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夜の國(血)  作者: ねろ
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破戒の憑神 『翡翠』 その1

突然吹き寄せた夜風を合図に、僕と黒矢の二人、そして翡翠はお互いに向かって駆動した。


しかしながら僅かに翡翠の方が速く、まず僕に向かって拳が突き出されたかと思えば、次の瞬間には──"身体に穴が開いていた"。

翡翠の有する、ゴツゴツした巨大な拳が丁度貫通する程度の大きさの穴が開けられたのだ。


文字通り、風穴が開いてしまっていた。

羽織っていたグレーのパーカーの色が瞬時にして変わる。赤黒い、気持ちの悪い色だった。


「ぐうう……ッ!」

口から、そして身体から、微量な空気が混ざった血液が噴出する。

いくら怪物の身体で、回復力が何倍にも向上しているかといったって流石に限度がある。

身体の穴は塞がったが、今は呼吸を整えるので精一杯だった。


体勢を崩した僕に二撃目を食らわせようと振り上げた翡翠の腕を、そこに立っていた黒矢が蹴りでへし折る。

文字通り、一蹴してみせたのだ。


翡翠には黒矢の靱やかで鋭い蹴りのダメージが効果覿面だったようで、その捥(モ)げそうになった腕をぶらぶらと振り回して唸り声を上げていた。呻き声と言った方が正確だろうか。


「情けない憑神だ・・・いや、根性のない憑神だよ、お前は。人間ごときに両腕を封じられるんだからな。」

そう言って翡翠を挑発する黒矢。

そうだ。

あの時僕の部屋にて、既に翡翠の片手は消滅してしまっていたのだった。

こうなるとつまりは、あの凶悪で獰猛な拳の攻撃はもう封じられている事になる。


これはつまり、怪物の力を発揮する好機(チャンス)だ──!

そう思って僕は自分の手首を切り裂き、そこから多量の血液を掻き出す。

そのままその血液を能力で変化させ、一本の日本刀を精製した。


その名は読んで字の如く、『鉄血』。


僕は怪物ならではの狂気を孕んだその刀を構えて、暴れ回る翡翠へと駆け寄った。

そしてそのまま跳躍し、猛獣が獲物へと飛びかかるような体勢で上から斬撃を与える。

どちらが獣か分からないくらいに、それは激しい動きだった。


渾身の斬撃を食らった翡翠は、途端に呻き声が止み静かになる。叫ぶ気力すらもないのだろう。

墨汁のように真っ黒い血液のようなものと、それとはまた別に脳漿のようなものが混ざった液体がぴゅーぴゅーと傷口から溢れ出していた。


「ど、どうだァッ!」

僕は逆転されることが約束されたような小物の悪役みたいな陳腐な台詞を吐く。死亡フラグもいいところだった。


すると、傷口を抑えてのたうち回っていた翡翠が突如こちらを睨みつけながら咆哮した。

先程黒矢に踵落としを食らわされて、今にも千切れそうなその腕を力無く掲げ、こちらに向けている。


「────!?」

その意味が分からずに狼狽えていた僕に向かって、黒矢は叫ぶ。

黒矢が大声をあげるのを聞くのは、初めてのことであった。

「鎌田、避けろッ──!!」

次に瞬きをした時には、既に手遅れ。

僕の眼前に"何か"が飛んできていた。


腕だ。


千切れかけていた腕をこちらへと飛ばしたのだ。

あまりに一瞬のことすぎて、僕はそこから半歩ズレるのがやっとだった。それは怪物の身体スピードをも凌駕していた。


僕の左半身がぶっ飛ぶ。

ぶっ飛ぶというより、それは既に爆発四散であった。一瞬前まで僕の左半身として機能していた肉塊は、最早原型を留めていない。


「・・・・・・・・・・・?」

何が起きたか分からなかった。

いくら不死身とはいえど、回復速度が追いつかないほどに連続で、或いは一撃だとしても重大な傷を負ってしまえば、僕は身体がドロドロに溶けて死んでしまう。


死んでしまうのだ。


「まったく、この手は使いたくなかったのだがな──」

そんな声と共に、呑気に煙草に火をつけている黒矢の姿を視界に捉えた直後、僕の意識は途絶えた。


その銘柄はたしか、セブンスター。

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