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夜の國(血)  作者: ねろ
10/35

愛を欲した彼女 その3

「鎌田先輩」

「ん?なんだよ江花、お前が僕に電話なんて珍しいよな。」

後輩の少女・江花から唐突にかかってきた電話に若干の戸惑いを覚えながらも、僕は着信ボタンを押して応答した。

「暇だから、面白いお話をしてほしい」

「・・・・・・・。」

理不尽な無茶振りが僕を襲った。

「面白い話?いきなりなんなんだ、お前。急にそんなのがぱっと浮かぶわけねえだろうが。」

僕がその無茶振りを華麗に回避しようとすると、江花は「そうかい、残念だ。じゃあ先輩、私から質問をしてもいいかな?」と言う。

「まあ、質問くらいなら…。何を聞きたいんだ?」

「いま街を賑わせている狼の噂、知ってる?」

「? ・・・・いや、知らない。狼の噂って?」

そんな噂は寡聞にして聞いたことがなかった。僕は噂だの流行だのには疎いような節があるのはたしかだけれど、スケールが街規模となれば僕も聞き覚えくらいあってもいいんじゃないだろうか。それが全く記憶にはなかった。

「銀色の体毛の狼が、夜な夜な街を徘徊するんだってさ。街をゆっくり何周かすると、闇に消えて見えなくなるらしい。生態が全く分からないから、もう都市伝説みたいな扱いになってるけど・・・。」


僕は江花の話をソファにもたれかかるような体勢で聞いていた。片手には携帯電話を握り、もう片手はぶらぶらと力無く垂らしていた。

「・・・ふうん、じゃあつまり、ニホンオオカミみたいなのが見つかったってわけ?近所で?」

「鎌田先輩は頭を使うのが苦手なようだね、でも得意不得意は人それぞれだから気負いしなくていいよ。・・・・こんな街中に狼なんか出るわけないでしょ。それに体毛が白銀色なんだってば。私の言いたいことは、つまりそういうこと。」

先輩ならわかるよね、という言葉を最後に、彼女は電話を切った。


ああ、よく考えればすごく馬鹿な発言をしてしまった気がする──。

後輩との会話で、恥ずかしいなあ、まったく。

さりげなくディスられてたし。


たしかに、奇妙な話だった。

私の言いたいことは、つまりそういうこと──。

先輩ならわかるよね──。

江花の声が頭の中で繰り返される。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

やっぱり、"そういう"話なのか。

もしこれが憑神の類の話なのであれば、僕はそれで苦しむ人を救ってあげたかった。

偽善なのかもしれないけれど、それでいい。

その方がいい。

僕は正義になるつもりなんてない。


不知火に言われたことを忘れたわけではないが、僕はグレーのパーカーを羽織って外へ出た後、愛用の自転車に跨って逆神ホテルを目指す。

魑魅魍魎に関わるなら、やっぱりそれを生業としているやつに話を聞いておこうかな──と。

情報は大事。

「うん?」

そうして自転車をひたすらに漕いでいると、何やら見覚えのある後ろ姿が僕の視界に入った。

「おーい、柿本。」と、僕はその少女の名前を呼ぶ。

淡い水色のワンピースを着ていて、華奢な可愛らしい少女だった。細く白い足元からは、彼女の影が道路へと伸びている。

彼女は僕に気づくと歩みを止めて、僕へと小走りで駆け寄ってきた。

「こんにちは、鎌田くん。どうかしたの?」

「いやあ、別にそれといった用はないんだけどさ。お前を見かけたから、つい声をかけちまって。」

「ふうん…これからお出かけかしら?」

「まあ、そんなとこ。お前には、僕が半人半妖みたいな存在であることは話したろ?そういう魑魅魍魎の類に詳しい知り合いがいて、そいつに会いに行こうと思ってんだ。」

「ええ、たしか…身体能力が著しく伸びるっていう…」

「あ…まあ、そうだな。でももうほとんど人間なんだしさ。別に気を遣わなくてもいいんだぜ?」

その怪物の特徴として、「人喰い」という言葉を避けたところをみると、気を遣わせてしまったような気がして、なんだか申し訳ない。身体能力の向上が見られる憑神なんて、他にもいろいろいるらしいしな。

「そう…でも、なんだか申し訳ない気がして。たしか、私を救うのにも一役買ってくれたのでしょう?その知り合いの方は。だったら、もし迷惑でなければ私も同行したいわ。お礼を言っておきたいし。」

「ああ…僕は別にいいんだけどさ、あいつが許可するかな…。」

黒矢の性格上、女性は苦手そうだし…そもそもあいつ、まともに人付き合いをすることが難しそうな感じなんだもんなあ。

・・・・・。

まあ、別にいいか。

「分かった、いいぜ。それじゃ、一緒に行こう。」

僕が自転車を押していく形で、2人で一緒に並んで歩く。柿本が心なしか嬉しそうに笑っているのを見ると、僕もなんだかいい気分だった。

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