第6話 淫らな交わり、歪な絆
Side:赤羽架純
夕闇が街の輪郭をゆっくりと飲み込み始める頃。
碧陵学園から少し離れた場所にあるマンションの一室──そこは、遠阪空を貶めるための策略の中心人物である、藤嶺徹が一人で暮らす部屋だった。
カーテンが閉め切られ、薄暗いリビングの空調がかすかな駆動音を立てている。部屋のそこかしこに男の独り暮らし特有の生活臭と、微かな香水の香りが入り交じっていた。
ソファに深く腰掛けて足を組む徹の傍らに、私は立っていた。
計画を完遂した高揚感と、すべてを意のままに操ったという優越感を抱きながら。
二人の間には、犯罪を成し遂げた共犯者同士特有の、ねっとりと湿った空気が漂っていた。
「いやあ、それにしても上手くいったな、架純。あの時の空の間抜け面ったらなかったぜ。最高に滑稽だったよ」
徹はビール缶のプルタブをプシュッと開け、満足げな笑みを浮かべながらそう口にした。その口元には、他者を踏み台にすることに何の躊躇もない、底意地の悪さが滲み出ている。
「本当だよね。あの時の顔、写真に撮っておけばよかったくらい」
私はクスクスと意地の悪い笑い声を漏らしながら、ソファの背もたれに体を預けた。
「俺という完璧なイケメンを差し置いて、あんな冴えないやつのくせに、周りから変に慕われているのは前からすごく気に食わなかったんだよ。いい気味だぜ。これで鼻をへし折ってやれたな」
「私もすっごくスカッとしたよ。当然の報いだね」
私は冷ややかな目で虚空を見つめながら、吐き捨てるように言った。
頭の奥には、かつて自分の思い通りにならず、告白を冷淡に断った空の姿がこびりついている。
「そもそも、空君が悪いんだよ。私のプライドを踏みにじって、告白を冷たく断るような真似をするから……こうなるのは自業自得なの」
私にとって、空を陥れたことへの罪悪感など微塵もない。あるのは、拒絶されたことへの深い恨みと、それを復讐という形で晴らしたことで満たされた自己愛だけだ。
「それにしても、俺たちの演技は完璧ですごかったよな。誰も疑わずに、あの真面目な空がレイプ未遂したなんて信じ込むんだから、人間なんてチョロいもんだぜ」
徹は缶ビールを一口あおり、自画自賛するように鼻を鳴らした。
「みんな本当に馬鹿だよね。教師も生徒も、ちょっと涙を流して被害者を演じるだけで簡単に信じ込んじゃうんだから。本当に、扱いやすくて助かるよ、世の中ってさ」
私はフンと鼻で笑い、自分の制服のスカートの裾を指先で軽く整えた。
周囲の人間を操り人形のように弄ぶのはとても気分がいい。
「これで俺は学園のヒーロー、守ってあげた男ってわけだ。そしてお前は、酷い目に遭わされた悲劇のヒロイン、か。完璧な配役だな」
徹はご満悦というようにほくそ笑む。
「そんな私に、皆同情して優しくしようとしてくれるはず。そうして愛想を振り撒いて好感度を上げておけば、今年の学園祭のミスコンではきっとグランプリに選ばれるよね? 去年は吉岡先輩に僅差で負けたから、リベンジして、私がこの学園の女王だってことを皆に分からせてやるの」
「チヤホヤされるのは気持ちいいし、周りをコントロールしやすくなるからな。俺も人気を利用して、可愛い子たちをこれからも食いまくってやる。けど、その前に、架純、お前からだ」
徹はニヤリと片方の口角を吊り上げると、ソファに座る私のあごを乱暴につまみ上げた。
「俺はお前のために一肌脱いで、あの復讐劇に協力してやったんだ。ちゃんと、事前の『契約』は守ってもらうぞ」
「……分かってるよ。約束通り、たっぷり慰めてあげる」
男って皆こうよね。口では綺麗事を言っていたとしても、結局最後には身体を求めてくる。
私はゆっくりとソファから立ち上がると、徹の足元へと音もなく跪いた。
夕暮れの薄暗い部屋の中、彼女の制服のプリーツスカートが床に綺麗に広がる。
架純は潤んだ瞳で徹を下から見上げながら、彼のスラックスのベルトに指をかけ、器用な手つきでジッパーを下ろした。
ジャリ、と金具が擦れる音が静かな室内に響く。
そして、私は徹の股間に顔を寄せ──。
これまでも、彼女は学外の大学生のセフレなどに何度かこうした行為をしてきた経験があった。
当初は少なからず抵抗や恥じらいもあったが、回数を重ねるうちに嫌悪感は薄れ、今では男が気持ちよがる姿を見る背徳感や、自分が優位に立っているという征服感すら覚えるようになっていた。むしろ、技術的にも快感を引き出すコツを掴み、今では一種の快楽として楽しんでいる。
彼の性格は救いようのないクズだが、ルックスだけは整ったイケメンであり、快感を味あわせてくれる存在としては悪くない。
これからも、体を重ねる関係を都合よく続けていくのは十分にアリかもしれない──淫靡に舌を蠢かせつつ、そんな冷徹な計算が、私の頭の片隅をかすめた。
やがて私の巧みな技と熱い吐息が、徹の理性を少しずつ溶かしていく。
微かに漏れる嬌声と、互いの皮膚が擦れ合う音が、夕闇に包まれた部屋の空気をいっそう濃厚なものへと変えていった。
「っ……ふ、お前、いい反応するじゃないか……」
徹は低く掠れた声を漏らしながら、私の髪を乱暴に掴み、自身の欲望の赴くままに腰を沈める。
その荒々しいアプローチに、私はわずかに眉をひそめつつも、心の奥底でふつふつと湧き上がる背徳的な興奮に身を委ねていった。
復讐というドロドロとした目的のために結ばれた肉体関係は、いつしか互いの依存と歪んだ執着を生み出し、部屋の中はただ熱を帯びた吐息だけが満ちていく。
やがて二人の身体は一つに重なり、部屋の熱気がようやく静まり返る頃には、私は荒い息を整えながらシーツの上にぐったりと倒れ込んでいた。
「ふう……。すごくよかったぞ、架純。お前は本当に最高の女だな」
徹は満足げに言いながら、虚脱している私の頭を乱暴に撫でた。
その馴れ馴れしい態度の裏で、私は冷ややかな眼差しを徹に向けながらも、身体に残る微かな気怠さと熱に酔いしれていた。
薄暗い部屋の中、復讐の達成感と肉欲の果てに溺れた私たちは、歪んだ絆で結ばれたまま、その後も何度も重なり続けた。




