第40話 生徒会室の絶賛、文化祭のスケジュール計画
翌日の放課後。
チャイムが鳴り響いた瞬間、教室の空気は一変して活気に包まれた。
「ほら、みんな! 演劇の台本を配るから集まって!」
学級委員長の掛け声とともに、クラスメイトたちは机を寄せ合い、ワイワイと楽しそうにグループを作り始めた。
ヒロインのシンデレラ役を勝ち取った赤羽が、周囲の女子生徒たちに囲まれながら「私、セリフ覚えられるかな〜。でもみんなで頑張ろうね!」と笑顔を振りまいている。
王子様役の藤嶺も余裕の笑みを浮かべ、クラスの主役として見事に場を仕切っていた。
その華やかな中心から最も離れた教室の隅っこで、俺は静かに鞄を肩にかけた。
誰も俺に声をかけない。演劇の配役にも、買い出しの相談にも、俺の名前が挙がることは一切ない。まるで最初から存在しないかのように扱われるその空間は、昨日の段階ですっかり慣れていた。むしろ、彼らの馴れ合いに付き合わされるよりも、よっぽど気楽で心地よかった。
さて……約束の絵を持って、生徒会室に行くとしようか。
周囲の喧噪を背に、俺は教室をそっと抜け出した。
夕暮れ前の校舎を歩き、生徒会室のある特別棟へと足を向ける。途中の廊下ですれ違う他クラスの生徒たちの視線には、相変わらず冷ややかなものや、気味悪がるようなものが混じっていたが、今の俺の心には昨日中庭で交わした約束と、そこで得た確かな高揚感があった。
生徒会室の扉を軽くノックして中に入ると、そこには予想通り、嘉島会長が一人でデスクに向かって書類の整理をしていた。
「あ、空君! 待ってたわよ!」
嘉島先輩は俺の姿を見るなり、パッと顔を輝かせて席から立ち上がった。その表情には、生徒会長としての威厳だけでなく、一人の純粋なファンとしての期待とワクワク感が隠しきれない様子で滲み出ている。
「先輩、お邪魔します。約束のイラストのラフ画、持ってきましたよ」
俺がバッグから丁寧に包んだデジタル作画の出力画──ほぼ完璧に仕上がった『シエル』としての新作ラフ画を取り出すと、嘉島先輩は息を呑んで一歩近づいてきた。
「ま、まさか……もう描けたの……!?」
「はい。昨日の夜、一気に仕上げました。まだラフの段階も含んでいますが、今回のテーマと、先輩が言ってくれた想いをすべてこの一枚に込めたつもりです」
俺が両手で差し出したその絵を、嘉島会長は震えるような手で受け取り、デスクの上の広いスペースに広げた。
静まり返った生徒会室の中で、彼女がその絵に目を落とした瞬間──。
室内の空気が、ピタリと止まった。
そこにあったのは、どこまでも青く澄み渡りながらも、どこか切なさを孕んだ秋空の下、幾重にも重なる冷たい闇のなかから、一筋の温かな黄金色の光に向かって手を伸ばす少年と少女の姿だった。
光と影のコントラスト、キャラクターの表情に宿る強い意志、そして細部にまで描き込まれた圧倒的な背景の美しさが、見る者の心を一瞬で鷲掴みにする。
「……っ……これ……は……!」
嘉島会長は言葉を失い、絵から目を離せなくなっていた。彼女の瞳がみるみるうちに潤み、感動に震えているのがわかる。
「すごい……すごすぎるわ、空君……っ!」
彼女は感極まった様子で両手を胸の前で組み、絵を見つめ続けた。
「シエルさんの絵はいつも素晴らしいけれど……今回のこれは、これまでのどの作品とも違うわ。なんていうか……理不尽な絶望や闇を目の前にしながらも、絶対に折れない魂の強さと、温かな絆の光が、ダイレクトに心に突き刺さってくる……! 見ているだけで、胸が熱くなって、涙が出そうになるわ……!」
嘉島会長は興奮を抑えきれない様子で、俺の肩を両手でしっかりと掴んだ。
「絶賛するわ、空君! こんなの、文句なしの最高傑作よ! 特設ギャラリーの真ん中、一番目立つ特等席に飾らせてもらう! この学校の歴史に残る伝説の展示になるわ! 本当にありがとう、こんな素晴らしい作品を見せてくれて……!」
そのあまりの絶賛ぶりに、俺は少し照れくさくなりながらも、胸の奥が熱くなるのを覚えた。
「ありがとうございます、先輩。そう言ってもらえて、描いた甲斐がありました」
「本当に素晴らしいわ……。よし、この絵に負けないくらい、特設ギャラリーの準備も生徒会総出で最高の場所にしてみせるからね!」
嘉島会長の満面の笑みと心からの賛辞を受け、俺の中で『シエル』としての表現者としての自信が、さらに深く根を張っていくのを感じた。
§
逢沢家でのいつもの賑やかな夕食の時間。
美味しい料理に舌鼓を打ちつつ、今日の出来事──生徒会室で嘉島会長に絵を絶賛してもらったことを話すと、皆自分のことのように大喜びしてくれた。
