感情の潰えた青年 その6
僕の家で一悶着あった後、少し時間が経ったことにより佐渡山さんは目を覚ました。
しかし当然の事の事ではあるが、獣の腕に関しては何も覚えていないようで、「気分が悪い」と言ってフラフラとした足取りで僕の家を去った。
その後の話である。
「その…悪かったよ、黒矢。お前の思惑を考える余裕なんてなくてさ…。」
僕は謝罪の言葉を口にしたものの、何とも言い訳がましくなってしまった。
黒矢は何やら不満げな表情で、「別に構わん。職業上、他者から理解されないなんてのはままあることだ。」と言う。
僕的には、性格の問題も少なからず影響していると思うけどな……。職業上って付け加えてる時点で、自覚があるのかないのかはよく分からない。
「何やら失礼な事を考えられていた気がするが」
唐突にその男はそう言った。もう憑神だかなんだかを置いてけぼりにする勢いで、有り得ないほどに勘の鋭いやつだった。
「失礼なことって、僕がか?まさか、そんなことを考えるわけないだろ。いつも憑神に出会したときに助けてもらってんだからさあ。これでもお前には感謝してるんだぜ。・・・・ところで、黒矢、今怒ってる?」
嘘100パーセントで塗り固めた虚言を何も厭わず躊躇わずに言えるのは(実際めちゃくちゃ慌てていたし動揺していたが)、保身の意識故である。
たぶん。
人間、こういう時に饒舌になるというのは本当のことだ。
「怒ってない。怒ってないから親切心でお前に忠告してやろう。」
忠告?一体何のことやらと僕が耳を傾けて次の言葉を待つ。
しかし、だ。この男が親切心に満ちたアドバイスをすることなどまずないと言うのは、赤子でも分かる話なのだった。
「夜道には気をつけろよ、鎌田。」
・・・・・・・・。
僕は一度深呼吸して叫ぶ。
「めちゃくちゃ怒ってんじゃねえか!!」
こええ…。
なんだこの男。執念深そうな性格してはいるけど、それとこれとは話が別だよなあ…。
ついに黒矢にもツッコミを入れるようになってしまった。いや、読んでる人には分からないと思うけど、柿本も咲も江花も、結構な頻度でボケてくるからツッコミを入れるのが大変なんだぜ?
ここでは記されてないけれど、日常会話の方ではツッコミが多量すぎるんだよ。もう僕は過労死してしまいそうなぐらいだ。
そもそもこんなの、酸いも甘いも噛み分けたような大人とする会話じゃない。ヤツも僕も子供っぽさ丸出しだった。
黒矢はいつの間にかクッキーを齧っていた。
佐渡山さんが持ってきたものである。
「ところで黒矢」
「なんだ」
「・・・・僕はこの先、どうすればいい?」
一瞬の間で少し躊躇したのは、黒矢に「知らん」という端的な返答をされるのではないかと予測したからではない。
いや正直それもあるけれど、黒矢の提示した「僕のやるべきこと」を僕自身が受け入れられるかどうかが不安だった。
だって、翡翠は好戦的で強大な憑神なのだろう?
仮に戦闘になったとして(しかし可能性としては最も高い)僕が戦えば、まず勝ち目はないじゃないか──。
そんな僕の不安を押し退けるようにして、この時もまた柄にもない、普段の黒矢らしからぬことを言うのだった。
「どうしたら──か。何と返すべきだろうか、ふむ…。」
「ならばお前は、どうしたい?」
と、僕を見据えて聞いた。
「僕は──佐渡山さんを助けてやりたい」
正直な本音を伝えると、黒矢はフン、と僕を嘲るように鼻で笑った。
「そんなことはどちらでも同じことだ──。お前が干渉しようがしまいが、もしくは影響しようがしまいが、そいつは元々助かるべくして助かるんだよ。そして助からないやつは助からない。お前の存在なんて何もなりゃしない。寧ろお前が関わって人をダメにしてしまうことだってあるというのに、ぬけぬけとそんな間抜けなことを抜かしやがって──。」
それはつまり、僕が存在したところで助からない人はいるし、存在しなくても勝手に助かる人はいる。
どの過程を辿ろうと、最終的にはなるべくしてなる結果に帰結して終わるということなのだ。
くだらん、と彼は僕の言葉を否定した。
「くだらん。全く、実に愚かしい──だが」
「だが、お前の好きなようにしろ。・・・俺はお前に任せよう」と。
「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ あ あ 、 分 か っ た よ 。 」
僕は力強く、そう言ったのだ。
黒矢 昴。
お前は全然裏方なんかじゃあないよ──まったく。
そして、回想終了。
午後20時のことである。
僕と黒矢は、大浦大公園にいた。
僕の住む田舎町の外れの方に位置する公園で、辺りには民家なども含めて何も無い。そのくせして土地だけは無駄に広大な場所なのだ。
黒矢は全国を放浪としている身だから初めての来訪になるだろうが、僕は凡そ二、三ヶ月ぶりとなる来訪だった。
5月中旬から下旬にかけて、僕はここで『大罪人』であるマンイーター4人を相手にした。
なので僕に言わせれば、結構地の利のあるところではあるのだ。
何せ、身体が覚えている。
そして目の前に、窶れた面構えの青年が立っていた。佐渡山 幾郎。
心の内に狂気の獣・翡翠を飼っている青年。
「ぐアあアァあアアaアああぁあaァアaアアあァッ──!!!」
この世の終わり、絶望を連想させるような、そんな悲痛と苦痛に塗れた異形の咆哮をあげる。
瞬間、彼の腹を内側から突き破り、大熊を模したような赤黒い色の獣が現れたのだ。
しかし突き破られたように見えた佐渡山さんの腹からは出血もせず、傷もないようで、そこに意識を失って倒れた。どうやら意識と心の影についた憑神が顕現しても、それを司る人間の肉体に危害は及ばないらしい。
ならばまずは一安心と言ったところか。
そしてそのまま、僕はついに戦う覚悟を決めたのだ。
負けじと咆哮する。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉァアアアアア──ッ!!」
全身が熱い。
どくんどくんと身体が脈打っているのがはっきり感じられ、その体躯いっぱいに血液が迸るのが分かる。
そう、僕は殆ど99%人間に戻りはしたが、生命の危機に瀕した時と、迷いを捨てて決断した時のみに、残る1%──即ちマンイーターの能力が覚醒するのだ。
無論、それは一時的ではあるが…それでも、翡翠と戦闘するには充分に事足りる。
僕はしっかりと大地を踏みしめて、佐渡山さん──否、翡翠を睨みつけた。
夜風に曝されて、砂がバッと宙を舞った。




