第42話 星屑の旋律、栄光の舞台
秋晴れの空がどこまでも高く澄み渡り、心地よい風が碧陵学園の校庭を吹き抜けていく。
学園祭二日目は、一般公開日ということもあって、朝から正門の前には多くの保護者や他校の生徒、地域の人々が列をなし、活気に満ち溢れていた。
一般来場者たちが次々と校内に流れ込み、あちこちから賑やかな話し声や美味しそうな匂いが漂ってくる。
そんな華やかな喧噪の中、俺の姿は正門近くのロビーにあった。
「お待たせ、空君!」
弾むような明るい声とともに、見慣れた三つの影が駆け寄ってきた。桐乃さん、爽花さん、そして凛ちゃんだ。週末のお洒落に身を包んだ彼女たちは、一般来場者に紛れて学校にやってきたのだ。
「お疲れ様、みんな。来てくれてありがとう」
「ううん、楽しみにしてたんだから! ね、桐乃お姉ちゃん、早く中に入ろうよ!」
凛ちゃんが嬉しそうに桐乃さんの手を引っ張る。
桐乃さんは穏やかな微笑みを浮かべながらうなずき、爽花さんは周囲の賑やかな様子に目を輝かせながら腕を組んだ。
「一般公開日ってすごい人ですね。 模擬店もあちこちで行列ができてるし、お祭りムード満点です。ねえ、空君、今日はどこから回る予定ですか?」
清楚モードで淑やかさを演出しながら、爽花さんが尋ねた。
「そうですね……。玲那さんは自分のクラスの『たこ焼き屋』のシフトが午前中いっぱい入ってるから、まずは玲那さんのクラスの店に顔を出してから、皆で校内を回りましょうか」
「やった! 玲那お姉ちゃんの焼くたこ焼きなんてレアすぎ! 絶対食べたい!」
凛ちゃんが楽しそうに声を弾ませる。
そうして俺たちは、一般の来場者や生徒たちが行き交う廊下を進み、玲那さんのクラスの模擬店へと向かった。近づくにつれて、香ばしいソースの匂いと「いらっしゃいませー!」という元気な呼び込みの声が聞こえてくる。
見渡すと、そこにはエプロン姿で鉄板の前に立ち、手際よくたこ焼きをひっくり返している玲那さんの姿があった。
普段のクールな佇まいとはまた違う、エプロン姿で少し汗をかきながら奮闘する彼女の姿に、凛ちゃんが「あ、玲那お姉ちゃんだ!」と嬉しそうに手を振った。
俺たちの姿に気づいた玲那さんは、ふっと柔らかい笑みを浮かべ、少しだけ頬を赤らめながらこちらに小さく手を振り返してくれた。
シフトの合間を縫って、俺たちは作りたてのたこ焼きを受け取り、その場で美味しくいただいた。
外はカリッと、中はトロッとした絶品のたこ焼きに、爽花さんと凛ちゃんは大絶賛の声を上げている。
それから、玲那さんの午前のシフトが終わるまでの間、俺たちは色々と出し物を見て回り、そうした後で、休憩がてら冷たいものでも飲もうかと、校内でもひときわ趣のある一室に足を運んだ。
それは、被服室を特別に改装して作られた、有志による『大正浪漫喫茶』だった。
部屋の扉をくぐると、そこにはタイムスリップしたかのような空間が広がっていた。
アンティーク調のランプシェードから温かなオレンジ色の光がこぼれ、レトロな蓄音機のメロディが心地よく流れている。
そして何より目を引くのは、美しいハイカラ風の袴や、フリルをあしらったシックなメイド風の給仕服に身を包んだ女子生徒たちが、上品に客席を回っている姿だった。
「わあ、ここすごく雰囲気いいですね……!」
爽花さんが感心したように周囲を見渡し、俺たちは空いていた窓際の小さな木製テーブル席に腰を下ろした。
注文した特製のブレンドコーヒーと手作りの和菓子が運ばれてくるのを待つ間、店内のあちこちから、他の客たちの会話が耳に入ってきた。それは、この学園の生徒たちらしいグループの声だった。
「ねえ、2ーCの演劇見た?」
「見た見た。『シンデレラ』のやつでしょ? イケメンの藤嶺君と、可愛い赤羽さんが主人公とヒロインってことで、最初はすっごく期待して見に行ったんだけどさ……」
「うん、ぶっちゃけイマイチだったよね」
