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第38話 家族の残骸、そして宣戦布告のミスコン


 ロングホームルームでの文化祭の話し合いが終わり、クラスは活気に包まれたまま放課後の時間を迎えた。


 周りの生徒たちがグループごとに「どこで買い出しする?」とか「衣装のデザインどうする?」といった楽しげな話題で盛り上がる中、俺は自分の席で静かに鞄に荷物をしまい、誰とも目を合わせることなく教室を後にした。


 背中に突き刺さるクラスメイトたちの冷ややかな視線や、遠巻きに聞こえてくる「あいつ、マジで空気だよな」「文化祭も参加させてもらえなくて可哀想……って自業自得か」といった陰口は、もはや心に波風を立てることもなかった。


 ただ、早くこの息の詰まる空間から抜け出したい。その一心で廊下を歩き、昇降口でローファーに履き替えて外へと出た。


 早く帰って、イラストを描こう。


 そう思いながら、学園の重厚な正門へと足を向けた時だった。


「お兄ちゃん」


 不意に、目の前で聞き覚えのある声が響いた。


 足を止める。


 校門のすぐ脇に佇んでいたのは、制服姿の妹・萌絵だった。


 かつては「お兄ちゃん!」と満面の笑みで駆け寄ってきてくれたその少女は、今や見る影もなく、瞳には濁った怒りと疲労の色を宿していた。髪の毛も少し乱れており、日々の生活に追い詰められているような荒んだ雰囲気を纏っている。


「……萌絵」


 俺は低く呟き、その場に立ち尽くした。


 彼女は鋭い眼差しで俺を睨みつけると、一歩一歩近づいてきた。その細い体が、微かに震えているのがわかる。


「何の用だ」


 俺が淡々と言い放つと、萌絵は歯ぎしりをするように唇を噛み締め、甲高い声をぶつけてきた。


「何の用って……ふざけないでよっ!  お兄ちゃんのせいで……お兄ちゃんのせいで、うちがめちゃくちゃになったんだよ!」


「……は?」


「お父さんが、会社をクビになったんだよ!」


 萌絵の叫び声が、静かな校門の空気を切り裂いた。


「お父さん、プライドを全部へし折られて、それから毎日家で酒浸りになって……!」


 萌絵の瞳から、悔しさと絶望に満ちたような涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。


「毎日、朝から晩までお酒を飲んで、酔っ払っては暴れて……私に当たり散らすのよ!  『お前もあのクズの妹か』って、お父さんに怒鳴られて、モノを投げつけられて……私の日常を返してよ!  私の平穏な生活を返してよ、お兄ちゃんっ!」


 彼女は泣きながら俺の胸倉を掴もうと手を伸ばしてきたが、俺は一歩後ろへ下がり、その手を冷ややかに払い除けた。


「……それがどうした」


「え……?」


 俺の声があまりにも低く、感情の色を失っていたためか、萌絵は息を呑んで動きを止めた。


「自業自得だろ。あんなに簡単に俺の言葉を信じず、俺を犯罪者扱いして、父親と一緒に俺を家から追い出したのはお前ら自身だろ。俺を『家族の恥だ』って言って、全財産を奪って、あの家から放り出したのは父さんで、おまけにそれに同調して俺を軽蔑したのがお前だ。今さらどの口が被害者面してやがる」


「っ……!  でも、お兄ちゃんは家族でしょ!?  私たちは血が繋がってるんだよ!  それなのに、私をこんな地獄に置き去りにして、自分だけ平然と生きようなんて許されないよ!」


「血が繋がっているから何だっていうんだ」


 俺は冷えきった視線を、かつては大切に守るべき存在だった妹に向ける。


「あの夜、お前が俺に向かって『虫酸が走る』『顔も見たくない』って言った瞬間から、俺の中で家族なんてものは消え失せた。父さんには勘当されたし、俺はすでに親子の縁を切った。そして、お前のことも、もう妹だとは思っちゃいない」


「な……なにそれ……。そんなの嘘だよ、お兄ちゃんが私を捨てるなんて……!」


「捨てたのはお前らの方だろ。勝手に自滅して、その責任を俺に押し付けに来るな。二度と俺の前に姿を現すな、赤の他人」


 それだけ言い残し、俺は彼女の怯えたような、信じられないものを見るような絶望の表情を一切無視して、背中を向けた。


「待ってよ、お兄ちゃん!  行かないでよっ……!」


 背後で萌絵の悲痛な叫び声が響いたが、俺は一度たりとも振り返ることなく、ただまっすぐに歩き続けた。



   §



 ダイニングテーブルには、しっかり煮込まれたビーフシチューや、新鮮な野菜サラダ、温かいスープなど、俺が愛情をたっぷり込めたご馳走が所狭しと並べられていた。


 皆が揃ったところで、「いただきます」と手を合わせ、夕食の時間が始まる。


 美味しい料理に舌鼓を打ちながら、今日の学校での出来事──文化祭の話し合いで演劇とシンデレラに決まったこと、そして相変わらずクラスでハブられて役がつかなかったことなどを、俺は包み隠さずみんなに話した。