「すごいじゃん、空君! 生徒会長も大絶賛なんて、やっぱり空君の絵は世界一だよ!」
爽花さんがフォークを大きく振りながら満面の笑みを浮かべ、凛ちゃんも「さすが空お兄ちゃんだね! 文化祭のギャラリー、絶対みんなびっくりするよ!」と目を輝かせた。
「皆、ありがとう。これも、あの時玲那さんが背中を押してくれて、生徒会長につないでくれたおかげだよ」
俺が言うと、玲那さんは少し照れくさそうに頬を染めながら言葉を返した。
「べ、別に……私はただ、空君の素晴らしい絵を皆に見てもらいたかっただけだし。それに、愛莉お姉ちゃんなら絶対に分かってくれるって分かってたからさ」
そんな玲那さんの素直になれない可愛い様子を見て、桐乃さんが優しく微笑んだ。
「さて、空君の絵の準備も順調に進んでいるみたいだし、いよいよ来週に迫った碧陵祭の具体的なスケジュールについても、みんなで話し合っておきましょっか」
桐乃さんのその一言で、リビングの空気は一気に文化祭の作戦会議へと切り替わった。
「そうだね! 文化祭は土日の二日間にわたって行われるんだよね?」
爽花さんがスマホを取り出し、スケジュールを確認し始める。
「そうですよ。一日目は校内関係者のみの公開日で、二日目は一般にも広く解放される一般公開日になっているんです」
俺が答えると、玲那さんが自分のクラスのシフト表を思い出しながら口を開いた。
「私のクラスは、お祭りの定番で『たこ焼き屋』を出店することになってるんだ。シフトは二日間とも午前中に入っているの。だから、お昼までの間はクラスの店にいないといけないんだよね」
「なるほど。じゃあ、一日目の午後からは、俺と玲那さん二人で校内の出し物を回るって感じでどう?」
俺が提案すると、玲那さんはパッと顔を明るくさせ、嬉しそうに何度も頷いた。
「うん! それがいい! 一日目の午後なら、私のクラスの仕事も終わってるし、ゆっくり二人で校内を回れるね。空君の絵が飾られる特設ギャラリーにも、真っ先に二人で見に行こうよ!」
「うん、そうしよう。シエルとしての俺の絵がどう飾られてるかも、すごく楽しみだしね」
二人の会話を聞きながら、爽花さんと凛ちゃん、そして桐乃さんが顔を見合わせた。
「ふふっ、一日目は二人きりでラブラブデートってわけだね。でも、一般開放される二日目は私たちも行くからね」
爽花さんがニヤニヤとした笑みを浮かべながら言う。
「だから、二日目の午前中は、空君と玲那ちゃんと合流して、五人で一緒にワイワイお店を回るの!」
凛ちゃんも「うん! 私、色んな模擬店を回りたいし、もちろん空お兄ちゃんの絵が飾ってあるギャラリーにも絶対行く!」と張り切っている。
「一般公開日は外部の人もたくさん来るから、賑やかになりそうよね」
桐乃さんも楽しそうにうなずいた。
「そして二日目の午後からは、いよいよ玲那お姉ちゃんが出場する『ミスコン』の本番応援だね!」
凛ちゃんがパッと両手を叩き、リビングのボルテージが一気に高まる。
「そうよ! 一番大切なのはそこなんだから!」
爽花さんが立ち上がりそうな勢いで熱弁を振るう。
「二日目の午後は、全校生徒や一般の来場者が一番集まる大メインイベント、『ミス・碧陵コンテスト』のステージ審査と発表があるからね。そこに玲那ちゃんがエントリーしているんだから、私たち全員で最前列陣取って、めいっぱい応援するよ!」
「うん……」
玲那さんは少しだけ恥ずかしそうに頬を赤らめ、コップの水を一口飲んでから、まっすぐに俺を見つめた。
「空君……私、正直言うと、こういう人前に出るような目立つイベントは本当に苦手だし、今でも緊張してる。でも……赤羽みたいな奴にこれ以上調子に乗らせたくないし、何より、空君の無実を晴らして、学校中に『私たちが最強の味方だ』って示すために、このミスコンで絶対にグランプリを取ってみせるから」
その玲那さんの瞳には、不安の色など微塵もなく、強い決意と誇らしい光が宿っていた。
俺は彼女のまっすぐな瞳を見返し、力強くうなずいた。
「うん。玲那さんなら絶対に一番になれるよ。当日は、俺が誰よりも大きな声で、応援するからさ」
「……うん、ありがとう、空君」
玲那さんは嬉しそうに柔らかく微笑んだ。
桐乃さん、爽花さん、凛ちゃん、そして玲那さん。
彼女たちとこうして笑い合い、未来の計画を立てているこの温かなリビングこそが、今の俺にとってのすべてであり、何にも代えがたい絶対的な居場所だった。
クラスでの孤立や、かつての家族からの追放劇なんて、もはや遠い昔の出来事のように思える。
来週に迫った碧陵祭が最高の舞台となることを、今から切に願った。




