聞いてくれよ。とりあえず傷の手当てをしてくれるみたいだからさ。」
柿本に比べたら本当に微細な悪意が混じった紹介をしてから、僕は2人と共に歩き出した。
「あら、誘拐犯のお姉さんとは困ったニックネームね。人聞きが悪すぎるわ。燦士郎くん、何か言ってやってくれないかしら。」
「・・・・・・永音お姉ちゃんの、悪口を言うな。悪口は人が傷つくから、いけないんだ。」
ゆっくりと絞り出すようにして、燦士郎は僕の腕を少しつねった。
「痛えっ!」
まじで?
なんで懐いちゃってんのこいつ!?
つーかなんでこんな早くに手懐けてるんだよ、柿本・・・!
恐ろしさここに極まれり。
そんなこんなで焼けるような暑さに耐えながら道を歩きつつ(柿本の家は逆神ホテルから結構な距離があった)、ようやく僕ら3人は彼女の家へ到着したのだった。
思えば、もうここから既に"悪夢"は始まっていたのだが──。
そんなことは、まだ誰も知らない。