「なにそれ、本当にむかつく連中だね!  クラスの奴らも、あの藤嶺とかいうクズも、いい気になってさ!」


 爽花さんはビーフシチューのじゃがいもをスプーンですくいながら、自分のことのようにぷりぷりと怒りを露わにしている。


「本当だよね。空お兄ちゃんを無視して、あの人たちはのうのうと主役気取りで……許せない!」


 凛ちゃんも頬を膨らませて、俺を庇うように声を荒げた。


「まあまあ、二人とも落ち着いて。でも、空君がそんな風に冷たく扱われているなんて、聞いていて本当に胸が痛むわ……」


 桐乃さんも心配そうに眉を寄せ、俺のグラスにそっとお代わりの麦茶を注いでくれた。


 そんな温かい空気の中、隣に座っていた玲那さんが、ふっと箸を置き、真剣な表情で全員を見回した。


「ねえ、みんな。私、今年の碧陵祭のミスコンにエントリーすることにしたの」


 その玲那さんの突然の宣言に、リビングの空気が一瞬で静まり返った。


「「「えっ……!?」」」


 俺を含め、全員が目を見開いて玲那さんの顔を凝視した。


 玲那さんといえば、学年を代表する『孤高のクールビューティー』として有名でありながら、普段は目立つことを極端に嫌い、文化祭などの大きなイベントでも表舞台に立つことは避けてきた人物である。

 そんな彼女が、自らミスコン(ミス・碧陵コンテスト)にエントリーするというのだ。


「玲那お姉ちゃんがミスコンに……?  去年の文化祭の時、『人前に出るなんて面倒くさいし、絶対いや』って言ってどれだけしつこく頼まれても断ってたのに、どうして急に?」


 凛ちゃんが目を丸くして尋ねると、玲那さんは揺るぎない強い意志を込めた瞳で俺を見つめた。


「理由はね……二つあるの」


 玲那さんはゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。


「一つは、私が全校生徒の前で影響力を持つため。空君が学校でどれほど理不尽な目にあっているか、どれほど不当な噂に苦しんでいるか……私がミスコンでグランプリを取って、全校生徒の注目を集める立場になれば、私の言葉や行動一つで、周囲の見方も変わるはずだから。空君の無実を晴らしやすくするための、これが一番確実で強力なアプローチだと思ったの」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が熱く熱くなってきた。

 玲那さんは、俺のために、あえて自分の苦手なスポットライトの浴びる場所へ、自ら進んで踏み出そうとしてくれているのだ。


「そして、もう一つの理由は……」


 玲那さんの表情が、わずかに冷ややかな色を帯びた。


「今年のミスコンでも、またあの赤羽と吉岡がエントリーするつもりでいるらしいってうわさを聞いたの。あいつらが学園内での人気や地位をさらに高めて、我が物顔で調子に乗ろうとするのが許せない。これ以上、あいつらの思い通りにさせ続けるわけにはいかないよ。あいつらのその鼻を明かして、地の底まで叩き落としてやりたいの」


 その玲那さんの凛とした決意に、それを聞いた爽花さんは、パッと顔を輝かせ、まるで自分のことのように嬉しそうな笑みを浮かべた。


「さすが玲那ちゃん!  よくぞ言ってくれた! 今年のミスコンで、玲那ちゃんに圧倒的な大差で優勝してもらって、嫌なクズ女どもの顔に思いっきり泥を塗って、情けないほえ面かかせてやってね!」


 爽花さんは両手を握りしめ、まるで自分がステージに立つかのように気合を入れている。


「ふふ、爽花、そんなに興奮して。でも、爽花の言う通りよ」


 桐乃さんも優しく微笑みながら、玲那さんの肩にそっと手を置いた。


「玲那がその気になったなら、間違いなく今年のミスコンの優勝者よ」


「うん!  絶対に玲那お姉ちゃんがグランプリだよ!  あんな赤羽や吉岡なんか足元にも及ばないんだから!」


 凛ちゃんも力強くうなずき、テーブルの上で両手を大きく振ってみせた。


 家族全員からの全幅の信頼と、熱い応援の言葉。

 その中心で、玲那さんは少しだけ頬を染めて照れくさそうにしながらも、どこか誇らしげに微笑んだ。


「ありがとう、皆。空君の名誉を傷つけた奴ら全員に、私たちがどれだけ強い絆で結ばれているか、思い知らせてあげるんだからね」


 玲那さんはそう言って、テーブルの下でそっと俺の手をぎゅっと握りしめた。


 その指先から伝わってくる温もりと力強さが、俺の心に巣食っていたすべての不安や孤独を完全に消し去っていく。


 学校ではハブられ、孤立しているように見えても、俺の背後にはこんなにも頼もしく、愛おしい家族と、命がけで味方でいてくれる少女がいる。


 見てろよ、藤嶺、赤羽、吉岡、そして父さんや萌絵……。俺たちは、お前らが踏みにじった場所から、もっと高く、もっと眩しい光の中へ這い上がってみせる。


 夕食の席に響く家族たちの笑い声を聞きながら、俺は心の中で強い闘志を燃え上がらせた。



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完膚無きまでに叩き潰してやってくださいな 周りのクズどもを! 真実が明らかになった時の手のひら返しが凄そうだがどうなるのか読ませてもらいます! そして藤嶺や赤羽はマジクソすぎるな
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