「そうそう! どっちも演技が大根だし、ここぞってところでセリフもトチってたもんね。なんか、思ってたより全然盛り上がらなかったというか……」
「ねー。学年の中心にいる人たちだからもっと上手いのかと思ってたけど、期待外れだったね」
隣のテーブルから聞こえてきたその赤裸々な感想に、俺は思わずコーヒーカップに手を伸ばす動きを止めた。藤嶺と赤羽が主役を務めたクラスの演劇は、どうやら一般の生徒たちからはかなり厳しい評価を受けているらしかった。
さらに、話題は別の方向へと移っていった。
「そういえばさ、美術部とかの展示も見た?」
「ああ、新館のほうのね。去年展示してあった、あの『空』って人の描いた絵がすごく好きだったから、今年も見に行こうと思って探したんだけどさ……今年はその人の絵が展示されてなくて、めっちゃがっかりしちゃった」
「あ、私もそれ探した! なかったよね。代わりに、あの美術部部長の吉岡先輩とかいう人の絵がデカデカと飾ってあったけどさ……正直、よく分かんなくなかった?」
「私も同感。なんか、自分の世界観を押しつけてくるだけで、独りよがりな感じがして全然心に響かなかったよね」
「でもさ、それより何より、生徒会の特設ギャラリーに飾ってあったあの『シエル』って人のイラスト、見た!?」
「見た見た! あれはやばかったよね! 一瞬で引き込まれるっていうか、鳥肌立ったし、すごくなかった!?」
「そうそう! 本当に同じ高校生の人間が描いたのかって疑うレベルだったよね。私、あの絵のポストカードがあったら絶対買いたいもん!」
女子生徒たちが目を輝かせて『シエル』のイラストについて熱く語り合う声を聞きながら、俺は少しだけ視線を落とし、心の中でこっそりと息をついた。
自分の名前を冠した絵こそ今年は一般の美術展には出さなかったものの、生徒会の自由参加枠として描いた『シエル』としてのイラストが、こうして見ず知らずの生徒たちの心に深く突き刺さり、絶賛されている。その事実が、かつて美術部で吉岡に理不尽に踏みにじられ、否定された過去の傷を、優しく癒やしていくのを感じた。
「空君の描いた絵のこと、あんなに熱心に褒めてもらえるなんて、本当に嬉しいわね」
桐乃さんが優しく微笑みながら、俺にそっと視線を向けた。
爽花さんも「ですよね。一般の人や生徒たちがみんなあの絵の前で足を止めて絶賛してるんですよ」と誇らしげに胸を張る。
喫茶店での穏やかなひとときを過ごした後、『シエル』のイラストを見に行くなどしていると、時計の針は正午を大きく回り、いよいよこの学園祭のクライマックスへと向かう時間が近づいてきた。
午後一時半。
体育館を会場として、全校生徒と多数の一般来場者が固唾を飲んで見守る中、今年の碧陵祭における最大のイベント──『ミス・碧陵コンテスト』の本番が、ついにその幕を開けた。
ステージの周りには身動きが取れないほどの人だかりができている。
最前列の特等席には、俺たち逢沢家の面々―──俺、桐乃さん、爽花さん、凛ちゃんがしっかりと陣取り、ステージ上のスポットライトを見据えていた。
予選を勝ち抜いたファイナリストたちが次々と登壇し、自己紹介やそれぞれの個性を示すアピールタイムが繰り広げられていく。
そして、出場者の一人として名前を呼ばれ、ステージの中央に立ったのは、赤羽架純だった。
彼女は華やかなドレス風の衣装に身を包み、びっしりと埋め尽くされた観客席に向けて、自信満々の笑みを浮かべて手を振った。クラスの主役として、そして学園の『陽キャグループ』の女王として、ここで圧倒的な存在感を見せつけてやろうという魂胆がありありと伝わってくる。
「それでは、エントリーナンバー3、赤羽架純さんのアピールタイムです! どうぞ!」
司会の生徒の掛け声とともに、アップテンポなポップミュージックが会場のスピーカーから鳴り響いた。
赤羽はステージの中央でポーズを決め、キレのあるダンスを披露し始める。
しかし──。
「……あれ?」
「えっと……なんか、思ってたより……?」
観客席のあちこちから、小さなどよめきと戸惑いの声が漏れ聞こえてきた。
それもそのはずだった。赤羽のダンスは、リズム感がどこか怪しく、ステップの足並みも微妙にズレており、全体的に練習不足、あるいは見よう見まねの子供だましであることが素人目にもありありと分かってしまう代物だったのだ。一生懸命に笑顔を作って踊ってはいるものの、洗練された美しさやキレとは程遠く、どこか滑稽さすら漂っている。
アピールタイムの終盤、焦ったのか赤羽は可愛らしさをアピールしようと大きくウインクを決め、最後にあざとくペロリと小さな舌を出してみせるポーズをとった。
そのあざとすぎる演出に、一部の男子生徒からは「おっ、可愛いじゃん!」という声援や歓声が飛んだものの、全体的な空気としては「うーん……微妙だな……」という何とも言えない冷めた雰囲気が漂っていた。
ステージの端に戻った赤羽の顔は、わずかに引きつり、額にうっすらと冷や汗が滲んでいるのが、最前列にいる俺たちにもハッキリと見えた。彼女の計画していた『完璧な女王としての戴冠劇』は、この時点で大きく綻びを見せ始めていた。
続いて、エントリーナンバー4として名前を呼ばれたのは、吉岡だった。
「それでは、エントリーナンバー4、吉岡美誓さんのアピールタイムです! どうぞ!」
吉岡は涼やかな微笑みを浮かべながらステージに進み出ると、特技のスケッチブックを取り出した。観客の中から一人を指名し、その場で似顔絵を描くというパフォーマンスだった。
描き上がった似顔絵はそれなりの出来栄えであり、美術部部長としての技術の片鱗は見せたものの、パフォーマンスとしては地味で動きがなく、観客の反応はいまいちパッとせず、どこか盛り上がりに欠ける空気のまま終わってしまった。彼女の計算高い性格が、どこか観客との距離を生んでしまっていたのかもしれない。
そして、いよいよ、今年のミスコンのトリを飾る最後の出場者の番がやってきた。
「それでは、最後のエントリー者をご紹介します。エントリーナンバー12、逢沢玲那さんです!」
司会の声が響いた瞬間、会場の空気が一変した。
ステージの中央、スポットライトの光の中にスッと足を踏み入れた玲那さんは、過剰な露出や派手な装飾を避けた、シックで落ち着いた深い藍色のドレス姿だった。その圧倒的なまでの気品と、誰をも寄せ付けないクールビューティーな美しさに、観客席のざわめきがピタリと止まる。
彼女は一礼すると、ステージの脇に用意されていた電子キーボードの椅子に静かに腰を下ろした。
「みなさん、こんにちは。逢沢玲那です。私が今日、このステージのアピールタイムで披露するのは、歌と演奏です。曲は、『星屑のアルペジオ』を歌います」
その曲名が告げられた瞬間、会場の音楽好きの生徒たちの間から「えっ……!?」「マジかよ……あの曲!?」という大きなざわめきが巻き起こった。
『星屑のアルペジオ』──それは、ネットを中心に爆発的な人気を誇る叙情的なボカロ曲でありながら、そのあまりにも高いキー、複雑なメロディライン、そして歌い手の感情表現の深さが要求されるため、プロの歌手でも歌いこなすのが難しいとされる『超絶難曲』として有名だった。
「玲那ちゃん、あの難曲を……!」
爽花さんが息を呑んでステージを見つめる。
ステージの上で、玲那さんはゆっくりと息を整え、両手をキーボードの鍵盤に置いた。
そして、イントロが奏でられた。
指先から紡ぎ出されたのは、夜空に瞬く星屑を思わせる、繊細で、しかし芯の通った美しすぎる旋律だった。そのピアノの音色だけで、広大な体育館の空気が完全に玲那さんの世界へと引き込まれていく。
イントロの終わりとともに、彼女はマイクに向かって声を張り上げた。
「──♪」
歌い出しの瞬間、会場にいた全員が息を呑んだ。
圧倒的な歌唱力。
伸びやかで、透明感に満ち溢れながらも、聴き手の胸の奥底を直接揺さぶるような、切なくも力強い歌声が、体育館の隅々まで響き渡る。難曲であるはずの高音のパートも、音程が微塵もブレることなく、まるで夜空を駆け抜ける流れ星のように美しく、完璧にコントロールされていあった。
歌詞に込められた孤独と、そこから差し込む一筋の希望の光を見出すような叙情的な世界観が、玲那さんの圧倒的な表現力によって完璧に体現されている。
観客たちは誰もが言葉を失い、ただただその歌声と演奏に聴き入っていた。私語なんて一切ない。会場全体が、彼女の作り出す魔法のような空間に完全に支配されていた。
やがて、最後の音が静かに消え、玲那さんが歌い終えた瞬間──。
コンマ数秒の静寂の後、爆発的なまでの盛大な拍手と、割れんばかりの歓声が体育館を揺るがした。
「すごい……すごすぎるよ、玲那ちゃん……っ!」
爽花さんは両手を握りしめ、清楚モードを忘れて自分のことのように目を輝かせながら叫んだ。
凛ちゃんは「お姉ちゃん、最高にかっこいいよ……!」と涙ぐみながら拍手を送り、桐乃さんも感嘆の笑みを浮かべながら力強く手を叩いている。
ステージの上で、玲那さんは少しだけ頬を朱に染めながら、ゆっくりと立ち上がり、観客席に向けて深く一礼した。その横顔には、これまでにないほど晴れやかで、誇らしい光が満ちていた。
その後、すべての出場者のアピールタイムが終了し、厳正なる審査と観客投票の集計が行われた。
そしていよいよ、運命の結果発表の時がやってきた。
ステージの上には、ファイナリストたち全員が緊張の面持ちで横一列に並んでいる。その中には、先ほどのダンスの失敗で少し顔色を失っている赤羽の姿もあった。
マイクを持った司会の生徒が、ハキハキとした声で順位を読み上げていく。
「それでは、今年の『ミス・碧陵コンテスト』の入賞者を発表します……! まず、準グランプリにあたる第二位は……!」
会場の空気がピンと張り詰める。
「……エントリーナンバー3、赤羽架純さんです!」
その名前が呼ばれた瞬間、赤羽の頬がピクリと激しく引きつった。彼女の描いていたシナリオではグランプリ以外の選択肢など存在しなかったのだろう。
しかし、現実は準グランプリ。赤羽は慌てて顔の筋肉を無理やり動かし、作り物の笑顔を貼り付けて周囲の拍手に応えようとしたが、その目の奥は全く笑っていなかった。
「そして……お待たせいたしました! 今年の栄えあるグランプリは……!」
司会の生徒が意図的にタメを作り、封筒を開く。
「……エントリーナンバー12、逢沢玲那さんです!!」
その瞬間、会場はこの日一番の、天井が抜けるかと思うほどの盛大な歓声と拍手に包まれた。
「やったぁぁぁーーっ!! 玲那ちゃん、グランプリだーーっ!!」
爽花さんが嬉しさのあまり大声を上げ、凛ちゃんと共に飛び跳ねて喜ぶ。
桐乃さんも満面の笑みで拍手を送り、俺は胸の熱くなる思いを抑えながら、ステージの上で眩いスポットライトを浴びる玲那さんの姿を見つめていた。
ステージの中央に進み出た玲那さんは、ティアラを頭上に戴き、祝福の花束を受け取った。その凛とした美しい姿は、まさに今年の碧陵学園の『女王』そのものだった。
彼女の瞳が観客席の最前列にいる俺たちをとらえ、ふっと柔らかく、愛おしさに満ちた微笑みを向けてくれた気がした。
こうして、二日間にわたる碧陵祭は、大盛況のうちに幕を閉じたのだった。
§
学園祭の熱気と興奮が心地よい疲労感とともに過ぎ去った夜。
逢沢家のダイニングテーブルには、玲那さんのミスコン優勝を祝うための、豪華なご馳走が所狭しと並べられていた。
グラスを掲げて「乾杯!」の声を合図に、夕食の席は最高の盛り上がりを見せた。
「本当にすごかったよ、玲那ちゃん! あの『星屑のアルペジオ』、鳥肌が立つどころか感動で泣きそうになっちゃったもん! グランプリ受賞、本当におめでとう!」
爽花さんがグラスを大きく掲げながら熱っぽく称賛する。
「うん、お姉ちゃんの歌声、学園中の一番星みたいに輝いてたよ! あんなの、他の人には絶対に真似できないもん!」
凛ちゃんも両手をパチパチと叩きながら満面の笑みを浮かべる。
「皆、ありがとう……。自分でも、あんなに上手に歌えるなんて思ってなかったから、名前を呼ばれた時は本当にびっくりしたんだよ?」
玲那さんは少し照れくさそうに頬を染めながら、テーブルの下でそっと俺の袖をキュッと掴んだ。その指先から伝わってくる温もりが、彼女の喜びを物語っていた。
「でも、玲那の努力がちゃんと全校生徒に届いた結果よ。本当によく頑張ったわね」
桐乃さんが優しく微笑みながら玲那さんのグラスにジュースを注いであげる。
「それにしてもさあ!」
爽花さんはフォークをクルクルと回しながら、面白おかしい調子で話題を切り替えた。
「対するあの赤羽のダンス、控えめに言っても……『クソ』だったよねえ! いや、あんなに自信満々にステージに出てきて、蓋を開けたらあのズタボロのダンスでしょ? 最後のあざとい舌ペロも、客席の男子から『うわ、キツ……』ってドン引きされてる声が聞こえてきて、私、笑い堪えるのに必死だったよ! あれでよく準グランプリになれたよね。きっと根回しして票を自分に入れさせたりしてたんだよ」
「もう、爽花お姉ちゃん、そんなにはっきり言わなくても……」
玲那さんは苦笑いしながらも、どこかスッとしたような表情を浮かべる。
「でも、爽花の言う通りよ」
桐乃さんはワイングラスを上品に傾けながら、冷静な口調で続けた。
「赤羽と、あと藤嶺の二人組は、演劇のほうも生徒たちの間で散々な評価だったみたいね。『主役なのに大根役者だった』『セリフをトチってばかりで物語が台無しだった』って、一般公開日に来ていた保護者や他校の生徒たちからもかなり酷評されてたわよ。自分たちが学園の主役気取りで調子に乗っていた分、今回の文化祭は彼らにとって大誤算だったでしょうね」
「自業自得だよねえ。空君をハブったり、理不尽にいじめたりしてた罰が当たったんだよ」
爽花さんが当然のように言い放つ。
「そういえば、空君のイラストのほうも、今日は一般公開日ってことで、昨日以上の大盛況だったみたいじゃない」
桐乃さんが俺に視線を向け、優しく微笑んだ。
「今日も朝からずっと、特設ギャラリーの空君の絵の前には絶えず人だかりができていて、『シエル』さんの絵が一番すごかったって、色んな人が噂してたってことだったわよ。ねえ、玲那?」
「そうそう! 私も今日は一人で見に行ったんだけど、『あの幻想的な絵を描いたのって誰なんだろう?』って探してる人たちがたくさんいて、私、なんだか自分のことみたいに誇らしかったもん!」
玲那さんが嬉しそうに目を輝かせる。
「逆にさ、あの美術部の吉岡の絵は、全然人気なかったよねえ!」
爽花さんが思い出したように付け加える。
「空君の絵があんなに大絶賛されてる隣で、吉岡の絵は『なんか押しつけがましくてよく分からない』って素通りされてる人が続出だったって聞いたもん。ざまあみろって感じだよね!」
皆の楽しそうな笑い声が、ダイニングルームいっぱいに広がる。
玲那さんがミスコンで圧倒的なグランプリを獲得し、全校生徒や一般来場者の前でその輝きを知らしめたことで、彼女の影響力と学内での存在感は頂点に達した。
それに反比例するように、これまで我が物顔で学園の権力を握っていた藤嶺、赤羽、そして吉岡といった者たちのメッキは完全に剥がれ落ち、学園祭という舞台でその無様さを露呈する結果となったのだ。
「さあ、みんな、美味しいデザートもあるからね。今日は本当にお疲れ様」
桐乃さんの掛け声とともに、テーブルに有名店のフルーツタルトが運ばれてくる。
明るく弾む笑い声の中、俺は隣に座る玲那さんとそっと視線を合わせ、小さくうなずき合った。
この温かな場所で、俺たちはこれからも、さらに眩しい未来へ向かって歩いていく。
心からそう実感できる、最高の文化祭の終わりの夜だった。




